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豚小屋に差す一条の光

 宮殿なんて呼ばれてる所は流石に初めて入ったが、また随分とデカくてゴテゴテした場所なんだなと呆れていたら。


「あれだけ栄華を誇った黄金都市が、このザマとはね」


 シシリー曰く、酷い状態なんだそうだ。

 調度品はそれらしい安物に置き換えられ、庭の手入れは申し訳程度、天井の絵画は塗りが安っぽく、剥がれかかっているとか。

 ちらりと見えた室内には水の溜まった桶が幾つか置かれていて、どうやら先日の雨で雨漏りしているらしい。


 それでも住む人間は偉そうで、装飾過剰な宝飾品を幾つも身に着けていた。


 なるほど、コレが成金って奴だ。


「手にした財に本人の品性が追い付いていないとこんなものよ。クルアンで成功して、引退してこっち来た冒険者がよく陥るから、アンタも気を付けなさいよね」


「はいはい。つっても、ヴィンセントの時代からもう何十年なんだ? ハイフリスでよぼよぼの婆さんから、初恋の話を聞かされたことはあるんだが」


 かろうじて記憶が記録になり切っていないくらいの昔。

 それだけの間権力を握っていたのなら、少しは成長しそうなもんだ。


「覚悟しておいた方が良さそうね。親の財産食い潰して生きてるだけの二世三世のクソガキ共が、まともに問題解決って言葉を知ってるとは思えないわ」


 先頭に儀仗兵が居るってのに、口さがない長耳長寿は平気でそんなことを言う。


「言っておくけど、私とリディアさんを連れておいて、ここの連中に膝を付いて問答なんて許さないから。堂々としてなさい。一度ゴミを投げつけていいと判断した相手には、この手の輩は幾らでも増長してくるんだから」


「そりゃ困ったな。俺は謙虚で礼儀正しいから」


「その調子で喋れば十分よ。この私から味玉二つも取ったんだから」


 それまだ根に持ってるの。

 ごめんよ、美味しかったんだ。


 また作ってくれよシシリー。


 なんて会話を、詳しく聞きたそうにそわそわしてるリディアを見つつ、俺達はしかめっ面の儀仗兵に会議室とやらへ案内された。

 無駄にデカい扉を開けた先、打ち崩されたまま放置されてるデカい椅子を見て、そいつを無視する様に行く先を囲う連中を見て。


 あぁなるほどと納得した。


    ※   ※   ※


 ヴィンセントは一人で死んでいた。

 相棒のチーターと、誰も辿り着けない幽海の孤島で。


 大量のお宝は穴の底へ打ち捨てられていて、当時は隠しているんだと思い込んでいたが、誰も辿り着けない孤島に来てまで隠す理由があったのかどうか。


 もしかしたら、ゴミ同然と捨ててあったのかもしれないな。


 金の採掘で黄金時代とまで呼ばれる栄華を築いていたこの国には、俺から見ると幾つもの歪みがある。

 成功者への餌となっていた母王。

 能力不足や、不慮の事故、あるいは生まれから障害を抱えた者を容赦無く奴隷へ落として使役していた事も。

 かつて、そこからの開放を目指して戦った筈が、未だに続けられている奴隷売買。


 まあ、最後のは中原でも北域でも、そう珍しい話じゃないから偉そうなことは言えないさ。


 ただ理想は失われた。


 無責任な位置からそういう感想が出てくるだけで。


 今でもヴィンセントを慕っている者は居るし、ハイフリスで見た人々の感謝は本物だっただろう。

 女好きと噂され、その地位向上にも貢献した人物。

 もしかしたら、新たな王にだってなれたのかもしれない。


 けれど彼の呼称は海賊だ。


 海賊であり続けたのか、海賊にしか成れなかったのか。


 分からないが。


「巷に魔王が出現したなどという虚偽を流しているのは貴様らだな。即刻止めよ。我が国に問題など何もない。まして、一介の冒険者風情がして良い事ではないぞ」


 少なくとも、残った連中がろくでもない奴らなのは確定したか。


 居並ぶ老人共、そして妙に若い、青年未満のような連中。

 背後では孔雀の羽で出来た扇で薄着の女が風を送っており、机の上には果物が山盛り。酒を注いで貰って美味そうに飲んでやがる奴も居る。関係の無い話を小声で続けていたり、女を膝の上に乗せてオタノシミを始めていたり、居眠り扱いていたりと、挙げればキリがない。


