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逃亡

 表の通りで昨日も見た男が演説をぶっている。

 今日はやけに聴衆も多く、中には役人達まで混ざって口々に不満を叫んでいた。


 なんとも熱心だ。


 黄金時代ってのはもう随分と前らしいが、それでもかつてあったものと聞かされたら、取り戻したくなるのかねえ。

 あの金鉱山みたいな場所が、この国にはあちこちにあるらしい。

 散々取り続けて、取り尽くしたらこの通り。


 偉そうにはいえないさ。

 ウチの実家だって農園やってるしな。

 土地の豊かさっていう恩恵に与かって、何代もあそこで土に塗れてきた。

 こことの違いが、肥料を使って土地を肥やすって方法があったってだけだ。

 黄金を作るってのは、それこそ錬金術の語源になったほど色んな奴が求めているが、今の所出来たって話を聞いたことが無い。


 あるいはラウラなら辿り着けたのかもしれないが。


 さて状況がキナ臭くなってきた所で、そろそろ逃げ出したいなと思っている。

 二人の遺してくれた錬金術を使えば、この縄を切ることも難しくない。土地勘の無い場所ってのは不安材料だが、俺一人だけならどうとでもなるだろう。皆と合流できるのが一番なんだけどな。最悪、単独でクルアンに戻るか、西から迂回して聖都方面を目指すか、そっから手紙でも出して後ほど合流って方法でもいい。


 問題は、ぐーすか寝ているスライム男こと魔王マルサルだ。


 こいつ、関所に着いてから寝てばっかしだ。

 そもそもスライムって寝るのか。

 なんか水溜まりみたいになってるのは迷宮でも見た事はあるんだけどな。


 とはいえ魔王なんぞの動向を気にしてそのまま処刑台へ登るのは流石に嫌だ。

 こんなの万年シルバーのやる事じゃない。

 誰か変わってくれるなら喜んで栄誉を譲り渡そう。


 ゼルディスとか、本当に来てくれないかな?

 アイツ竜殺しになりたがってたけど、今なら魔王殺しもイケるんじゃないか?


