仲直り
グロースと入れ替わりに秘密基地を出た。
たんまり手土産を持ち込み、ゼルディスに頼み込んで長期休暇までもぎ取って、全力謝罪作戦を展開したミスリル級のタンクを前に、とうとうリアラも胸襟を開いて対談に応じることにした。
後はもう家族の時間だ。
雇い主様であるリアラからちゃんと戻ってこいとの要請を受けているので、流石に飲みに行く訳にもいかず、さてどうするかと街並みを眺める。
「ん…………おう、ボウズじゃねえか」
まさか、という再会だった。
羽織った服を前で合わせた奇妙な服の老爺。
ラウラとリリィの住む屋敷へ突入してきた『ベリアル』所属の冒険者だ。
「アンタ、この辺に住んでるのかい?」
「いや、宿無しだ。ここしばらくは女の所で厄介になってたがな」
「ははっ。たらし込むのはお手の物かい。まあ、だからあんな手を打ててたんだろうけどよう」
敵意も、殺意も湧かなかった。
そもそも手を下したのは奴じゃないし、俺自身元々はブツを回収したらラウラを殺すつもりだった。最後の最後で手のひらを返しただけで、あの場で一番の下種野郎は俺だった。
加えて、なんだろうな、リディアと会ったおかげで屋敷での色々が整理出来た。
「アンタは? 真っ当な冒険者なら働いてる時間だぜ」
「よく言うぜ。こっちは面倒くさい事務仕事だよ」
「アンタが?」
「似合わんだろ。でもよお、ごちゃごちゃしたのが増えて大変なんだ。昔から居て、文字の読み書きが出来て、面倒事を多少は上手く治められるってんでな。俺だって冒険してぇよ」
「っはは」
つい笑った。
なるほど、その歳でまだ冒険者やってんだからな、余程の馬鹿なんだろうさ。
「そういや、俺はこっちに詳しくないんだが、北にも迷宮みたいなのがあるのか?」
「迷宮? あぁ、クルアンには凄いのがあるみたいだな」
老爺は顎を擦って空を仰ぐ。
すぐ浮かばない程度には人間同士の争いが激しいんだろうか。
「南の方じゃ冬んなると死んだ女王の呪いで馬鹿みてえな雪が降るんだろ?」
「アーテルシアの口付けって呼ばれてる。呪いというより祝福のつもりって話だが」
「まあどっちでもいいや。その女王が大昔、ここいらの国々も属国化してたとか言われててな、生憎とその祝福ってのには預かれてないくらいにはどうでもいい国だったんだろうけどよ」
まず魔物の時代があって、そこへ人間が進出して王国を築いた。
色々あって滅んだ国の最後の女王がアーテルシア。
東方の、魔境にはその名残りが幾らか残されてるって話だが、北方もそうだったんだな。
滅んだ後、また魔物の時代がやってきて、そこへ我らがクルアンの町を作るべく人々が入植し、今へ至る。
はじまりの冒険者ディムの物語は、俺も大好きだった。
弟と二人で作物の納入を任されるようになってからは、いつも酒場へ潜り込んで吟遊詩人の詩を聞きに行ったもんさ。
「その遺跡がこの近くにあるんだぜ。お前らが居座ってた山の奥の方にな」
「へぇ。そいつは初耳だ」
確かに渓流の奥の方まで道みたいはなっていたが、流石に滝向こうは森だ。行くとしても相当大変な道のりになるだろう。
ラウラやリリィもそういったものを意識していた様子はないから、あそこに陣取っていたのは偶然か。
あるいは屋敷が作られた理由くらいには絡みがあるのかもしれないな。
「そうそう。ちょいと前に、耳長の姉ちゃんからも聞かれてな、色々と教えてやったところだ」
「へぇ。お宝でも眠ってるのか?」
「あったとしてもとっくに掘り尽くされてるだろうよ。森は深いし、道中は過酷、とはいえ大昔から在るからな。都市の連中は『悪い事をすると遺跡に放り出されるぞ』なんつってガキを脅してるくらいの扱いだ。俺ァガキの頃に喜び勇んで乗り込んでいったがな」
「そいつが最初の大冒険ってか? はは」
手軽には行けない上、金目のものもないなら、誰も寄り付かないか。
「ここいらじゃそれくらいだ。まあ、この一年くらいで各地の砦や城が無人化してるから、それも遺跡って言えるのかもしれねえけどよ」
「人間同士の戦争が続く地か。分からんね、何が楽しいのか」
「そいつは同意するけどよ、テメエらも似たようなもんだろう。年中魔物なんつー化け物相手に命張って、滅んだり造ったりを繰り返してる。その内、クルアンの町だって滅ぶ時がくるさ」
「そういうもんかねえ」
「そういうもんさ」
んじゃ行くわ、と老爺は雑談を終えて歩いて行った。
屋敷で見た時より背中が丸まってみえるのは、退屈極まりない事務仕事を押し付けられているからか。
『ベリアル』
北域の国々が次々と魔物の暴走で滅んだことで、各地から逃げ込んで来た冒険者の受け皿となり、今や合成獣のようになっていると言う、元々は地元の弱小ギルド。
結局ウチとの明確な対立は起こらず、微妙に距離を取った関係が続いている。
強行突入はしてきたものの、ギルドメンバーである俺には手を出していないことや、俺自身が研究資料を回収後、勝手に破棄したと明言しているからな。
やらかしたのは俺。
概ねそういう見解で一致している。
いやホント、数日は消されるんじゃないかって心配して、あっちこっちの避難民に交じって隠れてたからな。
※ ※ ※
一家の夕食に招かれて、仲直りした父親と娘と、そいつを幸せそうに見る母親を眺める。
食事は美味かった。
カトリーヌは元々酒場で看板娘をやっていたそうだからな。
美味いのに人が寄り付かず寂れた酒場、なんてのは酒場飽和状態のクルアンじゃ珍しくない。その内誰かが言いふらして流行ったり、廃れたりする。
そこはフィリアの店の一件で見た通りだな。
仕事をして、ひっそりと店で食事を摂り、帰っていく無口なグロース。
見兼ねたカトリーヌが声を掛けて、話す内に惚れ込んで、押し倒したとかなんとか。
まあグロースもグロースでカトリーヌ目当てで店に通っていたむっつり野郎だった訳だが、こうして夫婦になって、娘を育てて家族になってるのを見ると、少しくらいは羨ましくなってもくる。
ふっと意識が遠ざかる。
ずっと親父との関係が悪くて、家族とは距離を置いていた。
最近、ちょっと改善されたけど、また実家の方には行けてない。
俺も俺でゴールドランクとしての足場固めをしたかったからな。
それが今やアイアン落ちだ。
「はいパパ。あーん」
「お、おう……あーーーん」
「あら羨ましい。リアラ、ママにはしてくれないの?」
「ママも? いいよっ、あーん」
「んーーっ、おいしい!」
「ママが作ったんだよー」
「そうね、ふふふっ」
あっちに戻ったら一度顔を出そう。
弟との約束もあるしな。
別の顔が浮かんでも来るが、そうじゃねえだろうと頭を掻く。
和やかな団欒に乾杯し、エールを煽った。
ほろ苦さが口の中に広がり、肺腑へ落ちていった。