 俺はここが会議室だと聞かされてきたんだが、宴会場の間違いだったかな。


 その中でも比較的マシに思えた中央に座る爺さんが、またボケた言葉を吐いてくる。


「速やかにこの国を出るならば良し。ありもしない話に憤る民も出ているからな、護衛の一つくらい付けてやっても構わない。どうだ、冒険者」


 舐め切った、ってのはこういうのを言うんだろうな。


「話している意味が分からないんだが」


 ガン、と儀仗兵が槍を床に叩き付けた。

 ジジイが優し気な笑みを浮かべてそれを嗜める。


「ははは。冒険者というのは野蛮で、言葉遣いを知らない。この程度で怒ることはないさ」


 数名が朗らかに笑い、ジジイの慈悲深さを讃えた。

 ついため息をつく。


 なんだ、俺はお遊戯会に呼ばれたのか?


「もう一度言う。魔王が出たなどという虚偽を流して民を混乱させるな」

「その魔王ならここからでも見えるぜ。脳が足りてないのか」


 振り下ろされた槍を掴み取り、会話を続けた。

 いや、会話になっているのかどうかも知らないがな。


「……正直、国の偉い人ってのはもうちょっと頭が良いんだと思ってた。だがこれは、感動するほどの無能ぶりだな」


 かなり言葉を選んでやったんだが、それでも連中はザワ付いた。


 こんな状況でも札遊びをしてる奴らにはいっそ感心するよ。

 その胆力があれば、魔王にここが襲われても最後の最後まで遊び惚けていられるんだろうな。


「無礼者が……!!」


「慈悲深さはどこいった。この程度、酒場の煽り合いじゃ序の口だぞ」


 集まって来た儀仗兵へリディアが杖を向ける。視線が冷え切っていてゾクゾクするね。

 シシリーはとっくに弓を構えていた。


 国への反抗? 不敬罪? 知った事かよ。


 こいつら、ここへ来て未だにアレを隠し通せると思ってやがる。


「シランドの血族に監獄の運営権を与え、そこで出た死刑囚をドライアドの餌にする許可を与えていたのはお前達だろ。ドライアドが改良したっていう食物や、希少な種なんかを活かして金儲けをしてきた。同じようなことをしていた北域がどうなったか、知らないほど間抜け揃いなのか」


 素直に魔王討伐へ協力してくれるのなら目を瞑っていても良かった。

 国相手に大立ち回りなんて柄じゃない。


 というか、俺は冒険がしたいんであって、ヴィンセントの様に国を立て直そうとか、そんなことは考えた事も無い。

 ギルドを作るには、その国ってのの許可が要るそうだから、厄介この上ないんだがな。


「ウチの会計や盗賊が色々と調べ上げてくれたおかげで、かなり面白い情報が集まってるぜ」


 調査不足で刑を言い渡してくるのは、こんな時代だ、権力側の短慮横暴なんてよくあることさ。

 権力ってのは災害みたいなもので、自分に降り掛かってこない内は興味も持たない。

 しかも相手は犯罪者、事の本題なんぞ死刑囚だ。

 俺だって自分が関係しなきゃソイツらの処理方法なんて気にも留めなかったろう。


 アレで表向きには真っ当な監獄運営をしていたみたいだしな、ヨルダ達は。

 別にちょいと出先でつまみ食いしたくなって、俺をハメた事を許す気もないが。


 対してコイツらと来たら。

 本命は死刑囚とされた俺を探し出す為だったんだが、権力任せに揉み消し、黙らせ、それなりな恨みも買っていた。


 結果として情報がヨルダ達とコイツらの二種類に分かれ、俺を発見するのが遅れちまったのはあるらしい。

 ただそのおかげで、今回こいつらを告発するくらいの証拠も証言も既にある。

 権力に押し潰されて出所の無かった小話。

 神殿とギルド、双方へ渡せばどうなるかな。


「俺をここへ呼んだのも、後になって気付いて大慌てしたからだろ。行動から理由が筒抜け過ぎる」


 話の途中でジジイが人を呼びつけて袋を放らせた。

 三つ四つと投げ込まれ、口から漏れた金貨で足元が汚れる。


「これでいいんだろう!! 欲深な冒険者が!! すぐこの国から出て行け!!」


 キレるのが早過ぎるだろジジイ。

 まだ煽り終わってないんだぜ。


 俺は足元の金貨を、泥遊びでもするみたいに靴先で弄び、蹴った。


「俺が要求したかったのは魔王討伐への協力とギルドへのクエスト依頼だったんだが、そうだな、少し変わってきたかも知れない」


 邪魔をするな。


 そんな気持ちを込めて視線で撫でてやったら、ジジイは冷や汗流して腕を振った。この程度で怖気付くなよ。喧嘩慣れもしていない癖に、無駄に粋がる奴ほど甘えた間合いでクソを撒き散らす。


