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アナタの苦しみをほんの少しでも分けて貰えるのなら。

 重たい身体を引き摺るようにして山を降りた。

 二人の死体は、焼いて中庭へ埋めてきた。

 あれだけ激しく争った後で、そこは綺麗に残っていたから。

 春になれば、綺麗な花が咲くかもしれない。きっと真っ白で、穢れを知らない花だろう。二人にはそれが似合うと思う。


 山を下りると雨は止み、けれど分厚い雲は未だ頭上を覆っている。


 都市は驚くほど静かで、市壁を越えてからは誰ともすれ違うことが無かった。

 透明で、死んだような街並みを歩く。

 歩いている自分が生きているのかすら分からなくなる。


 今回はとことんヤキが回っていると思い知らされた。


 騙すべき相手に絆されて、挙句逃亡を手伝おうとまでして……なのに襲撃者から守る事も出来ず、ただ棒立ちしていただけの無能が。

 ゴールドになった所で、俺はまだまだ状況を動かすだけの力が、無い。

 挙句目標すら揺らいじまうんじゃな。


 ……最初からああなるのは分かっていた。

 どうしたって二人は生き残れない。

 遅いか、早いかだけだった。


 それでも、もう少し遅かったのなら、ラウラはリリィへ謝ることが出来た。リリィも、主人への罪悪感を抱えたまま死なずに済んだ。罪を知ったラウラなら、自分のしたことと向き合っていくことだって。


