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落葉を踏んで、雨を蹴り

 マルサルが膜状にしてスライムの壁を張るが、ヴィラルの伸ばした蔓が容赦無く貫通して彼の身を両断した。


 相性が悪い。

 ドライアド相手にも言っていたことだ。

 水の性質が強いスライムにとって、それを養分とする植物の力は最悪の相手だ。

 肉体全てが相手にとっての養分となり、絡め取られるほどに力を奪われる。


 だが大丈夫だ。

 あいつは、ここまでの事を考えればあんな程度の事じゃあ死なない。


「おいおい逃げるなよおグランドシルバーッ!! もっと遊んでくれなきゃ悪戯しちまうぜえ!!」


 誰が森の中でドルイドと戦うかよ。

 捕まった時の、腹の中へ仕込んだ種か何かはマルサルによって除去されているが、ここらに慣れた奴なら森中に罠を仕掛けていたっておかしくはない。


「こっちです!!」


 そんな中を、気持ちを切り替えたクィナが先行していく。

 あれで憲兵隊として活動もしてきたんだ、流石に荒事にだって多少は慣れているってことか。


 他者を気遣い、七人もいる子ども一人ひとりを大切に想える母は、しっかりと俺の動きを捉えつつ、適切な道を選んで呼び込んでくれた。


 慣れっていうのなら、幼い頃からここいらを駆け回っていたクィナの方が優勢か。


 どうにもマルサルが妨害を仕掛けてくれているおかげか、思っていたほどの困難さはない。

 逃げ切れる、って感じじゃないのが本当に厄介だけどな。


 やがて森を抜け、道へと躍り出た後ろから、スライムを避ける為か大きく伸ばした枝葉に乗ってヴィラルが追ってきた。


 ただ。


 小雨に濡れた道の先、松明を手にした集団が弓を構えて矢を射かけた。

 身を伏せた俺達の頭上を抜け、そいつはヴィラルを襲う。


 咄嗟に蔓を前面に展開して防いだ奴だったが、続く攻撃に前へは出てこれない。肩口に矢が刺さったのが見えた。


 これは、


「見付けたぞ!! 雇われの冒険者だっ」

「見られたっ、殺せ!!」


 どうやら俺達にとっての味方って訳でもないらしいな……!


