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大方針

 遠く都へ辿り着いてからも、魔王サレナレアの姿は確認することが出来た。

 天へと手を伸ばし、都市を喰い、そこで生きていた者を花として再生し、擬態させる魔物。

 記憶も能力も引き継がせて、喰えば喰うほどに戦力を増していくという国喰いの化け物が、あそこに居る。


 都の中は騒がしかった。

 なのに未だ避難も始まっていない。

 遠巻きに見れば気色の悪い木が生えてきたってくらいなのか。

 すぐ足元に居た時は津波のような圧迫感だったのが、ここからなら手の平で軽く隠せてしまうくらいに小さく見える。

 あの脅威を感じ取るには遠過ぎるか。


 そこで生きていた人々の苦しみや悩みや、葛藤と同じ様に。

 なんてのは、引き摺られ過ぎてるな。


 正直すぐにでも倒れてしまいたかった。

 クィナを支え、レネを励まし、シシリーとマルサルに助けられながらここまで戻って来れたが、心底疲れ果てた。

 俺はただの万年シルバーだ。

 あんなの相手に出来る事なんて無いだろう?

 だから、ぶっ倒れて寝てしまい、後は凄い奴らに全てを託して高みの見物……そんなことが出来ればどれだけ楽だったか。


 ギルド支部の扉を潜る。


 各地へ散っていた仲間がここに集まっていた。

 シシリーが鳥や獣を使って連絡をしてくれたんだ。


 入口付近に座っていたリディアが立ち上がり、何かを言おうとしたが、俺の顔を見て息を詰める。

 今、どんな顔をしてる?

 自分じゃ全く分からない。

 だが彼女に堂々と顔向けできる身じゃないのは確かで。

 なんていう感傷ごと踏み潰して前へ進む。


 表情を整えろ。


 目に力を込めて。


 あの日、必死に戦う一人の女を見て、俺もそうありたいとここまで歩んで来たんだから。


 薄い雨音を聞きながら、揺れる蝋燭に照らされた仲間達を見回す。


 …………うん?


「外パーティの奴らは荷物持ちと一緒にハイフリスだ。まともな危機感持った連中が、早くも船を抑えて回ってるおかげで混乱が広がってるらしい」


 小人族のプリエラが摘まんでいた豆を放り投げて食らいつく。

 お行儀が良いとされる神官としちゃあ、中々の作法ぶりだ。


 俺が居ない間も副リーダーとしてよくパーティを纏めてくれていたんだろう、それぞれの顔付きを見れば良く分かる。


「なるほどな。それじゃあここに残ってるのは、危機感ってのがぶっ壊れた、命知らずばかりって訳だ」


 笑いが漏れる。

 いっそ嘲笑じみていたが、ここへ来て逃げ出している奴が一人も居ないとはな。


「まずは謝ろう。しばらく不在にしていて悪かった。ちょいと魔王の偵察に行っていたんでな、戦力分析はそれなりに進めてある」


「次は俺を連れてってくれよ、パーティリーダー」


 パーティの要、斥候役の盗賊、本名不明の長鼻が冗談交じりに言ってくる。

 プリエラと同じく小人族だが、それなりに歳は食ってて確か結婚しているんだよな。


「悪かったな。特等席でアレを見てみたかったんだ」

「言うぜ、この馬鹿が」


 続いてやや身を乗り出してきたのはエレーナだ。

 彼女は同行しているクィナを疑問気に一度見て、改めて俺へ視線を送って来た。


「監獄まで来てくれて、ありがとな」

「当然じゃん、相棒」

「そうだな。これからもよろしく頼む、相棒」


 そうして、ここまでどうにか俺達と一緒に逃げて来てくれたレネが、妹のフィオへしがみ付くのを見た。


「その監獄も、しばらく運営出来ないくらいに追い詰めていたんですけどね。ギルドへの捜索依頼も含めて、結構な出費になりましたが、まずはご無事に戻られて良かったです」


 おっと、そっちの話はまだ聞きたくないな。

 ヴィンセントの遺産、もうちょっと貰いに幽海へ戻ってみるか?


