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神官

 落下していく中で状況は概ね確認できた。

 襲ってきたのはレッサーフロッグだ。

 どうして崖上にまで攻撃をしてきたのか、そこはまだ分からないが、俺達はどうも連中の気を引いちまったらしい。

 そして次の問題だ。

 崖下は湖になっている。

 深さがあるなら大丈夫、なんて思ってしまうかもしれないが、結構な高さから水面へ叩き付けられた場合、トロールのこん棒並みの衝撃が来ると聞いたことがある。


 つまり。


「身体を丸くして息を吐いておけ! いいかっ、支えはこっちがやるからお前は生き残ることだけ考えてろ!!」


 咄嗟に抱えて飛んだエレーナを生かしさえすれば、俺が生き残る道も見えてくる。


「きゃぁぁぁぁあああああああ!!」

「安心しろっ、お前は絶対に生かす! お前はその後で俺を助けろっ、いいな!」


 返事を貰う暇は無かった。

 崖上からフィリアの魔術がレッサーフロッグを殲滅していくのを視界の端に捉えながら、俺は背中から湖へと落下していった。


 まあ、簡単に言うと、死ぬほど痛かった。


    ※   ※   ※


 結局血を吐きながら折れた腕で水を掻き、泣きじゃくるエレーナを抱えて岸まで上がった。

 運悪く突き出ていた水中の岩にぶつかったのが原因だ。


「おい…………、頼む、かい、ふ、く……を」

「ぁ…………ぁ、ぁ、っっ」


 口から血が派手に出た。

 おかげで喉の通りが良くなる。


 が、急に視界が暗くなってきた。

 分かってないだけで何処か、致命的なもんをやっちまってるか、これは。


「しん、かん、だろう、が……っ、………………」


 まずい。意識が持たない。頭の中で何かがぶちぶちと千切れていくのを感じる。鼻血が出た。そういえばさっきから、背中の辺りがすーすーする。骨とか出て無きゃいいけど。


 再び声を出そうとして血が出た。

 駄目だ。

 息が出来ない。


 だから俺は、エレーナがこんな時でもお守りみたいに抱えていた杖を掴み、彼女へ押し付けた。

 やれ。

 お前しか居ない。

 そういう意思を篭めて目を見ると、そこから涙が流れ落ちた。

 手が震えている。身体が震えている。呼吸も整っていない。だが、お前がやらなきゃ、俺が死ぬ。俺が死んだら、誰がお前を地上まで戻してやるんだ。


 流石のフィリアも空までは飛べない。

 一度崩落した崖付近は留まるのに危険過ぎる。

 高低差があり過ぎて持ち込んだ縄じゃ到底届きそうにもなかった。

 それに水は水棲の生物に対して想像以上に臭いを運ぶから、レッサーフロッグの死体に引き寄せられた新たな魔物が寄ってくる可能性が高い。


 今すぐの救助は来ないと思った方がいい。

 なら頼るべきは、ここに居る自分と仲間だけだ。

 冒険者なら当たり前に持っている筈のもの。

 たった一つの命を張って、己が才覚に運命を乗せて戦う、その覚悟。


 例え今はリディアの影に怯えていたとしても、ギルドへ駆け込んで来た時には間違いなくあった筈の、お前の夢。


 そいつに命を預ける。


「………………――――」


 俺の意思が届いたのかは分からなかったが。


「死んでも恨まないでよ」

「ぁ、ぁ……」

「喋らないで」


 杖を構え、エレーナが光を放つ。

 そいつが一つ一つ、俺の身体を治していくのを感じる。


 下手くそだ。トゥエリにも遠く及ばない。そこらのカッパーだってもっと上手くやる。だが、着実に傷は癒えていった。きっと彼女の持つ杖の効果もあるんだろう。碌に祈りを捧げずに来た、魔力の乏しい神官を特級の装備が支えてくれている。

 痛みは激しく、意識が飛ぶかと思った。

 何度も淀んで、身体が歪みそうにもなった。

 途中からエレーナは涙が止まらなくなり、泣き言まで漏らす様になっていったが、決して回復を止めることはなく、真っ青な顔で最後までやりきった。


    ※   ※   ※


 投げ落とされて水に浮かんでいた荷物を受け取り、崖上の連中とは別れた。

 上からは何か見えたのか、フィリアが奥へ進むよう指差していたから、そちらから行けば上へ戻れるのかもしれない。


 装備を確認し、体調を確認し、ついうっかり意識が遠のいた。


「っ、アンタ!?」

「っとと……悪い、血が足りて無くてな」


 傷は癒えても零れ落ちた血はそのままだ。

 まして不慣れな神官から受けた回復、身体の中で不安定になった力が色んな所の動きを阻害してきた。


「しっかりしてよぉ……アンタしか居ないんだからさあ」

「はは、下手な回復休むが良いよ、ってな。ってあれ? これって回復に頼り過ぎると身体が病に弱くなるって奴だっけ?」

「あーはいはい、下手っ糞で悪かったですねえっ。おかげで私の魔力は空っぽよ、どうしてくれるのよ馬鹿っ」


 ややも遠慮の無くなった物言いに笑ってみせたかったが、寒気が来て咳込んだ。意外にも背中を擦ってくれる。

 息を吸い直し、言ってやった。


「瀕死の人間一回分で切れるとか、祈りが足りてねえ証拠だろ神官」

「うるっさいわねえっ、命を救われといて。祈りって他職の連中が考えてるほど簡単じゃないのよっ。あんなの数時間続けられる奴の方がどうかしてるんだからっ!」


 なるほど確かに神官の祈り事情には詳しくない。


「確か、夜はルーナ神の時間だから得られる魔力量が増えるんじゃないっけ。野郎とよろしくやってないでその時に祈ればいいだろ」

「うっさい馬鹿! 変態! すけべ親父!! ゼルディス様はアンタみたいなのとは違うんだからっ! 回復するんじゃなかったわこんな奴!」


「ははは、ありがとな。おかげでどうにか生きてるよ」


 素直に感謝を返すと、エレーナは黙り込んだ。

 その内心にまで触れる余裕はないが。


「もうっ。フィリアも結局ここまで届くんじゃないっ! だったら最初から全部殲滅しといて欲しかったわよっ!」


 ちょっとだけ照れた様子で鼻息を荒くする彼女に笑みで返す。


「済んだ話だ。文句なら地上に戻ってから言ってやれ」

「当然よっ。戻ったら報酬額を釣り上げてやるっ」


 そりゃあいい案だ。

 俺も多少妙に思う所はあるからな、フィリアを締め上げるのには協力してやろう。


「そういやお前、酒はいける口なのか」

「お酒? まあ普通にいけるけど」

「だったら、戻ったら一杯奢らせてくれ。助けて貰った礼だ」


 地面を突いた杖が一際大きな音を立てる。


「魔物が寄ってくるから、音は小さくな」

「っ、分かってるわよそんなことっ」


 笑っていたら杖で頭を叩かれた。

 本当に弱く、押し付けるみたいな力で。


「このっ、このっ、ばかっ。ばかっ」

「ははははは、っあ痛っ」


 どうにも雑な回復のおかげで身体の調子が悪い。

 文句を言うと、また怒られて、けど俺は笑っていた。






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