引いた幕に包まって
レネは相変わらずぐーたらしていた。
半ばトゥエリに押し付けたまま、俺も俺でやることがあって各所を駆け回る日々。
途中、溜まっていたクエストをこなしはしたが、基本的には別なことをやっていた。
金銭的には余裕があったしな。
フィリアから受けた儲け話での収入もそうだが、そもそも迷宮内の荷運びでかなり稼げていた。
おかげでそう時間を取られることもなく動けたんだが、先日遂にトゥエリんトコのリーダーからぶん殴られた。事情を話して理解はして貰えたが期日を切られ、結構な無茶をする羽目にもなった。
妹さん、フィオはどうやってかレネの居場所を探し出し、何度か顔を合わせていたそうだが、そっちが上手く纏まる様子はなかった。
爺さんとの思い出の場所、結局そこをぶち壊されたのが一番の問題だ。
例の男は逃げ出して、何処かへと消えた。金を持ち逃げされなかっただけまあマシだと考えるべきか。隠し場所を変えていたフィオの機転を褒めてやってもいいが、とにかくそっちの問題はもう片が付いた。
このままレネに誰かへ寄生するだけの人生を送らせる訳にはいかない。
そんなんじゃあ世話になった爺さんへ顔向けできないからな。
苦労はした。
だが、やりがいはあった。
でまあ。
なんとかなったさ。
※ ※ ※
古ぼけた家屋へ光が入る。
小さな家だ。
ただ地下室があり、そこの造りはかなりしっかりしていた。
「もー眠いんだけどー」
「まだ起きてろ。どの道この時間、トゥエリんトコのリーダーが居て逃げ込めないだろ」
「兄ちゃの部屋で寝てたい」
「はいはい」
おそらく、この地下室ってのは魔物から身を隠す為のものだったんだと思う。
クルアンの町がまだ集落だった頃には魔物の侵入を阻む壁もなかった筈だし、襲撃を受けて住居を壊されることも少なくなかったろう。
だから先人たちは土を掘り、そこに大事なものを納める地下室を作った。
俺がよく行くあの酒場も地下室にある。
というかここから結構近い。
「……姉さん、せめてこっち、地下室を見て欲しいの」
「……えー」
薄暗い階段を見てレネが嫌そうな顔をする。
フィオへの怒りは冷めたが、気を許すには失ったものが多過ぎる。今も俺を挟むことでどうにか並んでいるだけで、そうでなければ適当なことを言って逃げ出しているだろう。
「俺も最初期の頃は話でしか知らないんだがな。レネ、ここはお前の爺さんが幼少期を過ごした家なんだよ」
ぱっと顔が跳ね起きる。
驚いた顔で俺を見て、けれど困惑して首を傾げる。
「見付け出したのはフィオだ。貴族連中にまで首を突っ込んで、古い歴史書を漁ってくれた。それで当時を知ってる連中に声を駆け回り、どうにか特定することが出来た」
並の努力では無かっただろう。
貴族絡みはいつだって命の危険がある。
あんなことがあった直後であれば尚更な。
だが最終的にここを知っていたのが、あの酒場のマスターだったことには驚かされた。
「姉さん。あのお店を建て替えてしまったことは……もうどうにもならない。似せて作り直して姉さんの望む、元のお店にはならないんだと思う。それを許せないのも当然だし、考え無しだった私を責めてくれていい。会いたくないなら、もう会わないようにする。だけど、この先を一度でいいから見て欲しいの」
再び俺達は地下室への道を見る。
最も大切なものを納める場所。
ここは時折人が住んでいたこともあるそうだが、地下のものはそのまま持ち出されず残っていた。そこへ俺達が新たに運び込んだものも含めて、ちゃんとレネには見て欲しい。
「代用品にはならないだろうけどな。だがあの爺さんと婆さんが、昔ここで恋だなんだって花咲かせてた場所って思うと、ちょっとは気に入るか?」
「…………ん」
どっちつかずな返事だが、今はそれでいい。
ようやく、レネが自分で一歩を踏み出してくれた。
灯かりを手に降りていく。
すぐ扉が見えた。
そこの鍵をフィオがレネへ渡した。
古めかしい、大きな鍵を鍵穴へ差し込み、ゆっくりと回した。
「………………………………………………………………あ」
開いた扉の向こう、並んでいる道具一式を前にレネはしばし放心した。けれど部屋へ踏み込み、手を触れて、ぽたぽたと涙を落とす。
「俺とフィオで探し出した。お前と爺さんが元々使っていた、あの店にあった道具類だ。全部買い戻してここへ納めてある」
先に探し始めていたのは俺だが、流石に金が足りずどうにもならなくなっていた所に、道具を買い取りたいとフィオが現れた。彼女は結構マメな所があり、売り買いの相手や金額を全て記録し保管していたんだ。そこを辿って俺に遭遇した。
