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魔物

 冷めた様子のヨルダと、先ほどの安堵が嘘のように顔を青ざめさせたクィナ。

 そして魔物を前に動じる様子の無いヴィラルは、やっぱり何度かここへ来たことがあるんだろう。

 マルサルは固まって動かない。

 そういや、ここしばらく金魚を見ていないが、まだ体内に居るんだろうか。


 村を知るだろう三者、誰もしもが魔物を警戒したり、逃げようとしないことを確認しつつ。


「あぁ、今更なんだがな、獄長様」


 既に逃げる間なんて外しまくってて言うのもなんだがな。


「ここまでの協力とか、そういうのを含めて俺達を開放してくれたりはしないのかねえ?」


 我ながら間抜けだよ。

 情に引っ張られてこんな所まで付き合っちまった。


 けど村が無事であるのなら……この先に不安があるとはいえ、俺も心置きなく逃げられる。


 無邪気にこちらを見詰める少女の姿をした、おそらくはドライアドと呼ばれる類の魔物。

 その樹肌を見れば一目瞭然で、擬態の質は低い。

 つまりコイツらは分かっていて一緒に暮らしている。


 これまで経験を踏まえても、俺は当たり前に魔物が顔を出す村へ、死刑囚のまま入りたいとは思わない。

 マルサルをアテにしていいのかも分からないし、最悪戦ってでも逃げ出すつもりだが。

 僅かに身じろぎしたヨルダがこちらを見る。


「ヴィラル」

「……はいよ」


 声より先に動いていた。

 距離を取り、短剣を握って追い縋ってくる蔦を裂く。


「ちっ!」


 ドルイド相手に牽制は無意味だ。

 こういうのは《《うようよ》》湧いてくる。

 脚を頼りに逃げ出すべきなんだろうが、


「仕込んでやがったな……!!」

「悪いな。依頼主のご要望だ」


 周囲の地面から次々と蔦が生え、どころか、俺の着ていた囚人服からも芽を出して身を拘束してくる。

 奪われない様、咄嗟に短剣は取り込んだが、手首や肘を徹底的に締め上げられて身動きが取れなくなる。


「テメエの事は調べたっつったろ。クルアンで活動している冒険者は手の内を隠さない事が多いからな、結構簡単だったぜ。変な噂が混じってたけどよお」

「おう、そっちも本当だから気を付けろ。俺から目ェ離したらナニするか分かったもんじゃねえからなあ」

「マジかよ。怖いねぇ、熟練の冒険者ってのは」


 この全く油断するつもりのない締め上げ、心底同意するよ、シルバーランク。


 手首どころか指先まで絡め取って来て隙がない。


「右手は捩じ切っておくか」

「ちっ、しつけえんだよ……!」


 短剣を出した時に、手の甲の刻印が消えているのを見られたか。

 観察力もある。

 多重に巻き付いてきた蔦に骨が軋みをあげる。


 やや後ろで同じ様に捕まってるマルサルが居た。誰ぞの真似して苦しむフリを続けてやがるが……テメエ、溶けたらあっという間だろうが。


「抵抗すんじゃねえよ、上手く捩じ切れねえだろ。傷が酷くなるぜ」

