窮地は唐突に、
「新たな竜殺しに!!」
『乾杯!!』
ギルド会館には普段の倍近い人間が集まって来ていた。
殆どは冒険者だが、一部後援している貴族連中や商人なんかも混じっている。とはいえ今日は無礼講だ。
冒険者ギルドなんぞに顔を出す貴族は、そもそも好事家の変り者。
いっそ巻き込んで派手に飲んでやったほうが喜ぶってんで、早くも酒を浴びているのか飲んでもいるのかも分からない様な一角まで出来ている。
歌が始まり、机を叩き、盾を叩き、声を挙げて景気良く手拍子する。
双子の小人族が壇上へ上がってエールを飲み、陶杯をカチ合わせて大いに謳った。
「我らがリーダーに誉れあれ! 我らがリーダーを讃えろ! 今日は俺達の奢りだぜえっっ!!」
応! 応! 応!
打ち鳴らされる陶杯。
弾けるエールに赤ら顔。
今日はめでたい祝いの席だ。
誰もが笑い、酒を飲み、詠い踊る。
何度でも。
何度でも詠おう。
『乾杯!!』
※ ※ ※
「よお」
ようやく祝いの落ち付いた席へ、遅ればせながら俺も声を掛けに行った。
「ロンドさんっ」
「同じギルドの人間として誇らしいよ。魔境帰りで、しかも竜殺しの名声まで引っ提げてくるとはなあ」
陶杯を掲げてやると、新たな竜殺しとなった男が大喜びで打ち合わせてくる。
「お久しぶりです! いやぁ、自分でも本当、色んな幸運が重なったおかげだと思いますよ」
「ははっ、思ってても堂々としてな。ほら、今日来てる吟遊詩人共に、気弱でなよなよしい男だったって謳われたいのか?」
この爽やか戦士は、かつて俺とパーティを組んでいたこともある男だ。
新人時代、すぐ前のめりになるコイツを何度も叱りつけ、迷宮中層まで共に踏破した。
そっから徐々にメンバーとの間に力の差が生まれ、周りが付いていけなくなったことで離れはしたが、その後は見事な活躍ぶりで皆を沸かせてくれていた。
責任感の強い奴で、離脱するまで何度も相談を受けたが、こうして見ると正解だったと思うよ。
「ロンドさんこそ、聞きましたよ。ザルカの休日で将軍級を相手に大立ち回りをしたんだって。やっぱり貴方は俺の目標です」
「止せよ。今やオリハルコン確実、アダマンタイトも見えてる出世頭に言われちゃ万年シルバーは立つ瀬がないぞ」
「ランクなんて関係ありませんよ。今度一緒に迷宮へ潜りましょうっ。良い装備を手に入れて、周囲にロンドさんの凄さを知らしめないとっ」
昔っからこの調子だから、当時の俺はよく仕込んだもんだと呆れるよ。
「今日はお前の祝いなんだ。俺なんざ相手してないで、ほらっ、物欲しそうな連中が集まってきてるぞ」
ミスリル以上の冒険者にとって、重要なのは後援者だ。
生活が潤えば思う存分力を振るえる環境が整う。
だってのにこの爽やか戦士はすぐ冒険だなんだって、そっちのことばっかりになるんだからな。
同じように久しぶりと手を振ってくる小人族の双子にも陶杯を掲げて応じ、また捕まらない内に離れていった。
適当な席へ座り、塩茹でされた豆を食う。
旨いなコレ。魔境から持ち帰ったものだって聞いたが。
「竜殺し、コレで三人目でしたっけ」
「うん? おう……リディア、さん」
連中を見ていて気付かなかった。
お堅いリディア=クレイスティアがこんな宴会に参加しているとは思わなかったよ。いつの間にやって来たんだ?
なんて視線を送ると不満げに睨まれた。
「私達のリーダーはこの手の他人の祝い事には興味がありませんから。ですけど、魔境から戻ったギルドの同胞、それも竜殺しの名声と共に帰還された方を放置するのはパーティとしても外聞が悪いので」
「おう。そうか。色々と大変なんだな」
「リーダーの事でしたらご心配なく。今頃お気に入りのパーティメンバーと一緒に遊び惚けているでしょうから、乱入して場を乱すことはないでしょう」
「そうか。うん。わかった」
「………………もう」
涼しい顔のまま舐める程度に酒を嗜むリディア。ふと杖に手を伸ばしたと思ったら、調子に乗った馬鹿が通路へ飛び出し、料理を運んでいた受付嬢へ衝突する所だった。
リディアの障壁がそれを防ぎ、杖が置かれる。
「リディアさん、ありがとうございます」
「いえ……」
馴染みの受付嬢が豚の丸焼きを机へ置いてくれる。
おおっ、と周囲が歓声をあげるが、馬鹿共をけん制した受付嬢がどうぞとリディアへ示す。
「あちらの方達は周囲が見えなくなるくらい馬鹿話に夢中なようなので、どうぞお二人で食べて下さい」
「ぁ…………ありがとうございます」
「いいえっ」
去り際になんでか俺の頭をコンと叩いていった。
特に文句も言わずに肩を竦めていたら、急に周囲の音が遠ざかる。
リディアがまた杖に手を伸ばしていた。
無ければ使えない訳でも無いが、あった方が圧倒的に効率が良い、みたいなことを前に教えてくれてたな。
「……前から気になってたんだけど」
酒場の口調で言い始めるからつい周囲へ目を向けたが、脚をつま先でつつかれて止めにした。
なるほど、音が遠のいたのはお前がやってるのね。
結界無しで内緒話まで出来るとは、凄いなアダマンタイト級神官。
「あの受付嬢とはどういう仲なの」
「……どういうって」
