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苦みを知る

 折角だからと、ラガーを知らなかった連中とフィリアの店で飲んだ後、俺は噂の店を訪ねてみる事にした。

 新種のビールってのは、エールのことらしい。

 どこかにもう一人馬鹿が居て、ラガーを量産したのかとも思ったが。


「あー…………これは」


 いつかどこかで見た光景が店先に広がっていた。

 もう詳細は省くが、簡単に言うとリディアがテラス席で飲んでいた。


 飲み慣れたエールとどう違うのかは分からないが、ラガーに負けないくらい魅力を感じているようで、それに釣られた連中が次々と店へ吸い込まれていく。

 大通りに面したフィリアの店とは違い、ここはちょっとした道幅があるだけの側道だ。だから道いっぱいに樽が置かれ、殆どの客が立ち飲み状態でその酒を煽っている。


「リディアさん……」


 一緒に来ていたトゥエリが額に手をやって息を落としていた。

 彼女はあの色気の一番の被害者だ。威力の程は身に染みているだろう。


「味がいいってのはあると思うが、ラガーの話題性を掻っ攫えた理由はもう分かり切ってるな」

「えっと……どうしましょう」


 敢えてフィリアに肩入れする理由も……まあ無いでもないんだが、店側がリディア単体を釣り上げて利用しているのは誰でも分かる。

 ほいほい付いて行ってるアイツが原因とはいえ、変な悪評が付くのはよろしくない。


「連れ戻してくれるか、トゥエリ」

「…………わかりました」


 既にちょっと赤くなってる後輩神官が駆けていって、リディアと話をし、出てきた店の人間とひと揉めした後で、どうにか連れて来てくれた。

 最後に出てきたのは店主か?

 随分と派手な格好した奴だったが。


 ともあれやってきたリディアに対し一言言ってやる。


「おい飲んだくれ」

「あー、ロンドくんだー。あははー」


 声を掛けると、かろうじて凛々しさと清楚さを保っていたリディアの表情が溶け出した。にんまり笑って手を伸ばしてくるが、まだ周囲はお前がお前だって認識してる。とりあえず場所を移すことにした。