「そいつらを捕えろ!! あまりにも不敬ッ、この私をコケにしおって!!」

「おい。よりにもよってその理由でいいのかよ」


 せめて国を乱したとか、ちゃんと取り繕った理由を言ってくれよ。


「『スカー』相手に戦争するつもりか? こっちは善意で魔王を討伐してやろうって話してるんだぜ」

「ふんっ。たかが冒険者の言葉など、この国では意味を持たんわ!!」

「そうかい? 結構すごいよ、この二人」


 怒れるジジイに後ろの二人を示してやった。

 なにせ史上唯一のアダマンタイト級の神官と、千年以上を生きる魔王討伐の経験もあるらしい長耳長寿族だ。

 百年足らずの若造国家が粋がれる相手なのかね。


 いや、俺もそろそろ三十五の、ただの若造なんだが。


「数日待っても碌に動きも見せないから、念の為に様子を見に来てやったんだがな。ここまで酷いとは思わなった」


 とはいえここからはシシリーとリディア頼りだ。

 俺も戦うが、武器も取り上げられてるし、錬金術も品切れ中。

 拳一つでどこまでやれるかねえ。


 いやあ、口だけって点じゃあ俺もジジイも同じ様なもんか?


 扉が蹴り開けられる。

 新手か。

 まあ腹の中へ自ら飛び込んだんだから仕方な…………い。


 来たか。


「やあこんにちは!! 実はさっきから表で話を聞かせて貰っていた、君達じゃあ誤魔化し切れないお姉さんがやってきたよ!!」


 快活にこの混乱を笑い飛ばしながら、今回ばかりは豪華で神聖な衣を纏ってきてくれた、ウチの名誉パーティメンバーが片手を挙げる。


「冒険者のやる事は派手で、面白いねぇ。それで説得は失敗したみたいだけど、どうするんだいロンドくん?」


 現れた人物に奥の面々が慌てふためいた。

 ジジイなんぞ顔を真っ青にして叫び出す。


「し、っ、神姫アウローラ!? なぜここに!!」


「呼ばれたからだよ。そこのロンドくんに。あぁ彼、私がギルド設立を承認している、とても信頼の厚い冒険者なんだ。それを……はは、なんだか怖い事言ってたよねえ」

「オーロラ、そっち話はまだ秘密だ」

「おっといけない。今の話は内緒にしてね? じゃないと、神殿の怖い人達がお口を塞ぎにくるかもしれないからさ」


 適当言ってやがるが、正直お前が来るのは予想外だった。

 俺が呼んだのは別の奴だからな。


 馬鹿でっかい扉を蹴破った、槍を手にした男が歩いてくる。腰に下げた黒剣は友の遺品。にやにやと笑いながら酒を煽り、邪魔な儀仗兵を矛先でぺしぺしとやって道を開けさせる。


「よお兄貴、こんな面白いことやるならもっと早めに教えてくれよ。玉座に槍を突き立てるって奴、やってみたかったのによお」

「なんなら今からやってみるか、バルディ。あそこで崩れたまま放置されてるのがあるぞ」

「趣味が悪そうだから遠慮しとくわ。それに、俺が出しゃばるのもな」


 ミスリル級の冒険者が道を開ける。

 神姫アウローラと共にやってきた、もう一人の男。手紙を送ってこんな短期間で《《飛んで来れる》》のは奴しか居ない。


 まあなんだ、ゼルディスだ。


 そのパーティメンバーを、武器を持たせたまま堂々と引き連れ、野郎は道の真ん中を歩いて来た。


「グランドシルバー」


「っへ! まだ覚えてやがったか」


「魔王のしゃれこうべで一杯やろうと、シシリーの鳥に手紙を預けてきたお前の名前に、しばし首を捻っていたがな」


「忘れてたのかよ」


「今度からはグランドシルバーと書け」


 そっちかよ!


