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置き土産

 ラウラの研究資料は処分したが、屋敷には彼女の殴り書きや成果物が多数残されている。

 降格処分まで食らっておきながら、こっちを放置していたんじゃ馬鹿みたいだ。


 だから最初は本と同様にリディア単独へ頼もうとしたんだが、そのリディアから良い機会だとフィリアを経由するよう頼まれた。


「駄目」

「えーっ、出来てるでしょう!?」

「外枠が崩れただけ。全然出来てない」

「ぐっ、ぬぅぅ……!!」


 今は集めた錬金術の成果物から、特に呪いの集まったものを浄化している最中だ。


 リディア指導の元、エレーナに比較的優しめのものが託され、何度も浄化の訓練を行っている。万一があってもリディアが見ているから、大事に至ることはないだろう。


「ああいうの、最近はよくやってるのか」

「時折、ですけどね。エレーナはちょっと、リディアさんに気後れしてますから」


 そのリディアもエレーナに苦手意識というか、接し辛さみたいなのがあるんだろう。

 お互いに見方が変わってきているとはいえ、最初の印象ってのは簡単には拭い切れない。


 それでも、どちらも逃げず、向かい合おうとしている。


 いい光景だ。


「そっちはどうだ。順調か?」

「それなりに。ただ、またロンド様にご助力願いたいのが幾つかありまして」

「分かった。こっちは大丈夫そうだし、優先はやっぱり合成獣(キメラ)か」


    ※   ※   ※


 『ベリアル』襲撃時にも見たが、ラウラはこの山全体に多数の合成獣を配していた。

 その大半は排除されているが、今でも主人からの命令を待って待機している個体や、最後の、侵入者を排除せよという命令に従っている個体が居る。


 屋敷そのものが化け物に変化し、地面が人を喰らったのを見た。


 俺が考えていた以上に合成獣ってのは幅が広く、対処が難しい。


 ただ、コレには一つ鍵があって、俺自身には絶対に攻撃してこない。

 他三人を攻撃中でも、割って入ると動きを止めてくれる。

 おそらく、ラウラ自身やリリィに対する攻撃対象からの除外命令と同じなんだろう。

 だから山へ入るのも少人数。


 率先して襲ってくる個体に関しても麓でバルディとグロースにも協力して貰って排除済みで、二人にはそっちの解体を進めて貰っている。あんまり多いと庇い切れないからな。

 残るは場所固定だったり、罠としての合成獣だったりと、ほんと、アイツの天才ぶりに呆れながら一つ一つ対処していった。


「で、残ったのがコレか」


 地下で眠っていた最後の一体。

 ゴーレム車だ。


 屋敷の化け物化に巻き込まれたのか、あれだけ苦労して作った車体上部はぶっ壊れていて、元の剥き出しになった土台だけが残っている。


「……一応警戒して下さいね。それ、かなりヤバい仕掛けが満載だと思いますので」

「そうなのか。このゴーレム車、普通にずっと近くで大工仕事してたんだが」


 恐る恐る手を触れると、土台が形を変えて足場を用意してくれた。

 いつも通りの変化。

 ただ、後ろでフィリアが大真面目に身構えているだけで。


「大丈夫そうだ」

「……ここではなんですので、表に出していただけます?」

「行けるか? ほらっ」


 前輪部を叩いてやると、犬みたいに反応して動き出した。

 一々杖を構えて警戒するフィリアを背に、表への扉を開けてやると、いきなり俺を掴んで土台へ乗せ、飛び出した。


「ロンド様っ!? っ!!」


「まっ、待った待った!!」


 破壊しようとするフィリアを止めて、ゴーレム車を撫でてやる。

 暴走は想定外だが、多少の動かし方くらいはラウラから聞いている。爆裂のこん棒を扱う感覚と同じだ。威力を抑える感じで、後は強く下へ抑えつける!


