蜜の壺
「代理の母王として、その男の子種を孕みなさい。それが終わったら、ここから出してあげる」
死刑囚として連れて来られた村で、樹肌をした魔物の腹へ放り込まれ、消化されかかっている俺達へ、村の族長ヨルダはクソみたいなことを言ってきやがった。
母王、クィナから聞いた話だと、海賊ヴィンセントによる解放戦争以前、この国で行われていた風習みたいなもんだと。
王の地位にある母王が、優秀な者の子を孕み、国の後継となる者として育て上げていく。
聞いた時には、なるほどなあ、程度にしか考えなかったが、そもそも大前提を忘れていた。
当時この国では、女の地位がとても低かったってことをな。
ヨルダは自身の下腹部に手を触れ、忌々しそうな顔をした後、不自然なほど柔らかく微笑む。
「……私はもう子を産めない。最初の結婚でボロボロにされてしまって、母王としての役目を果たせなくなったの。貴女、私の代わりになってくれるって言ったわよね? これまでだって、私が欲しいと思った子種をちゃんと孕んでくれたじゃない? だったら、今回も同じこと」
クィナは俺を見て、血の気の失せた顔で俯いた。
俺に婚約者が居ることを彼女は知っている。そいつが自分達の言うものとは全く異なることも。
「いいわね」
「…………はい」
と、ここで静かにしていたマルサルが割り込んだ。
「あの。その場合私はどうなるんでしょうか」
ヨルダの返答は冷たいものだった。
「化け物を生かす理由はないわ。それに貴方、栄養豊富でとても美味しいと、あの子も喜んでくれてるの」
スライムであることがバレていたか。
まあ後頭部をぶっ刺してまだ生きてたんだしな。
最後に彼女は俺を見降ろし、不気味に口の端を広げてきた。
「貴方も魔物を使ってきたんでしょう? なら、きっと私達は仲良く出来るわ」
そうしてヨルダは去り、俺とクィナ、そして肩を落としたマルサルだけが残された。
※ ※ ※
妙な話になったもんだ。
魔物の腹の中で、子を孕ませるまで女を抱けと。
後者だけなら大歓迎なんだが、前半が何より気に入らない。
あいや、俺にはリディアが居るし、そういうのは駄目だ。
駄目なんだが、
「お前、切り替え早過ぎないか」
「え!?」
いそいそと服を脱ぎ始めたクィナへ言うと、彼女は顔を赤くして固まった。
「もしかして俺に惚れてた?」
「い、いえっ、そういう訳では!」
そこ強く否定されると悲しいんだけど。
まあ、話の流れから察するに、《《最初の結婚》》とやらから碌な相手じゃなかったんだろう。
男に身を委ねて好き放題されるのに慣れている。
逆にヨルダは、その経験から男への恐怖と凶暴性を得たって所かな。
「……すみません、こんな方法しか取れなくて。あっ、その、ロンドさんは婚約者が居るというお話、でしたよね」
「そうだ。正直、裏切りたくはない」
「でも……シないと、出られませんし」
そもそも諦めるには早過ぎる。
身体の拘束も解かれたし、一度は感覚ごと喪失しかけていた活力が戻ってきていた。
器用なことに、この腹の中は奪うことも与えることも出来るらしい。未だクィナが消化される気配が無いように。
となると個別に対処を変えられるくらい繊細な器官ってことになるか。
短剣本体は喪失したが、錬金術自体はまだ使える。つまり、あの短剣と同量の金属を、俺はまだ身に宿しているままだ。
「あっ、駄目ですっ! 傷を付けたら修復の為に蜜の量が増してしまいますっ!」
取り出した短剣を見てクィナが止める。
「それに、切り抜いて突破できる厚みじゃありませんよ。仮に抜けられても、ここは地下ですから」
「ヨルダの出て行った方は」
「あそこも、普段は閉じられています。あの子が根のここまで連れて来てくれるんですが、通るとき以外は隙間もありません」
試すだけ試してみたが、言われた通りでこじ開けられそうにない。
