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取り引きを終えて

 贅沢三昧の取り調べが終わり、仕方なく解放されてやった。

 表では先んじて解放されていたベラがおり、まずは腰を落ち着けようと彼女の家へ案内して貰った。


「中々面白い体験が出来たな」

「……本当に、ロンドさんはロンドさんですね」


 二人で荷物を背負って坂道を登る。

 ベラの分はもう家にあるから、俺の分を少し持って貰ってる状態だ。


「取り調べが途中から取引内容の確認に変わりました。ロンドさんですよね」

「あぁ、木の実の件か。最近大口の注文が増えてるって言ってたからな、ベラなら大量に用意できるぞって教えてやったんだ」


 錬金術の何に使うかは分からないが、魔物が増えていることに関係があるのかもな。

 連中はよく分からない材料を用いてとんでもないものを錬成する。

 魔物ってのは何らかの魔法の影響を受けている事も多く、素材としては優秀だ。

 北でやらかした奴らの残した、遺産を巡ってまた争いが起きているとも聞いた。


「おかげでしばらくはお仕事を続けられそうです」

「そうか。それでどうする?」


 道を折れ、窮屈な隙間を抜けていく。

 無計画に増築や建築を繰り返していると、こういう無駄な空間が出来るもんだ。

 だが、意外と近道になっていたりして、幼少の頃は親父と一緒に品を運び入れた後、クルアンの下町を冒険の場にしていた。


「……お金を貯めて」

「うん」

「その。ロンドさんみたいには出来ませんが、一度パーって使ってみたい、かもです」

「ははっ、悪い遊びを覚えたな。程度は弁えろよ? ああいうのはその場限りだから笑えるんだ。毎度続けていたら面倒なのが近寄ってくる」


 金の使い道が出来ただけでも仕事は張りが出る。

 欲は欲を繋ぎ、アレもコレもと欲しくなる。


 いいことさ。


 欲があるから頑張れる。

 無欲を謳う神殿だって神官からは金を徴収しているんだからな。

 神に仕えるのだってタダじゃない。


「はい。でも、もうずっと、ぐるぐる同じ所を回っている訳にもいかなくなったので、自分なりに考えてみようと思います」

「それについては……すまなかったな」


 勝手をやった自覚はある。

 疑わしくとも、黙っておくことは出来ただろう。

 俺がやったのはベラの望みを無視して、自分の望みを押し付けたんだ。


 それで上手く回せる自信があったとはいえ、彼女の生涯を歪めた事実はある。責任を取れと言われたら……クエストが終わった後ででも、手を貸すつもりだったが。


「そんなことないです。自分でも驚いてます。あんなに怖かったのに……咄嗟に、手が出てしまって」

「あぁ、命を助けられた」

「ロンドさんなら普通に切り抜けられた筈ですよね」

「どうだろうな」


 こればっかりは分からない。

 本当に。

 野郎のあの胆力で的確に急所を突いてきたら、重傷を負ったかもしれない。

 勝負に絶対はないんだ。

 まして俺は、常に相手を圧倒出来るだなんて思っちゃいない。

 択は浮かぶし、やれる自信は持てるが、そいつは気構え以上の価値は持てないだろう。


「襲われそうになってるのを見て、カーっとなって、気付いたら殴っちゃってました」

「おかげで野郎は随分と素直になったらしいぞ」


 奴は見事に壁へ突き刺さっていた。

 当人じゃあどうにもならなかったみたいで、しばらく表通りの晒し者となったとか。

 悪戯小僧も相変わらずで、面白半分で窓越しに尋問を始めたそうだ。

 ここに俺の素敵な提案が加わり、そっち向けの男娼を数名付けてやった。実に金の掛かる尋問だったと笑いを堪えながら報告してきたが、これが存外に効果も大きくてな。

 壁の向こうは表通りだ。

 なんだなんだと人々は野郎を見る。

 そんな状態で男娼から徹底的に尻を好き放題されたんだからな。

 懇切丁寧な質問に対し、野郎はあらん限りの証言をし、最後には泣きながら血判状を押したという。


 その後の始末も概ね決まっているらしい。

 商会で権利を持っている、北方の山で鉱山奴隷をやらされるとか。

 ウチほどじゃないが、あそこの商会も身内売りには厳しいようだ。

 最悪金をばら撒いて逃げる可能性もあっただけに、しっかりと裁きを下したのは悪戯小僧なりの誠意か。

 あるいはもうここには居たくないと本人から懇願されたからか。


「こっちです。ここを登ったら、私の家です」


