報せ
荷物を纏めて部屋を出た。
今日、俺はいい加減腹を括って都市を発つことにした。
どうせ道中もそれなりに時間が掛かるからな。
都市内部は相変わらず避難民同士がぶつかり合っているが、『ベリアル』の活動によって結構緩和されてきているらしい。
上手く落ち着いてくれればいいが、そこは流石に分からない。
ずっと昔から争い合ってきた土地だ。中々、な。
「こちら、ロンドさんで合ってますか?」
「うん?」
宿屋の表で長足族の男に声を掛けられた。
こんな寒さの中でも半袖姿とは、見ているだけでも身体が冷えてくるな。
「料金は貰ってるから、署名だけよろしくネ」
彼の差し出した封書を受け取り、署名をすると、長足族の男は帽子を掲げた。
「それじゃあっ、良い旅を!」
「ありがとよ」
景気良く言って、一目散に走り出す。
残り風がくるりと回って落ち葉を舞い上げた。
なんとも颯爽とした感じだ。好ましさに口端を広げて、封書を掲げる。陽に透けて、中身が少しだけ見えた。
「…………ベラからか」
懐かしい、と言うにはまだまだ真新しいが、それでも彼女との日々を思い出して、笑みが濃くなった。
※ ※ ※
ベラは南方の交易路開拓に志願したらしい。
これはクルアンの町で出された手紙だ。
まだまだ不慣れだが、とても丁寧に書こうとしたことが分かる字を一つ一つ読んでいく。
「颯爽到来ロンド様……うん、まあ手紙の挨拶を書き間違えたんだろうな」
ベラ風に意訳するなら、お久しぶりですロンドさん、だ。
「酒豪見参、商売繁盛、性欲爆発、獅子奮迅……謎の書き間違えも多いが、まあ読める読める」
あれから商会側と独自に交渉を行い、木の実の群生地の情報を悪戯小僧へ売り払ったそうだ。書かれていた金額もそう悪いもんでも無い、と思う。流石に流動的な物価はな。
それで、自分なりに何か商売をと考えていた所に、交易路開拓の話を貰ったと。
ベラはクルアンの町から更に南へ発つことに決めたらしい。
「南、か」
景気の良い馬鹿が一人旅立って行ったのを思い出す。
あれから一年近く経つが、ちゃんと生きてるんだろうなぁメイリーの奴。
もう彼女を狙わせる奴らもいなくなった。
こっちに戻ってきても問題無い筈だが……クルアンの町へ戻ったら手紙の一つも出してやるか。
当て所無く彷徨う気ままな吟遊詩人、なんてのを探し出すのは骨だから、各主要都市の『スカー』支部へ短文一つ送り付けてやるくらいだが。
戻っていいぞ馬ー鹿、とかな。
まあ今はベラだ。
「そうか。故郷を飛び出して、そんな遠くまで」
元々の性格を考えれば相当に思い切ったことをしている。
交易路の開拓ったって、あっちは商人の力が強いから、こちら側の商人が入り込むのは難しいって言われてるもんな。
その辺りも分かってて志願したんだろうけど、本当に大した胆力だ。
いや、度胸なら元々あるのか。
魔物相手なら堂々と立ち向かえていたベラだ。
人間同士の関係が上手くなくて、抑圧されていただけ。
それがゆっくりと外れてきた今、彼女の好奇心はあの砂塵の向こうにまで届いているんだろう。
※ ※ ※
ギルドへの道中でカトリーヌとリアラに出会った。
「よお」
「やっほう、おじちゃん!」
「おはようございます、ロンドさん。その荷物、出掛けるのかい?」
元気のよいリアラ、そして彼女と手を繋ぐ人妻。
