贖罪
今日も地下室でゴーレム車作りに勤しんだ。
外装は概ね出来上がっている。
内側も屋敷にあった家具を流用することでそれらしく。
お貴族様の満足いくような絢爛豪華さには程遠いが、馬にも牛にも引かれない奇態な車を見て、平民がちょっかいを掛けるのは控えようとする程度には金の掛かった感を演出出来た。
切り貼りし易い浮き彫りのあった壁には申し訳無かった。
おかげで屋敷も風通しが良くなり、肌着一枚で過ごす主人の情けない姿が改善されたことについては、リリィが大変喜んでいたな。
一つの作業に集中することは俺にとってもいい気晴らしになったみたいで、ついつい夢中になって朝を迎える事も増えた。
付き合いの良いリリィと一緒にラウラの眠りを見届けてから、また少し作業をする。
ただ、彼女の手が時折不自然に止まるのを何度も見た。
最初は無理をさせているのかとも思ったが、元々護衛であるリリィは不寝番に続けて屋敷の事で寝ずに働いていることも少なくない。
たまにうっかり眠りこけてるけどな。
そろそろ完成だ。
出来上がったら、南へ発つ。
どうあれそこが一つの決着だ。
「少し休もう」
「あ…………はい」
※ ※ ※
トゥエリから貰った薬草茶も、残りが随分と少なくなってきた。
苦くて不味いが、気分が落ち着くし、彼女を思い出して自分を少しは正せてやれる。まあ、結果やってることは爛れてるが。
なんて考えられる程度には余裕が出来る。
懐かしいな。
なんだか随分と前の事に思える。
「どうだ? 冒険者仲間の神官から、毎日飲むと元気になると言われた薬草茶だ」
「……薬には慣れていますから、普通に飲めます」
「そうか」
口を付け、苦みに顔を歪める。
だが慣れてきた。
なあ、トゥエリ。
「もうじき完成だな」
「はい」
「南へ行ったらやってみたいことはあるのか」
「別段何も。ラウラ様に従うのみです」
「そうか」
つまらない会話だった。
そもそも最近、愉快な話ってのをした覚えがない。
身体からはすっかり酒が抜けている。
血の臭いを嗅ぐこともなく、戦いからも離れて女を抱き続ける日々。
きっと、相当に鈍って来てる。
焦りを覚えるが、今は邪魔だ。
「あの」
さて作業へ戻るかと思った頃になって、リリィからの呼び掛けがあった。
浮かし掛けた腰を椅子へ降ろす。
「変な話を、してもいい、ですか」
「ゴーレム車以上に変な話があるのか」
混ぜっ返してみたが、反応は薄い。
リリィはぬるくなった薬草茶に口を付け、ほう、と息を吐く。
「…………どうすれば、罪を償うことが出来るんでしょうか」
その言葉を聞いて、俺は様々なことを考えた。
だが、自分も既に似たようなもんだ。
主人を抱いて、その従者を抱いて、リリィに裏切りという罪悪感を植え付けた。それを感じているのかも分からないが、俺自身やっていることは下種なものであると自覚はしている。
罪。
軽い言葉だ。
死に瀕した誰かにとって、茶を片手に語られる話にどれだけの価値があるだろう。
服を着て、喉を潤し、安心出来る家に居て、車が完成したら温かい南へ逃亡だ。薄っぺらいにも程がある。
けれど、と。
それがどれほど薄かろうと、ここで語られるのは誰かにとっての死と同じくらい、語る当人にとっては重たいものなんだろう。
「俺が思うに、贖罪ってのは二種類ある。一つは、所属する集団の与える刑罰に服すこと。正確にはその集団が納得するかって所だが、罰を受けてそれを終えたなら、大抵は赦される」
「もう、一つは」
「当人の中にある罪悪感だな。周りが許しても、自分が許せなけりゃあ罪は続く。解決する方法は、忘れるか、自分を納得させるかだ」
だがコレはどこまでいっても完結しない。
「ただ少なくとも、罪を忘れてのうのうと生きている奴を、周囲は赦したりしない。刑に服すのはあくまで周囲への宣伝みたいなもんだ。相応の罰を受けたから、アイツはもう大丈夫ってな。だから、本質的に忘れる方法は贖罪、というか、罪から逃れる方法とは言えない。同じように、忘れる事が出来ず自分を納得させようとしても、罪への自覚は残り続ける。だから、本来贖罪なんてものが終わることはない」
