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慟哭

 日に日に趣味が濃くなっていくラウラを抱きつつ、リリィを弄って気を紛らわせる。

 屋敷には二人を除けば俺しかいない。

 時折、山の奥から獣の声が聞こえてくるくらいで、特にやることも無く過ごす日々。だらだらと、いつまでこうしているんだと自問自答しても、結果は何も変わらない。

 あぁ、気が狂いそうだ。


 ただ、ラウラには時折、自室へ引き籠って出てこなくなる時がある。

 俺達は別に使用人じゃない。

 リリィは護衛、俺は情夫。主人が居なければやることもなくて、かといって無暗に山を離れるとラウラが怒る。買い出しに行くのだって最低限だ。屋敷の中を好き放題に物色しているとリリィがうるさいし、精々隙を見てアイツの部屋を漁って恥ずかしがりそうなものを寝台へ並べてやる程度か。

 もう、殆どは見て回れたが。

 後はラウラの部屋か、地下室か。

 どちらにせよ不健康な場所だろうな。


 なので少しは健全に過ごしてみようかと思い、最近手作りしていた釣り竿を持って、ちょっと上流の渓谷までやってきたのだが、


「………………きゅう」


 リリィが餌箱の中身を見て卒倒していた。


「おい、お前騎士だろ。今更血とか肉とか駄目なんですとか言い出すんじゃないぞ」

「それとこれとは別ですっ! なんですかコレ!? こんなのの箱を私に持たせてたんですか!?」

「待て待て捨てるな!? ここ何日かで苦労して集めたんだぞ!?」


 怪しい道具を持って怪しい事を企んでいるなと追及されたから連れてきたのにこの所業だ。人の寄り付かないジメジメした所に結構居るんだよ、コイツらは。

 どうにか川へ投げ込まれるのは防いだが、ちょいと散らばっちまって集めるのに苦労した。


「ほら、付けてやったから川面に針を投げろ。半ばに巻き付けてある木が水面に浮いて、魚が食い付いたら教えてくれる」

「うわぁぁぁぁ…………」


 俺の分にも取り付けたから投げる。

 それを真似てリリィがようやく仕掛けを投げ、二人して釣り竿を構えたまま立ち尽くす。


「え?」

「え、ってなんだ、え、って」

「え? 魚、喰い付かないんですけど」

「そりゃ魚も警戒するからな。銛とか網で捕獲しに来てるんじゃない。釣りってのはちょっとした遊びだ」

「食材確保の為と聞いていたんですが嘘だったんですか」

「結果的に魚は取れる」


 納得したのかしてないのか、とりあえずといった様子でリリィは水面を睨み続けた。上流から流れてきた風に彼女の髪が揺れる。色々と雑念の多い奴だが、一度集中すると静かなもんだった。


 と、


「よし、一匹目」


 喰い付いた魚を針に引っ掛け、釣り上げて桶へ離す。

 すぐ次の餌を取り付けて仕掛けを放った。


 入れ食いで二匹目。更に三匹目と続く。


「…………順調そうですね」

「そっちはボウズだな」

「……意味は分かりませんが侮辱を受けたことは分かります。決闘ですか、決闘を受けますか?」

「流れをよく見るんだ。魚だって生きてる。奴らの行きたい場所を読んで、その途中に仕掛けを投げてやれば、行き掛けに食いついてくる」

「っ………………」


 怒りながらも彼女は視線を水面からその下へ投げ、じっくりと様子を観察する。


「居たっ」


 早速投げ込んだが、当然魚は散っていった。


「そりゃお前」

「直接投げれば驚いて逃げると言いたいんですねっ、分かってます! 今のは弓矢みたいに考えてしまっただけです!」


 きゃんきゃん吠える様が子犬みたいで可愛らしいが、やや前のめりになり過ぎている。


「足元、気を付けろよ」

「分かってますっ」


 言いつつも身を戻し、そこからまた前のめりに。

 まあ落ちた所で川へ沈むだけだ。

 あるいはそれでも、とは思うが、何が居るかも分からないからな。

 慣れれば釣れるだろう、思って餌を付け直していると、リリィが『あっ!』と声をあげた。


「釣れたか?」

「え? どう、でしょう」

「引っ張り上げてみろ」


 餌を取られていた。

 興奮と緊張でガチガチになっていたリリィがため息と共に萎んでいく。


「うん、楽しんで貰えてるみたいで何よりだ」

「楽しんで……いえっ、食料調達ですからっ」

「そうだな。何匹か燻製にしておけば日持ちもするから、後三匹くらいは欲しい所だ」

「三匹ですね」


 任せて下さい、とばかりに餌箱へ手を伸ばしておきながら、そのままリリィは青褪めて、涙目で俺を見た。


「付けてやるよ。今の内に川の魚を見といてくれ」

「すみません……」


 それから俺が二匹を釣り上げても、リリィはボウズのままだった。

 むすっとした表情は見ていて楽しいが、時折桶を見ては気合を入れて、そいつが糸を伝わるらしく、中々魚が食い付かない。


「流れに身を任せろ。逆らえば動きが不自然になる。そういうのは目立つし、反発を貰う」

「流れ……流れ……」

「手首が硬い」


 トン、ともう自分の竿を置きっぱなしにしてリリィの手首を軽く叩く。


「それと肩。首。腰もだ。釣りは待機と同じ。意識はしっかり保ちながら、身体全体は緩めておいた方がいい。完全に緩めるなよ? 反応出来なくなる。後は慣れだ。糸から伝わる感触を覚えて、喰い付いた瞬間じゃなく、針ごと餌を飲んだ瞬間を見極めて竿を引く」


