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ニアミス

 フィリアの新たな金儲けへの資金問題は概ね解決されたが、彼女が利益を得るまでの間をあのゼルディスが考慮して動くはずもなく、またぞろ余計な出費が重なったらしい。


「そういう予備の貯金は無いのか……無いんだろうな」


 早朝に呼び出され、仕方なくギルドへ顔を出してやったものの、なんとも面倒な話になった。

 既にリディアの出資が成された以上、変に頓挫してアイツが巻き込まれたら困る。

 金の問題じゃなく、金の問題で二人を警戒したどこぞの馬鹿が妙なちょっかいを掛けてくる、とかな。


「見くびって貰っては困りますわ。その手の管理は一応、しっかりしているつもりですのよ」

「勝手に家を担保に金借りたヤツの言うことは違うな」

「そ、それはここでは内緒で……、でもっ、そもそもとして迷宮攻略の失敗の補填として北への討伐って話がもう私からすると馬鹿みたいなことなんですっ!」


 そういえばリディアも結構前にそんなことを言ってたな。

 北で増えている魔物の討伐依頼。あっちは人間相手の傭兵業が主体だったのもあって、対魔物に慣れている奴も少ないって話だ。だから俺達クルアンの町からの援軍を要請されている。

 報酬も美味く、現地では宿の提供もしてくれるというありがたい内容だ。


 だが、聞いているとそういう話でもないらしい。


「五人程度のパーティが動くのなら各自の準備でどうにかなるでしょう。けれどウチは戦闘要員だけで十三名、エレーナを加えれば十四名も居ますわ。そこに鍛冶師や錬金術師などの本来拠点で待機させている人員も合わせれば二十名以上。それだけの遠征準備だけで相当額が必要になりますし、装備類の整備にも様々な素材が必要なことは、ロンド様にも説明しましたでしょう?」

「あぁ、深層の魔物を狩らないといけないんだよな」

「あっちでそれが手に入ると思います? 手に入ったとして、ここの何十倍何百倍になっていたっておかしくありませんわ」


 なるほどな。

 最上位パーティは使ってる装備も最上位なら、整備や修理に掛かる金も最上位だ。

 しかも元々自前で素材を確保することで利益を回していたのなら、それが得られない北方での活動はどれだけ無駄な消費をすることか。

 予めここで大量の素材を確保することでどうにかそれを無くそうとしているから、膨大な資金が必要になっている訳だ。


「北方で発生している魔物はどうなんだ? 迷宮に潜ることなく魔物を狩れる旨味はあるだろう」

「調査した所、合成獣(キメラ)が中心だそうで、得られる素材も精々が中層程度のものばかりですね。時折、アラーニェのような深層付近をうろつく個体が出て騒ぎにはなっていますけど、ウチの連中の装備を支えるには向きません…………はぁ、もう全員鉄製の武器防具だけにしてくれないかしら」

「ははは、それでも最強なら本物の最上位パーティだ」


 笑い事じゃないですぅ、と拗ねられるが、金の事はどうにもならん。

 リディアや他のパーティと上手く情報を共有して、もうちょっと無茶を減らすのが一番だろうが。


「そんなことしたら儲けた時の私の取り分が減っちゃうじゃありませんかっ。財務を一手に引き受けているからこそ、差分は全て私の懐へ、素晴らしきかな冒険者、ですのよ」


 自業自得だったな。


「遠征費用はそういった事も含めてある程度はしっかり確保しています。だから最悪、屋敷が一時的に手を離れても、あっち行ってる間に解決できれば大丈夫かなぁ、なんて思惑もあったりなかったり」