「なるほど、あちこちで動きが鈍いと思ったら、そいつが効いてた訳だ。あぁ、本当に命を助けられた。いつもありがとな、フィオ」

「……次の予算組みでは覚悟しておいて下さい」


 おっかないお言葉を貰い、まあここは素直に頷いておく。


 そしてフィオの向かいに座っているマリエッタが、ぐっと両手を握って何かを言おうとして、その口を閉じた。


「どうした、マリエッタ」


 外パーティは港町のハイフリスに居るという話だったが、彼女は監獄へも圧力を掛けに来てくれたこともあり、こちらに留まっているんだな。

 もしかしたら、フィオと一緒に都の貴族関連へ話を持って行ってくれていたか。


「……ぁ、いえ。センセイがご無事で良かったなって」

「それだけじゃないだろう?」


 言うと彼女は、見抜かれて困ったような、喜ぶような、微妙な表情になった。


 これでも結構真面目にお前のセンセイをやっていたつもりだ。

 体調管理だけじゃない。

 元々が部屋に引き篭もって、周囲を気遣い、我慢を重ねてきた子だからな。こちらから気付いて言葉を引き出さなきゃいけない時もある。


「本当に……それだけなんです」


 そう言って、でも、と。


「心配しました」


 呟いた短い一言に、心底申し訳ないと思った。

 彼女だけでなく、今回は全員に相当な心配を掛けた。

 なにせ死刑囚だ。

 簡単には関与出来ない他国の監獄で、しかも刑の執行に際して行方不明と来た。


「あぁ。すまない。本当に心配を掛けた」

「はい…………はぃ。ごめんなさい」

「マリエッタ」


 呼び掛けに彼女は俯きかけた顔をあげる。


「おかえりなさい、って言ってくれるか?」


 途端、マリエッタは立ち上がり、俺の正面に立った。

 息を吸い、いつもの様に力一杯の笑みで。


「おかえりなさいませ!! センセイ!!」


「あぁ、ただいま。ちゃんと戻って来たぞ」

「~~っ、はい!」


 溜まらず駆け寄って来て、しがみ付いてきた背中を出来る限りの優しさで撫でた。


 他にもその場に居た仲間達へ声を掛けていき、嫌味を言われたり冗談で混ぜっ返されたり。グスタフなんざ、監獄で獄卒からどんなご褒美を貰ったんだなんて聞いてきやがって、美人の獄長から鞭を貰ったと言えば爆笑して酒を煽りやがった。


 そうして笑いの染み渡っていった一団から顔を背けている獣族の少女を見る。


 ちらりとこっちを見て、視線が合うと逸らしてしまう。

 けど耳はしっかり皆へ向いていて、拗ねた尻尾がゆーらゆら。


「あぁすまんティアリーヌ、おみやげ買ってくるの忘れてたわ」


「なんで私の時に一番ふざけるのっ、にゃああ!!」


 怒れる猫に皆の笑いが弾け、また少し賑やかになった。


 その一方で、この国へ覆い被さる暗雲のせいか、部屋の中が一段と暗さを増していく。


「よし。俺の考えてる方針を伝えておこう」


 ここまで協力してくれたシシリーが、同じパーティの一員であるリディアへ何かを話し掛けている。

 少しこちらへ意識が向いて、しっしと手で追い払われた。


 どの面下げて魔物狩り主体のギルド『スカー』の内部へ入り込んでいるのか、マルサルは適当な椅子へ腰掛けて皿の豆菓子を興味深げに観察していた。

 妙に息が合うらしいレネが寄せてやると、一緒に摘まんで食べ始める。


 クィナは……まだまともに動ける状態じゃない。

 身体はともかくとして、心がな。


 それでもな。

 ここは冒険者ギルドなんだよ。


「俺達はッ、今後発生するだろう緊急クエスト、国喰いの魔王サレナレア討伐に関するものを片っ端から平らげていく! 儲け時だぜお前達ッ。撃破出来りゃあ、昇格も名声も思いのままだっ!!」


 陶杯を木机へ叩きつけ、冒険者共がにやりと笑う。

 遠巻きに様子を伺っていた余所の連中も、いつしか俺の言葉に耳を傾けている。


 突然湧き出した謎の巨大樹、そいつに関する情報が欲しいのならありったけをくれてやるさ。


「まずは景気付けだ!! 飲んで謡って! 血と肉を酒で染め上げよう!!」


 俺達は冒険者。

 安住を蹴り飛ばし、険しきを冒して挑戦する者達。


 ならこんなおいしい状況で縮こまってなんて居られるかよっ!!


 酒を掲げ、明日をも知れぬ身ながらも、仲間と共に謳い上げる。


「乾杯!!」


『乾杯!!』


 威勢は怒号となって、ギルドの酒席を満たしていった。







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