 ……出来れば誰の被害も出ない所でやり合って欲しいけどな。


「あっ、ロンドさん、マルサルさんっ」


 外に出ていたクィナが戻って来た。

 青白い顔した野郎共に見詰められ続けるだけの時間が終わり、ちょっと吐息が漏れる。いや本当、気になるんだよそこの連中。


「お湯を貰ってきました。石鹸もありますから、綺麗にしましょうねっ」


 クィナは俺達に対し、甲斐甲斐しく世話をするようになった。

 元々囚人相手とは思えない接し方をしていた奴だが、昨夜の件からよりその傾向が強くなったよ。


 まあ、罪悪感だ。


 いずれ処刑する死刑囚なんざ、ゴミみたいに扱っておけば心も守れるだろうに。


 きっと……誰かを世話するってのに餓えているんだろう。


    ※   ※   ※


 昼過ぎになって状況が変わった。

 町に火の手が上がったんだ。


 例の演説をぶっていた壇上へ引っ立てられたのはこの町の代官か。


 速やかに私刑が始まり、連中は革命を謳って威勢をあげていた。


「おい。窓を閉めろ」


 盛り上がる民衆に俺は危機感を覚えて言ったんだが、監視をしているヨルダは応じない。鬱陶しい虫が耳元を掠めたみたいな反応だ。


 クィナは今休憩中、壁に立ってる奴らも動く気配はない。


「いいから窓を閉めろ。お前も外の騒ぎは聞こえているんだろ」


 税を集める代官は町の嫌われ者だ。

 実際に何割かは懐へ納める奴も多いから当然と言えば当然だが、そんな奴が今悲鳴を上げて殴られ続けていることの意味も理解出来ないのか。


「この町で代官の次に嫌われている奴は誰だ。涼しい顔して見下していりゃあ、勝手に通り過ぎていくなんて甘えたこと考えてるんじゃないだろうな」


 言うと、ようやく意味を理解したのか、顔色を変えたヨルダが立ち上がって窓を閉める。

 暗くなった室内で、マルサルの器用ないびきを聞きながら、壁が連中の怒声で震えているのを感じる。


 このまま籠もっていてどうにかなるなら楽なもんさ。

 けどそうはならない。


 ただ、今すぐ出て行くってのは現実的じゃないな。


 呼吸が荒い。

 俺じゃない。

 マルサルでもない。

 まして壁に突っ立ってる野郎共でもない。


 ヨルダが、漏れ入る僅かな光の中で、明らかな恐怖を覚えて息を乱していた。


「おい、落ちつけ」

「っ、囚人が!」


 それでいい。

 こっちに向いて、それで落ち付けるのなら、今はいい。


「案外弱い奴だったんだな。俺をいたぶってた時はあんなに嬉しそうだったのによ」

「私がそんなことっ」

「おいおい忘れちまったのかよ。監獄で散々遊んでくれたじゃないか。気持ち良過ぎて出しちまったくらいなのによお」

「っっっ!!」


 怯え顔で睨まれるってのも悪くない。


 あぁそうだ、監獄じゃあ確かに感じていた匂いがないな。

 あの甘い臭い。

 あれだけあれば、もう気持ち良さだけで生きていけそうだったのによ。


「……そうね。そうだったわね」


 何かを勝手に納得し、元の席に座り込む。

 また大きな歓声があがり、案外細い肩を震わせる。


 狸寝入りのスライム爺を無視しながら話を振った。


「あいつらは何であんなに怒ってるんだ?」


 一度は無視しようとしたヨルダだったが、こちらを睨み直して応じてくる。

 不安なんだろう、僅かに震えた声で。


「ここは昔から掃き溜めの町なのよ」

「ほう?」


「ならず者、怠け者、迫害された者、そういった連中があつまって出来た町だから、いつだって国だなんだって批判して、自分じゃ何もしない馬鹿の集まりよ」


 また随分と嫌っているらしい。

 元々関係が劣悪だったのに、その上妨害までされて、ざぞご立腹なんだろう。


「出来ないなら出来ないでいい。だけど、理由を他者に押し付けていて物事が解決する筈ないわ。ちゃんと自分を見詰めて、その上で頑張らないと」


「そう出来ない奴も居る」


 居る。

 そうだな。


「出来ないなら、相応の場所に留まればいいのよ。無理をするから苦しくなる。ここだって、別に死者が出るほど枯れているって訳じゃないのに、成功している他の都市や町が羨ましくて、いつもあの壇上で無価値なダベりを続けているのよ」


 随分と饒舌だ。

 恐怖心からか、あるいは今までぶつける相手が居なかったからか。


 クィナは、こういう話が好きそうじゃないしな。

 俺もそう言えた側でもないんだが。


「黄金時代でも、ここはこうだったんだろうな」

「正解よ。この土地は別に金が取れる訳でもない。石切り場と、それなりに豊富な水源とで、そこそこ上手く回って来た土地だから。だからある意味、黄金時代が終わったことで消えていった都市に比べれば遥かにマシな状況だと言える。なのに積み重なった不満だけが勝手に渦を巻いて、ああいう事をするのよ」

「外の騒ぎはそう珍しいことじゃないって話か?」

「…………流石にここまでのものは初めて」


 なるほど、そりゃあ不安にもなる訳だ。


 代官を殺した時点で国への反逆だ。

 ここは……連中が言うには反乱軍の拠点となった訳だ。


「案外関所を通して貰えなかったのも、向こう側で準備を進めていたからかもな」


「っ、そんなことの為に……!」


 この関所の先にはシランドの血族の村とやらしか存在しないと聞いた。

 誰も通らない関所の向こう側は、何かを隠すのにうってつけだ。


 あるいは、その村はもう……いや、断定はまだ出来ない。


 と、別室からクィナが顔を出した。


「……んん~、なんだか表が元気良いですねぇ」

「今頃起きてきたのっ。しゃんとしなさい!」

「っ、はい!」


 この騒ぎでも眠っていたとは、大した肝っ玉だ。

 ピシリと両手を脚に合わせ、直立不動となるクィナ、それを睨むみたいに見ていたヨルダが簡単に状況を説明した。


「えっと……村は大丈夫なんでしょうか……?」


 青ざめた顔で質問を受け、ようやくヨルダも思い至ったらしい。


 そこへ、ずっと黙りこくっていたマルサルが顔をあげた。


「皆さん、今すぐに逃げましょう」


 訝し気に見る一同をぼんやりと見詰め、気怠い様子のスライム男が言う。


「関所の役人が貴方達がここに居ると、暴動に加わっている者達へ話をしています。間も無く宿へ突入してくるでしょう。すぐに移動を。このままではなぶり殺しにされますよ」


    ※   ※   ※


 悲鳴みたいな声でヨルダが指示を出し、宿から脱出する準備を進める。

 逃げるにしたって飲み食いする分は必要だ。


 と、余程慌てていたのか俺達の事を忘れている。


「コイツを外してくれないか」


 暴徒相手に、悪いシランドの血族によって囚われていました、助けて下さい、なんて言って通じるかは賭けだ。

 俺達が死刑囚なのを関所の役人は知っているし、話通りの考えを持った連中なら、どうせ悪い事をした奴らなんだからとなぶり殺しにされる危険もある。


 ヨルダは躊躇ったが、すぐにクィナが寄って来て縄を外してくれた。


「クィナ!」

「この件とお二人とは何の関わりもないことです!」


 久しぶりに自由となった両手を振りつつ、机を持ち上げた。


「なにする気!?」

「もう近くまで来てる。扉を塞ぐぞ」


 ありったけの家具で扉を抑え、奥の部屋の窓から脱出を促す。


「……貴方」

「そりゃあこの先に行ったら死ぬんだから、当然だろ」


 俺の居た位置からでも、こっちの窓は見えていた。

 そもそも町へ入った時から目に見えた地形や建造物なんかを含めて、周辺地図は頭へ入れておいたからな。


 暇を持て余していたもんで、逃走経路くらいは考えてある。


「私が殿を務めましょう」

「……分かった。頼らせて貰うよ」


 魔王が背中を守ってくれると言ってくれたので、ありがたく任せることにした。

 今は四の五の言ってる場合じゃない。


 扉の向こうで怒声が聞こえる。


「さあ行くぞ! キツい道だが遅れたら死ぬと思え!!」


 屋上伝いに逃げる俺達は程無くして見付かり、連中との追いかけっこが始まった。






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