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ありがてぇビール

 翌日、俺達はフィリアに案内されて彼女が造っているという醸造所へやってきていた。

 場所はクルアンの街中だ。

 一見するとちょっと大きな酒場、くらいな印象しか無かったが、本命は地下にあった。


 長くて広い階段を降りて行った先、肌寒さを感じる氷室の中にそれはあった。


「いかがかしら。私のラガービール工場は」


 立ち並ぶ樽と、濃厚な麦の匂い。

 既に醸造自体は始めているらしい。

 小綺麗な格好をした女達が清潔な石畳の通路を行き来し、樽の中身を覗いて手元の木札に何かを描き込んでいく。手前の倉庫にあるのは材料か。そこも棚ごとにしっかり分けられており、雑然とした様子は全くない。


「随分と広いな。こんな場所どうやって作ったんだ」

「あら、私を見くびって貰っては困りますわ」


 一夜明け、情けなさを気品と色気で覆い隠すことに成功したフィリアが堂々と胸を張る。


「ロンド様には一度見せたことがありますでしょう? 地形を歪める私の魔術、あれを応用して作り上げたのがこの氷室です」

「なるほどアレか」

 迷宮内で湯舟を作ってくれたヤツだ。

 お湯も出せて、氷室まで作れるとは、いよいよ俺も魔術師に興味が出てきたぞ。

 とはいえオリハルコン級の魔術師とカッパーではまるで違ってくるだろうから、そう簡単な話でもないだろう。

「適切な寒さを維持する為に結構な数の魔法道具を用いていますから、定期的に大量の魔力を消費するのが難点ですわね」


 ラガーとはエール同様に麦芽を発酵させることで作る酒だ。

 ただエールが常温発酵なのに対し、ラガーは低温発酵。

 年中寒い地域でしか味わえない地酒なんだが、エールにはないキレの良さと、冷たい酒だからこその喉を通る感触が実に美味かったのを覚えてる。

 アーテルシアの口付けで極端に温度が下がり、僅か一ヵ月で冬が通り過ぎるってここいらじゃあ、まず味わえない代物だ。


「どうぞ、試作品ですが」


 フィリアの指示で小さな杯に注がれたラガーが持ってこられた。

 隣のリディアと一緒に受け取って、一気に煽る。


「っっ、あ゛あぁ……! こいつぁいい!」


 リディアも無言のままだが、口元を抑えつつも好印象。

 酒が入ったせいか、寒さのせいか、ちょっとだけ頬が紅潮している。


 その様子をフィリアと目にして、二人ニヤリと笑う。


「確かにコイツを大々的に売り出せるなら、飲みたいって奴は大勢来るだろうな」

「でしょう? 先日は懐疑的な目で見られましたけど、いざ始めれば大成功間違いなしな商売でしてよ」


 しかも他はどう逆立ちしたって真似できない。

 なにせ氷室の管理はオリハルコン級魔術師のフィリアが居なければ成立しないからな。修理素材の確保同様、自前で用意出来るからこその採算ってのはあるもんだ。


「お二人はこのクルアンの町で一日に樽幾つ分ものエールが消費されているかご存じですか?」


 唐突な話だが、これも商売の事か。

 さっぱり分からん。

 知ってる奴が居るのかねえ、目の前の奴以外に。


「私も完璧に把握できた訳ではないのですが、およそ二百以上。クルアンの町には川もあり、水源は確保されていますが下流へ行くほど汚れてしまいますし、生水は危険とされていますから、子どもでも薄めたエールを飲みますわ。そこにこのっ、冷たくて気持ちいいラガービールが登場したらどうでしょう! 老若男女問わず私の店へ殺到し、酒を買い求めるのは決定事項! そうっ、これは絶対に! 間違いなく儲かる商売なんです……!」


