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漆黒の戦士

 「それっ!」


 リアラが手にした棒で輪っかを投げて、少し年上の少女がそれを同じく棒で受け取る。

 くるくると回していれば茎で作った輪っかは棒から落ちて来ず、また隣の者へ投げて受け渡していく。


 輪投げという遊びらしい。


「あーっ、落っことしたーっ! ははははっ!」


 次の者が受け取り損ねて、皆で笑いだす。

 かと思えばすぐに再開されて、今度はリアラが落っことした。

 笑われて、ちょっとだけ恥ずかしそうにしながらも、すぐに負けん気を起こして輪っかを投げる。


「見てると結構難しそうだな」


 近くの日向で座って眺めていた俺は、隣で糸を紡ぐ老婆へ声を掛けた。

 さっきからずっと手紡ぎで糸を作っているんだが、驚くほど均一で途切れない。


「そりゃあそうさねぇ、ロンドさん。あたしらは昔からああやって仲間の輪を紡いできたのさ」


 一周、誰も落とさずに回った。

 そうすると揃って大喜びし、また輪投げを再開する。

 自然と誰かが歌い出した。


「祭りになると、大人も混じって皆で輪を繋いでいくのさ。ちっちゃいのから始めて、アタシらみたいな婆様が最後に受け取り、最初のちっちゃいのに受け継ぐ。北は戦争ばかりだなんて言われるし、実際その通りだけどねぇ、そうじゃない時間だって確かにあるのさ」


 確かにそうだな。

 でなけりゃ、ああいう遊びだって廃れちまう筈さ。


「アンタらには、すまないと思ってるよ。アタシらで始めた馬鹿の始末を、他所から来た連中に押し付けちまってねぇ」

「そういうこともあるさ。まあ、俺はサボってのんびりさせて貰ってるから、礼の言い損ってやつだぜ?」

「へっ。でもどうしたんだい、あの子」

「多分、冒険者仲間の娘だ。ちょっと預かってる。ただどうにも、友達が居なくて寂しかったんだよ、きっと」


 リアラはあっという間に馴染んだ。

 最初は、母親から避難民には近寄るなと言われていたから身構えていたけど、いざ遊び始めればあの調子だ。


 元々クルアンの町で暮らしていたのなら、見知らぬ人間や余所者と接する機会だって多かっただろう。

 だから基本的に物怖じしないし、一風変わった奴らにも慣れがある。


 今一緒に遊んでいるのだって、獣族や小人族、巨人族やらの混血が結構居る。


 戦いの為か、戦いの結果としてかは分からないが、ラウラのような血の混じり方がこっちは普通なんだろう。


 不思議なもんだな。


 争い合っているのに、南や、西のように俗に言われる亜人族を差別したり、拒絶したりせず受け入れている。


「だがまあ、もうじきこっちも落ち着くはずだ。全部を狩り切るのは難しいが、群れを成したり、統率したりする個体を概ね狩り終えるって聞いてる。そこまで来たら、ウチからやり口を受け継いだ連中だけでどうにかなる筈だ」


