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罪の道

 眠れず深夜に起き出したら、食堂から巨大などんぶりを抱えて出てきたシシリーが凄い顔して俺を見た。


 まるで、一世一代の大仕掛けを見られたみたいな。

 まるで、絶対に知られてはいけない秘密を街中でぽろっと落っことしてしまったみたいな。

 まるで、背脂(ラード)とニンニクと塩と香辛料をたっぷり利かせた、こんな深夜には絶対食べてはいけないだろう超濃厚スープと山盛り麺の狂宴じみた料理を食べようとしているのがバレたみたいな……というかそのままな恰好で固まった長耳長寿にして将来の肥満女が口をわなわなさせながら涙目になる。


「なによ悪いの!?」


「いや何も言ってないんだが」


「お腹空いたのよっ! 旅の最中ってひもじいモノばっかりじゃないっ、だからたまにどうしても食べたくなるのよっ!」


「そうか、よかったな、存分に食べると良い…………こんな時間に食べて後がどうなろうと知った事じゃないがな」


 風に当たりたかっただけなんだ。

 ちょっと皆から離れて、この鬱屈した気分をどうにか洗い流して、明日に備えようとしていただけなんだ。


 だから正直シシリーが明日デブろうと知った事じゃない。

 あぁ、助けに来てくれたお前が格好良いと思ったのは気の迷いだったんだろうな。


 俺がため息をついて出て行こうとすると、どんぶりを脇の棚へ置いたシシリーががっしりと肩を掴んでくる。


「あのね」

「いいから行かせてくれ」


 褒めれば天の果てまでつけ上がる長耳女は俺の言葉を無視した。


「食べることは罪かしら。私達は日々、何かの命を貰って生きているのよ。それは明日を生きる糧となり、未来を作る道となるの」


 お前が今作っているのは肥満化への道だ。

 農村や市壁に囲まれて生きる者にとって腹に肉が付くことは好ましく思われるし、農園出身者の俺も見事なもんだなと感心する側なんだが、冒険者としては足手纏いの象徴だからな。

 

 俺はシシリーをじっと見つめた。

 神聖そうな顔をしてみせて、実は神官の術まで使えた無駄に生きてる女は、しれっと視線を逸らして天を仰いだ。

 そこにあるのは低い天井だけなんだが。

 近くに居るだけで(むせ)そうなほど漂ってくる凶悪なニンニク臭から少しでも離れたいんだが、加護でも使ってやがるのかまるで腕を払い除けられない。


「生きているなら、食べないと。そうよ、これは罪じゃない。これまでも私達が歩んで来た、明日も続く一歩なの。ふふっ、駄目ねえニンゲンは。些細なことですぐ迷って、道を見失っちゃう。だからね、時には私が示してあげようと思うのよ」


 つまり。

 何が言いたいんだ。


「感謝しなさい。この私が自ら腕を振るった料理なんて、かつてだったら神からの献上品みたいに扱われて、誰もが涙して受け取ったものなんだから」

「いや別にいらないんだが」

「か・ん・しゃ・し・な・さ・い!!」

「いや別にいらないんだが」

「なんで感謝してくれないのよーっ!?」


 するわけねえだろそんなゲテモノ貰って。

 興味も無い。

 食欲もない。

 俺は静かに黄昏て、明日に向けて気持ちを切り替えておきたいんだ。

 だから、絶対に、そんなもんに感謝なんてするかよ……!!


    ※   ※   ※


 「うんまあ!? なンだこれ!? ヤバいクスリでも入ってるんじゃねえのか!?」


「ふふーん!! そうでしょうそうでしょうっ! ヤバいのコレ、最高に美味しいの、作ってあげた私に感謝しなさい!!」


「ありがとうございます! ありがとうございます!!」


「あっははははははは!! ようやく私の偉大さが分かったみたいねっ、だったら次からは舐めた口を改めて、私の事はシシリー様と呼びなさ――――ってちょっと待って叉焼は私も食べるからっ、ああー! 味玉っ! 味玉食べた! 三つしか無いのに二つも食べたー! アンタちょっと喰い過ぎよ! 私の夜食なんだから遠慮しなさいよおっ、ねえお願いっ、その叉焼は返してーっ!!」