「あの人、妙にロンドくんへ親し気だから。こう、私はあの人の事分かってますよ感出してるよね」
「そうか……?」
脚を蹴られた。
そっちは丸見えの筈だが大丈夫なのかアダマンタイト。
「……別に話したくないならいいけど」
ならそうさせて貰おう。
ついでにありがたく豚の丸焼きを食い、エールで流し込む。
濃い味で酒に合うな。こんなの、店で頼んだら銀貨を何枚も持って行かれる所だろう。適当に美味い所をいただいて、と。
「べつに」
うん。
「はなしたくないなら」
はい。
「いいけど」
話したくないので話しません。
「ばかっ」
「はははっ」
「なに笑ってるのよう」
「いやだってお前……っはは!」
表情まで酒場の時みたいになってきてるんだからよ。
指摘すると慌てて引き締めるけど、目がもう緩んでる。
離れた所でまた歓声があがった。
吟遊詩人が詩を始めたんだ。
注目は別にあり、俺達はぽっかり空いた場所で二人、豚の丸焼きを思う存分に食わせて貰った。
「………………飲みたい」
「飲んでいいぞ」
一緒に来ただろうバルディとグロースも、今はあの爽やか野郎の所で竜殺しの話に夢中んなってるからな。
「駄目って言ってよ」
「駄目だ。まだ駄目。ほーらほーら、まだ駄目だからなぁ」
「すけべ親父」
「お前も好きだろう?」
陶杯で隠そうとしても赤くなってるのは見えてるからな。
まあ最近はすっかりご無沙汰だから、お互い溜まってるのはあるよな。
「今夜辺り、どうだ?」
「………………トゥエリに申し訳ないから駄目」
そう言うなよ。
アイツも冒険者だ、いずれ良い相手を見付けてそうなっていく。
流石にあくどい連中なら俺も首を突っ込むだろうが、そうでないなら文句を言える筋合いじゃない。
同じように、いつまでも引き摺っているべきじゃないだろう。
まあ……俺もそれなりに思う所はあるが、三人纏めてずるずると沈んでいくみたいなのは避けたい。アイツは今、ちゃんと立ち直って自分の足で立ってるんだからよ。
冒険者ならカラッと、後ろより前を向いているべきだ。
「私がどうかしましたか、リディアさん?」
前のリディアで遊んでいたら、後ろからトゥエリの声が来た。
振り返る。
向こうも俺だとは気付いていなかった、んだと思う。
俺を見て少し固まったが、
「こんばんは、ロンドさん。リディアさん」
「おう……トゥエリ」
「……こんばんは、トゥエリ」
さらりと隣に座られ、幾分上等になった杖を脇へ置く。
「クエスト帰りか?」
「はい。他の皆は疲れたと言っていたので、私が代表して報酬を受け取りにきました。お祝いの事はついさっき」
トゥエリはある熟練パーティに迎え入れられ、日々成長を続けている。
俺も知っている、女リーダーの率いる所だ。滅茶苦茶厳しいことで有名な、軍隊かって皮肉を言われたりもするパーティだが、素行の面では信用出来る。
「そうか……あぁ、メイリーの件では世話になったな」
あの時は色々と込み入っていたから、改まって話す機会は無かった。
精々宴会で酔ったトゥエリから軽い恨み言を言われたくらいか。
「いいえ。あの時は改めて力不足を実感しました。私にリディアさんほどの力があれば、ロンドさんをあんなボロボロの姿にさせる事は無かったでしょうから」
「ははは、目標はアダマンタイト級か。いいぞ、いい目標だ」
「はい。リディアさんは私の目標です」
さてそのリディアだが、外面用の無表情を保ってはいるものの、さっきまで俺の誘いに半ば乗りかけていた。
何度も誘ってきたからな、流石に微妙な変化でも分かる。
にっこり笑うトゥエリ、無表情のリディア、そんな所へ。
「あーっ、もう疲れた! お腹減った! 私もここ、いいですかぁ?」
さっきの受付嬢がやってきた。
目を丸くするこちらに構わず俺の正面、リディアの隣に腰掛けたヤツは、手にしていた酒をとりあえずぐびり。
「っ、ぷはあ! もう忙し過ぎ、酒頼み過ぎっ! ここは酒場じゃないんだぞーっ」
「いや酒場でいいだろ。それで報酬額を回収してる所あるんだからよ」
「あーはいはい、そういうのいいから。おっ、この丸焼き美味しいじゃん、流石私っ、料理が出来るう!」
受付嬢も大変だな、なんて思っていたら、なんでかトゥエリとリディアの双方から無言で視線を貰った。
なんだよ、別に受付嬢と親しくしてるのなんざ普通だろ?
美味しいクエストとか、ちょっとした忠告とか、そういうのを貰う為にもだな。
「あっ、そういえば私、ちゃんと名乗った事無かったですよね! この冒険者ギルド『スカー』の受付嬢やってます、アリエルです! よろしくねっ」
ある意味で冒険者よりも冒険者らしい景気の良さで、アリエルは続ける。
トゥエリを見て、リディアを見て、にっこりと笑いながらこの場の誰よりも豊かな胸を張る。
「そこのロンドとは、新人の頃からの付き合いでさ、一時期なんて殆ど結婚してるんじゃない? みたいな状態で同棲してたんだよねぇ」
急激にギルド会館内の喧騒が遠のいて行ったのを俺は感じる。
とても静かだ。
そして寒い。
俺も長い事冒険者をやってきて、幾つか死線ってのを越えたことがあるから分かる。
ここは死地だ。




