面会と宴会と
案内された面会室にはエレーナと、なんとマリエッタの姿があった。
格子越しに見えた俺へ最初は笑みを浮かべた二人だったが、すぐに視線が手元へ向いて表情が険しくなった。
「今すぐ拘束を解いて下さい」
真っ先に発言したマリエッタに驚かされる。
身体が弱く、誰にでも柔らかな態度を崩したことのない彼女が、こうも強い語気で誰かに話し掛けるなんて。
「この方は決して無暗に暴れたりはしません。グランドーレ家の名に於いて保証します。ですから……そのような扱いはしないでください…………」
あぁ、なるほど。
マリエッタが同行していた理由にようやく気付く。
中原と南洋で離れているとはいえ、双方の繋がりはそれなり強いと聞く。
ギルドの後ろ盾があるからと正面突破を狙うのではなく、ちゃんと政治方面での圧力も考えた訳だ。
マリエッタは子爵令嬢、父親のユスタークが俺の為に骨を折ってくれるかは別としても、娘の頼みを無下にできる男じゃない。
既に獄長のヨルダは退席している。
残っているのはクィナと数名の獄卒で、後者は揃って一番の責任者らしいちんちくりんな憲兵隊長を見た。いや、支部長だったか? その上獄卒まで勤めて、ご苦労な話だ。
クィナもこれまでの言動や振舞いから善良な性格だというのは分かっている。
それがすなわち俺達の善と噛み合うかは別としても、真っ直ぐな訴えには思う所があるんだろう、息を詰めて迷いを見せた。
「心配掛けたな」
まずはと声を掛けると、二人は揃ってこちらへ向き直る。
マリエッタはまだクィナへ目をやっていたが、規則なんだろう、迷いながらも応じてはこない。
用意されていた椅子へ腰掛け、両手は気になるだろうから膝の上へ置いた。
これで二人からは見えない。
「おじさん、平気?」
「当然だ。別に人殺しをやったんじゃない。ちょいと街中で大喧嘩して、叱られちまっただけだからな」
言うとエレーナはやや前のめりになって声を潜めた。
マリエッタが持ち込んでいた菓子を獄卒達にと話をし、その由緒や製法などと詳しく説明し始める。
「シシリーさんから状況は聞いたんだけど、ここの中、おかしなことにはなってないよね?」
「今の所大人しくしていると伝えてくれ。俺に分かる範囲で、だがな」
「そっか……ねえ、本当になにかあったら」
「そのつもりだ。俺にはもう一本腕が生えるのを知ってるだろう?」
冗談で返すとようやく力の抜けた笑みを返してくれた。
かなり心配掛けたみたいだな。
それにシシリー……すまん、結構ちゃんと説明してくれたんだな。
後ろで訝し気にしているクィナを感じつつ、声の大きさを元に戻した。
「そういや、皆はどうしてるんだ?」
「皆? うん。大半が、ここから南の都に移って来たよ。そっちで宿を取って、情報収集とかしてる」
「大半っていうと、外パーティはハイフリスのままか」
あっちにはエレオノーラやブリジットにとっても程好い難易度のクエストが多かったからな、いい選択だ。
リーダーが居なくなったからといって立ち行かなくなるのはパーティとしちゃあ弱いからな。動じず、ちゃんと活動を続けてくれているのなら安心出来る。
「うん。一応、レネさんとかフィオさんが砦に残ってる。あぁ、アルメイダさんが怒ってた。予定が狂いっぱなしで想定外への対処が訓練出来て有り難いねえって」
「ははっ。そっちはまた後で謝るしかないな」
今回の遠征は色々と問題が置き過ぎてな。
とにかく状況は把握した。
エレーナ達本隊は都で活動中、外パーティはハイフリスへ留まっている。
「俺はそこの獄卒さんから、喧嘩の罪で三日の拘束と言われてる。だからあと二日で出られるから、そう心配しなくていい」
言ったのにエレーナと、戻って来たマリエッタは心配顔だ。
「おじさん」
「センセイ」
「なんだよ」
じぃぃぃ、と可愛らしい二人から見詰められて、不思議と心の内が落ち付いた。
なるほど俺は少々荒れていたんだな。
妙に頭が疼く事もあるし、なんだかんだ牢獄って環境にやられていたのかもしれない。
「「はぁ……」」
結局ため息を吐かれて俺は肩を竦めた。
大事なパーティメンバーにこんな顔をさせるなんて困ったものだ。どこのリーダーの仕業だ。
「私もマリエッタも、おじさんのそういう所に助けられてきたから文句も言い難いんだけど、ちょっとくらい我儘言ってもいいでしょ」
「分かった。大人しくしてるよ。頼むからマリエッタ、目を潤ませて見ないでくれ、心が抉られる」
「センセイ……御無事で帰って来て下さいますか?」
「大丈夫。大丈夫だから、安心して待っててくれ」
下手に揶揄されるよりよっぽど罪悪感に苛まれるよ。