楽になる、ってことがもう贖罪とはズレている。
罪の意識に苛まれ、苦しみながら、そこから解放されたくてやった行為は、果たして贖罪足り得るだろうか。
他人はソイツの内心なんて推し量れない。
どこまでいっても人の心を読むなんてのは、経験則からくる憶測でしかない。本人ですら無自覚であることが多いんだからな、感情ってのは。
だから、その不安定さの上で、相応の行動を取ったソイツを周囲は赦していく。
罪があり、罰が存在する以上、刑に服した者を赦さなければ構図が成り立たない。
そうやって仮初に満ちた贖罪を振り撒いて、集団は回っていく。
「そう、ですよね……」
ある程度自分なりの考えがあったのか、リリィは重く頷いた。
「ですけど、償っていこうとする心があれば、償っていくことは出来るんじゃないでしょうか。それが終わらないとしても、周囲を慰め、自分を赦していくことが」
「かもしれん」
罪とは、既に起きてしまったことに絡んで発生する。
既に起きてしまったことは戻らない。
後は残った者同士、どう納得し合うか。
どう、か。
「ロンドさん……私達は、やり直していくことが、出来るでしょうか」
ぐっと目を閉じた。
答えは決まっている。
なのに、即答することが出来なかった。
もうじきゴーレム車が完成する。
出来たら、二人は南へ逃亡するだろう。
逃げた先でリリィが罪に向き合い続けるのなら、赦される事無く生きていくことが出来るのかもしれない。彼女からの言葉なら、いずれラウラも向き合う日が来るのかもしれない。何もかも都合の良い妄想だ。
それが叶わない夢だとしても。
それでも。
これまでの日々を越えて。
手を取り合っている二人を見てきた。
俺が。
どう思えるのか。
あの賑やかで真っ直ぐだった少女の死の先で。
贖罪を語った彼女が居る。
薄っぺらくとも重い、ささやかな言葉さ。
それが確かなものになっていくかは分からずとも、見届ける事が出来るのなら。
「もし、お前が……お前達がそれを出来ると言うのなら、俺が」
瞼を開けて、リリィを見る。
その背後に、ラウラが立っていた。
いつの間に。
いや、アイツの気紛れさなんていつもの事だ。
なんて心の内で軽く扱って、適当な言葉を放ろうとしたが。
ラウラは何故か俺の瞳を見て、傷付いたみたいな顔をしていた。
「っ、ラウラ様。お目覚めでし、たか……」
リリィが立ち上がり、主人の様子を見て呆ける。
無理解の表情で首を傾げ、いつもの様に駆け寄って、傅こうとした。
その頬を、ラウラの手が張った。
「………………出ていけ」
「……えと」
「っ、出ていけ」
「ラウラ」
「ラウラ様」
「出ていけ!! 二度とこの屋敷に入ってくるな!!」
突き飛ばし、近くにあった燭台を手に取る。
「落ちつけっ。一体どうしたんだ!」
流石に見ていられず駆け寄るが、同時に泣きそうな顔をしているリリィが見えて硬直する。それを横から引っ張られ、顔を向けた。
ラウラに唇を重ねられた。
今まで、たった一度として触れた事の無かった感触に、全身が総毛立つ。
「っ……!」
彼女はじっと俺の目を見る。
身を離した後も、まるで親から見捨てられた子どもみたいな顔で見上げてきて、
「嘘よ」
流れ落ちた涙に何と言えば良かったのか。
俺を見詰め、今や俺だけを求めようとするラウラの激情に理解が追い付いて行かない。いや、状況は分かっても、何故、が分からず混乱してしまう。ゴーレム車なんてものを作り上げるぶっ飛んだ思考が、どんな経路を辿ってその結論を得たのか。
ただ、俺よりも早く理解したリリィが立ち上がって、のろのろと部屋の外へと向かう。
ラウラに従うまで。
そう言っていた彼女は『出ていけ』の言葉通り、もう何も言わずに戸口に立って、一度だけ振り返って、そのまま本当に屋敷を出ていった。
残った一人、意味の分からない女へ向けて言葉を放る。
「何考えてる」
「うるさい」
「ちゃんと話せ」
「私を抱きなさい」
舌打ちする。
「出来るか、馬鹿」
ラウラが机の上にあったコップを投げつけて来て、床に当たったソレが割れて、薬草茶がぶちまけられた。