「クィナ、ここを離れよう」

「はいっ」


 だが、反対側の森へ逃げ込もうとした所へ奴らの矢が放たれ、その内の一本がクィナの足を射抜いた。


「村の奴らだ!!」

「そっちにも居るぞ!!」

「おいっ、襲撃がバレてるんじゃないのか!?」


「クソっ! クィナ、抱えるぞ!!」


 転倒した小さな身体を抱え上げ、背中に矢が刺さるのを感じつつ森の中へ逃げ込んだ。

 痛みはいい。

 動きさえすれば無視できる。

 そんなことより、テメエにしがみ付いて震えてる女の背中を撫でてやる事も出来ない方が問題さ。

 雨で濡れた木の根に足を取られそうになりつつも、強く踏ん張って更に森の奥へ。


 連中は揉めているらしい。


 俺とヴィラル、どちらを追うべきか。

 纏まりが無く、統率者も居ない。

 まさしく暴徒か。

 散発的に矢が放たれてきたが、森で逃げる相手を正確に射貫くのは神業だ、悩んでいる間に距離を稼ぎ、やがて声は聞こえなくなった。


    ※   ※   ※


 死体の引っ掛かった水路の格子を抜け、関所の町へと入っていく。

 小汚い裏道って所だろう。

 流れてきた子どもの玩具を避けつつ陸地に上がり、二階の窓から様子を見ていた女が俺達を見て木窓を閉めた。


 関わり合いになりたくない、って感じだな。


「ここは……関所越えに利用されていた場所でしょうね」

「なるほど。一応は真っ当に働いて不満を溜めてた連中からすると、大魔王並みに悪い奴らに思えた訳だ」


 既に荒らし終わった後らしく、人の気配は少ない。

 精々がさっきの女みたいに身を潜めて暴動をやり過ごした生き残りが居るだけ。


 何をもたもたしていたのかと思えば、内輪揉めをしていたか。


 そもそも最初の暴動からして町の総意って感じじゃなかった。

 このまま勝手に自滅して、収まってくれればいいんだが……。


 何か言いたげなクィナをまずは治療する。


 森の中で矢は抜いたが、傷口の洗浄が不十分だ。

 幸いにも毒は無く、酒も近くに転がっていた。

 略奪品から零れ落ちたものか、酒精が濃いだけで味が悪いから捨てられたか、なんにせよ傷口を洗うのには使える。


「ロンドさんも」

「あぁ……頼む」


 背中の矢を抜いて貰う時には相応に苦しかったが、内臓にまでは達していなかったみたいだな。


 所詮は暴徒、素人の引ける弓じゃ威力不足だったか。


「背中の筋肉が深く刺さるのを防いだんですね……良かった」

「おう。トロールのこん棒だって弾いちまうからな」

「もう、そんなこと言って」


 傷口を洗い、包帯が無いので服を脱いで代用した。

 染み込ませた酒精が血と混ざっていい具合にヒリ付いてくる。

 変な巻き方しているかと思ったら、案外しっかり固定出来てて驚いた。


「喧嘩とかはあまり得意じゃないんですけど、怪我した憲兵仲間の治療はよくやっていましたから」

「なるほどな」


 シランドの血族は差別を受けている、という話だったが、一方で上手くやれている場所だってあったんだろう。

 クィナの人柄を思えば分からないでもない。

 いろいろと酷いものを見てきたが、ハイフリスの人々は穏やかで、商売っ気が強くて、決して否定ばかり出来る場所じゃなかったもんな。


 多くの孤児が居たり、ラッセル爺さんの引き取った子らの中にはニーナの様な幼い内から奴隷にされた者も、居たのは確かだが。


 黄金時代なんてものを作り上げる裏で、あの金鉱山みたいな影が生まれていったんだろうか。


「クィナ」

「っ!」


 震えていた手を掴む。

 あの襲撃者達に会ってから、ずっと彼女は怯えていた。


 何か、なんて考える必要もない。


 マルサルの正体を知っても、ヴィラルに追われても、怖れこそすれここまで怯える様は見せなかった。


「頼む。今は自分が生きる事を考えてくれ」


 森へ入って逃げ切れたのは、連中が別の目標へ向かったからだ。

 一人二人を追ってあの場で右往左往するよりは、本命へ攻め込んでしまった方が早いと、その程度の判断くらいは出来たんだろう。


 今、おそらく村は襲われている。


 そこには姉のヨルダも、クィナの子どもらも居るってのに。

 あのドライアドがどこまで与するかも不明で、仮に暴れたとしても大量の犠牲者が出る。

 どう転んでも、彼女にとっては苦しい結果だろう。


「私、は……」

「頼む」


 不安がる女へ、ただ口付け一つで誤魔化すしか出来ないクソ野郎だが、俺に出来る手は可能な限り打ってみせるから。


 こういう時、改めて自分自身の力無さを思い知るな。


 ここに居たのがゼルディスなら、片っ端からクソを片付けて丸く治められるんだろう。

 リディアなら、フィリアなら、あるいはルークやその他遥か上位の冒険者であれば。


 パーティを結成して、大きな成果を上げ続けているが、あの日リディアと出会った頃から成長出来ているかと問われれば、自分じゃさっぱり分からないんだよ。

 もう、そいつを評価してくれる奴らの殆どは引退したか、死んじまった。

 冒険者の寿命は三十五。

 もうじき、俺もそこへ踏み込んじまう。

 限界を越えて、衰えていくばかりの身で、更に上を目指したいなんて。


