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分岐点③

 ギルド会館の中庭に大勢の冒険者やギルド関係者が集まってきていた。

 普段、あまり近寄らない場所だ。

 大抵の冒険者は表側の受付やその手前にある食堂で飲んだりするだけで、精々がゴールドランク以上の拠点を持たない連中が奥の部屋を使っているくらい。

 受付嬢やその他事務員ならもっといろんな場所を使うんだろうが、首を突っ込んで妙なものを見ちまってもつまらないからな。例えば、裏仕事の現場とか。


「これより我らは北方へ発つ! 皆の者っ、その間はよく働き、励むがいい! ザルカの休日が無いとはいえ、この町とその周辺の平和はお前達の腕に掛かっている!」


 今日も今日とて景気良く、我らがゼルディスが演説をぶっている。

 何か言わないと行動出来ない病にでも罹っているんだろうか。


 思いつつ、集団を率いるってのはああいうことなのかなとも考える。


 俺だけじゃなく、殆どの連中はゼルディスやそのパーティメンバーの事なんて知らない。外から見て分かる事なんてアテにならないと、近頃学ぶことが多い日々だ。


 だから宣言し、こうだと示す。

 纏ったものであれ、衆目が集まるのなら形を教えてやらないと不信に繋がる。


「よいか! 我が冒険者ギルド『スカー』の勇名を貶める事はあってはならない! だが僕はお前達が勇敢なる冒険者であると知っている。その証明をして見せろ!!」


 案外多くの声が応じて、奴は満足げに頷いた。


 中庭の石畳には何やら魔法陣が敷かれ、既に発光を始めている。

 上に立っているのはゼルディスパーティの面々だ。馬車数台にお付きも数名。流石に前回連れていた貴族娘らを同伴はさせないらしい。


 ゼルディスが着込んだ鎧に何やら力を籠める。


 あぁ、俺も聞いた時は驚いたんだが、どうやら連中、文字通りに《《飛んで》》北の地まで行くらしい。


 その準備だけでリディアは大忙し。フィリアも一緒になって他数名とあの魔法陣を敷設していた。


 ふと視線を巡らせると、俺を見付けたらしいエレーナが手を振っていた。

 軽く振り返し、また余所を見る。

 バルディは相変わらず酒を飲みつつ馬車の上で横になっていて、グロースは……なんと家族を連れて行くらしい。下手すりゃ半年で終わらないってんだから、分からないでも無いが。

 フィリアは狩人らしい耳長と何かを話していて、その奥でゼルディスを冷かしているのは雪山でも見た変身する奴だ。

 なにやら理解不能な生物を侍らせるちっこいのも居るが、改めて見ると個性豊かで大変そうだな。


 リディアは静かに光を放ち、魔法陣の制御に勤しんでる。

 別れは済ませた。

 なら、惜しむ必要はない。


「よし。力が満ちた。行くぞリディア!」


 頷きを最後に、一瞬だけ目が合った。


「では諸君! 一時の別れだ!」


 直後、一行の姿は瞬く間に空を舞い、遥か空の向こうまで飛んでいった。

 その名残を惜しむにはあまりにも激しい風が中庭に吹き荒れ、見ていた連中が揃って姿勢を崩す。


「……こりゃ、随分と派手に行ったな」


 流石はアダマンタイト級冒険者の率いるパーティだ。

 荷物背負ってえっちらおっちら歩いて行く俺達とは、遠征に対する考え方から違っている。

 魔法の道具一つで、ってほど単純じゃなさそうだが、ああも変わるとは驚きだ。


 見世物が終わって囲っていた連中が帰っていく。

 今の光景を肴に一杯やろうか、それとも何かクエストを探そうか、今日は休みにしてゆっくり過ごすのも悪くはなさそうだが、なんて話している。


 そんな中を見慣れた顔が抜けて来て、空っぽの中庭を前に大きなため息をつく。


「あーあ、やっぱり間に合わなかった。もう……だから急がないとって言ったのに。はぁ、フィリアさん、もうちょっと待っててくれたらなぁ」


「どうしたんだ。忘れ物でもあったか?」


 受付嬢姿のアリエルに声を掛けると、何故か俺を見て驚いた顔をする。

 サッと、手にしていた紙を隠す。


 なんだ?