 俺が触れてもリリィは何も言わなかった。

 言葉に耳を傾け、実践することに集中しているらしい。


 真面目な子だ。


 それに、命令されることに慣れている。


 ああしろ、こうしろと指示されると、素直にそれを聞こうとしてしまう。

 護衛としてはどうかと思うが、ラウラも別にリリィを護衛として傍に置いているつもりはないだろう。

 他に誰も居なくなった屋敷で、ただ一人自分の為に残った友人。

 そう、呼んで……いいのかもしれない。


「あっ、来ました!」


 リリィの声で意識を戻す。

 水面近くで何かが激しく暴れている。

 大物だ。

 咄嗟に彼女の肩へ手をやった。


「間合いを測れ。今相手はお前に攻めかかってる。釣られるもんかって暴れてるんだ。糸や針にも耐久力はあるし、食いつきが不十分なら自分の肉を引き千切って逃げる場合もある。しっかりとそいつを見極めて、緩めたり引いたりしながら疲れさせるんだ」


 俺が釣っていたのは殆どが手の平程度の小魚だ。

 川の流れがある浅い場所を選んでいたからな。

 だがリリィは俺と糸が絡まないよう上流の深い場所へ仕掛けを投げていた。なら、大物が掛かった可能性はある。


「疲れて抵抗が緩んだ時、一気に水面から引っ張り上げてやれ。水から出ればもう抵抗出来ない。よく見極めるんだ」

「はいっ」


 所詮は手慰みで作った、長い枝に糸を結び付けただけの釣り竿で、大物を釣り上げるには向かない。

 こういうのはあくまで、小魚狙いが主眼となる。

 途中で糸が切れるか、竿をへし折られるか、そう思っていたんだが、リリィは思っていた以上に上手く魚の足掻きを受け止めた。


 やっぱり、強いよな。


 騎士だと聞いた。

 魔物狩りを専門にしている俺じゃあ、対人向けの技術は聞きかじった程度だ。長くやっていれば手にも馴染むし、不意の事で戦う機会があれば後になってぼんやりと考察することもある。

 その上で、このリリィという少女は俺より圧倒的に強い、そう感じている。

 今はともかく、ラウラと一緒に居る時は隙が無さ過ぎて困っているくらいだ。ま、事が始まると大人しくなるんだが。


「よしっ!」


 掛け声と共に彼女が釣り竿を振り上げた。

 水面から魚が飛び出してくる。まるで、自ら望んできたみたいな勢いで、


「あ……」


 ぺちり、とリリィの顔面に釣り上げた魚が衝突した。


 ひっくり返る一人と一尾、その後ろには水を張った桶があり、俺の釣った魚が中で泳いでいた訳だが。


「わあ!?」


 面白いくらい派手に水が撒き散らされ、リリィは頭から水浸しになった。


    ※   ※   ※


 屋敷へ戻ると庭先でラウラが涼んでいた。

 手には何かの本があり、それに書き込みをしていたようだが。


「…………どういう状況?」


「その……」

「ちょいと水遊びでな」


 リリィは濡れた服を脱いで、俺の上着を羽織っている。

 冬が通り過ぎつつあるとはいえ、ここ北方では常に凍える様な寒さがある。

 彼女らは慣れているようだが、流石に濡れたままでは風邪を引くからと着せておいたんだ。おかげで俺は寒い。まあ、仕方ないけどな。


「それよりラウラ様っ、見て下さい!」


 誤魔化しか、それとも自慢したかったのか、リリィが俺の抱えていた桶を指差す。

 ちょうど水が跳ねて、覗き込もうとしたラウラが嫌そうな顔をするが、構わず言葉を続けた。


「私が釣り上げたんです! 今日はこれを料理してお出ししますよっ。とっても美味しい筈ですからっ!」


「そう。私の為に用意してくれたのね。ありがとう」


 胸を張る護衛騎士へ、主人のラウラが手を伸ばす。

 するとリリィは素早く傅いてそれを受け入れた。


 なんとも微笑ましい景色だが。


「……俺は少し温まってくる。おい、お前も着替えるくらいしろ」

「私は軽く拭き上げるだけで十分です。ラウラ様がいらっしゃるのですから」

「さいか」


 渡した上着から覗く、眩しいほどの太腿とか、隙だらけの首元からは目を逸らしつつ。

 さて、髪を拭けるほどの手拭いはどこにあったかな。


「早くして下さいね。ラウラ様を待たせてはいけません」

「そうね。早くしなさい、ロンド」


「へいへい」


 こんな程度の寒さで、なんて言われるが、俺にとっちゃあ結構なもんなんだ。屋敷の方へ小走りに駆けていって、ふと後ろを振り返る。


 水桶の中を仲良さげに覗き込みつつ、昼間の武勇伝を語り聞かせるリリィ。

 そしてそれを、楽しそうに聞いて頷くラウラが居て。


 白い息が口の中から漏れて、首元を覆った。




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