うぅん。
「俺も居るぞ」
「おっと」
旦那同伴だったか。
角を曲がる所で立ち止まったから見えて無かった。
「よおグロース。こんな朝っぱらから美人二人連れてどうしたんだ?」
「きゃっ、美人だって! ロンドさんは相変わらず口が上手いねっ、どうしましょうアナタ!」
「頼むから」
「分かった分かった。口説くのはこのくらいにしておこう。また今度な、カトリーヌ」
剣の柄を握られたので諸手をあげる。
その脇をリアラが抜けてきた。
やんちゃ娘の意図が分かり、飛び上がるのに合わせて両脇を抱えると、そのまま持ち上げて肩車してやった。
「きゃーっ!」
大喜びだ。
パパが恨めしそうに見ているが、そう思うのならお前ももっとやってやればいい。
「で、俺はもうここを発つ所なんだが、そっちはどこ行くんだ?」
「俺はこれから仕事だ」
なるほどギルドでゼルディスからの招集を受けていると。
「兄貴が居なくなると聞いて心底ほっとしている」
「油断してると掻っ攫うからな?」
「勘弁してくれないか……」
「油断してると掻っ攫われちゃうからねー、アナタっ」
「…………勘弁してくれ」
なんにせよ夫婦仲が良好で羨ましい限りだ。
ほら、あっちの方がデカいぞと、俺の肩に乗っていたのを朴念仁の方へ乗せ換えてやる。
大喜びしたリアラが野郎の頭を揉みくちゃにして、悲鳴みたいな歓声をあげた。
「よし。それじゃあ旦那が娘をあやすので忙しそうだから、カトリーヌは俺が案内してやろう。さっ、手をどうぞ」
「あーん、やだーっ、そんなの旦那にもして貰った事ないのにいいのかしらっ! ねえどうしたらいいと思う? アナタっ」
素早くグロースの手が伸びてカトリーヌの手を掴んだ。
ちょっとだけ頬を染めて嬉しそうにする元看板娘。
まあコイツの性格だと、街中で手を繋いだりってのは絶対やらなさそうだしな。
「末永くお幸せに」
なんて言って背を向けたが、俺もギルドに向かう所だったから道中は一緒だ。
適当にグロースを冷かしながらリアラとも遊んでいたら、行く先の空に光が舞った。
三つ。
赤、赤、黄。
緊急招集だ。しかも、極めて重要度が高めなもの。
やや遅れて大音量の警報が発せられ、再びの照明弾。魔術による光が朝方の柔らかな光を圧し潰すように都市内部を照らし出す。
「二人は家に戻っていろ」
「いや待てグロースっ、招集の中でも危険度高めの報せだ。具体的な所が分からない以上、ギルドへ連れて行った方がいい」
「っ、分かった!」
「先に行ってる!」
カトリーヌもリアラも、グロースが一緒なら問題無いだろう。
俺に出来る事は多くないが、少しでも早く情報を収集して、状況を把握しておきたい。
重たい荷物を背負い直し、ギルドまでの道を駆け抜けていった。
※ ※ ※
ギルド内は既に相当混雑していた。
早朝に発せられた緊急招集、それにここまでの人間が集まっているのは、どうやらギルドメンバーだけではないかららしい。
「安心しろ。こちらにも幾らか手勢は残していく。お前達を見捨てる訳じゃない」
ゼルディスが壇上に立って連中を説得していた。
身なりからして、この都市の偉いさん連中か、その手駒だろう。
「だが、クルアンの町が極めて危険な状態に陥っているというのも事実。半端な戦力で飛び込むのは命取りになる。だからこそ陣の敷設を急がせているんだ」
危険?