「………………分かるけど圧が強過ぎて騙されてる気になるな」


「そんなあ!?」


 分かるけどさ。

 確かに俺も手堅い商売だって思うよ。


「……商会、とか、その」


 そんな脇からリディアの落ち付いた声が来た。

 二人して注目するとやや身を引いたが、俺を見て、残っていたらしいラガーを飲み切ると小さく息を吐く。


「縄張り争いの危険はないんでしょうか」

「当然ありますわ。既に幾つも妨害工作を張られましたし、懐柔恫喝と色々手を打っていますが、営業許可自体は真っ先に確保しましたから、後は営業を始めるだけなんですっ」


 醸造所はあり、そこの人出は数名ながら居て、酒自体も出来上がってきている。

 となると後足りないのは、


「そう! お店の人員を確保出来なくて……! 更には敵対してる商会の連中が、経営者の私が所かまわず男を食い散らかす最低な淫乱女だとか、私と契約していつの間にか漁船漕ぎ奴隷にされた人間数知れずだとか、とにかく変な噂ばっかり流されて人もお金ももう集まってくれないんですぅっ!」


 そこまで外道じゃないが、半ばまで合ってそうなの雰囲気あるのがなんとも言えない気持ちになってくるな。


「どうですかリディアさん! 投資したくなったでしょう!? 今なら共同経営者として一定の利益を山分けしてもよろしいんですよっ! あぁでも大半は私が出してますので、リディアさんには宣伝部門での活躍を期待しますわっ。ほらっ、時折町でも見るでしょう? すこぉし露出の多い服を着て、男の方々を店へ誘う、アレとかです☆ リディアさんが脱げば男達は大挙して押しかけてくるでしょう。大丈夫です、指一本触らせませんからっ、ただちょっと、その綺麗なお肌をちょっと晒すだけでいいんです!! いつもご自分でされている杖の手入れも私が引き受けますからっ!!」


 だから圧が凄いんだってお前。

 完全にリディアが引いてるだろ、ちょっと落ち着きなさい。


 俺がどうにかフィリアを引き剥がすと、心底安心した様子でリディアが息を落とす。


「で、どうするんだ。俺も聞いていて悪い商売だとは思わないが、経営者がコレだからな、なにやらかすか、なにやらかしてるか不透明な所は多い。まず返ってこない前提で金を出せるかって考えるべきだ。後、名前貸しってだけでも予想外の被害を受ける危険もある」

「気付いてましたけど私に対するロンド様の評価が酷くありませんの?」

 上目遣いしても駄目です。

「どうする、《《リディア》》」


 あっちは気付いた様子だが、こっちは気付いた様子も無い。

 そもそもフィリアは最初から呼び捨てにしてたからな。こういう形とはいえ関係が出来た以上、変に畏まっているのも変な話だ。


 リディアはじっと俺を見て、空になっている筈の酒を煽り、また少し頬を染めて、コクリと頷いた。


「ちょっとだけなら……」


「いやったあああああああ! あーんっ、リディアさんってばずっとお堅い印象でしたけど、貴女もお好きなんですねっ、お・か・ね!」

「きゃっ、あ、ぁ、あの……」


 抱き着かれて狼狽えたリディアがこちらを見るが、俺は肩を竦めるだけだ。

 妙な形にはなったし、油断の出来ない奴だが、お前がパーティメンバーと仲良くしてるのはいいことだと思うよ。


 少しずつ、その輪が広がっていけばいい。


「早速衣装の発注に行きましょう! とびっきりえっちなモノを作らせますわ! リディアさんほどの美人なら職人たちも大喜びで協力してくれることでしょう!」

「え!? あ、あの、そそそっちはなしで……、っ!? あのっ、あっ、たすけ……あ、あぁ………………っ」


 最後の最後で助けを求められたが、俺も正直とびっきりえっちな衣装とやらには興味があるんでな。

 できれば、その、一度着たまましてみたいという願望を持たなくもない。


 男なら理解できる筈だ。

 いや、あるいは女でもな。






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