 制御が上手くいったのか、ゴーレム車は車輪を固定させ減速を掛ける。

 ただ止まり切れなかった分の余った勢いで、車体を大きく横滑りさせながら屋敷の出入り口前まで行って、ようやく止まる。

 裏庭から顔を出したリディアとエレーナが揃って首を傾げている。

 まあ、珍妙な眺めだと思うよ、俺も。


「いきなり動き出しましたわねっ。危険ですのでここで破壊しますわ、っきゃ!?」


 やる気満々で車庫から出てきたフィリアへ、ゴーレム車が土台に残っていた木片を投げつける。


「えっ!? なにこれ面白い!!」


 興奮して目を輝かせるエレーナと、


「……ガーゴイル?」


 すぐに警戒して杖を構えつつ、無防備な後輩神官の首根っこを掴むリディア。


 そして木片がぽかりと額に当たったフィリアは涙目で物陰に隠れている。


 ゴーレム車は興奮した様子で身を震わせた。

 こいつ、こんな感じだったっけ。

 なんて思っていられたのはその瞬間だけで、ゴーレム車は急激に車輪を回して身を滑らせると、リディアとエレーナへ方向を定め、動き始めた。

 加速する。


「っ、まずい……止まれ!!」


 慌てて止めようとするが、先に勢いが乗ってしまった。

 止まり切れない。


「逃げろ二人共っ!」

「わっ、きゃあ!?」


 それを、


「……………………」


 それを、瞬く間にリディアが光の鎖で雁字搦めにした。

 俺ごとな。


    ※   ※   ※


 咄嗟の事だったから仕方無いとはいえ、俺は今ゴーレム車と共に拘束されてリディアから結構厳しめの視線を貰っている。

 半笑いのエレーナがちょっかいを掛けたそうにしているが、すぐにリディアが首根っこを掴んで引き寄せた。


「駄目」

「……はい」


 まるで飼い馴らされた犬みたいだ。

 というか、このゴーレム車もそんな感じがする。


「ガーゴイル……確かにそっちの方が正しいですわね、っ!?」


 しれっと隠れてたフィリアが安全を確信して現れるが、また急に車輪を空転させ始めたゴーレム車にびびって距離を取った。

 頼むから構えた杖は降ろして欲しい。

 今、俺も一緒になって拘束されているからな。


「油断も隙もありませんわね……。ロンド様、コレをどうにか宥められませんの」

「無茶言うな。こんな暴走は、前は一度も無かった」


 ラウラがふざけて乗り回していたくらいだ。

 他は基本的に固まってる。

 車庫から出そうとした時みたいに、多少の操作は受け付けるから、さっきみたいに動かす感覚は分かってるんだが。


 こんな、他の合成獣同様に動き回るもんだってことは初めて知った。


「……ということは、術者の縛りが消えて、本来の形に戻ったんでしょうね。ロンド様はゴーレムと呼んでいましたが、基本はガーゴイルですわ」

「遺跡とかに居るアレか」

「諸説ありますけど、ガーゴイルは守護させる土地を元々縄張りとしていた動物の魂を用いるという話がありますの。錬成の過程で擦り込みを行うのは他と同じ。ですからロンド様に危害を加えないことは確かでしょうけど、元からこの手の自由を縛って扱うことを前提としていたのなら、他の合成獣ほどは確実に手懐けられるかは分かりませんわ。今の私達は、縄張りへの侵入者でしょうから」


 なるほど、それでさっきから暴走気味だった訳だ。

 というか手とか生えて来てたし、足場を作ってくれるのと同じ感じで形ももっと変えられるってことか?


 今も拘束から逃れようともがいているし、行動が本当に動物っぽい。


「それは分かったけど」


 リディアが慎重に一歩を踏み出す。

 車体が震えた。


「これ、どうしたらいい?」

「そのままロンド様ごとぎゅっとしてしまいましょうか!」

「待て待て待て!?」

「えーっ、だってなんか頑張ってる私見ながらー、ちょっと小馬鹿にしてましわよねー?」

「そんなことはない、お前が真剣に俺を護ろうとしてくれてるんだと思って、ついほっこりしていただけだ」

「はいはいほっこりね。うふふ、そういえば中々お目に掛かれない素敵な光景ですわねぇ。ベヘモスも拘束してみせたリディアさんの神聖術、あれ、これは神聖呪文でしたっけ。まあ何にせよ、今ならロンド様を弄り放題じゃないかしらっ、きゃあ!? なんでいきなり動きますのっ!?」

「ふふふ、コイツはお前が嫌いみたいだな。諦めろ、俺には触れない」

「謎のガーゴイルにへばりついて鎖で雁字搦めにされながら言える台詞じゃありませんのよ……?」


 なんてことを言い合っている間にもリディアがすぐそこまでやってきていて、杖の先をゴーレム車改めガーゴイル車へ突き付ける。

 と、何故かガーゴイル車が車体の鼻先を杖へ近付け、まるで匂いでも嗅いでいるみたいに吸気した。


 途端にガーゴイル車が身を伏せた。


 わんっ、とかいう謎の泣き声と共に。


「えっと……」


 厳しい表情をしていたリディアが困った顔をする。

 まあ、やりにくいよな。


    ※   ※   ※


 強烈な浄化の光を浴びて、ガーゴイル車が崩れ落ちていった。

 エレーナが残念そうに声をあげているが、本当に獣の魂を使っているのなら、そいつを開放してやらなきゃいけない。この先変に愛着でも湧いてしまうとそれこそリディアが手を出せなくなるしな。

