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懐古

 少しだけ、身勝手な思い出に浸ることを許して欲しい。


 春の風が吹き、空が珍しく青一色に染まった朝になら。

 墓場の前で腰を下ろして、ズルくなってもいいだろう?


 小さな陶杯を三つ。

 酒を注いで並べ、一つを手にする。

 結局一度もお前らと飲み交わすことはしなかったからな。


 ラウラ。

 そして、リリィ。


 お互いに、お互いの事を知らな過ぎた、お前達に向けて。


「乾杯」


 今だけは。

 酒を煽って、想い出に浸らせてくれ。


    ※   ※   ※


 「きゃああ!?」


 素っ頓狂な悲鳴をあげたのはラウラだった。

 いつものように自室へ引き籠り、研究を進めていたらしい彼女の声にリリィが慌てた顔で駆け付ける。


「どうし――――っ!?」


 ところが生真面目な護衛騎士は、偶然近くを通り過ぎようとしていた俺へしがみ付いたラウラを見て、またぞろ行為が始まっていたのかと勘違いしたらしい。

 顔を真っ赤にし、先の悲鳴がそういう遊びの延長線上なのか、それとも俺が無体を働いた結果なのかを想像し、二の句が継げずに硬直する。


「リリィ!!」

「ラウラ様っ」


 そこで俺から離れたラウラがリリィへ跳び付いたことで状況を解釈した彼女が、使命感に燃えて剣を抜き放った。


「待て」

「待ちません!」

「せめて話を聞け」


「ロンドが酷いのっ!」

「貴様ァ!!」


「あーもうめんどうくさいな!! 黒くてテカテカして異様に脚の早いカサカサした虫が出ただけだ!!」


「そのくらいで騒ぐなって助けてくれないのよっ」

「貴様ァ……!!」


「説明したのになんでそうなる」


 黒くてテカテカして異様に脚の早いカサカサした虫なんぞ、そこらで普通に見掛けるもんだろうが。

 多少デカかったが、騒ぐほどのもんじゃない。

 そりゃあ目の前に来たら気持ち悪いなくらいは思うけどなあっ。


「よし。斬り捨てられたくなければ今すぐその黒くてテカテカして異様に脚の早いカサカサした虫を処分してきてください。私はここでラウラ様をお守りしています」

「あほか。一匹居たら百匹居るとか言われる連中だぞ、相手をするだけ無駄だ」


 言った途端に女二人が青褪めた。


「百……? どんな繁殖力してるのよ、ゴブリンより厄介じゃない」

「くっ、こうなれば屋敷を放棄しましょうっ。ここは既に危険地帯ですっ、ラウラ様!」


「あほか……こういうのは原因がどこかにあるんだ。それを取り除く方が早い」


 因みにゴブリンってのは一匹見付けたら十匹は居ると言われている。

 しかも取り逃せば一年足らずで十倍に増え、翌年には住処を求めて更に拡散していく。

 魔物としては下級扱いなんだが、とにかく繁殖力と生存能力が凄まじく、地域によっては領主が軍隊を派遣する場合もある。


 その更に上を行くのが、黒くてテカテカして異様に脚の早いカサカサした虫、という訳だ。


「手分けして屋敷と周辺を探すぞ。最近まで奴らは居なかったんだ。どこかで生ごみの処理をしくじってたり、動物の死骸があるとか、そういうのが原因だ」


 じゃあな、そう言って俺が屋敷周りを探そうと歩き出したら、当然のようにリリィと、リリィにしがみ付いたままのラウラが付いてきた。


「…………手分けって言葉知ってるか」


「知っていて? 調査というのは専門家を立て、素人が迂闊に手を出すべきじゃないのよ、ロンド」

「そうですね。それに、敵地で戦力を分散させるというのは自殺行為です。私達は可能な限り部隊行動を心掛けるべきでしょう」


「ここお前らの本拠地だろ」


 お貴族様じゃあるまいし、なんて思ったが、そういえばコイツらはお貴族様だったか。

 虫が苦手なんて、クルアンの住民じゃ考えられない。

 冒険者なら旅先で幾らでもお目にかかるし、その手のデカい魔物だって居る。

 街中でだってそれなりに見掛けるからな。

 例外はフィリアの店みたいな、潔癖とか言われるような管理体制を敷いている場所くらいか。


 まあ確かに、ここ北域へやって来てからあまり見ていないが。


「あぁなるほど。アーテルシアの口付けで冷え込んでると、外から入り込んでくるのも居なくなるしな。こっちじゃ珍しいのか」


「一人で納得していないで、早く処理なさい。このままだと、私はこの屋敷ごと一度焼き尽くすわよ」

「そうですっ。私は騎士としてラウラ様をお守りしますので、前衛は任せます。後衛も任せますけど」


 ため息をついて、笑顔で返す。


「分かった。俺はしばらく都市の方でのんびりしてくるから。頑張れよ、二人共」


 言って走り出した。

 問答無用の逃走である。


「きゃぁあああっ、私は最初から助けてって言ってるのにぃ!」

「たっ、っ、く……! た、助けて下さいっ! たーすーけーてーっ! って、なんで止まってくれないんですかぁ!? ってきゃあああ!? 今なんか居たあ!? 待って! ねえ待ってっ! ねえっなんでですかあ!?」


 いや、なんか楽しくて。

 リリィを苛めるのって、なんか楽しいよな?

「ロンドおおお!! きゃああああっ!?」

 ラウラは、まあ、巻き添えだ。

「馬鹿ぁあああっ!!」


「あっははははははは!!」


    ※   ※   ※


 飲んでた酒を思わず吹き出しそうになった。

 あぁ、そんなこともあった。

 確かに、そんな時間だってあったんだ。


 結局原因は、ラウラが好き嫌いして部屋に運んでやっていた料理の一部を窓から放り捨てていたことだ。

 俺もリリィも表側ばかり使っていて、裏庭は主にラウラが錬金素材用の植物を育てていたから、あまり近寄らない様にしていて気付かなかった。

 黒くてテカテカして異様に脚の早いカサカサした虫も、その生ごみが除去されたことで徐々に屋敷から離れて行ってくれた。

 厨房周りは覚醒したリリィが獅子奮迅の活躍で徹底的に浄化してくれたし、ラウラの所業についても農園出身の一人として俺が延々と説教して半泣きにさせた。お野菜ってのはな、農民達が血の滲むような努力を重ねて食卓へ上がっているんだ、分かるか? 分かるよな?


「はは…………こんな気持ちでお前に向き合うのも、卑怯だと思うんだけどよ。許してくれよ。俺も、許したからさ」


 死んだ後で言うなんざ、ズルいとは思うけどよ。


「まあ、楽しかったよ。ここでの時間もな」


 酒を煽る。

 あぁ、美味い。

 この味をお前らと分かち合ってみたかった。


 いや、今そうしてるんだった、な。


 もう一度墓を見詰め、陶杯を置いて立ち上がる。

 そろそろ働かないと叱られる。


 振り返った先にはリディアが立っていて、二階の窓からはエレーナの姿が見える。かと思えば、表で植物合成獣(キメラ)を処理していたフィリアが様子を見にやってきた。


 今日は、この屋敷の在庫処分に来てるんだ。






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