「帰っちまうのかい?」


「人間同士の殺し合いってのはどうにもな……」


 リリィの死にざまが頭に浮かんだ。

 俺だって仕事上でかち合ったり、身内を護る為なら戦うさ。

 けど、魔物を相手にしている方がずっと気楽でいい。


「そうさなぁ。アタシも、そんなもん見てるより、ああやって子どもらが遊んでるの眺めながら、糸を紡いでいたいさ」


    ※   ※   ※


 夕方前にリアラは力尽きて、さっきの婆様に抱かれて眠りこけた。

 一緒に遊んでた連中もそれぞれの家族の所へ帰っていって、のんびりと草原の向こうに沈みゆく陽を眺める。


 そんな頃になってようやく父親が顔を出した。


「…………娘が世話になったそうだな」

「おう、グロース」


 ギルドで話を聞いて、そのままこっちへ来たんだろう。

 黒い鎧と剣もそのままで、眠る娘の傍らに膝を付く。


「今日もゼルディス御一行は大活躍だったか?」

「いつも通りにな」

「そうか。おつかれさん」


 婆様がリアラの背中を擦ってやると、うっすらと目を開けてグロースを見上げる。

 ゼルディスパーティの中で唯一の妻帯者で、娘が居ると以前に聞いていたから、おそらく彼だろうとは思っていたが。


「パ、パ……ァ……」


 寝ぼけ顔のリアラが手を伸ばしてきたからか、彼は慣れた手つきで抱きあげて、膝の上に乗せる。

 ただ徐々に頭がはっきりしてきたらしく、家出中なのを思い出してグロースの鎧を叩きだした。


 決して強くは無いが、思う所のある父親が困り顔だ。


「嘘吐き。約束破り。嫌いっ」


 言ってもがいて、婆様も通り越して俺の後ろへ隠れに来る。

 魔物相手なら勇猛果敢なミスリル級の戦士が、たったそれだけで眉を下げて頭を掻いた。


「まだ家出は終わってないとさ、お父さん」

「……リアラ、どうしたらパパを許してくれる?」

「…………やだ」


 ぷい、とそっぽを向いた。

 だけど駆け出さないのは、来てくれたことに嬉しさを感じているんじゃないかな。


 子どもの考えていることは直感的で、複雑で、大人になって理屈を身に付け縋る様になった俺達じゃあ、理解し切れない部分がある。


「まだ家出中だもん。パパ帰って」

「でもママも家で待ってるんだぞ?」

「ママはいいけど、パパは駄目」

「許してくれないのか?」

「…………駄目。家出中だもん」


 つい笑っちまった。

 なるほど道理だ。


 男でも女でも、一度始めたものを中途半端に切り上げる様じゃ駄目だな。


 リアラはちゃんと考えてる。

 彼女なりの計画がある。

 なのに小賢しいことを考えた俺と、それに乗ったグロースが手順をすっ飛ばしてきたから拗ねてるんだ。多分な。


「グロース、今日の所は諦めな。一日二日くらいならこっちで面倒見てやれる」

「しかしだなぁ…………」

「なんならギルドに行って受付嬢の一人くらい世話に回して貰うよ。今回の遠征はギルドからの要請含みだろ? あっちもあっちで大変だろうが、まずは頼んでみればいい」


 なんて言う俺を、何故かグロースは真剣な目で睨んで来た。


「…………手を出すなよ」

「出すか馬鹿。年齢考えろ」


 親馬鹿か。親馬鹿か。


「パパ帰ってぇっ! ~~~~っ!」


 なんてやっていたらリアラがぐずりだした。

 ぎゅうっと俺の肩を掴んで、盾にして、精一杯父親へ反抗する。


 それだけでグロースは狼狽えて情けない顔を晒した。


 はっはっは、生憎と娘はこっち側だぜ?


「パパは来ちゃ駄目か……?」

「駄目。でも……ママならいいよ」

「ママなら?」


 うん?


「ひみつきちでママとおじちゃんと遊ぶのっ。パパは家っ! 帰るのっ!」

「えっと……?」

「ママはこっち!」

 なるほど?

「ふふっ! パパは仲間外れだからっ」

「なるほど人妻か」


 悪くないな、なんて思ってみたらグロースがじっと見詰めてきた。


「…………兄貴?」

「冗談だ。そんな話、乗ってくる訳ないだろ。普通なら――――」


    ※   ※   ※


 「あっははははははは! いいねえ! そういう訳でロンドさんだっけ? しばらくリアラ共々お世話になるよっ!!」


 普通じゃなかったので、グロースの奥さんが秘密基地へやってきて、リアラの気が済むまで一緒に暮らすことになった。

 娘がほったらかしにされたということは、同じだけの時間、奥さんもほったらかしにされたということで、多分その不満もあるんだろうとは思うが。


「……………………………………手を出すなよ?」

「分かったから武器を握るな」


 ミスリル級の馬鹿夫婦に挟まれての、間男をすることになった。


「頼むから」

「分かってるって。ホントに」


 なんでそんなに信用ないんだよ。






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