 細道を抜け、剥き出しの岩肌を梯子で登ると、小さな小屋があった。


    ※   ※   ※


 木窓からの景色は見事なものだった。

 この都市は谷間の隙間を埋める様にして広がる一方で、中心地への近さだけを理由に丘の上にまで居住地が広がっている。

 岩石質な土地というのもあって、地面を削っただけの階段も多くあった。


 こういう高所は貧乏人の住む場所だ

 川から遠く、井戸水も出ない。

 家への行き帰りは大変で、汚い話になると排泄物などの処理も難しい。

 岩肌ばかりだと、埋めるのもな。


 ただベラにとっては長い仕事の合間に時折帰ってくるだけの場所だったから、これで問題無いんだろう。

 椅子も机もなく、藁敷きの床にかろうじて暖炉が備え付けられているくらいか。

 水瓶にはたっぷりと水が注がれているが、これは前以って彼女が下から汲んで来てくれたからだろう。


「……ロンドさんは、北へ何をしに行くんですか?」


 暖炉に火が入ったのを見て、俺は木窓を閉めた。

 じんわりと沁み込む寒さから逃げる為、ベラの近くへ寄っていく。


「仕事があってな。ちょっと、ややこしい案件なんだ」


 話す訳にはいかない。

 アリエルが言っていた通り、俺が受けたのはギルドにとっても裏の仕事。


「最初にお会いした時、ロンドさんは、なんだか辛そうにしていました」

「俺がか?」

「はい……」


 考え、あぁ、とすぐに思い至る。


 出発してしばらく、というよりずっとか。

 俺は確かに気が立ってたのかもしれない。


 人に話せば楽になると言うが、一人旅じゃあ余計なことばかり延々と頭の中を巡っちまう。

 面倒を見る相手もおらず、食事も休憩も最低限で、とにかく早く北へ行きたいって焦っていたかもな。


「南で積雪があった後、最初にそちらからの客人が来た時、盛大に宴をやるのがあの村の風習だったそうです。ただ、主賓のロンドさんは楽しそうというより、周囲に合わせているだけに見えたので」


 なまじ自分がそうだから、当時の俺からそいつを読み取れたのかもしれないな。


 そうか。

 あぁ、そういえばそうだった。


 それで励まそうと彼女が料理を振舞い、高級品だと中途半端に与えられていた知識から、大事な商品にまで手を付けて、結果的に俺は一夜の記憶を吹っ飛ばした。


 これじゃあ中毒者を笑えないな。


「だとしたら、俺はベラに救われたんだろうな」

「えっ?」

「だってそうだろう? お前と一緒に馬鹿騒ぎして、ここまでやってきた。あぁ、俺も楽しかったよ。性に合わない仕事をしようとしていたからな、どうしたって頭の中が硬くなる」


 それに、雪景色には嫌な思い出が重なり過ぎる。


 力不足で助けられなかった、一緒に最後まで戦い抜く事の出来なかった少女を思い出す。

 その血が沁み込んだこん棒を、俺は未だに持ち続けている。

 ゴールドに昇格したからってあの時の彼女に胸を張れるほどかは分からない。


 にゃははと笑って、誰よりも冒険者らしかった冒険者。

 ディトレイン。

 俺は、本当にあの時より成長出来てるのか。


 湿気た話さ。


 それでもな。


「強張った顔しちゃやれる仕事もやれなくなる。あぁ、危うく最初の一歩で躓く所だったよ」


「合わない仕事を、ロンドさんもやっているんですか……?」


 ベラの言葉に少し黙り込んじまった。

 ただ、と火を見詰めながら応じる。


「性には合わないが、他の奴には任せたくない。結果後悔することになっても、知らん顔で全てが終わるのを待つのは嫌だったからな」


 太い薪に燃え移って、火が更に大きくなる。

 火口はとうに燃え尽きた。

 灰になって尚、熱を残して火の中で踊っている。


「けどまあ、そういう気負った考えは随分と薄れたよ。お前のおかげだ」


 笑える。

 無理をするでもなく、俺はいつの間にか普通に笑えていた。


 そいつを見たベラがようやく息を落として、肩の力を抜いた。


「良かったです。そう、ですか……私にも、出来る事があったんだ」

「よしっ! 明日にはここを発つからなっ、最後の別れにたっぷりとヤっておくか! なあベラ!?」

「うぇっ!? あっ、は、はい!」


 北風はカラッと。

 でも部屋の中は湿っぽく。


 俺達は慰め合って、別れを告げた。






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