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とても和やかじゃない一日

 人手が足りなくてー、と泣き付かれたことで深夜の倉庫番を引き受け、仕事を終えて部屋へ戻った後。

 湯屋でさっぱりとしてから軽く朝食を摘まみ、戻ってきていた装備類の調子を確認している間に寝落ちした。


「風邪引くわよー」


 目覚めた時、いつの間に上がり込んできていたのか、机で木板へ何かを描き込んでいたアリエルが顔を上げて頬杖をついた。


「ちゃんと寝台で寝なさいよね」


 身体の上には薄手の毛布。

 野宿もやる冒険者にとっちゃ床で寝る程度は普通のことだが、折り目正しく生きている彼女は昔からこの手の事を気にする方だった。


「鍵は……」

「空いてた。不用心ね」

「そりゃどうも」


 ここは馴染み客の多い宿だが、確かに不用心だった。


「いつの間に上がり込んだ」


 床に座りながら見上げたアリエルは、受付嬢の制服ではなく私服だ。

 華やかさを残しつつも部屋着のようなゆったり感。髪を降ろしている所を見たのはかなり久しぶりだった。


「前に話してあったでしょ。三度もゴールドから落っこちてる可哀そうなグランドシルバーに、ゴールドランクの維持計画書を作ってあげるって」


 そういえばそんなことを言われてたような気もする。

 机の上に乗ってる木板の山がそれか。幾らか羊皮紙まで混ざってるのは、ギルドからの持ち出しものか? 位が高くなると好き勝手が出来て羨ましいねえ。


「ほら、こっち来なさい。解説してあげるから。まずアンタは村クエストの受注を減らす所から始めないと――――」


    ※   ※   ※


 定期的に行われているゴールドランク同士の遠征討伐など、意外に知らなかったこともあり、実りのある時間を過ごせた。

 さてと用事も済んだからとっとと帰れ、などと言えるはずも無く、下で注文した酒を飲みつつ余興のつもりで盤を広げたんだが。


「勇者と魔王、また懐かしいのを持ち出したわねぇ」

「昔よくやったよな。ちょうどこの前、冒険者仲間やらと遊んで、懐かしくなっちまってな」


 またここでやろう、なんて言ってエレーナが置いて行った盤だ。

 勝手に使わせてもらうのはなんだが、酒でもやりつつ遊ぶにはちょうどいい。


 盤や駒を納めていた、可愛らしくもお洒落な手提げ袋をじっとりと視線で撫でた後、薄く笑顔を浮かべてこちらを見る。


「相手をするのはいいけど、何もなくただ遊ぶだけなんて子どものすることよね?」

「……何が言いたい?」

「懸けるものがないと張り合いを感じない」

「お前、賭博(ギャンブル)好きだったか?」


 そうじゃないけど、と断りつつも引く様子はない。

 遊戯(ゲーム)を持ち出したのは俺だ、小遣い程度のものなら乗ってやらんでも無いが。


「お互いあの頃とは違うわ。ちゃんと、自分で自分に責任を取れる歳にはなった。なら、生半可なものじゃ駄目ね」


 答えを決めてるような口ぶりだった。

 というか、そのつもりで話を持ち出したか。

 相談事と同じだな。

 結論は最初から出ている。


 アリエルは白々しく考える素振りを見せつつ、静かに俺を見定める。

「そうね。だったら」

 そのまま話が進めば、彼女の望む落とし所とやらに落ち着いたんだろうが、


「その勝負っ、私も乗らせていただこうかしらっ!」


 ぱーん、と部屋の扉を開け放ち、突入してきたフィリアが言い放った。

 言い放ったは良いが、


「なんでお前俺の部屋知ってるんだよ」

「なんだかとっても面白そうだったので」

「答えになってないぞ」


 などと言い合っていたら彼女の後ろから慌てた様子のトゥエリが顔を覗かせた。変わった組み合わせだな。そういえばリディアを酒場の宣伝に使った件で繋がりは出来たのか。


「トゥエリ、入っていいぞ。そこの変なのは可能なら元居た場所に捨ててきて欲しいんだが」

「あーんっ、辛辣な物言いに興奮しちゃうっ。一緒に湯舟へ浸かった仲じゃありませんのぉ」


 スッと部屋の温度が下がった気がした。


 俺の正面で表情を無くしたアリエルが静かに立ち上がる。