他には何か。
何か…。
打つ手、無しか。
このまま呆けていてもいずれ消化される。
抗っても土の中。
頼りの魔王は頼りにならない。
「すみません」
「いや、アテにしてるつもりは無かったんだが」
「すみません」
そもそも間抜け面晒してここまで付いてきた俺が馬鹿だったって話だ。
決定権を一方的に握られた関係なんて、本当の意味での友情足りえない。
まして死刑囚と獄長とじゃあ、なんの冗談だと俺でも笑い転げるね。
残った選択肢は、
「ですから、お気になさらないで下さい。今までの旦那様も、私を孕ませた後で村から去っています。子どもは他の皆が育ててくれますし、私はこれまで……通りに、なんとかやっていきますから」
クィナが服をはだける。
小さな肩が剥き出しになって、俺へ抱き付いて来た。
蜜を飲んで以来、いや彼女との口付けを経験して以来、膨らみっぱなしだった股座を撫で上げられ、身体が震えた。
「ふふっ……自分からするのは初めてです」
「クィナ……」
生きたいのなら、抱くしかない。
生きてリディアの元へ戻りたいのなら、彼女を裏切るしかない。
そうして泣いて謝り、結果、納得出来ないと去っていってしまうのだとしても。
「大丈夫。大丈夫です。婚約者の方を裏切ったなんて思う必要ありません。私が一方的にロンドさんを襲います。貴方は被害者で、罪悪感に苦しむことなんてないんです。だから、安心して下さい」
握られた感触に身を震わせながら、ようやく動く様になってきた左腕で、クィナを引き寄せた。
舌の感触が互いの口内を行き来する。
すでに蜜を飲んでいる。
俺もクィナも、魔物の狙いにまんまと乗って興奮し、股を濡らして相手を求めていた。
だとしても偽らない。
これは俺が決めたことだ。
俺自身の意志で裏切った。
もう一度彼女に会って、頭を下げる為にも。
こんな所で死にたくはない。
それにな、犯され続けただけで男を知った気になってる生娘へ、少しは本当の情交ってもんを教えてやる。
右手が使えないのが億劫だ。
だが不思議と痛みが無くて、おかげで行為に集中できた。
「あ…………、っ、ロンド、さん、っ!!」
胸元へ顔を埋めた時、クィナは他のどこを触られた時よりも歓喜して、俺の頭を抱いて来た。
口の中には独特の味がある。
次々溢れるものを吸い上げて、下からも彼女を突き上げた。
「ありがとう、ございます……っ」
嬌声をあげて震えるクィナが涙を流して感謝を口にした。
その想いは、男の俺には理解し切れないものだ。
ずっと、誰にもあげる事の出来なかったもの。
本来あげたかった相手とは程遠いが、今まで一度として得る事の無かった感覚に微笑む様を見て、今抱かれている相手が既に母なのだと思い知らされた。
慈しみの表情で俺を見て、口付けてきて。
一方で淫らに腰を振り。
最後は身を仰け反らせて震えながら、ぎゅうっと、俺を離すまいと抱き締めてきた。
※ ※ ※
いつの間にかマルサルが居ない。
抜け出すのに成功したのか、それともそこにある水溜まりが奴なのか。
気を遣わせたか。
なんとも柔らかな感触の木肌に身を横たえながら、未だ呼吸を整えている状態のクィナを見る。
目が合って、そのちんまい手が頭を撫でて、口付けてくる。
唇を食む動きは甘えそのものなのに、目はずっと母の様な慈愛に満ちている。
「あっ……、ごめんなさい」
「いや、今更だ」
抱き寄せて、こちらからも口付ける。
結局何回もヤっちまったから、自分が綺麗な身の上とは思わないよ。
完全に裏切りだ。
クソの付いた身で真っ当な人間ぶって衣を纏う馬鹿はしない。
「どうなるんだろうな、これから」
こんな場所にいつまで居ないといけないのか。
妊娠つったって、分かるまで結構掛かる筈だろ。
その間、ひたすらクィナとヤリ続けろってことか?