「死刑になるかもって時に飲み過ぎを気にする冒険者が居るかよ」

「そうかい。なら、痛みは覚悟しな」

「っっっ――――!!!!」


 折れた。

 そのまま骨を完全に外して肉ごと捩じ切ろうとしてくるが、


「っ、止めて下さい!!!!」


 周囲の蔦を押し退けてクィナが駆け込んでくる。

 ヨルダが目尻を釣り上げて怒鳴りつけた。


「クィナ!!」

「駄目です!! こんなのっ!!」


 動きが止まった。

 冷たい目でヴィラルが俺を観察してくる。

 抵抗、あるいは逃げようとすれば、すぐにでも続きを再開すると言っている。


「姉さん!! この人達はただ街中で喧嘩してただけなんです!! 本当は死刑囚になるような人達じゃない!! それにっ、ここまで私達を助けてくれたのに!!」


「なら彼はどうやって独房を抜け出したの! 焼け死んだ女は!? この男がやった以外に何があるっていうの!!」


「それは……っ、せめて、もっとちゃんと調べてからでもっ。そもそもあの監獄であの日誰も居なくなってなんかいなかったのに!!」


「時間が無いのよ。分かりなさいっ!」


「分かりません!!」


 全くなんて状況だよ。


 ヴィラルは別としても、仲の良さげだった姉妹を二体の魔物が静かに観察している。

 どちらも人型に擬態し、当たり前に人間と会話する。

 まあ、あっちの擬態能力はマルサルの足元にも及ばない出来だが。


 騒ぎを聞きつけて村人が集まって来ていた。


 ドライアドが居る事に恐れや緊張はあっても、悲鳴をあげて逃げ出すことはしない。つまり、これが当たり前の光景なんだと、改めてよく分かった。


「つまりアレか…………」


 今まではっきりしなかった事が、ようやく見えてきた。

 折角身体をがちがちに固められてるんだ、楽にして頭を回そうじゃねえの。


「お前ら、死刑囚をソイツの餌にしてるってことかい」


 大きな声で言ってやると、野次馬共の反応が顕著だった。


 死体袋の数が合わないとエレーナが言っていたよな。

 長鼻の情報だ、酒場のツマミなんぞをあの場へ寄越すとは思えない。

 実際に監獄で処刑されずにこんな所まで連れて来られたんだから、ここがヨルダの言っていた特別安置所なんだろうよ。


 加えて、魔物女のハラヘッタ、だ。


 村の者と共存こそしているが、こいつはマルサルとは違って明確に人間を食い物と認識してやがる。


 あと残るのは焼け死んだ女の件だが……。


「そうよ。国から正式に許可を受けた処刑法よ。何も恥じる事なんてない」


「だったらどうしてコソコソしてやがる。もっと公に言えばいいだろうが、魔物の餌を求めて犯罪者を集めて回ってますってな」


「皆が皆、この事実を受け止められる訳じゃないの。彼女はとても大きな利益をこの国へ齎してくれているわ。希少な薬草、花や植物、食べ物だって……彼女によって改良されたものを貴方達も食べた筈よ。素晴らしく美味しい料理だったでしょう?」