 あぁ、なんて独善的だ。


 都市で苦しむ人を見てきた筈なのに。

 ディトレインの仇だって息巻いていた癖に。

 これでメイリーも安全になるって、笑ってすら居た奴が。


 それでも二人を許そうと思った。


 思って、死んだら、しっかり研究資料だけは回収してきた。

 くそったれが。

 コイツをギルドへ持って行けば莫大な報酬が手に入る。

 本当に、途轍もない額だ。

 ミスリルにだって昇格できるかもしれない。

 それだけ大きなクエストだった。


「くそっ………………」


 胸を掻き毟りたくなった。

 けれど、その前に。


 気付けば、曇天を割って光が差し込み始めていた。


「あれ? ロンドくん?」


 横合いの道からリディアが現れた。

 唐突に、前触れもなく、いつも通りの顔をして。


「こっちに来てたんだ。ひさしぶりーっ。えっと…………大丈夫?」


 駄目だった。

 こういうの、柄じゃない。

 人目に付くような所で触れ合うのだって避けていた。

 ましてや、つい先日まで他の女を抱いていた身で。


 だけど。


 縋り付いた俺の頭をリディアが抱き込み、撫でてくれる。

 耳元で柔らかい声がした。


「うん。大丈夫だよ。私が居るから、大丈夫」


 全く、卑怯だ。

 こんなの、どうしようもないじゃねえか。


    ※   ※   ※


 たっぷりと醜態を晒した後、リディアと手を繋いで街中を歩いた。

 何人かとすれ違い、まずいかとも思ったのに、離すことが出来なかった。


 リディアは妙に上機嫌だ。


 半年ぶり、ほどじゃあないが、冬を越すほどの時間を離れて過ごしていた。その反動か。


 ぼやけた頭で引かれるまま歩いて、裏道を進んだ先に花畑へ辿り着く。

 真っ白な花。

 アネモネだと、前に聞いた。


 ルーナ神の祭壇がある、人気の無い場所。


「……お前、こういうの探すのが趣味なのか」

「どうかな? ルーナ様の祭壇って、変な所に放置されてることも多いから、適当に巡って清めてるだけ。私以外にもそういうことしてる神官は居るかな」


 なるほど。

 神官特有のものだったか。


 リディアは進み出て、取り出した手拭いで祭壇を拭き清めていく。

 何度かやっているのか、すぐに終わった。


 そこへ歩み寄っていって、俺は手にしていた本を持ち上げ、握り込む。


 重たい本だ。

 この分厚い本いっぱいに、ラウラの生きた証が残されている。

 ギルドへ納めれば報奨金が手に入り、昇格点が得られる。

 価値の程は分からないが、今ここに存在するまでの過程があまりにも凄惨で、こう扱うべきなのかも分からない。


 ただ、リディアと会って、余裕が出来て、少しだけラウラとリリィの最期について考えることが出来た。


 アイツらは。

 そうだ。

 最期の最期で、な。


「なあ」

「なぁに?」


 リディアは何も聞かない。

 ただ受け止めて、耳を傾けてくれる。


 息を吸って。

 息を吐いて。


 真っ直ぐに本を見詰める。


「コレ、お前の力で処分とか出来ないか。色々魔術的なものが絡んでるのか、雨に降られても濡れないし、傷も付かなかったんだ」


 あの争いの中、放置されていたこの本は屋敷の中で揉みくちゃになっていた。

 それでも全くの無傷のまま。

 きっとラウラが何らかの手段で保護しているんだ。


「うわっ、なにこれ。とんでもない呪いが集まってるじゃない」

「そうなのか?」

「中身見た……?」

「いいや」


 はぁ、とリディアが息を落とした。


「良かった。見てたらきっと、ロンドくんも呪われてたよ。今もちょっと危ないけど」

「……そんなにヤバいものなのか」

「本の中身は知らないけど、元の持ち主か、その内容かに、物凄い量の恨みが集まってるの。魔術……というよりは呪術だね。起源は同じ魔法だけど。そういう、思念みたいなのが集まると、ただのモノが魔法を帯びることがある」


 よく分からんが、それならそれでいい。

 アイツらは恨まれていた。

 戦争も辞さないって覚悟でぶち殺しにくる連中が出るほどに。


「浄化の要領で清めることは出来るけど、ここまでのものだと消し飛ばす感じになっちゃうと思うよ? そんな凄い呪物なら、まあ、おすすめは絶対しないけど、欲しがる人は居ると思う」


「だろうな。けどまあ、俺は要らん」


「そう。なら、折角ルーナ様の祭壇もあるし、パパっと浄化しちゃおっか」


 そこに置いて、と言われるまま本を祭壇に備えた。

 リディアは常から持ち歩いている杖を構え、光を放つ。


 俺はその背に呼び掛けた。


「派手に頼む」

 返って来たのは、得意満面の、眩しいくらいの笑みで。

「そう? なら、思いっきり行くよ……!!」


 足元から光輪が物凄い勢いで広がっていった。

 舞い上がった白亜の花びらが、そのまま天へと昇っていく。


 葬送の光だ。


 この日まで、この北域で溜め込まれたあらゆる恨みの詰まったラウラの研究成果が、凄まじい光に包まれて柱を生み出す。

 あぁ、そういえば、昼間でも月って見えるんだよな。

 リディアの夢の話を思い出して、なんとなく空を見上げた。


「……………………あ」


 二羽の小鳥がその光へ導かれるみたいに飛んで来た。

 (つがい)、じゃない気がする。

 冬が来る前に逃げ損ねた、ちょっと間の抜けた姉妹だ。

 もうじき冬が終わる。

 温かさを求めて南へ旅立つのだろうか。

 そうであれば良いなと思う。


 道行きは遠く、知らない事で満ちている。

 きっと楽しい旅になるさ。


 なあ、そうだろう?


 浮き上がった純白の花弁に包まれながら、小鳥はどこまでも高く飛び上がっていった。


    ※   ※   ※


「ああっ」


 小鳥の見えなくなった空をぼんやりと眺めていたら、唐突にリディアが声をあげて慌て出した。

 こいつがここまで慌てるのは珍し……くもないが、神官としての問題であれば結構な事かも知れない。

 ややも緊張して向き合うと、苦笑いをする彼女が居て。


「どうしようロンドくん」

「……なにか問題が起きたのか?」

「問題、じゃないんだけど……」


 言ってる背後で光の柱が立ち昇る。

 一つ、二つ、三つ、もっと。


「あはははは…………気合い入れ過ぎちゃって、なんか他の祭壇まで共鳴し始めちゃった。浄化の力は上がるから全然平気なんだけど……コレ、大騒ぎになったりしない、かな?」


