幼き依頼主
ギルドから出て来てつい空を仰ぐ。
北域の空は大抵パッとしない。ここいらはかなりマシな方らしいが、こうも曇り空ばかり続くと気分も晴れないもんだ。
なんて。
ただの言い訳か。
俺の憂鬱の正体は、今し方ギルドで受け取って来た物品で、受け渡してきた物品だ。
貰って、取られてきた。
具体的に言うと、アイアンのランク章を貰って、ゴールドのランク章を取られた。
降格だ。
「まさか二つも下げられるとはなぁ……」
ラウラの研究資料を回収せよ。
裏絡みの仕事を横から掠め取った挙句、失敗しましたと告げた時の支部連中の顔は中々に壮絶だった。いやぁ、表の酒場じゃなくて裏の応接室へ案内された時は、そのまま殺されるんじゃないかって流石に焦ったけどさ、なんでも失敗時の処理がクルアンの町から先だって送られてきていたんだそうだ。
多分、というか、確実にアリエルが手を打っていた。
アイツ、最初から俺が失敗すると思っていた訳だ。
ディトレインを殺した錬金術の研究資料、そいつを俺が易々と渡す筈がないって。
見透かされてた。
おかげで現地判断による厳しい処分は免れて、本拠地からの指示に従うということで話が纏まった。
後、俺は早く戻ってこいとのお達しだ。
きっとカンカンになったアリエルが俺を待ち構えているに違いない。
なので、しばらく北でのんびりしようと思う。
せめてアイツの頭が冷えるまで待たないと、到着したと同時に吊し上げられる。
しかし金は最低限しかなく、こっちのギルドからは厄介者扱いで仕事も受けさせて貰えない。
挙句にアイアン。
初心者カッパーがようやく一人前になりましたよってランクだ。
若いのが付けてる分にはそれなりに周囲も優しくしてくれるが、俺みたいなのがアイアンだと、早く引退しろよとか言われるようなランク。
金なし、地位なし、おまけに仕事も家も無い。
唯一の解決策がクルアンの町へ戻る事なのが、アリエルの執念を感じなくもない。
「どうするかねぇ」
道中を考えれば無駄金も使えない。
こんなことならラウラから情夫の給金でもせびっておけば良かった。なんて、クソみてえな冗談を考えられる程度には落ち着いたが。
「とりあえず今日も野宿かねぇ……」
頼れるアテも全く無いでもないが、向こうも向こうで魔物狩りに忙しい中、役立たずを抱え込ませることはしたくない。
俺も俺でなんとかなっているから、ちゃんと自立しないとよ。
酒でも浴びたいのを我慢しつつ、ギルドから離れていく。
そこへ、声が掛かった。
「あなたっ」
目を向ける。
子どもだった。
おそらくは八歳とか九歳とか、そこらへん。
幼女と言ってもいい年齢の子どもが、真っ直ぐ俺を見上げている。
見覚えがあるような、ないような。
「どうした?」
「あなた、冒険者ね」
「あぁそうだ」
応じると、首から下げているランク章を彼女の視線が撫でた。
「アイアンかぁ……えっと、ゼルディスおじちゃんが言うにはとりあえず役立たずから抜け出した下っ端ってことよね」
ゼルディスさーん? 《《コレ》》お前の関係者? 娘、というかおじちゃんってことは姪とか何かか?
「ねえ下っ端さん」
「どうした、お嬢ちゃん」
子どもに怒っても仕方ないので、とりあえず話を聞いてみる事にする。
「これでアナタを雇えないかしらっ」
ちっちゃな手の平に乗せられた、銅貨三枚。
しかも一枚が歪んで欠けている。価値半減だ。
銅貨二枚半か。
「随分な大金だな」
「私の全財産よ」
小遣いか何かだろうか。
ギルドを通せば手間賃みたいな額だが、それは問題じゃない。
「なるほど。ならまず、名前を聞かせて貰ってもいいか? 俺はロンド。冒険者だ」
「私はリアラよ」
リアラか。
やっぱりどこかで聞き覚えがあるんだよな。
「分かった、リアラ。それで、俺に何を頼みたいんだ?」
少女、というのも憚られる幼さだが、とにかく彼女は彼女なりに表情を引き締めて、俺と向かい合った。
膝を付いて視線を合わせたこちらの手を、ぎゅっと握りながら。
「私の家出を手伝って欲しいのっ!!」
ぷんすか怒って、頼み込んで来た。