「走りながら商売するにも限度があるだろ」


 まあいい。

 この金欠騒ぎも、あのラガー工場と上の酒場が上手く回れば解決するだろう。

 クルアンの町での酒は血液と同じだ。冒険者は一人で樽一つ飲み乾す様な奴も居るし、確かに一日二百樽の内、四分の一でもラガーへ流れたら、相当な利益を齎すに違いない。


 少し気が逸れて、身体を伸ばしたことで視界が広がった。

 まだまだ早い時間だからかギルド内に人は少なく、受付嬢も暇そうにしている。深夜組が戻ってくるのはもうじきか。そうなればちょっとは賑やかになってくるが。


 なんて思っていた所で見慣れない少女が入って来た。

 そいつは慣れた足取りで通路を抜けて、受付嬢へ手にしていた編み籠を渡す。


 どうやら冒険者らしい。

 いかにも町娘といった風貌で、武器らしい武器も持たず、身体つきも鍛えているとは言えない様子だが。


    ※   ※   ※


「よう」

「……うん? あら、商売のお話は済んだのかしら?」


 少女が再び編み籠を受け取り出ていった所で、受付に居たアリエルへ声を掛ける。彼女は木のボウルに移し替えた何かの植物を持っていて、奥へ運ぼうとしていた。


「そっちはまだだが、見慣れない奴だったからな。新人か?」

「………………あの子は成人前よ」

「そういう意味じゃない。何か新しい儲け話があるのかと思ってな」


 植物の採取系は常にクエストが出ているもんだが、定番の薬草やちょっと珍しい木の実なんかとは遠目にも違っていた。


「ホップよ」


 アリエルは少し悩んだ様子だったが、こっそりと教えてくれた。


「ここらじゃ大規模に栽培している所はないんだけど、あの子は自前で確保して持ってきてくれるの。サラダとか、あとは料理の風味付けに使われるかしら」

「聞いた事は無いな。ちょっと味見させてくれよ」

「いいわよお?」


 なぜかニヤリと笑う彼女の手からホップを受け取る。

 可愛らしい丸みのある形で、果実のようかと思えばハーブの一種みたいだった。

 香りは……悪くない。爽やかさを感じるものだ。蕾のようにも見える葉を広げていって、何やら小さな実を見付けた。これが本命か? 葉ごと引き千切って齧ってみる。

「っ、ん!?」

 途端に後悔した。

 なんだこの強烈な苦みはっ!?


「あははははっ、ホップは加熱して食べるの。生だととんでもなく苦いわよ」

「先に、っ、言ってくれよっ、~~!」


 出された水を飲んでようやく一心地。

 ……まだ舌に痺れる様な苦みが残ってるが。


「なんだこれは……」


 火を通す事で野菜は甘みを増すが、こんなのを好んで食べる奴の気が知れない。まあでも、食いたいと言ったのは俺の方だ。礼代わりに銅貨を机に置くと、その手にアリエルの手が重ねられた。


「最近、色々と頑張ってるみたいじゃない。無理して倒れちゃ駄目よ」

「まあ、ちょっと金を使い込んじまったからな。稼がないと生きていけない」


 指先が軽く引っ掻くみたいに骨の上を滑っていく。

 少しの間が開いて、俺が身を引こうとした所で手を掴まれた。


「今度食事をご馳走してあげましょうか。作ったもの、部屋へ持って行くわ」

「またぶり返すぞ」

「もう割り切ってる」

「本当に?」

「試してみればいい」


 ちょいと魅力的な誘いではあったが、最近はレネの所へ様子を見に行ったり、クエストをこなしたりで色々と忙しい。それに今日は予定があってここへ来たんだ。フィリアの件はついででしかない。


「悪い。今は本当に時間が無いんだ」

「…………そう」


 あっさり背を向けて去っていく。

 悪いな。

 もう一度心の中で告げて、俺も受付を離れていった。


 さてと放置してきた商売人にも今の話を教えてやるかと目を向けた時、また入り口から元気なのが現れた。


「あっ!」


 神官服の上を大胆にはだけて、黒の肌着に革の胸当てを身に付けた少女、エレーナが駆け寄ってくる。


「おじさんみーつけたっ! 今日はよろしくねっ!」


 大きな杖を手にして、にっ! と笑ってみせる無邪気さを前に、なんだかフィリアに関わって汚れた心が浄化されていく気がした。






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