心配掛けてごめんなさい。
どうにか落ち着いてくれたマリエッタに手を伸ばそうとして、繋がれたままなのを思い出して膝上へ戻す。
難儀だな、囚人ってのは。
察したらしいエレーナが苦笑い。
「一応コレは長鼻さんの持ってきた話なんだけど」
そう断りつつ、彼女は周囲の獄卒へ睨みを利かせた。
マリエッタ、出来てないよ。
殴り神官は一際大きな声で牽制する。
もし何かあったら、そういう意味で。
「この監獄に死刑囚として入った人数と、出てくる死体の数が合わないんだって。元々金の採掘権絡みで色々とモナ臭い噂は絶えないけど、この話は結構信憑性が高そうだって言ってた」
「ほぉ」
死刑囚に対する扱いは様々だが、こういう労働力として使われる環境だと、獄長が誤魔化して利用し続けている場合もあるだろう。
最悪、裏ギルドみたいな組織から金を受け取り、優雅な生活を送らせてやっているとか、そんな話も耳にしたことはあるが。
「私が門前で言った事は本当。私はクルアンの町で、最上位の冒険者パーティに所属していた。何かあったらゼルディス様に頼み込んで、全面戦争だってやってやる。その事をしっかりと理解しておいてほしいの」
ここまで言われて問題を起こす訳にはいかないな。
エレーナにとってはあまり口にしたくない事だったろうに、いつの間にやらこんなにもしっかりしてきて。
「……あとおじさんはさっきから保護者顔してるの駄目」
「相棒が頼り甲斐あって嬉しいんだよ」
言うと彼女はちょっと照れてそっぽを向いた。
にっこり笑顔のマリエッタがささやかな拍手を送り、俺達は改めて向かい合う。
「ちゃんと警戒してね」
「分かった。伝えてくれてありがとう。まあ、ここというより、一緒に来た奴の方が心配でな」
「三日後……もう一日終わったから二日後か」
エレーナの確認にクィナが口を挟んだ。
「釈放は翌朝ということなってます」
「そう。なら次の日の朝にこっちから迎えに行くから」
「はいよ」
あまり長話していても班の連中に悪い。
それに何より、マルサルがな。
来てくれたことには後でたっぷりと礼をするとして、話を切り上げる事にした。
頑丈になってきたとはいえ、ここは都から距離もあるし、監獄なんていう場所じゃあマリエッタも気が抜けないだろうからな。
「あぁそれと」
別れ際、何の気無い様子でエレーナが言ってきた。
「リディアもこっちに来てるから」
「……そうか」
※ ※ ※
夜は班で集まってちょっとした宴会が催された。
なんでも、獄卒への贈り物だけでなく、囚人達へも結構な量の手土産を差し入れてくれたらしい。
「ッカーーー!! 羨ましいねえっ! 俺なんざ誰も面会に来やしないぜえ!?」
キツい酒を心底美味そうに飲み、選別役の爺さんが赤ら顔で俺を煽ってくる。
「アンタ、何やったんだ」
「俺ぁ何もやってねえよお。無実の罪で捕まったのさ」
ほお。
本当だとしたら驚きだ。
肩の刺青といい、明らかにその筋の人間っぽいからな。
「そっちは?」
「俺だって同じさ! クソ共が罪を捏造しやがったのよ!」
「そうさあっ、ここに居るのは皆、罪を着せられた憐れな人間よお」
「あ、コイツは貴族女と不倫して監獄へ逃げ込んだんだ。なんだっけ? そこそこ良い身分の奴が今でもお前を探してるんだろお?」
「おいバラすんじゃねえよ!? 良い酒飲んでんだからよおっ!」
とまあどいつもこいつも口さがない。
肌がすっかり焼けちまって、骨ばってるのまで居るが、その分酒精が回るのも早かろうよ。
赤ら顔で歌い出した奴を皆で囃し立てる。
寝床は布に棒きれを差し込んでいるだけの、天幕とも言えない様な野ざらしだ。
寝ても冷めてもお空と一緒。
冒険してるのとそう変わりは無いが、自分の足で望むだけ進んでいけるあの日々と違い、ここは誰かに決められるままでしか歩めない。
確かに、息抜きの出来る一夜くらいあっていいのかもな。
「で、お前さんは何やったんだ? 捕まった翌日には女が怒り狂って突撃してくるなんざァ、俺ァ最初ヴィンセントの再来じゃねえかって驚いたもんよ」
海賊ヴィンセント。
相当な女好きで、女達に支えられて革命を成し遂げたなんて事も言われる奴だったな。
「なんだよお前ら、知らないのか?」
傍らでゆったりと酒を傾けるマルサルへ視線をやりつつ。
「ここには無実の奴しか居ないんだぞ。俺だってあのちんまい獄卒サマに冤罪を掛けられたのさ。あぁなんて可哀想な俺」
「テメエは別だ。女に囲まれやがって」
「明後日には乳に埋もれてヤリ放題だろうが、あっちいけ」
「おーいっ!」
いけすかねえ野郎共が爆笑し、夜が更けていった。