「ありがとうございますシシリー様っ、こっちの海苔で巻いて食べるのも美味いなあっ」


「あーっ! それ一枚しかないのにい!」


 巨大などんぶりがあっという間に空。

 シシリーと壮絶な奪い合いを演じ、明日を生きる糧とやらをたらふく腹へ詰め込んで、二人揃ってニンニク臭い息を吐く。


 駄目だ、食い過ぎた、しばらく動けそうにない。


「はい…………食後の麦茶」

「感謝しますシシリー様ぁ……」

「もういいわよ。アンタがこれっぽっちも私を崇める気が無いのは知ってたけどっ、今回のことで思い知ったわよっ」


 夜食を半分取られて拗ねてる、かつては神的な存在(笑)だったこともあるらしいシシリーが自分の麦茶を飲む。

 少し濃い目に淹れてあって、喉に絡んだ脂を浄化してくれる。


 大体お前が半分こ、って言ってきたんだからな。


 ありがたく半分貰っただけだ。

 まあ、つい手が進み過ぎて具材はかなり多めに貰っちまったが、ほら濃厚なスープはたっぷり残してやったから多分半分こだろう。


「すぐ寝ると太るわよー」


 並べた椅子の上で横になったからか、シシリーが欠伸混じりに言ってくる。


「あぁ……少しだけだ」


 腹が満ちれば眠気も来る。

 あれだけのことをやっておいて、我ながら単純な身体をしているもんだ。


「というかお前、この時間まで起きてたのか」

「色々とねえ。こっちにもあの頃の遺跡とかあるから、ちょっと様子見」

「ふぅん」


 と、思い出した。


「そういえばお前、北域でも遺跡巡りしてたんじゃないか?」

「え?」

「前に魔物狩りでゼルディス達と一緒に行ってたろ。俺もアレ、途中から追いついて……あいや、別に魔物狩りには参加しなかったんだが」


 言うとシシリーは膨らませていた頬を戻して首を傾げる。


「へぇ。じゃあどっかですれ違ってたかもね」

「あっちで知り合った爺さんが、長耳長寿の奴がアーテルシア時代の遺跡を探索してるって話してたのを思い出したんだ。地元じゃ結構有名な場所らしかったそうじゃないか」

「あれねー。まあ、アンタには関係の無い話よ」


 言いたくないか。

 それならそれでもいい。


 ただの雑談だ。


「あれから色々あったわね。向こうに残って魔物狩りの続きをやってたら、ゼルディスが妙に早く戻って来て……仲間の一人が死んじゃったって」

「あぁ……」


 グロースは本当に勇敢で、仲間の為に死の淵からだって蘇って助けに来てくれる、最高のタンクだった。

 俺もああなれたらって思うよ。

 目標、って奴なのかもな。


「ニンゲンはすぐ死んじゃう。戦いとかも関係無しに、病気とか、怪我とか、寿命とか」


 千年以上を生き続ける、俺には到底理解できない感覚だ。

 出会いと別れを繰り返し、あの時のような、身近な者の死を味わうことも沢山あっただろう。

 何を感じ、何を考えてきたのか。

 とっくに係わりを持ち続けるのに疲れてしまって、隠居しちまっててもおかしくないだろうに。


 少なくとも、俺が知る後二人の長耳はそうだった。

 これだからニンゲンは、なんて言って、周囲を無視して、退屈そうに生きてやがる。


 ただ、あぁ、シシリーにはルークが居たんだな。


 恋をして、馬鹿みたいに喜んだり落ち込んだり。


 恋を失って、泣いて叫んだり、こうしてヤバい麺料理食い散らかして腹を膨らませている。


「お前からすりゃあ短い命だろうが、だからこそ俺は最高に冒険を愉しめるんだって思うよ。冒険者の寿命は三十五、人生だって五十年やそこらか。長い事足踏みを続けてきたが、ようやく踏み出せたんだ……相手が魔王だからって、今更尻込みするつもりはねえな」