「……一応、噂のエールも確保してきました」

「おっ、でかした」


    ※   ※   ※


 一番近かった俺の部屋へ逃げ込んで、酔ったリディアを寝台へ放り込む。

 本人はすっかり油断し切った顔でへらへら笑っているが、今回はちょっとばかし軽慮だった。

 別にフィリアを裏切るなって話じゃない。

 油断の出来なさで言えばアイツも同じようなもんだしな。

 好きに飲んで気軽にやれるってんなら、コイツの悩みを知ってる側としては歓迎すべき所でもある。

 ただ、好き勝手に利用されるとなれば話は別だろう。


 今、クルアンの町では空前の麦酒(ビール)革命が起きている。


 フィリアのラガーを皮切りに、エールに加える添加物を試行錯誤する所も増えてきて、あちこちで客引きをやってる連中が新種だなんだって叫んでいるのを聞く。

 今年は特に気温が高く、仕事上がりの酒が美味い。

 だからこそラガーの人気は凄かったんだが、ここへ来てリディアの宣伝効果に目を付ける奴が現れるとは。


「っ、これは……確かに」

「そう、ですか? 私はちょっと苦手です」


 買って来たエールを二人で飲む。


 ほろ苦さが清涼感と共に抜けていく。

 確かにいい味だ。リディアの宣伝効果があったとはいえ、エールらしさを残しつつ、新しい味として十分通用する完成度だ。

 ……どこかで食べたことのある味だとは思うんだが、イマイチ思いつかない。


「はは。若い内は分からん味だ」


 言うと、トゥエリはちょっと拗ねたみたいに口を尖らせて、新しいエールを飲んだ。


「……私は普通のエールの方が好きです」

「追々知っていけばいい。お前は、故郷じゃあ普通に清流の水を飲んでたんだろ」

「はい……。とても綺麗な水だったので、皆そのまま飲んでいました。雨で汚れた時なんかでも井戸水は澄んでいましたし」


 そういう地域もあるにはある。

 大人は酒を嗜むが、ここいらほど水に気を遣う必要も無い。

 いいことさ。


「そこの飲んだくれも関わっちまってる以上、フィリアの商売は成功して貰った方が後が楽だ」


 パーティの運営資金が崩壊寸前、なんて話はトゥエリには知らせていないが、彼女は純粋にリディアを心配している。

 どうしたもんか。


「せめて使ってるものが分かれば、こっちのラガーに添加して客を奪い返せるんだがな」

「ロンドさんでも分かりませんか?」


 エールを舐めて、口の中で転がす。

 香りも、味も、確かに覚えがあるようで思いつかない。

 あまり日常的に食べているものじゃないのかもしれないな。


「……分からん。まあそれこそ、フィリアなら敵情視察くらいはしてるだろうから、あいつなりに突き止めて真似するんじゃないか」


 頭の中でチラリと過ぎった顔に、少しばかり苦みを覚えるが、そういえば歳取ると味わいが分かってくるって語った直後だったな。


「頼ってみるか」


 こういうのは専門家を引っ張ってくるのが一番だ。


    ※   ※   ※


 「ホップだな」


 明けて数日、フィリアの店へ呼び出した親父が例のエールを嗅いだだけで添加物を突き止めた。


 囲っていたフィリアや俺が首を傾げる。

 いや、と。


「あぁ、あの恐ろしく苦いハーブか」


 しかしエールを飲んだ分にはそこまでの苦みは感じなかった。加えてあの清涼感だ。何か加工した上で使用しているのかとも思ったが。


「兄さん、これは実を付けたばかりのホップを使ってるんだよ」


 隣でエールを口にした弟が答えてくれる。

 二人との関係は予め話しておいたが、冒険者仲間に家族を紹介しているみたいでちょっと落ち着かないな。

 一歩下がった場所でトゥエリやリディアも一緒に居るし……紹介、とかした方がいいんだろうか。


「ホップは時間が経つほどに苦みを増していくから、早めに採取してしまうんだ。敢えて苦みが強くなってから採取する場合もあるけどね。後は……ビール作りまでは詳しくないけど、あれって酵母で発酵させてるでしょ?」

「あぁ」

「チーズなんかもそうだけど、発酵させた食べ物は元の味から変化するものだよ。醸造する過程であの強烈な苦みが程好く落ち着いてるんじゃないかな? そもそも煮出しているだけで、果肉そのものを齧ってる訳でも無いし」


 なるほどな。

 あるいは別の何かで薄めているか、とかか?


 ともあれ中身は知れた。

 後の研究開発は店側の仕事だが、と思ってフィリアを見ると、なにやら不満そうにしている。


「おい、ネタは割れたんだ。後は真似して客を引き戻すだけじゃないか」


「…………いやです」


 はあ?


「あの店の経営者をロンド様はご覧になりまして?」

「いや。あぁ、なんか派手な格好した奴だったな。女だった」


 言うと何故かリディア方面から冷たい視線が送られてくるんだが、性別を把握していることの何が問題なんだよ。


「その女、ウチとは別の冒険者ギルドの魔術師ですのよ」

「ほう。で?」

「私と冒険者になった時期もほぼ同じ。昇格速度も、現在のランクも揃ってオリハルコン……なんなら所属しているパーティリーダーがアダマンタイトだということまで一緒なんです!」


 それがどうした、と言いたかったが、止めておいた。


 女ってのは自分と同じものを別の女が持っているのさえ嫌う所がある。

 祝い事とかで贈り物をする時も、俺は絶対にモノが被らないよう気を付ける。お揃いで嬉しいねーなんて言い合えるのは仲の良い相手と一緒に買いに行って敢えて揃えた場合だけだ。気に入らない奴が同じ物を持っていたりしたら、それが今までどんなに大切にしていたものでもゴミに見えることもあるという。


