アナタが必要です
寝ぼけ頭をエールで起こし、敷設が終わったとかいう陣の元へ俺はやってきていた。
ここはギルドの中庭だ。
クルアンの町のものと意図的に造りを似せているんだろう。
その中央で運び込まれた物資と共に、ゼルディスパーティに加え、それなりな数の冒険者が戦力として陣へ乗せられていた。
ちょっと出遅れた。
家族を心配するグロースに、二人はこっちへ残していくよう話していたからか。
「こちらを頼むぞっ。よく守り、よく示してやれ」
「はぁい♡ 大丈夫だよお。残りの雑魚ならアタシの可愛い子達が全部食べちゃうからっ☆」
どうやらゼルディスの話している数名がこちらへ残る組らしい。
ちびっこいの、狼男、あと何人か。
避難民らの対立も起きている以上、こっちも手薄にはし切れないか。
「これで戦力としては全部か?」
ゼルディスの声に控えていた受付嬢が木板を手に応える。
「条件に合う冒険者は全て集めましたっ」
「分かった。ならお前達は離れていろ。半端な位置に立っていると空へ跳ね飛ばされて落下死するからな」
「はいっ」
おいマジか。
まあアイアン如きを連れて行く候補に挙げる馬鹿は居ないだろうけど、やる気になっていただけにかなり残念だ。
誰か引っ張ってくれそうなのは……おっ、エレーナ。ほら俺、俺を誘ってくれないか。違うぞ、手を振って欲しいんじゃない。
くそっ、陣から離れてきた連中が壁になって前へ進めない。
こうなりゃ直談判だ。
戦力になろうがならなかろうが、故郷が大変だって時にのんびり旅なんてしてられるかってんだ!
「ゼルディス」
と、人の壁を抜けかけた所で、奥の方からリディアが顔を出した。
野郎に声を掛けて、二・三言葉を交わす。
そのままリディアがこっちへ来て、抜け出した俺の腕を取る。
お、おい……?
「この人も連れて行く」
「アイアン……? 戦力未満の足手纏いだ。許可出来ん」
「少し前まではゴールドだった」
その説明、余計に意味が分からなくなると思うんだが。
案の定、最初から興味なさげだったゼルディスが一際胡散臭そうな顔をする。
じっくりと舐め回す様に俺を見てくるが、どうやら見覚えもないらしい。
「あのっ、ゼルディス様……私もその人は連れてって欲しい、かなって」
「エレーナまで?」
改めて見られるが、野郎の記憶に俺は残っていない。
結構何度も顔を合わせてるんだがな。
「前に、フィリアと迷宮へ潜った時に、遭難したって言いましたよね。その時助けてくれたのが彼です。クルアンでも厳しい戦いになるなら、きっと役立ってくれます。ねえっ、フィリアも思うでしょっ!?」
呼ばれて顔を出したフィリアがまず俺を見て、その腕を掴んだままのリディアを見て、首を傾げてからエレーナを見てゼルディスへ視線を流した。
横髪を後ろへ払いつつ、意味ありげに俺を見詰める。
「そうですわね。私も知っている方ですわ。ゼルディスも知っているじゃありませんこと? グランドシルバーの名前くらいは」
おいコラ。
なんて思っていたが、ゼルディスが初めて俺へ興味を持ったみたいにハッとする。
「グランドシルバー……ギルド『スカー』を陰ながら支える低ランク冒険者。実力はミスリル並だが、敢えて低ランクに留まることで駆け出し冒険者を支えているという、あの……っ」
なんだソレ初めて聞いたぞ、どこのグランドシルバーさんですかねえっ。
「なるほどお前がそうだったのか。アイアンのランク章など付けているから分からなかったが、そういうことならリディアが推挙するのも頷ける」
勝手に納得するゼルディスを置いて、フィリアが耳打ちしてきた。
「彼はこういう、なんか格好良さそう、なものに弱いので」
ついでに耳を吸われたが、ため息が出るだけだった。
「ひどいっ」
「いや、今のはお前が酷いだろ」
緊急時だ、控えろ。
「言っておくが、ミスリル級の腕前なんぞないからな。そこの女が勝手に盛っているだけだ」
「ふっ、そういうことにしておこう」
だから違うんだって。
はぁ、説明するのも面倒くさい。
満足げに去っていくゼルディスを全員があっさり意識から外し、自然と注目がリディアへ集まった。
「ぇ…………なん、ですか」
「おじさんと仲良いの」
未だ掴まれたままの腕を視線で撫でつつ、エレーナが半眼で見上げる。
「そう、いうんじゃ、ない、けど」
「ふーん。まあいいけど」
「前にフィリアの店の関係でな。その後で、少しだけ魔物討伐の戦術について話す機会があった。そいつを評価してくれたんだろう?」
腕から手が外れ、リディアが頷く。
相変わらずエレーナは疑わし気に見ていたが、ちょっとだけ頬を膨らませて背を向ける。その頭を撫でてやった。