 ついでにフィリアも残念そうに声をあげたが、アレは人足要らずの運搬技術に対する金勘定が主題だったから無視していい。


 そもそもここの技術は一切持ち出さない約束だ。


 見聞きした事をつい別に応用してしまうのは仕方ないとはいえ、ラウラの研究成果は全て処分する。他に悪用されない様にな。

 自分達なら大丈夫、を適用するのなら、研究資料だって同じになる。


 アイツらは、最期に二人で居る事を選んだ。


 それだけで十分なんだから。


「うっふふぅ! 流石特別仕様の合成獣……! 使われてる素材が深層でも希少価値の高いものがざっくざくーっ!」


 早くも気を取り直したフィリアが解体し終わった素材を前に目を輝かせている。

 現物支給で申し訳無いが、今回の報酬だ。


「本当に全て頂いてよろしいんですの? ちょっとくらい分け前寄越せーとか言われる覚悟でしたのに!」


「お前にも苦労を掛けたしな。俺の目的は、二人の痕跡を墓以外全て消し去ること。一人でやったら何年掛かったかも分からないんだ、皆で上手く分けてくれ」


「ありがとうございまーすっ! ふっふっふぅっ、コレとかソレとかアレとかっ、ホントに……本当に…………ほんっっっっとうに枯渇してて結構本気でヤバかったのでっ、本当に感謝しますわ……!!」


 分かった分かった。

 いいから全部持って行け、な?


 会計担当も大変だな。


「あの」


 リディアからの呼び掛けに二人の視線が集まる。


「うん? どうした」


 敢えて普通に返す。

 流石にまだ関係までは明かしていないし、今すぐだなんて考えてもいない。ただフィリアとの件で繋がったこの関係を大切に広げていけたらとは思ってる。


 リディア=クレイスティアとして活動中の無表情、けど細やかな変化のある彼女を見て、言葉を待つ。


「これも、処分した方がいい、ですか?」


 差し出された短剣に首を傾げるが。


「質素な……女の方が使っていただろう部屋に置いてありました」


 その言葉にふっと浮かんでくる会話があった。

 リリィと銀食器を洗っていた時だ。

 長剣は家事をしながら佩くには向かないと、状況に合わせた装備を付けろと俺が言った。


 あの時リリィは俺の言葉を否定したが、結局自前で用意したんだ。


 なにせ墓に埋めた彼女の長剣と比べて、あまりにも真新しいからな。


「形見、か」


 リディアの気遣いは分かる。

 ただ、勝手に貰っていいものか、ちょっと悩んじまうな。


 コレはリリィがラウラの護衛をする為に用意したものだから。


「いえ、これは……多分、貴方への贈り物です」

「リリィが……?」


 それこそ無い話だ。

 アイツは終始俺を嫌っていた。

 多少胸襟を開いてくれた部分はあるだろうが、最後まで結構、厳しい目で見られていた気がしている。


「鞘から抜いてみて」

「あぁ……」


 言われるまま引き抜く。


 と同時に、手の中から短剣が光と消えて――――手の甲に紋様が浮かび上がる。


 これって……。


「うん。やっぱり、貴方に反応するよう作られてたから」

「こんなの、いつの間に……いや、どうして」

「好かれてたんじゃないの?」


 どう、だろうな。

 ラウラも結局、俺の中にある感情は不審に思っていた筈だ。


 口付けの意味も、男がそのまま注ぎ込む意味も知っていて、どちらも俺が適当な理由を付けてやらなかったことだからな。後者はまあ、精神的にも無理だったってのが大きいが、それだって、おかしいと思うのが自然だ。


 正直、二人にまっすぐ向き合ってこなかったから、関係性に自信が持てない。

 墓場の前ですら、身勝手な自分を許してくれと、そんな言葉から始めたのに。


「簡単に取り出せるでしょ」


「ん…………確かに」


 言われるまま、なんとなくで試してみたらあっさりと短剣が手の中に出現した。

 驚くほど馴染む。

 指先を動かすみたいに短剣が振れた。


「一応念入りに確認したんだけど、とても丁寧で、ここまで綺麗に編むのはとても時間の掛かる事だから、きっと罠とかじゃないって思った。間違いなく、貴方の為に、その二人が頑張って作ってくれたものだよ」


 つい、握る手が震えた。


 やめろい。


 その手の事に最近弱くなって仕方ないんだ。


「そうか」


 声が震えた。


「あいつらが……」


 荷車への積み込みが終わったのを見て、リディアが歩き出した。

 あっさりとしている。

 あぁ、言葉はもう、十分だからな。

 そろそろ戻らないと市壁が閉じちまう、しよ。


 馬に鞭を入れて荷車を引かせ始めたフィリアの横で、振り向いていたエレーナの背にリディアが手をやる。

 荷台のフィリアも、不自然なくらいこっちを見なかった。


 ちくしょうめ。

 こうも気遣われると、逆に気恥ずかしくなるんだよ。


「ま、ここまで手に馴染んじまうとな」


 適当な言い訳を一つ置いて、俺も続く。

 三人から、結構遅れたまま。


 最後に振り返って、すっかり変わり果てた屋敷の向こうに、二人の姿を見る。


 罪は消えない。

 忘れることも許されず、向かい合い続けるしかない。

 例え誰が俺を赦そうとも、俺の中に残り続けるお前達との罪と罰。


 刻み込まれたこの力と共に歩んでいこう。


 じゃあな。

 コレ、大事に使わせて貰うよ。

 本当に。


「あー、ったく。またな。ラウラ、リリィ」


 そうして、一冬の出会いに別れを告げた。








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