「なるだろうな」


「あーっ、もう! ロンドくんが煽るからだって! なんかやる気が溢れちゃった! 責任取って!!」


「俺にそんなこと分かるか。なんだ、馬鹿みたいなお祭り気分でやってたのかっ」


「これ絶対何か神殿から言われるって! 変な記念日とかにされちゃうかも知れないの!」


「はあ!? そんくらいなら別にいいだろ! ほっとけほっとけ! 黙ってりゃお前だってバレやしねえって!」


「今この都市にこれだけ出来る神官は他に居ないのっ。リディアさんリディアさん、もしかしてアナタは聖女様ですか、とか言われちゃうのっ」


「おーなんだ自慢か? いきなり自分は凄いですって言っちゃてるけど大丈夫か? 世間の嫉妬を浴びて少しは謙虚になれ」


「そうだ! もう逃げちゃおう!! もう知らないっ、私じゃないっ! それか引き籠ってロンドくん以外と会わないからっ!!」


「はぁぁぁぁぁぁぁ…………っ! お前はまだまだやることがあるだろうがっ、気合入れ直して働けっ!」


「ロンドくんが働けって言った!? こっちでクエストやってるの見た事無いんですけどお! 観光に来たならいいじゃんっ、私だって欲求不満なんですうっ!!」


「俺は一仕事終えたばっかりだバカタレ!! つーかいきなり欲求不満とか言うんじゃありませんっ! 俺はあれだ、しばらくは禊っていうか、そういう感じじゃないんだよっ」


「ああああああああああああああああああああああああああああああっ、また新しい女だあああああああ!?」


「っ、っっ、お前な!?」


「やっぱりそうだったんだあああ!! うわああああ!! 何人抱いたのっ、すけべっ、節操無しっ、下半身の奴隷っ!! 同じ空気吸ってるだけで妊娠しちゃうかもですねええ!?」


「っ、っく、だから……!! あぁくそっ……、っ!!」


「あっ、浄化終わったよー?」


「…………お、おう」


「なにー? 責められて罪悪感を薄めたいのー? へー、ふーん? ふふふふふっ」


「言う、資格もないことは分かってる……。恋人でも、相棒でも、パーティメンバーでもない……俺には………………………………」


「そう言ったもんね。ハイ終わりっ。それで、本ごと跡形も無く消え去っちゃったけど、処分して良かったんだよね?」


 気を取り直して、どうにか、取り直したことにして、祭壇を見る。

 本当に本は消えていた。


 はぁ、と息を吐いて。


 ラウラが生涯を懸けて築き上げてきた研究成果。

 リリィが守ろうとした主の秘密。


 あるいは、俺に与えられる筈だった報酬とか、そういうのも。


 綺麗さっぱり消えていった。

 ふっと笑みがこぼれた。リディアと騒ぐ内に、いつの間にか思い出していた笑顔で、空を仰ぐ。

 二羽の小鳥は、もう居なくなっていたけれど。

 重く冷たい痛みは抜け切らないが。


 もう、責めても貰えない罪を抱えたまま。


「…………あぁ、いいさ」


 思い出したんだ。

 最後にラウラが求めたのは、リリィと共に居る事だった。

 リリィもまた、ラウラに拒絶されて尚も、近くに居る事を望んだ。

 だから、あんなもんに固執はしていない。


 第一、国を亡ぼすほどの研究成果を得て、依頼主は何をする?

 そいつに良識ってもんがあって、確実に秘密を守り切るんだとして、じゃあ死んだ後は?

 次に本を手に入れた奴が、いつかどこかで、同じようなことをしたら。


 俺はディトレインに顔向けが出来ない。

 アイツならきっと、大笑いしながら俺の選択を称賛してくれる。

 人を助け、守るのが冒険者、ってな。


「よーしっ、今日はリディアお姉さんが奢っちゃる! 飲みに行くよっ!」

「はいはい。ちょっと早生まれなだけでお姉さんぶりたがるリディアさん、この都市が結構窮状にあるの分かってますか?」

「食べ物は少ないけど、お酒は余る程あるんだよ。空きっ腹に酒! だから悪酔いする人も多いみたいなんだよね」

「最悪じゃねえか。でもまあ、久しぶりに飲みたい気分だ。良い店あるなら案内されてやろう」

「うん。じゃあ行こっか」


 差し出された手を、ちょっとだけ躊躇してから握る。

 いつの間にか引き摺られるようになっていた女から、先の景色を示されて。

 謎の光について大騒ぎになっている街中を抜けて、俺達は酒場へ向かった。


 冒険者の血と肉は酒で出来ている。


 そいつを俺は、久しぶりに思い出した。







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