「わあっ!? もうっ、今じゃないからァ!? あーんっ、フィリアーっ!!」
「はーい、よしよし。あら貴女、ちょっと汗臭いわよ」
「朝から鍛錬してたのっ!! 時間無かったんだから仕方ないじゃん!?」
「こちらへいらっしゃい。いい品があるわ。安くしとくわよ」
無料じゃないんだな、なんて思いながら二人を見送った。
残ったのはリディアと俺で、ふと周囲へ目を向けると、他の連中まで視線を送ってきているのが分かった。
一息ついて、いつも通りにする。
「助かったよ。故郷の窮地に駆け付けられないんじゃ、悔やんでも悔やみきれない」
「うん。でも、アナタの力もアテにしてるから」
「そうか。そいつぁ光栄だ」
今はこのくらいが限度だが。
「よしっ、それでは飛翔転移を起動させるっ! 皆の者、衝撃に備えよ!!」
並ぶ俺達の背後でゼルディスが声を上げる。
いつかの出発と同じ様に、残る者達にも目を向けて。
「これより我らはクルアンの町救援の為に発つ! だがしかしっ、この地に未だ残る脅威もまた看過は出来ない! 冒険者の名を知らしめよっ! 我ら『スカー』こそが至高のギルドであることをっ、残るお前達が示してみせるのだ!!」
リディアが静かに杖を構える。
彼女の持つ膨大な魔力が足元の魔法陣へと注がれていくのを感じ取れた。なるほど、ゼルディスの鎧一つで全部こなしている訳じゃないんだな。
描かれている線も、特殊な素材によって魔力を帯びている。
出発時にはただぼんやりと見送っていたが、やっぱり空を飛ぶってのは相当に困難なことなんだ。
だからコレも、相応に反動はある。
少なくともリディアは到着後、十全とは戦えないだろう。
「任せな」
小さく溢す。
根拠なんて無い。
ただ、必要だと言って貰えたから。
お前を見ていて、支えたいとも思っているから。
強がりだろうと言い張ってやる。
「……うん」
微かに、消え入るような声が胸の奥を撫でた。
これで熱くならなきゃ男じゃねえぜ。
ゼルディスが高らかに謳う。
「行くぞ冒険者達よッ!! 我らが第二の故郷をっ、お前達自身の手で守って見せろ!! さあ出撃だ!!」
世界が吹き飛んでいく。
あの日見送った景色のように、あらゆるものを置き去りにして俺達は飛び上がり、北域より旅立ったんだ。
クルアンの町。
冒険者の町。
俺達の、第二の故郷。
そこが魔物の大侵攻を受けて窮地に陥っている。
残っているトゥエリやアリエル達は無事だろうか。
レネやフィオはちゃんと避難出来ているだろうか。
親父やお袋、弟達は。
「…………ふぅ。どれくらい掛かるもんなんだ?」
集中を乱すのもなんだと思いつつ、リディアへ聞いてみた。
「行きは半日ほど」
「なら到着は夕刻前か。よし、しばらく寝てる。起きるつもりだが、寝ぼけてたら蹴飛ばしてくれ」
小さく笑いが漏れたのを聞きつつ、また背嚢を枕に寝転がる。
飛んでいる間は足元が水面みたいに透けて見えているが、動いても寝転がっても問題はないらしい。
いつだって万全に。
しっかり食って、しっかり寝る。
寝起きじゃ不足も出るから、一刻以上は前に起きておきたい。
「あぁやっぱり。おじさん私も寝るー」
大きく欠伸をしながら再びエレーナが顔を出してきた。
横になる俺の腹を遠慮無く枕にし、毛布を被って寝に入る。
周りからは奇異の視線を貰っちゃいるが、構う必要は無い。
というかお前ら、半日もそうやって緊張してるつもりか。
「ほら、盤遊びとか、札遊びとか、道具入ってるから好きに使っていいぞ」
背嚢の一番上から取り出した袋を適当な奴へ放り、俺も本格的に眠ることにした。
口元を隠して喉元を震わせている神官様には悪いが、出来る事も無いんでな。
「きゃーっ、ロンド様っ! 私も一緒におねんねするぅ!」
「フィリアさんは途中交代して貰うから、熟睡しないように。行きみたいに途中で落下し掛けたら今度はもっと怒ります」
「う゛っ……!! 起きてます。起きてまぁす☆」
しかし俺の近くには居るつもりらしい。
枕にしている背嚢の反対側に座り、背を伸ばして俺の遊び道具を物色し始める。
凭れ気味なのもあって彼女の髪が俺の顔に掛かってきて、フィリアの香りでいっぱいになった。
何故か、今まで衝撃一つ感じなかった陣が揺れる。
「こちょこちょ。こちょこちょ」
「寝るのは邪魔してくるな」
「あーんっ」
髪を摘まんで耳元を撫でてくるから、ちょっと強めに叱っておいた。
「オイ見ろよ。流石兄貴だぜ……この急場に女侍らせて寝てやがる」
「うむ、兄貴だからな。本当に、あの男はまずい。妻と娘を置いてきて良かった」
騒いだり、馬鹿をやったり、眠ったり。
遊んで謳って、俺達は救援に駆け付ける。
到着まで、あと半日。




