秘密基地
一度リアラを伴ってギルドへ戻った。
嫌な顔をする支部の受付嬢へ笑顔でごり押しして、依頼書となる木板を貰い、机で果実水を飲ませてやりながらリアラに書かせる。
彼女は上機嫌だった。
依頼料の銅貨二枚半は今し方の果実水と木板で軽く消し飛んだが、まあ些細な問題だ。
「よし。おう、綺麗な字だな。その歳でここまで書けるとは驚いた」
「えへんっ。お勉強はちゃんとやらなきゃいけないのよ。ママからいつも教わってるのっ」
「大した母さんだ」
「んふふぅっ」
じゃあソレ飲んで待っててくれ、そう言って受付へ持って行く。
いい顔はされないが、多少は話を呑んでくれた。
リアラの依頼、そいつを正式に受理させることは出来ない。流石にギルドだって幼児から仕事は受けないし、そもそも金が足りていない。
なのに敢えて依頼書を作成し、ここに情報を残すのは、親元へ知らせる為だ。
彼女はゼルディスの名を出していた。
生憎とここらの人間はよく知らないが、今この都市に来ているゼルディスになら覚えがある。その関係者であるなら、ギルドに顔を出すことも多いだろう。パーティの誰かが来たら自然と情報が伝わり、俺の所へやってくる。
それまで預かってやるつもりだ。
だから手早く依頼書に言伝を添えてやる。
『ぷんすか怒っていたので、そこを考慮して会いに来るように』
リアラくらいの年齢になれば、親べったりから卒業して、自分なりに考え始めるのも出てくる頃合いだ。
俺も十歳くらいの頃には親父とよく喧嘩をしていた。
あやされていた、と言ってもいいが。
というかリアラの奴、母親の事は誇っていたな。
つまり家出理由は父親の方か。
そこいらも追々把握して行けばいい。
「あっ、ついでにギルドへの借金要請お願いね」
すっごく嫌な顔をされたが、流石に幼女を野宿させる訳にはいかんだろう。貸しが出来るとミスリル以上みたいな、強制参加のクエストも出来るからあまりやりたくないんだが、背に腹は代えられん。
はぁ、お金が無いって大変だなあ。
「おまたせ、依頼主様。それじゃあ家出について、詳しく話を聞こうか」
「ここじゃいや。パパが来ちゃうじゃない」
「おっと。そうだったな。なら、まずは秘密基地に行くぞ。パパにバレないようにな」
「ひみつきちっ。うん!」
残っていた果実水を一気に飲み干し、椅子から飛び降りてきた。
手を出すと素直に握ってくる。
「おねがいね、冒険者!」
「おう、任せときなっ」
因みにギルドを出た時、横合いからやってきていたエレーナとフィリアには、俺は気付くことが出来なかった。
※ ※ ※
ギルドが用意してくれた宿へ辿り着くと、リアラは真っ先に部屋を探検し、奥の一室を占拠した。
ここ私の部屋だから、と立ち入り禁止を命じ、俺は仕方なく居間の方に自分の荷物を置いた。
結構いい部屋だ。
あの受付嬢、なんだかんだと良い采配をしてくれる。
人間同士で延々と戦争をやっている地域なだけあって、右から左へ仕事を流していると厄介ごとに巻き込まれる分、この手の凝った話にも対応が効くのか。
貸してくれた額も結構なものだったから、しばらくはゆったりと生活出来る。
返済については、まあ後々だ。
パパとやらにでも請求してやろうか。
まともな親なら今日中にでも探しに来るだろうしな。
「ちょっとちっちゃいけど、悪くないわねっ」
ようやく奥から出てきたリアラが居間の長椅子に座る。
剥き出しの木製で、少し軋む音がしたが、それも彼女にとっては物珍しいらしい。揺らして音を立てるのが楽しいのか、機嫌がかなり上向いてきた。
こりゃ、本格的にゼルディス関係だな。
場合によっては貴族、あるいは誰かの家族か。
浮かぶ顔もあるが、まずは。
「それじゃあ改めて話を聞こうか。まずは家出の計画からだ」
「けいかく?」
「これから何日くらいこうしていたいか、とか。それか、なにをどうしたいか、だな」
「そんなことより聞いてよっ、パパひどいのっ」
「ほう?」
一番聞きたかった、家出原因を自分から話してくれるらしい。
「約束があったのに、それを破ったの! 約束は破っちゃいけないんだよ!」
「そりゃ酷い。どんな約束だ?」
「えっと…………一緒に遊んでくれるって。けど、お仕事が出来たからって出て行っちゃって。こっちに来てから何度もそうなのっ」
なるほど。
来てからってことは、ここに定住してる人間の子じゃないってことか。
まあ親を絞っていくのは後からでもいい。
どうせギルドから連絡も来るだろうしな。
問題はこの子がどうしたいかだ。
「もう……帰りたい。こっちの友達いないし、街中は出歩いちゃ駄目ってお母さんも煩いし、お勉強がんばったのに遊べないんだもん……っ」
確かに今の都市の状況は子どもには辛いもんだ。
大人同士がギスギスしているし、飢えて余裕の無い連中が増えると誘拐なんてことも十分考えられる。
ああしてギルド前までやってきていたことさえ、本来は危険なんだ。
ただ、道が分かる程度には慣れているんだな。
ギルドにパパが来ちゃうとか言っていたから、何度か出迎えたりしているってことか?
「帰りたいってのは、クルアンの町か?」
「っ、そう! おじさんなら連れてってくれる!?」
「ただ、勝手に帰るとママが可哀想じゃないないか? 連れてってやらなくていいのか?」
「ママは……だって、パパが頑張ってるんだからって言うだもん。私なんて居なくても平気よっ」
「それは絶対にない」
自然と柔らかい声が出た。
世の中、酷い親ってのも山と居るが、リアラを見ていれば十分わかる。
こうして思いっきり反抗出来るのも、素直な反応をしてみせるのも、親から心底愛されて来た証拠だ。
どっかの馬鹿が、親父相手に大喧嘩していられたのと同じようにな。
親に対し、安心しているから、思う侭に振舞える。
そいつは幸運なことさ。
幼い時分には気付くのが難しいことでもあるけどよ。
「リアラのことは、ママも、パパだって大好きだ。ただちょっと上手くないんだ」
「……なにが?」
「二人共、まだまだリアラのママとパパをするのに慣れてないんだよ。カッパーか、アイアンって所だな」
言うとちょっと不満そうだった。
分かりやすいな。
そういう所も愛らしいさ。
「じゃあ、シルバーか?」
「うん……それくらい」
という訳でシルバーランクに落ち着いた。
親ってのも大変だな。
外様から余裕ぶっていることは出来るけど、こういう風に十年以上も面倒を見て、反抗されたりしながらも独り立ちするのを見守るのか。
途方もない大事業だよ、コレは。
「しかしまあ、友達は欲しいよな?」
「…………うん」
俺はにっ! と笑った。
きっと一番の不満はそこだ。
八歳か九歳。
遊び盛りだ。
農園じゃ働き手として扱われていたが、それでもちょくちょく時間をくれて、近所の連中と冒険者ごっこをやっていた。
視点が親から外へと移っていく時期、なのかな。
もっと父親と一緒に居たいってのも大きな理由だろうけど、友達なら多少アテがある。
「いい所を教えてやる。そこならパパもママもやってこないだろうし、思いっきり遊べる筈だ。行くか?」
「行くっ!!」
手早く書置きを用意して、俺達は街へと繰り出していった。
行き先は市壁の外。
俺がしばらく野宿をしていた、避難民の天幕群だ。