「あー、誰かと思えばオリハルコンのフィリア=ノートレスさんじゃないですか。こんなシルバー臭いところに居るとまた降格しちゃいますよ」

 それとは別にフィリアの背後へ立ったトゥエリが彼女の肩を掴む。

「……いつのことでしょう? フィリアさんは……リディアさんのパーティの方ですよね。ロンドさんとはどういうご関係ですか」


「うふ」


 あ、おい止めろ、今物凄く嫌な予感しかしない表情でフィリアが俺を見た。


 彼女は迫るトゥエリの手を外し、悠々と部屋へ入ってくる。まるで慣れた場所のように進み続け、俺の寝台に腰掛けて脚を組む。


「どういうご関係か、一言で説明するのは難しいですわねぇ、ロンド様?」


「……様?」


 なんで俺を睨んでくるんだアリエル。

 トゥエリも泣きそうな顔をするんじゃない。

 そこに居るのはオリハルコン級の変態だ。


「変な誤解をするな。そいつとは何でもない」

「あらあら、あんなにも気持ち良さそうに出しておいて、今更何もなかったなんて仰らないで下さい。私だって最初は躊躇したんですのよ? ですけど、止むに止まれぬ事情があって……仕方なく」


 まるでその時まで処女でしたとでも言わんばかりの表情で照れてみせるフィリア。


 ああやって頬を染める技術はどこで習得できるんだろうな。

 普段から落ち着いた振舞いをしているだけあって、何も知らずに聞くと俺が無理矢理迫ったみたいな印象が付くんじゃないか。


「ですが私も驚きましたわ。一度ならず逢瀬を重ねた方が、まさか他の方からこうも言い寄られているだなんて」


 視線を受けたアリエルが動揺する。

「べっ、別に私は言い寄っていた訳じゃっ!?」

「そうなんですの? まるで振り向いてくれない方へあの手この手で追い縋ろうとしているように見えたものでしたから」

「っ……っ!」

 おー、攻める攻める。


 因みにフィリアは以前の口ぶりからトゥエリやアリエルが俺とどういう関係だったかを概ね察していることが分かっている。

 知らないふりして遊んでるだけだ。


「トゥエリさんも……ごめんなさいね。まさか同じ方をお慕いしているだなんて思いもしていませんでしたわ」

「いえ……別に、想われていることまで否定するつもりは…………」


 などと言いつつ二人の視線が外れた途端ににんまり笑う。

 そうして奴は言いやがった。

 俺の余計な事を言うなという視線を受けて、嬉しそうに。


「ですけど、ご様子から察するに――――私が一番新しい女、ということでよろしいのかしら?」


「………………あ?」

「……………………」


「うふふ。先日なんて、ギルドで声を掛けていただいて、ちょっとした気分転換にどうだ、なんて誘われてしまいましたし……恥ずかしくて思わず断ってしまいましたけど、今からでもあのお誘い、受けてもよろしいかしら?」


 よろしくないですね。

 非常に、よろしくない状況ですね。


 怒るアリエルはまあ分かるけど、頼むからトゥエリは何か言ってくれ。


 そしてフィリアはこの場の空気を一切考慮しない。

 雰囲気だけは清純そうに振舞いながら、両手を合わせてにっこり笑う。


「なんて冗談ですよ。折角面白そうな遊戯(ゲーム)があるんですから、それで四人仲良く遊びましょう? 勝った者がロンド様を好きにしていい、という条件で」


「俺に拒否権は」


「ない」

「なしでお願いします」

「うふふ、満場一致で決定ね」


 そんな訳で、ロンド様とやらを賭けた勇者と魔王が始まった。


    ※   ※   ※


 先日、この部屋にはとても和やかな景色があった。

 無邪気なエレーナの笑い声と、眠そうにしながらもなんだかんだと皆に付き合うレネと、周囲を気遣いつつ勝負事には前のめりになってしまうフィオの楽しそうな笑顔。


 それが今やどうだろう、誰もが殺気立って周囲を警戒し、言葉の刃が飛び交っていく。


「表面的なのよねぇ………………。コイツが若い頃、今でこそ落ち着いた大人みたいな顔してるけど、とんがっててギラギラしてた所なんて知らないでしょ。今でも、あぁあの頃のままだなあって思う事もあるけど、そういうの分からないものよね」