「人間の餌が必要じゃなければな」


 そこで震えてるクィナにも言ってやれよ。

 さあ早く次の囚人を連れて来い、その為にお前を憲兵にしているんだ、とかな。


「……焼け死んだ女はなんだったんだ」

「調査中よ」

「お前らの仕込みか」

「はぁ……少しは使える男かと思ったけど」


 言ってヨルダは近寄って来た。

 クィナを引き剥がす為だろう。


 油断なく俺を見据えてくるヴィラルを感じながら、右手の感覚を確かめる。


 骨は折れたが、指先はちゃんと動く。

 後でくっ付くかどうかは別としても、まだ機能する。

 だが左腕も完全に固められていてそもそも身動きが取れない。


 舐めていたつもりはなかったが。


 熟練の、シルバーランクのドルイドを。


「お願いします……、こんなの、もう、っ」

「いい加減理解しなさいっ。貴女の為なのよ……!」

「いや、いやっ! もう、こんなのっ!」


 クィナが必死に俺へ巻き付いた蔦を引き剥がそうとする。

 使い手がその気になれば微動だにさせないことも出来るだろうが、少しずつそれが剥がれて行く。


 小さな手を酷使したからだろう、爪が剥がれて血が落ちた。

 それでも彼女は諦めなかった。


 すぐ後ろで服を掴もうとしたヨルダが顔を歪め、額を抑える。


「止めなさいっ」

「彼を解放しましょう! 最初から私が犠牲になるべきだったんですっ、それを、私は自分の身可愛さに……っ」

「止めなさい!!」

「止めませんっ!! だって、だってコレじゃあ!」


 腕が動かせるようになり始めた。

 冷たい目で俺を見ていたヴィラルが眉を顰める。


 だが動けない。


 すぐ近くにヨルダの妹であるクィナが居るからだ。

 どこまで精緻に操れるかは知らないが、俺が変な抵抗をすれば彼女を巻き込む。

 声を掛け、離れろと言った所で変わらない。

 クィナは動かず、ヨルダは彼女を引き剥がせない。


 それならまあ、相応に利用させて貰おうか。


 悪いが俺もむざむざ死にたくはないからな。

 まして魔物の餌になんて。


「ちっ」

「離れろ! 拘束を解け、ヴィラル」


 緩んだ所で力任せに蔦を引き千切り、クィナを抱き込む様にして短剣を首元へ突き付けた。

 呆けたヨルダが慌てて両手を伸ばしてくるが、


「動くな! 動けばコイツの命は無い!」


「っ、この……!」


「卑怯者呼ばわりは無しだぜ、魔物の犬になり下がった奴なら特にな」


 正直この事実には嫌悪感が強い。

 いろいろと世話になったり、会話もしてきたクィナならともかく、ヨルダ相手に容赦をする気も無かった。


「そら、そこのドルイドに命令しな。さっさとしねえと、つい手元が狂っちまうだろ」


「外道が……っ」

「ヨルダ、いい。行かせよう」

「そんな訳にはいかないのよっ!」


「黙って俺の言う通りにしろ!! 今すぐこの女を殺すぞ!!」


 怒声を浴びせ掛けた途端、ヨルダが明らかに恐怖を覚えた顔になった。

 関所でもチラチラ見えていたが、見えているほど気の強い女でもないのか、それとも何らかの原因があるのか。


「……姉さん、お願い」

「……………………」

「私が、なるから。大丈夫。村は守られるから」


 心底下らない会話だ。


 あぁ、色々と思う所はあるが、リディアが魔物を利用する奴への嫌悪を見せていたのが少しは分かった気がするよ。

 こいつらは根本的に人間とは違う。

 獣族や長寿はあくまで人間の範疇だ。

 だが魔物は、人間を喰う。

 最初からそう生きて来なかったのであれば、犬や猫のように共存することも可能なのかもしれない。

 そして一度でも人間を喰った魔物は…………。


「逃げますか、ロンドさん」


 蔦による拘束を解かれたことで、マルサルが寄ってくる。

 ひょろい老爺の恰好をしたスライム男。


 コイツを信用して良いのか未だに分からないことだらけだが。


「クィナ、すまないがしばらく付き合ってくれ」

「……いいえ、全ては私の責任ですから」


 それについても後でな、と言おうとした。


 口が動かなかった。

 息が出来なかった。

 足元から崩れ落ちた。


 腹の中で何かが蠢いている。


「…………ったく、奥の手出させやがって」


「ロンドさん!!」


 クィナの悲鳴が遠退いて行く。


 あぁ、全く。

 油断し過ぎだ馬鹿。


 関所の町でクィナは殆ど俺達と一緒に居た。

 ヨルダも同様。

 なら、買い出しなんかは誰がやっていたんだろうな。

 あの足止めが偶然だったとして、間に町があるならそこで補給するのは当然のこと。

 ドルイドなら、食べ物に何かの仕込みをするのも不可能じゃない、か。


 熟練の冒険者は恐ろしい。

 普通はやらないような、他の誰も知らないような小技を沢山持っている。


 短剣が落ちる。


 そいつを枝葉が絡め取って、


「アー、アーッ」


 ドライアドが嬉しそうに掴み取り、投げた。

 凄まじい速度で飛んだソレが単独で逃げ出そうとしていたマルサルを背後から襲い、後頭部に突き刺さり、倒れた。


「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」


 カタカタと、化け物は笑い続けた。






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