「そんなとこ。じゃあね」

「いや待て」


 腕を掴むと振り払おうとするから、一度離して行く先を塞いだ。

 怒った顔をするアリエルが、瞳だけは不安そうに逸らしてきた。


「仕事があるんだけど」

「そう時間は取らせない。そいつを見せて貰っていいか」

「駄目。ギルドの重要書類だから」

「チラッと見えた感じだと依頼書だった筈だが?」

「見間違いじゃないかな」


 強情だな。

 何か隠してるのは明らかなのに。


「アリエル」


 呼び掛けると、ぐっと目を閉じてから睨み付けてきた。


「なに」

「そいつを見せてくれ」

「なにこだわってるのよ。ただの書類よ」

「だったら見せてもいい筈だ」


 俺だって本当にただの書類ならここまで食い下がったりはしない。だが、最初に俺を見た時のコイツの表情。

 相手が俺だったからの変化に思えた。

 ならその依頼書に書かれている内容だって、俺に関係あるんじゃないのか。


 既に中庭から人は居なくなった。

 残っているのは俺達だけ。


 夏の終わりを告げるみたいな空風が落ち葉を運び、冷たい石の壁へ打ち付ける。


「その依頼書、フィリアに届けたかったんだよな。なんなら俺が届けてやってもいいぞ。どの道そろそろアーテルシアの口付けだ。道中適当に採取をしながら北へ行くのも悪くない」


「万年シルバーの出る幕じゃないんで」


「今はゴールドだ」


 胸を押された。

 だが、拒絶というには弱々し過ぎる。


「アリエル」

「っ、ああもうっ! 分かったわよ! 見ればいいでしょっ、見れば!!」


 叩き付けられた依頼書を受け取り、目を通す。


 ……………………これは。


「言っとくけど、ソレ裏仕事の依頼書だから。下手に首突っ込むと後で後悔するわよ。表へ戻れなくなる可能性だってある。だから」


「――――いや、いい。コイツは俺が受ける」


「ちっ」


 本気で舌打ちしやがったな。


「それはゴールド程度に任せられる仕事じゃないの」


「なんでだ? 受領最低ランクはゴールドになってるぞ」


「そういうものなの。本当はオリハルコン以上。だからアンタじゃ駄目」


「そうか。ならフィリアに届けてやって、アイツと組んでやればいいんだな」


「……小賢しいことばっかり覚えて」

「お互い様だ」


 また舌打ち。

 ここまで苛立ってるのも珍しい。


 理由は……聞くだけ野暮か。


 だから少しだけ息を抜いて、アリエルの頭に手をやった。


「……すまん。だがコイツは、この依頼は俺がやりたい。無理そうなら素直にフィリアへ任せるさ。自分の力量はよく理解してるつもりだ。無駄に三度もゴールドから降格された身なんでな」


「ちゃんと帰ってきて」


「あぁ」


「呑まれないで」


「分かってる」


「絶対……分かってない」


 あぁ、そうだろうな。

 俺が小さく笑みを溢すと、ようやく何かを納得出来たのか、アリエルはこちらに背を向けた。


「あとそれ、失敗しましたじゃ済まされない奴だから」


「分かった」


「分かってない。絶対。分かってない」


 去っていく背中を見送って、俺もようやく動き始めた。

 急に決めたこととあって遠征の準備なんて出来ちゃいない。情報を収集して計画を立てるだけでも数日掛かるだろう。その間に保存食の用意と、冬用装備の確認も並行して進めよう。

 金は少々心許無いが、道中で稼ぎながら行けばいい。

 最悪野宿をしながら採取や狩りでやり過ごす。

 かなり日数も要するだろうから、今の内に身体をしっかり整えておかないとまずいか。現地へ着いて満身創痍ですじゃ話にならないし、道中でも身体を休める所を決めておく。


 よし、方針は固まった。

 後は実行するだけだ。


「……北か」


 戦乱の続いた土地。

 傭兵業に興味は無かったから、殆ど足を向けた事がなかった地域だ。戦争なんぞ、勝手にやっててくれと思ってたしな。


 それでも、理由が出来た以上は。


「発つ前に、ニクスとディトレインの墓参りでも行っておくかな」







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