「縋るものが過去にしかないと、すぐ昔を持ち出して思い出話を始めるものですわね。大切なのは今よ。だって過去ばかり抱えていても、彼とは触れ合えないんですもの。昔の事なんてこれから知っていけばよろしいんじゃないかしら?」


「……まるでこれからがあるみたいなことを仰いますね」


「あるんじゃないかしら。だって私、別にお付き合いもしていませんし、捨てられてもいませんもの」


「っ……」

「~~っ」


 状況は概ねフィリアが優勢だ。

 この盤遊びに慣れているのもある。


 しかも彼女からすれば二人を玩具にしているだけで、それほど重たいものを背負っているのでもない。

 賭け事は実際の腕前より、どれだけ平常心を保てるかが勝負だ。

 その点で言うとアリエルもトゥエリも気負い過ぎている。


 俺も自分の身が懸かった勝負だ、適当に流すつもりは無い。


 というか、それ自体納得はしていないが、さっきからフィリアが迷宮でのことをチラ付かせてくるんだよな。

 逃げれば公表する、そういう脅しだ。


 掌の上ってのは気分が悪い。が、それほど絶望的な気持ちになる必要はない。

 魔王の駒を持った俺はここ数年負け無しだ。

 エレーナ達を相手にした時は幹部数体を外していたし、勝ちに拘らず遊戯を楽しむことを優先していた。


 勝てばいい。

 勝てば、迷宮であへあへ言ってた事実は水に流れて消え去ってくれる。

 二人も勝負に負けてまで追及はしてこないだろう。


 問題はやっぱりフィリア。


「うふふ。そんな視線を送られると昂ってしまいますわ」

「この状況を作ったのはお前だ。負けたら相応の仕置きを受けて貰うが分かってるのか」

「あら、それは楽しみですわ。ロンド様が何をして下さるのか、はぁ……それを考えただけで手順を間違えてしまいそう」


 くそっ、揺さぶりは通用しないか。

 相手はオリハルコン級の冒険者だ。生半可な圧力では屈さないだろう。


 いや……この場合はフィリアの性的嗜好の問題か。


「わ、私だってロンドさんにされることなら何でも嬉しいですからっ」


 …………そしてトゥエリは何を言い出してるんだ。

 言われてるこっちの方が恥ずかしくなってくるんだが。


「うふふ。好かれていますね、ロンド様」

「いい加減にしないと俺も怒るぞ」

「叱っていただけるんですの?」


 こいつを上手くへこませる言葉を誰か教えてくれ。


「さあ、そろそろ勝負に集中しましょうか。ロンド様、盤面をよくご覧下さいな」


 言われ、そうだなと息を抜いて盤面を見た。


 あ……。


「……お前ら、ッ」


 平常心を保ててなかったのは俺もだったらしい。

 ここ数巡で見た配置と微妙に駒の位置が変わっている。

 ズラしやがった。


 イカサマだ。


    ※   ※   ※


 勇者と魔王は表向き、冒険者同士の親睦目的で遊ばれる。

 熟練者が魔王を受け持ち、関係の不慣れな三人とで協力し合いながら戦うことになるから、これは真実間違っていない。


 だが血と肉が酒で出来ているとまで語る冒険者には、当然賭博事が好きで仕方のない連中も出てくる。

 そうなると魔王と三人の人間って構図は、賭博の親と子の関係に入れ替わる。


 金が絡めば登場するのがイカサマだ。


 中でもズラしは極めて一般的で、対魔王側の手管としては結構効果がデカい。微妙な位置のズレは認識し辛いし、魔王は三人へ注意を払わなきゃならないからな。


「アリエル……」

「なにかしら。おしゃべりに夢中で盤への注意がおろそかになっていたんじゃない? それともそんなにそこの女が気に入ったの?」


 イカサマはそれを許す方が馬鹿だ、ってのは通説だが、落ち込むふりしてちゃっかり仕込んでやがるとは。

 前回の想い出なんぞに浸って、俺も随分と甘い事を考えていた。


 アリエルの次、トゥエリが素早く次の手を打つ。

 遅れて左側の盤面に変化があることに気付いた。


「っ、フィリア」

「うふふ。動揺の隙を突かせていただきましたわ」


 イカサマを指摘できるのは次の手番が終わるまで。

 ならこの状況は俺に圧倒的不利だ。確認している間に手番を進められ、咎める事が出来なくなる。


 このままじゃあやられ放題だ。

 だったら。


 あぁ、仕方ないよな。


「そうか。そこまで徹底的にやってくるなら俺も相応に《《遊ばせて》》貰おうか」


 魔王の駒を取り、意図的に強く盤へ叩き付ける。

 強い音が鳴った。

 全員がこちらを見る。


 その視線を、縫い留める。


「俺相手にイカサマを仕込んだことを後悔させてやる。折角ヒラで打ってやってたんだがなあ。言っておくが、ザマをやらかしてその場を咎められた奴は即敗北。賭博前提なら十倍払いが鉄則だ。覚悟しとけよ、お前ら」


