むさぼられる
その女は一心不乱に肉を貪っていた。
押し倒した俺に跨って、胸元へ顔を埋める様にしてくちゃくちゃと汚い音を立てる。滴るものがあれば舐め取り、こぼれたものすら逃がさないと食い付いてくる。
「…………ぁ、……ぁ…………あ、……ぁっ……」
曇った夜だった。
せめて綺麗な星空でも見えていたら違ったのかもしれない。
「はぁぁっ、美味しかっ――――あいたっ!?」
がっつり俺の持ってた串焼きを食い切って、落ちてた酒瓶にまで手を伸ばそうとした大馬鹿へトンと手刀をかました。
静かに息を抜いて行く。
「なにすんのぉ、ロンド兄ちゃ~っ」
この、駄目人間の生きた標本みたいな反応。
そして薄汚れてボロボロになっちゃいるが、もう二十近くだろうに目がまんま幼児そのもの。
「はぁぁぁぁぁ……」
再度、息を吐く。
直前で分かったから良かったものの、そうじゃなければ流石に短剣を抜いてた。ただ挨拶も無しで一心不乱に持ってた串焼きへ齧りついてくるし、自分でもどう対応したらいいのか分からず変に固まっちまったじゃないか。
「…………こんなとこで何してんだ、レネ」
あの宝石店の爺さんといつも楽しそうに宝石磨いてた、俺が知る方の孫娘。
まあ、多少察せられなくも無いが……少なくともあの墓守、分かってて放置してたな。
クルアンの町は野宿禁止だからなぁ、とか、下らない事を考えつつ。ちゃっかり酒をラッパ飲みしたレネが「いいおふとん」なんて言って俺へしがみ付いて来た。
「あいたっ。えーん、なんでー」
「人間に戻れ墓女。せめて理性的に行動しろ」
「ロンド兄ちゃ結婚してー。一生養ってー」
「現実的な話は止しなさい」
第一万年シルバーの冒険者に、女一人養っていける甲斐性があると思うなよ。
最近ちょっとフィリアの件で臨時収入はあったが、基本的に村クエストの追加報酬で食い繋いでる所あるからな、俺。
「……まあとりあえず、生きてて良かった」
「にひー。私もー」
色々と気が抜けて、ぐったりと墓場で寝転がる。
その上で赤ん坊みたいな早業で寝始めたレネの背中をぽんぽんと叩き、この大きな幼児をどうしたもんかと、深く深くため息をついた。
※ ※ ※
一夜明け、俺の部屋で目を覚ましたレネを湯屋で丸洗いにし、食事を与えて服を着替えさせた。
未婚の若い女を洗うなんてのは、普通ならその気が湧いてきそうなもんだが、相手が幼児みたいな奴ってのもあって、保護した犬猫を相手してる気分になった。
当の本人は俺に裸を見られた時も平然としていたし、最初自分でやれと言ったら湯を頭から被って終わりと言い張ったので強行せざるを得なかった。
臭かったからな、かなり。
そうしてどうにかこの幼児を人間に戻せたと一息ついた所で当人は大欠伸。
「もうちょっと寝てたい」
「夜型は相変わらずか。だが駄目だ。もうちょっと起きてなさい」
「はぁい」
投げやりな返事をしつつ、俺の寝台で横になる。
尻だけあげた状態なのは本人なりに起きていようという意思の残りか。
ただ、
「見えてる。レネ、下着は隠しなさい」
「えー? あー……、でもパンツ兄ちゃのだよ」
そうなんだが、だからこそ駄目というか、どういう魔法かは知らないが、俺の色気も無いパンツが妙に扇情的に見えるから困ってるんだ。
「はしたないから、止めなさい」
「はぁい」
お尻が落ちて完全に寝転がった。
「すやぁ……」
「こら起きろ」
「おきてまーす。ふふふっ」
枕を抱いてごろごろしてたら上半身だけ落ちてきた。
どうして落ちるんだ。
しかも半端に落ちた姿勢のまま伸びをして、そのまま目を瞑る。
「起きなさい」
「はぁぃ…………ふわぁ……」
自由過ぎるだろお前。
「おじいちゃんと宝石磨いてた時もさぁ、しょっちゅうこうやって寝てたの。なんか落ち着くー」
「あぁ……たまに二人で椅子から転げ落ちたまま寝てたよな」
爺さんも爺さんなんだから寝台で寝ろって言ったのに、揃ってガキのままだった。まあでも、爺さんの方は流石に切り替えってのが出来た。
お前はどうなんだ、レネ。
「考えたんだけど」
「うん?」
「結婚が駄目ならペットになるぅ」
「毎日いやらしいことをするがいいのか」
「…………ごにょごにょ」
全くその手の知識がない訳じゃないらしい。
ごにょごにょするのはいいから、ちゃんと人間として立ちなさい。
結局俺が引っ張り上げて、椅子へ座らせてようやくレネは幾分マシになった。五歳児が十歳児くらいになった感じだな。
一応聞いてみたが、今は十九歳児になるらしい。
嘘だろ……コレでトゥエリの一つ上なのか。
「ねえ兄ちゃ……お願いだからあの邪悪な太陽を消して。私を殺しにくるの」
「はいはい。蝋燭点けるから木窓を閉めるのはちょっと待ってろ」
結局ぐだぐだと無駄話が続いて、事情を聞けたのは昼になってからだった。
※ ※ ※
「なるほどな…………聖都で暮らしてた妹さんとその恋人に店を乗っ取られたと。で、聖都での賞はお前が作ったもので、爺さんが生きてた頃にやれと言われたから、か」
まずアレは夫婦では無かったらしい。