そっからはお互いに情報を交換しながら探し回り、先日ようやく全てを揃えられたって訳だな。
正直、本当に集まるかも分からなかったし、ぬか喜びで終わればレネは本格的にやる気をなくしてしまうと思ったから、トゥエリには悪いと思いつつ押し付けさせて貰った。
しばらく俺の部屋は保管庫になってたからな。
「…………姉さん」
「…………うん」
初めて、真っ直ぐにレネがフィオに向き合った。
「お店の事は、本当にごめんなさい。だけどもし許してくれるなら、この家から、もう一度やり直したいの。私も護符のことについてはちゃんと勉強する。馬鹿な商売は止めて、ちゃんと地に足を付けた方法でやっていこうと思う。だから作り手である姉さんの意見もちゃんと聞いて、相談して、やっていきたい」
レネは自分の手を指先で引っ掻くみたいにしてもじもじとしていた。
頬を膨らませてみたり、肩を落としたり、吸った息はすぐ抜けていってしまったけれど、最後には背筋が少し伸びた。
「昼間は起きれないけど、怒らない?」
「怒らない。でも、たまには一緒に食事を摂りましょう?」
うん、と頷き。
「中々良いのが出来なかったり、何も浮かばない時もあるけど、怒らない?」
「そういう時は相談して。顧客との間に私が入って、時間を稼がないといけないから」
「じゃあ」
ちらりとこちらの様子を伺って。
「湯浴みとかは年に一回でも怒らない?」
「「それは怒る」」
声が被った。
と同時に笑っちまった。
なんだお前、もうフィオの事は許してるんじゃないか。
妹さんの方はまだ少し緊張してるが、道具の一件でもうお前の誠意は伝わってるみたいだぞ。
「大体なあ、そこは爺さんでももうちょっと気を遣ってたぞ。あの人はお前に似て駄目人間な所もあったが、ちゃんと切り替えてやる時はやってたんだからな」
「えーでもぉ、これからはフィオがそっちはやってくれるんだしー」
「お前もちょっとは商売を覚えろ。貴族相手に悪臭垂れ流しながら会いに行ったら首を斬られることだってあるんだからなっ」
「やーっ、ロンド兄ちゃがいじめるーっ」
「いじめてないっ。真人間になるんだよっ」
頭をぐりぐりしてやると、嬉しそうに悲鳴をあげてフィオの後ろへ隠れに行った。目の合ったフィオは困り顔で、だけど緊張はかなり薄れた様子だ。
妹を盾にべーっと舌を出してくる困った幼児に肩を竦める。
全く。
「それで?」
敢えて問うた。
フィオが自分へ向けられた言葉だと思って表情を引き締めるが、そっちじゃないんだ。
なあ。
これで話は終わりじゃない。
そうだろう、レネ。
「……ん」
俺が催促すると、レネはいじけるみたいに口を尖らせながらも、妹の頭に鼻先を埋めた。
「フィオ」
「……うん」
「ごめん。一人ぼっちにして。お父さんと、お母さんの夢を、フィオに押し付けて、逃げた」
レネもちゃんと分かっていた。
フィオが両親の夢を追い掛けていることを。
まだまだ若くて、失敗ばかりで、標も持たずに右往左往してきたが、彼女なりの精一杯な背伸びがあったんだろうと今なら言える。
第一、十七で既に何度も事業を立ち上げて、失敗を繰り返しながらも挑戦し続けてたってのは、行動力だけを見れば相当なもんだ。
今までは爺さんっていう防壁に守られて浮ついていたが。
「私も……混ぜて貰って、いい?」
レネのお願いに、フィオは目を潤ませて鼻を啜った。
「……うん」
「やったぁ」
重しみたいに抱き付いてくる姉の腕へ、妹は大切そうに手をやった。
……付き合うのはここまでで十分そうだな。
「それじゃあ俺はもう仕事があるから帰るぞ。後は姉妹二人でしっかり相談していけ」
「っ、はい。あの、お金の件は必ず返しますから」
「あぁ、まあ、そっちは好きにしてくれ」
勝手にやった分を請求するつもりはないが、フィオなりのケジメなんだろう。
売り払った護符も殆どは回収して金はもう残っていない。
驚いたことに、事情や効果が薄いことを説明した上で、気に入っているからと回収を拒否した者も居るという。
装飾の意匠を決めていたのはフィオだ。
つまり、護符というより、宝飾品としての価値を認められた訳だ。
まだまだ問題は山済み。
姉妹の関係だってこれからだ。
でもまあ、なんとかなるだろう。
ここは冒険者の町。
そして、その冒険者を相手に商売をする者達の町でもある。
クルアンに我在りと名乗りを上げて、成功したり失敗したり、そういう日々を重ねて今日まで続いて来た。
なら今日もまたそう生きて。
明日もまたそう生き続ける。
あぁ、それでこそ面白い。
レネ編、完。
次はフィリア編。