クルアンの町がか。
「おい、どうなってる?」
適当な奴を捕まえて話を聞く。
「どうって、こんな半端な時期にザルカの休日が始まったって話だぜ」
「いやそうじゃない。東方の魔境から魔物の大侵攻があったんだ! そっちの方が遥かにヤバい!」
「違う違う。今説明してんだろ。ちゃんと聞けって」
違う奴が首を突っ込んでて来て、そこへ更に声が重なり、情報が錯綜する。
くそっ、これは俺が焦り過ぎたな。
確かにゼルディスの話を待った方が良さそうだ。
「悪い。一度静かにしていよう。纏まった話はあっちからしてくれるみたいだからな」
宥めすかし、慌てていた自分を落ち着ける。それから、部屋の隅に行って荷物を降ろした。
やや遅れてグロース一家がギルドへ入ってくる。
カトリーヌがリアラを受け取って、グロースはゼルディスの元へ向かった。
「遅いぞグロース!」
「すまない。状況は」
ゼルディスは一度ギルド内を見回した。
話している間にも次々と招集へ応じた冒険者が駆け込んでくる。中には話していた貴族や都市議会関連の者も多い。
早朝とあって受付嬢も数が足りておらず、本当に雑然としてしまっていた。
「いいか! 今現在、クルアンの町はザルカの休日が始まり、壊滅的被害を受けているとの報告が入っている! 魔境からの大侵攻が続いていて、それに多くの戦力を傾けていたことが原因だ! だが安心しろっ、町はまだ生きているっ。これから僕らが飛翔転移を用いて現地へ向かい、全てを葬り去ってここへ戻ってくる! だから都市を離れるのは一時的だ。契約通り、主だった魔物の殲滅が終わるまではここに留まるつもりでいる!」
奴が一気に宣言したのを見計らって、髪を纏め途中の受付嬢が壇上へ昇っていった。
年嵩の、かなり現場慣れした様子の人物だ。
その彼女が説明を引き継ぐと、次々と質問が飛んでまたギルド内が騒がしくなる。
「魔境からの大侵攻、ザルカの休日、二つが重なって普段通りに抑え込むことが出来なかったってことか」
後の事は状況の外だ。
既に周辺の魔物はかなり掃除され、都市周辺での襲撃例は激減している。
けど魔物に追い立てられ、その脅威に晒されて来たこの都市の連中は、最大戦力であるゼルディス達が離れてしまうのが不安でならないんだろう。
優先度は明らかにクルアンが上。
何をどう言われた所で、ゼルディス達がここに留まってクルアンを見捨てることは無い。
俺は背嚢を開けて装備を付け替えた。
旅用の、楽で動き易いものから、急所を防護させる戦闘用のものに着替えていく。それに、指先程度の砥石でパイクの刃先を研いで切れ味を確かめる。
手の甲の刺青もうまく作動する。
木の盾は、この前新調しておいた。
爆裂のこん棒はここしばらく使っていないから、後で魔力の通りを確認しておいた方がいいか。
その他、幾つかの薬品類を腰帯に差していく。
水筒、食料も三日分。
傷薬もあるが、行く先の状況を思えば心許無い。
それと。
「おい、コレは好きに使ってくれ」
予備の採取品をありったけ、ギルドの受付へ持って行った。
道中で調合したりしつつ、金策にしようと思っていたものだ。
自分の分はあるから、残りは抱えていたって仕方ない。
「ありがとうございますっ」
受付の方でもかなり大変そうだ。
見てる間に次々と非番の受付嬢がやって来て、仕事を貰って動き始める。表だって戦わなくたって重要な役割だ。
「おい、向こうで使いそうな物資をこっちで買い集めた方がいいんじゃないか」
「っ!? はいっ。先輩! 物資について少しっ」
手早くその場から離れ、また状況を伺う。
こうなると俺に出来る事は殆ど無い。
前のザルカの休日でも、荷運びが主で、最後にちょっとだけ前線へ出ただけだ。
そもそも件の飛翔転移とやらに俺は乗せて行って貰えるんだろうか。
現地へ発つ準備は出来ているし、こっちじゃギルドでも鼻つまみ者だから、残っても仕方ないんだが。
慌てていても体力を消耗するだけか。
今すぐに出発するって感じはない。
そもそもグロースだって向かってる途中で招集を見たんだから、ゼルディスパーティだって集まり切ってないんじゃないか?
よし。
俺は割り切って、背嚢を枕に少し眠ることにした。
意識は常に外へ向けて、聞こえてくる会話は頭の中で処理せず保留する。
迷宮や野営で眠りながら警戒するのと同じように、ゆっくりと息を吐いて、時を待った。