女の方は若かったし、男も多少歳は食っていたが俺よりは若い感じがした。
まあそちらの事情は脇へ置くとして、レネの現状までの経緯だ。
妹達は、姉の名声を利用して商売を始めた。
店の切り盛りは妹側がやり、姉のレネは自由に品を作っていて良いという話で任せ始めたそうだ。
最初は真面目にやっていたそうだが、徐々に高値が付くことに調子付いて貴族向けの派手で高価なものばかり要求するようになって、レネが臍を曲げた。
「つまんないのは作りたくない。綺麗にするのは細工師の仕事でしょお」
「そもそも妹は爺さんから何度も借金して、失敗した事業の補填までして貰ってたんだろ。そこに金づるになる駄目人間が居たら、喜んで利用するだろうさ」
「えへー、だめにんげーん」
喜ぶんじゃありません。
結局護符を作らなくなったレネに激昂した妹から家を追い出され、代わりの人間は金をばら撒いて集めたそうだが、出来の悪さは店を見れば分かる。
居場所の無くなったレネは当初こそ宿を取って暮らしていたが、最近になって金が底をついた、と。
「……爺さんが守り続けてきた店が奪われて、悔しくないのか」
少し覚悟して言葉を差し出すと、目に見えてレネが落ち込んだ。
椅子からずり落ちて膝を抱え、顔を伏せる。
「だから、おじいちゃんのお墓でずっと泣いてた」
「だったら取り戻そう」
「でもあの子も家族だし……」
情が邪魔をするか。
ここまでされて黙ってる必要なんざない筈だが、それならそれで配慮もしよう。
だが問題は別にある。
「今の連中、お前の名声を利用して、ゴミの山を金貨の山に変えてやがる。先が見えて無いんだ。貴族相手に平民がやっていいことじゃない。たしかお前の所、どこの後援も受けて無かっただろ」
後援者が居れば、その貴族の及ぶ範囲で守ってくれる。
けどフォルムス宝石店はクルアンの町の初期から続く老舗だ。贔屓にしてる顧客はそれなりに居る筈だし、信用もあった。
それをすさまじい勢いで消費していくあの連中は、遠からず貴族絡みで身を亡ぼす。
「お金くれる人は賞貰った後で何人か出来たよー。なんか男爵さんって言ってた気がする」
「名前は」
「えへー」
趣味以外に興味を持ちなさい。
まあでも、流石に妹のことは多少見ていたようで、レネなりに色々と気遣っていたが、結局意見が合わなくなったと。
賞云々はきっと爺さんなりの気遣いだろうな。
あの人はともかく、レネは世代が離れているし、見ての通りの駄目人間だ。一人になっても店を回して行けるとは思わない。だから後援者が付くように、あるいは誰かのお抱えにでもなれば、保護して貰えると考えて。
ただ問題なのは、現れた保護者が商売下手な妹だった点だ。
「そもそも、どうして妹は別に暮らしていたんだ?」
俺も店へ顔出している時期とそうでない時期があったから、レネ達の状況は飛び飛びでしか知らない。
護符は結構高いからな。
羽振りが良くて、昇格目指してる時にしか使わない。
「えっとー、一時期だけ聖都で暮らしてたのって言ったっけ?」
「あぁ。向こうでも店を出そうって乗り込んでいったんだろ」
結構昔の話だ。
レネもまた小さかったと思う。
「しばらくして、商売が上手くいかずに戻って来た。その時の借金も爺さんがなんとかしたんだったな」
「そうなんだー」
こうして見ると両極端な一族だ。
商売っ気が強くて失敗する奴と、商売っ気が無さ過ぎて自分の仕事に没頭する奴。
爺さんの時代は職人も少なく、周囲に後続が色々と増えてきた後も既にがっちり居場所が出来てたから仕事は続けていけた。
ただ最近じゃあ大通りに幾つも宝石店があるし、若い連中はこの店の存在すら知らなかった。
レネの腕前は分からないが、爺さんを信頼してきた冒険者達が、同じ期待度で彼女を見た場合、やっぱり一枚劣るって評価が妥当なんじゃないかと思う。
「というか、両親が流行り病に倒れた時も、俺は妹なんざ見なかったぞ。あいつはどこに居たんだ?」
「えっとー、聖都の私塾に入ってた筈だよー。手紙とか届くの時間掛かるし、こっちからお金作って連れ戻すのにも結構掛かっちゃって」
まあ、それなら仕方ない、か。
両親の死に目にも会えず、着いたら埋葬後、ってのは流石に可哀想ではある。
「それからあの子はずっと聖都で暮らしてたよ。お金はこっちから送ってたんだけど、たまにおじいちゃんから呼び出されて怒られてたの」
レネの妹ってことは、十七かそこらだ。
金遣いが荒くなるといえば荒くなる頃合いだが、そういえば幾つも事業起こして失敗してたんだな。
「あの男はなんだ。恋人なんだよな」
「よくわかんない。昔からお付き合いしてるみたいだよ」
馬鹿な商売をあの男が扇動しているなら、とんでもないロクデナシだ。
今のところは憶測に過ぎないが。
なんて考えていたら、レネが抱えていた膝をぐっと引き寄せた。
「あの子はさ、聖都でおとうさんとおかあさんと夢見た成功を今も追いかけてるんだよ」
まるで仲間外れにされた子どもみたいに言って、レネはこてりと横になった。