「あの女の真似をするくらいならっ、このまま店と心中した方がマシですわっ! 料理もお酒も今日までずぅぅぅぅぅぅっと研究してきたものなんですものっ!」


 はぁ……こうなったか。


「……ふふ」


 俺が心底呆れていると、珍しく親父が笑った。

 最後にそれを見たのはいつだったか、ってくらいに笑わない奴が。


「それでいい」


 もしかすると、妨害してきた商会が気に食わなかったから、だけでは無かったのかもしれない。

 親父なりにフィリアを見て、感心するものがあったのか。


「自分のやってきたものをちゃんと守り通せば、客はそれに気付いてくれる」


 地道にコツコツと。

 農作物は勝手に育ってくれるようでいて、日々虫や獣に荒らされる。

 そいつを対処するのはいつだって人間の手だ。

 雨が降れば夜中だろうと出掛けて畑を確認し、遠吠えを聞けば朝まで火を持って見張ることもある。

 良いものを作り、送り届ける為、農民ってののやってることはひたすら地味で表に出ない。想像以上に大変なことだ。


 フィリアの醸造所は俺も見た。

 ゴミ一つ落ちていない、働く者も皆清潔で、食物庫は驚くほど綺麗に整頓されていた。

 肌の一つも磨かず、髪なんざ脂まみれの人間だって普通に居るもんだ。

 それを指導して納得させ、自発的に守らせるのにどれだけ苦労したか。

 ラガーの製造だって単なる思い付きで出来ることじゃない。ついさっき語って見せた通り、長い期間を掛けて研究していたものが今、こうして形となっているんだから。


「お前さんは、お前さんの強みで勝負しろ。欲しいものがあったら俺が作ってやる。まあ、ホップの添加自体は南方じゃあそう珍しいことじゃないがな」


「あらそうなんですの…………おほん。でももうしばらくは、私なりにやってみますわ」


「あぁ、そうしろ」


 親父は残っていたエールを飲み乾すと、改めて言った。


「今日は熱くなる。冷えた麦酒(ビール)は美味いぞ」

「ふふっ。では、いつも素晴らしい食材を届けて下さる農園主に敬意を表し、今日はたっぷり私の店を堪能して貰いましょうかっ!」


 ようやく笑ったフィリアの招きに応じて、集まっていた全員で飲むことになった。俄かに活気付いてきた店の中、店員達も呼び集めて乾杯する。

 その最初の一杯を終えた後、俺は一人店から出て、離れていった。


「兄さんっ」


 弟が追ってきた。


「一緒に飲まないの? 今なら父さんも居るんだし……」

「あぁ……そういう意味じゃない。ただちょっと、じっとしていられなくてな」


 フィリアの店は上手くいくだろう。

 リディアを利用されたことで一時的に客は流れていたが、確かに親父の言う通り、あの大きな氷室はこの店唯一のものだ。


 向こうもオリハルコンの魔術師なら同じことが出来るかとも思ったが、どうやらそう容易いものでもないらしい。

 同じだけの回数を深層へ潜れていても、継戦能力に違いがある。

 なぜって。

 こっちにはリディア=クレイスティアが居るからだ。

 アダマンタイト級の神官なんざ、そうは居ない。

 その深い所までは俺も理解出来ちゃいないが、得られる素材量も質も、大きく変わってくることくらいは分かる。


「今度、ウチに戻って来てよ。今なら父さんだって邪険にはしないと思う」

「まあ、また今度な」


 上に行けば行くほど求めるものは大きくなる。

 上位で居続けるには、相応の環境に身を置き続けなくちゃいけない。

 そしてそれが、容易いことじゃないってのは今回の事でも良く分かった。


 深層への道作りは頓挫して、今度は北方で金稼ぎ、と思いきやその資金繰りでここまで蹴躓いた。

 俺が飛び込もうとしている場所の過酷さを思い知ったが、怖気付いたつもりも無い。


「兄さん……」

「あぁ……、っ、そうじゃないんだ。ちゃんと顔を出すさ。親父とも改めて話してみたいって思ってたんだ。だからまあ、心配すんな」


 そこじゃない。

 実は親父の件とかでこっちに顔を出しちゃいるが、本当は真っ先にギルドへ行きたかったんだ。

 派手に打ち上げをしたい気持ちだってあるんだぜ。

 けどまあ、気を引き締めなきゃって強く思う。

 そして今、それを横からぶん殴られて思い知った。


「他の奴らにはまだ言うなよ」

「……うん」


 実はな。

 この前のコボルドの巣襲撃で、昇格点が溜まった。

 大型を引き寄せて味方の被害を減らしたことが、各ギルドから高く評価されて、まさかの俺が第一功労者だ。


「今日から俺はゴールド級の冒険者に昇格だ。そのランク章を受け取りに行きたいんだよ」


 これで四回目のゴールドランク。

 毎度ここで落ちて、シルバーランクに逆戻りを続けてきた。


 今回こそは。


 思えばじっとなんてしていられない。

 一人じゃやれることは限られるが、今は前進したくて仕方ないんだ。

 皆には悪いけどよ。


「じゃあ、またな」


 今度こそ弟と別れて歩いて行く。

 そうだ。

 俺だって、コツコツと歩んできたさ。

 腕を磨いて、頭を使って、経験だけなら山ほど積み上げて、それでも足りないことを毎度思い知らされながら、どうにかまだ生きている。冒険者で在り続けられている。

 親父達からするとまだまだなんだろうけど、ようやく足掛かりが得られたんだ。


「………………こっから駆け上がってやるっ!」


 夏の熱さに負けないくらいの熱が内側から湧き上がってくる。

 さあ行こう。

 険しき先へ。

 そいつを冒していくのが冒険者だ。

 俺の憧れた生き方。

 親父とは違っているが、同じだけ土に塗れて戦ってきたつもりだ。

 三度苦渋を舐めた道を、もう一度。


 強い日差しを浴びながら、俺は前へ進んでいった。






フィリア編、完。

 次はルーナ編。まとめ回です。

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