 俺からすればザルカの休日に見る将軍級も、東いっぱいに広がる魔境も、南洋の海も幽海も、何もかもデカ過ぎて真っ向から立ち向かえるなんて言えないほどさ。


 怖気付いて逃げ出すってんなら、ゴブリン相手で間に合ってる。


 それでも一つずつ越えて来て、まだ、俺は生きている。


「はぁ……」


 シシリーが机の向かいで俺と同じ様に並べた椅子の上で横になった。


「すぐ寝ると太るぞ」

「うるさい。私は偉大な長寿族だから太らないの。お肌はぴちぴち、にきびも出来ない、絶対平気なんだから」

「さいか」


 遠く南の空から、魔王サレナレアの笑い声が聞こえてきた気がした。

 そいつを子守歌に、まだまだ行けるさって楽観して、臭い息を吐く。


「……………………これだからニンゲンは」


 小さな呟きを無視して、俺達はほんのちょっとだけ横になって、この静かな夜を味わった。


 ……あぁ、それでこの後、食器とかを片付けに厨房へお邪魔した時の話なんだが。


「………………こんばんは。お邪魔してます」

「………………おう」

「………………マルサル、アンタそれって」


 厨房の隅で座り込んでいたスライムの魔王マルサルが、指を鋭い針に変えてネズミを捕獲していた。

 彼はやや気まずそうに帽子のつばを摘まんで串刺しにしたソイツを見せてくる。


「食べますか? 半分こです」


「いらない」

「引くわ」


 夜食にネズミ食べてた魔王ともしばし雑談したりしながら、俺達はどうにか最初の夜を越えていった。


    ※   ※   ※


 それから数日経って、対魔王サレナレアへの準備を進めていた俺達の元へ召喚命令が届いた。


 書状を読み上げる、儀仗兵らしき男は明朗快活に声を張り、しばしギルドを騒がせることになったが。


「表に馬車を用意してあります! 代表者と、二名までの同行を許可します!!」


 なら、と思って見まわしたら、プリエラが面倒くさそうにしっしと手を振ってきた。

 またすぐ戻って来れなくなった時、副リーダーは居て貰わないと困るしな。


「私が行くわ。説明役は必要でしょう?」


 名乗り出てくれたシシリーに同行を頼み、さてあと一人をどうするか。


「リディアがいいんじゃない? ほら、私らの中で一番格が高いし」


 なんてエレーナが言って推薦して来た。

 対魔王戦とあってギルド支部やここの神殿とも色々と準備をしてくれていた彼女は、俺を見てやや緊張した様子だったが。


「分かった。私も一緒に行く」


 頷き、同行者に加わってくれた。


「では速やかに乗車を!」

「いやせめて恰好を整える時間くらいはくれないか。適当な服装で前に出て、不敬だなんだって言われるのは勘弁だぜ」


 俺の抗議に儀仗兵は旗を掲げたまま謳い上げた。

 全くこちらを見ようとはしない。

 真っ直ぐに、何かの為に声を張る。


「今は一刻を争う時、多少のことは目を瞑るとの仰せだ! 大いなる慈悲に感謝し、速やかに行動せよ!!」


 大いなる慈悲ねえ。

 お前らが勝手に呼びつけて、急いでるからそのままで来いってのに、俺が優しいからですって言われてもな。


 というか、言葉が妙だが命令をしているらしい。

 揉めるのも面倒だ。

 今回はシシリーもリディアも居る、よっぽどの事が無ければまた行方不明なんてことにはならないだろうから、少しは安心していいだろ。


「分かった。行くよ……あぁ、宮殿とやらにねぇ」


 この国はかつてシランドの血族による支配を否定し、民衆によって打ち倒された国の筈だ。

 国体、なんてものを論じるつもりはないんだが、王族の支配を足蹴にしておきながら、自分達もまた同じ宮殿に住み、儀仗兵を差し向けて召喚命令なんぞ下してくる。


 皆の後ろ、不安そうなクィナに目をやりつつ、俺もまた顔を俯かせて、声のうるさい野郎の指示に従って馬車へ乗った。


 行く先は宮殿。


 待っているのは、この国で一番偉い人達だそうな。


 あと馬車へ乗った時に気付いたんだが…………シシリーに右頬にはにきびが出来ていた。罪の道征く憐れな長耳よ、悔い改めるといいかもしれないぞ。






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