「あら。息巻くのは結構ですけど、その動きはちょっと不用意じゃありませんの?」


 俺の次、フィリアが手拍子で差してくる。

 ほくそ笑んだ。


「っ、駄目です!」

「え……?」


 手が離れる。

 手番が回った。


 声を上げたトゥエリが顔を青くして自分の陣容を見詰めている。アリエルも同じ。


「やられた……! アンタッ、イカサマ発覚は即敗北とか宣言したその場でやらかすってどんな神経してるのよ!?」

「…………私の駒、いつの間にかごっそり抜かれてます」


「え、ええ!?」


 今のはハズしと言われるイカサマだ。

 簡単な話、相手が気付かない内に駒を取り除くことを指す。

 態々こちらの駒で攻撃する必要も無い、素晴らしい手管だよ。


 全員の視線が集まり、縫い留めた直後に厄介な駒を複数排除させて貰った。

 この三人の中で、実はトゥエリが一番上手い。遊び半分でやっているフィリアは攻守が気紛れだし、なんだかんだと動揺の激しいアリエルは指し筋が昔のまま粗っぽくて読み易い。

 守りをしっかり固めつつ、攻めるべき時に攻めてくる。かと思えば撹乱に威嚇と休まる間をくれない。事実上の三面打ちを要求される魔王にとって一番嫌なのはそういう打ち手だ。

 だから最優先で削らせて貰った。


「私が手拍子で打ち返したくなる所へ打ち出してきたのも、手番をすぐ回させる為ですの……」


 当然だろ。

 仕掛けるザマで得られる利益と、囮とする手順の損得計算は基本だ。


 複数名の思考が入り乱れるこの遊戯において、一対一の盤遊びのような配置丸暗記ってのは難度が馬鹿みたいに高くなる。

 だから必然的に目の前にある情報へ意識が引かれがちだ。

 配置をずらす、ズラし。

 相手の手番中に自駒を一時的に隠す、ボカし。

 直接的に駒を奪って盤面から排除する、ハズし。

 他にも色々とあるが、こうまでされちゃあ黙っているのも馬鹿らしい。賭博なんぞに染まるつもりは無かったから、あくまで自衛の為に身に付けた技術とはいえ、今回ばかりは存分に使わせて貰おう。


「さて、今ので大方の趨勢は決したと思うが、まだやるか?」


 そこからの対局はほぼ一方的なものとなった。

 俺の勝利だ。


    ※   ※   ※


 「お前ら二人はこのまま真っ直ぐ家に帰れ。寄り道はするな」


 アリエルとトゥエリから何かを期待するみたいな目を向けられたが、最初から手を出すつもりは無い。

 勝った奴が俺を好きにしていい、という条件を翻せば、俺もコイツらを好きにしていいってことだ。


 おいたの躾は盤上でたっぷりしておいたから、俺としても十分に気が済んでいる。

 黙って帰れ。命令は以上だ。

 悔しそうにする二人は無視した。


 問題は事の発端であり、最終的に魔術まで使って大暴れしてくれたフィリアなんだが……。


「…………ぽっ」


 コトリ、と荒縄を差し出されて俺は沈黙した。

 どこにそんなもん持ってたんだよお前。


「縛らんぞ。仮に縛っても何もせず放置する」

「縛ってくれた上に放置までしてくれるの……?」


 だから、誰かコイツを本気でへこませる言葉を教えてくれよ……。


「まあいい。お前はもう好きにしろ。ただし俺には付き纏ってくるなよ」

「っ…………」


 何言っても興奮されるんだがどうすればいいんだよ。


 しかしそろそろ時間切れだ。

 いつまでも相手をしていられない。

 悠長にやっていたおかげで日が暮れ始めている。


 俺は三人を部屋から追い出して、準備を整えてから自分も外出した。


 あぁ。

 今晩はリディアと会う約束があるからな。






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