「あ……それなら、平気です。特殊な検査薬がありますので、妊娠すればすぐに分かります。えっと、こないだ来たばっかりだから、一ヵ月くらいは掛かるとは思うんですけど」
流石に慣れている、か。
「途中、キツくなかったか?」
続けるべき話題でも無いと思い、話を逸らすと、彼女はそれに気付いたらしく表情を緩めた。
「平気です。というより、あんなになったのは初めてで、驚いてます」
「夢中で腰振ってたもんなあ」
「わあ!? 駄目ですよっ、そんなこと言っちゃ駄目ですっ」
言わなくてもしっかり見てたんだが。
「……ロンドさんって、やっぱりえっちな人です」
「男はみんなえっちなんだよ」
「そんなこと、ないです」
と、彼女はこちらの胸元へ手を伸ばしてきた。
ちんまい手の、ちんまい指が俺の肌を撫でる。
「ロンドさんは特別で、とても優しくて、シていてあんなにも胸の内が甘くなったのは初めてでした。自分のあそこからあんなにも溢れてきたのも初めてで驚きました。今まではずっと、専用の蜜を使っていましたし」
「男としちゃあ最高の誉め言葉だな」
「ロンドさんが本当の、外の世界で言う旦那様になってくれればいいのに……」
言葉の後には軋みが残った。
「ごめんなさい」
「いや。こっちの事情だ」
あくまで生き残る為。
クィナにとっても、俺を生かす為。
利害関係を越えてしまえば、もうただの裏切りでは終われなくなる。
いや、そもそも。
「……気にしないで下さい。こうやって、私達はどうにか細い血の糸を紡いできたんです。あぁでも困りますね。八人目の子が出来たら私、ちょっと贔屓しちゃいそうです」
渾身の冗談も空振りし、ただ無言で身を寄せ合った。
どうあっても痛みに繋がる関係だ。
こんなの、言葉を交わすだけ苦しむことになる。
それでも彼女が望むのならと、幾つかの話をして、ささやかに笑い合った。
さて、スライム男も気を遣ってくれているんだし、ここは早期解放を目指して、勤しむとしよう。
そうして時間の感覚も曖昧なまま、何日も何日も、俺達は抱き合って過ごした。
※ ※ ※
合間合間によく話をした。
大抵は俺が今までしてきた冒険の話だが、たまにクィナも自分の話をしてくれて。
「――――それで上の子が拗ねちゃって、逃げ込んだ森で迷子になっちゃったから大変だったんです。姉さんも一緒になって探し回ったけど中々見付からなくて」
一番上の男の子はやんちゃで悪戯好き、時折スカートをめくって馬鹿にしてくるんだとか。あんまり構えてやれてないから、不満なんだろうなと目尻を下げていた。
次は女の子で、年下の子らの面倒をよく見てくれているらしい。
けど預けている人と上手くいっているみたいでクィナにはあまり見向きしてくれない。話すことがあっても素っ気無いらしい。
その次はまた女の子。
物静かで、気付いたら後ろに立って裾を掴んでくるのが可愛いと言っていた。
四人目の男の子は、一人遊びが好き。
勝手に森へ入り、その先の海岸へ行って貝集めをしたり、蟹なんかを取ってくる。
ただ誰かが泣いているとすぐに駆け付けて行って話しているのを見る、とても優しくて、周りを見れる子なんだと。
「そこから下の子は、まだまだ小さくて預け親の所に居ることが多いんです。指しゃぶりが抜けない子や、元気が良過ぎてあちこちぶつけて大泣きしちゃう子、全く夜泣きもしないのに大好きな玩具が無いと絶対に泣き止まなくなっちゃう子……もう本当にいろいろで、聞いているだけで目が回りそうな子達です」
お乳をあげたことはなく、子育ての直接的な部分に触れることは出来ずとも、時折帰って来た時に村の中で顔は合わせる。
ヨルダもその程度の触れ合いを止めさせるほど厳しくはないらしい。
基本的には憲兵隊としてハイフリスを巡視し、護送後の人数増加による混乱時には獄卒としても働き、時には姉のヨルダと共にこの国のお偉方と面会もする。
国の一柱とも言える法の管理を一部ながら委託されているんだから、定期的な報告や会合くらいは必要なんだろう。
村へ戻る時は、死刑囚を連れてきた時。
だからクィナ自身、不意の遭遇や子どもらからの接触があれば応じるし、溺れてもきたが、積極的に関わりには行けなかったのかもしれない。
上の子ほどそれを感じ取り、彼女と距離を取っているような気もする。
そこだけを見るならば、どこにでもありそうな親の悩みだ。
そうであってくれればいいと思うのに、一つの存在が歪みを産む。
樹木の魔物、いや精霊の類とも言えるドライアド。
アレが人間を喰う化け物である以上、人間と共存なんて不可能だ。
奴にとって俺達なんざ家畜と同じ。
ここから生きて出られたなら。
あぁ、そうさ。
こんな悲劇を終わらせてやる。
少しでも村人たちの様子を知って、どうやれば素早く逃がせるか、自然とドライアドから引き剥がせるかを考える。
村の構造、いざという時の逃げ道、子どもらの動きから移動困難な老人らの数までクィナの記憶にある限りを聞き出した。
ドライアドさえ居なければ。
おそらく、クィナと交わる内に、彼女の話を聞く内に、俺もまたそう思い込もうとしていたのかもしれない。
マルサルが言っていた。
そう。
この村は最初から全滅していたっていうのに。
ヨルダ編、完。
次はヴィラル編。