 あぁくそったれが。


 今はそんな事どうでもいい。

 現実を見ろ。

 ここで腕に抱いている命を確かに守り抜け。


 彼女に後ろを向かせたら、そこで全ては終わりだ。


「頼む……っ」

「…………はい」


 俺の懇願にクィナは頷いてくれた。

 胸に当てられた手がまだ震えている。

 母親にとって、子に背を向けて走ることがどれだけの負担か。


 それでも、一緒に来てくれるのなら。


「っ!!」


 咄嗟に右手で歪な短剣を握り、飛来した鉄杭を弾いた。

 と同時に手首の猛烈な痛みで筋肉が強張り、残る唯一の武器が飛んでいく。


「しまっ!? っ!!」


 続く攻撃に右腕を晒し、半ばまで貫通して来た鉄杭に毒が塗られているのを見て取る。


「逃げるぞ!!」

「っ、はい!!」


 襲撃者だ。

 俺を素人じゃないと見て、技術のある奴を追っ手に差し向けてきたって所か。


 チラリと姿は見えたが、一人かどうかは分からない。


 仕掛けてきた時点で囲まれてる可能性もあるだろう、だがもうそんなことを考えている余裕も無かった。

 クィナを抱えた状態で崩落した家の中へ飛び込んで攻撃を避け、遮蔽物に隠れて更に進む。

 通りを抜け、更に焼け落ちた(うまや)へ駆け込んで……その先で待ち構えていた魔術師が俺達を見付けるや否や火弾を打ち放ってきた。


 無理だ、避けられない。


 そう判断したと同時にクィナを抱え込み、背を向けた、正面に。


 レネが居た。


「にーちゃ!!」


 何故。

 どうして。


 疑問だらけの俺を無視して、日頃部屋に引き篭もってばかりだった、あの甘えん坊のレネが首飾りを掲げて庇い立つ。


 背後で火弾がはじけた。


 俺も、クィナも、当然ながらレネも無事だ。


 そこには何も無かった筈。

 なのに今、俺達の身には影が差している。


「こっち!!」

「お、おうっ!」


 《《破壊されていた筈の壁が修復されているのを見つつ》》、俺達はレネの誘導に従って街中を抜けていった。

 追ってきていた暗殺者だか盗賊野郎も、突如として元通りになった家屋に阻まれてこちらを見失う。


 あぁ。


 レネが首に下げている首飾りには覚えがあった。

 壊れていて、使えなくなっていた魔法の道具。


 幽海の孤島で手に入れた、ヴィンセントの遺産だ。


    ※   ※   ※


 「にーちゃが死刑になったって言われて、でも行方も分からない状態になってたから、皆でずっと探してたの」


 燃えていた家屋を蘇らせて、追跡者を撒いて街中を進んでいく。

 俺達が通ってしばらくすると家屋は再び元の姿になって燃え始めた。


「それで、私はお留守番してたんだけど、皆が出払った後でこっちに監獄の人達の里? 村、があるって話が出て来て……他に人が居なかったから」

「助けに来てくれたって訳か」

「馬には乗れなかったから、シシリーさんに手伝って貰ったの」


 そいつは朗報だ。

 色々と抜けてる所はあるが、彼女は戦力としては心強い。


 何故一緒じゃないかって所は、まあシシリーだからなで納得出来る。

 真面目に言うと、この混乱の最中で見失ったとか、そんな所だろう。


「怖くて隠れてたら、にーちゃの声が聞こえたから助けて貰おうと思ったんだけど」

「逆に助けられたな。偉いぞレネ、お前とこんな大冒険が出来るとはな」

「えへへ。でも……その子はえっと、新しい、何人目かのお嫁さん?」

「お前はリディアの事知ってるだろ」


 フィオ絡みの時、トゥエリとも一緒に酒場で紹介している。

 あまり関わりを持っていないとはいえ、レネには婚約の件は話してあった。


 ただ、背負ったクィナがぎゅっと腕の力を強めてきて、俺も少々言葉に詰まる。


「シシリーとの合流手段とか、いざという時の待ち合わせ場所はあるのか?」


 誤魔化す様に言って、通りの物影に身を潜める。

 木箱から完全にお尻を晒していたレネを内側へ引き込み、俺が様子を伺った。


 近い位置に来たクィナとレネが「どうもです」「……うん」と挨拶するのを聞きつつ、左手で姿勢を支える。

 急がないと拙いな……毒が回って来た。


 どこかで激しい揺れが起き、近くの家屋が倒壊する。


 なんだってんだ、こんな時に。


 人が居ないことを確認しつつ、音のした方角を確認した。


「………………なんだよ、ありゃあ」


「ぁ……あぁ…………っ」


 方角からいって関所の向こう側。

 家屋越しにも見える高い位置に、不気味な、人間の手にも思える木の枝が無数に空へと伸びていた。まるで、空を覆う雨雲を掴むみたいに。


「あの子です……」


 震えるクィナが呟く。

 あの化け物は。


「あれが、村に居たドライアドの本体だってのかよ……っ」


 起き上がる巨大な樹木。

 雨を浴び、はしゃぐ子どもみたいに手を振って。


『アア、アアアアアアアアアアアアアア、アハハハハハハハハハハハハハハハ!!』


 十数年間、人を喰い続けた魔物が嗤っていた。






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