 まあでも間に合ってくれて良かった。

 一応プリエラ指揮の元、脱出を手助けする手筈はしてくれている筈なんだが、危険があるのは確かだからな。

 そいつを言うと、バルディがひとっ走り伝えてくると去っていった。


 あのバルディが文句も言わず使われた事に、後ろで内装を参考にしようとしてため息ついてたフィリアが目を丸くする。

 よお、夏の書き入れ時に店を離れさせて悪かったな。

 久しぶりに会った、頼れるオリハルコン級の魔術師へ、まずは感謝を。


「さて、家畜小屋の豚共に金言をくれてやるのも億劫だが、俺からの要求を伝えてやる」


 俺達よりも更に前へ。


 リディアの脇を抜ける際、奴は少し歩を緩めたが、クイッと顎を上げるとそのまま歩いていった。


 その先で豚の匂いに顔をしかめつつも、ゼルディスは未だに着席したままのジジイとの間にある、机を蹴り飛ばした。


「……頭が高い。聞く姿勢になれ」


 実は結構ノってたりするのかもな。

 バルディの言ってた玉座に槍っての、『スカー』の冒険者なら一度はやってみたいこととしてよく話にあがるからな。


 神姫アウローラの証言の元、魔物の利用で国を混乱に陥れた馬鹿共を粛正する、中々に無い機会だ。


 まだ状況を理解し切れていないらしい愚図が欠伸をしていたが、そこへ俺達の背後から放り投げられた儀仗兵が落下してくる。

 雄叫びがあがった。


「こぉら。暴れちゃめぇよ、ガーラーン。静かにしなさい」


 新たに三人を抱え上げて投げ付けようとしていた小柄な男へ、不可思議な恰好をした少女が声を掛ける。体中にぬいぐるみを身に着けていて、実に目立つ。


「あぁでもぉ……ゼルくん馬鹿にしてる人なら殺しちゃってもいいかなあ? ねえゼルくん、殺していい?」


「ロジェ。ここは宮殿だ。淑女らしく振舞っていてくれ」


「はぁーい!」


 なんてやりとりがあったおかげか、すっかり余裕を失った連中がひと塊になって部屋の隅へ追い詰められた。


 絶好調のゼルディスが蹴り立てた椅子へ腰掛け、その両脇をさっきの二人が固める。


「俺達は今から魔王討伐に向けて動く」


 そう始めて、足を組み。


「キサマ達は邪魔をせんよう頭を低くしていろ。物資、金、施設や人員は全て俺達が使う。喜べ、この俺が魔王殺しとなる瞬間を見せてやろうというのだからな」


 フハハ、と高笑いする将来の勇者様。

 別にいいんだが、そこまでやって平気なのか、この国。


「平気平気」


 と、オーロラが寄って来た。

 リディアを見て、少し首を傾げて、そして俺の元へ。


「魔王の跳梁を許した時点で、神殿からは統治権の剥奪を言い渡せる。別にこの土地は戴冠させてる訳じゃないから、あくまで一方的な話なんだけどね。それでも近隣の国は大喜びで土地の刈り取りを始めるよ。なにせ神殿公認の侵略が出来るんだから」


「なるほど。そうなりたくなければ従えってことか」


「魔物の活動を抑え込むことは、人間の生存圏を確保する上で重要なことだよ。元々神殿を設置するには、有事の際に最優先で魔物討伐へ協力するのが条件にもなってる。事故はあるものだけど、ここまでの状態になっても、もみ消しを優先してたんだからさ」


 あぁ、神殿での祈りは魔力を回復させるのに最適らしいしな。

 人間同士で争ってた北域では嫌われてたが、ここ南洋では疫病も多いし、神官の存在は大きい筈だ。


 まあそっから先は冒険者の関与することじゃない。

 政治は任せるよ。


「はいはい。任されましたよ、リーダー」


 まだゼルディスが、俺の考えた最強魔王討伐物語を演説しているが、ここでやるべきことは終えたみたいなので任せる事にした。


 全てはこれから。


 戦力は整ったが、相手は伝説に謳われる魔王。


 なぁに、やることは変わらないさ。

 昨日までと同じ、確かな一歩を。


 俺には支えてくれる仲間が居る。

 今回もまた、そいつに頼り切りになっちまうだろうがな。

 やれることを、やれる限り。

 振り絞って。


「よぉし行くぞ」


 応、と。

 なんでかゼルディスのパーティメンバーまで付いてきたが、まあいいか。


「最大級のクエストだ。目標は魔王討伐!! 俺達の力を見せてやろうぜ!!」


 行く先には晴れ間。

 遠く険しい道だろうが、必ず生きて、やり遂げる。


「うん…………きっと皆、守り抜く」


 リディアの言葉に皆して頷いた。

 あぁ、必ず。


 生きて。

 生き抜こう。







サレナレア編、完。魔王編、前半終了です。

 次はエレオノーラ編。

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