襲撃者
日の出の前に甲高い金属音が鳴り響き、野ざらしで寝ていた囚人達が一斉に起き出す。
まだダルそうにしている者も居るが、俺は真っ先に食堂へ向かった。
食堂、なんて呼ばれているが実際はただの焚き火だ。
最初に渡されたボロい椀を差し出せば、当番の囚人が水ばっかりな粥をよそって返してくる。明らかに鍋底の穀物を避けた動きだ。
「もうちっとなんとかならないか」
「ならん、失せろ」
取り付く島もない。
新顔相手じゃこんなもんか。
手早く粥をかき込んで、川まで行って椀を洗い、身体を軽く拭き上げた。
川の水は泥っぽい。
早めに来なければあっという間に泥が舞い上がって、洗った方が汚くなるだろう。
思った通り、あまり健康的に生きていける環境じゃないな。
隣で見ていたひょろい爺さんが『よぉ色男』なんて言ってくるが手を振るだけで相手にはしなかった。
寝床へ戻った所で、昨夜結局大人しくしていたマルサルがようやく起き出してくるのを見た。
「早くいかないとなくなるぞ」
粗末なものとはいえ腹に入れるものがあると無いとじゃまるで違う。
この手の集団で平等なんて言葉は高級過ぎて誰も肌に合わない。奪い合いが基本、良くて馴染み同士のなれ合いくらいか。
「そうですか。なるほどこの椀はそういう理由で」
「……というか、お前食べる必要あるのか」
「興味はありますね」
なんとも微妙な回答だ。
まかり間違って調理担当者を喰われても困るから、付いていってやるか。
「すみません、食事を」
焚き火の場所までやってくると、先ほどの男とは別に数名が集まっていて、具材たっぷりな粥に酒らしきものまで堂々と飲んでいやがった。
早速なれ合いか。
「あの」
「うるっせえな!!」
魔王相手に野郎は怒鳴り散らし、おかわりを自分の椀へよそって食う。
他の連中も仕事をする気は無さそうだ。
どうしたもんやら。
「あの……」
更に椀を差し出し続けたマルサルに、最初は無視していた男がおたまで中身を掬い取り、彼へ向けてぶちまけた。
「失せろ爺」
「…………」
「行こうマルサル。頼む」
「……はい」
彼が何を感じ、どう考えたのかは知らないが、あの場に残っているのは確実に良くないことが起きる。
どうして魔物なんぞの介護をしているんだと叫びたくなるのを堪えつつ、彼を川まで連れて行って粥を落としてやった。思った通り、使用者が増えてかなり汚れてる。下流で小便までしてる奴が居るから、本当にここで洗って良いものかは疑問だな。
「火傷とかはいいのか」
「……再現することは可能です」
再現、か。
実際に全身が溶けるみたいにしてスライム化したのを見た今でも、マルサルの肉体には違和感を覚えられない。
表情の乏しさ……というか、どこか気怠げな雰囲気はあるものの、性格の範疇に収まる程度。
ここまで擬態の上手いスライムが存在するなんて考えた事も無かったな。
「ありがとうございます。貴方には色々と助けられてばっかりだ」
「……………………」
どうにも。
「どうか為さいましたか」
「いや」
本当に、どうにも調子が崩れる。
確かにこれまで、魔物相手に意思疎通が成功したことはあった。
ノール、カーバンクルもそう。
孤島では魔物化したチーターとも出会った。
通常の獣よりも明らかに知能が高く、だからこそ人間のような感情を示してきたアイツらに、俺は警戒しつつも信を置くことさえあった。
だが明確に言葉を話してくる魔物が現れるなんて。
しかもソイツは、俺に恩を感じていると言う。
「……呼集だ。早めに行かないと、尻を叩かれるだけじゃ済まないだろうよ」
またあの甲高い金属音が鳴って、俺達は人の流れに乗って現地まで向かった。
※ ※ ※
午前中はひたすら荷運びだった。
金鉱山ってのには初めて入ったんだが、俺達がやっているのは露天掘りとか言われているものらしい。
つるはしを持てるのは一部の模範囚か、上手く獄卒に取り入った奴だけだ。
模範囚から更に出世すると監督囚になり、このクソ熱い鉱山で日陰という贅沢品を手に入れ、水を飲みながら鞭を片手に指示出しが出来る。
三日の懲役である俺には関係の無い話だが、どうにも上手く鉱脈を掘りあてた班にはご褒美があるってんで、それなりに皆のやる気はデカい。
とはいえ一度は採算が取れなくなった金鉱山とあって、儲けの程はそうでもないらしい。
木の板や杭で崩した土砂を、長くここに居るらしい爺さんがざっくり選別し、俺達下っ端が川へと運ぶ。ざるへ細かく砕いた土砂を投じ、水で洗って金を探し出す。他にもなにか、水路みたいなのを使っている班もあったが、ウチは先週壊れちまって修理中らしい。
川と穴の中を延々と行き来し、土砂を運んだり水を運んだり。
近くに川があるんだから当然と言えば当然なんだが、どうにも湧き出してくるんだと。ここの採算が取れなくなった理由の一つだろう。
金を求めて深く深く掘る程に、水も一緒に湧き出して来て排水だけでも結構な時間を取られる。
ウチの班はその中でも酷い浸水だった。
三回の内二回は水をくみ上げ川へ捨てる。
もういっそそこで選別とやらをすればいいじゃないかと言ったが、そうすると掘り進むのが難しくなり、金が取れなくなるんだとか。
当然、優秀な成績を修めればあの美人の獄長から褒めて貰えるそうだが、碌な結果を出せなければ罪を償う意思が無いと滅多打ちにされるらしい。
「おう新入り。早いな」
「うん? あぁ、まあ慣れてるからな」
穴底で大枠の選別をやっている爺さんが声を掛けてきた。
迷宮へ潜る際の荷運びに比べれば、安全が確保されている環境ってだけでかなり楽だからな。
水も土砂も重たいが、そもそもまともな大きなの壺やかごも足りて無いから、むしろ軽いとさえ言える。
「それに比べてアイツは、駄目だなあっ」
聞こえよがしに言う爺さんが見ているのはマルサルだ。
のっそのっそと壺を頭に乗せて歩く様は、亀かナメクジ並みに遅い。
「年寄り同士、仲良くしろよ」
「へんっ、俺ァもっと早くやれるさ」
「まあ、こっちで少しは補填してやるから、優しくしてやってくれ」
頼むから。
「ふぅ……疲れました」
「おう。先に行ってるぞ」
戻って来たマルサルと入れ違いで土砂を担いで川へ向かう。
その背後で、選別役の爺さんが壺を降ろした魔王へ怒鳴り、調子良く自慢話を始めていた。
アレ、一応休憩時間をくれているって考えるのはお人好しが過ぎるかねぇ。
マルサルは短く受け答えをし、じっと彼の叱咤を聞き続けていた。
心底疲れ果てた目をしたまま。
じっと。
※ ※ ※
働き始めて半日も経過した頃、唐突に周囲が揺れて大きな土煙が柵の向こうに立ち昇るのを見た。
この金鉱山の外、外部からの襲撃だ。
「たのもーっ!!」
なんだか妙に聞き覚えのある声だった。
見張り台の兵士が慌てている。
石弓を構えて声の主へ狙いを定めるが、一人が何かに気付いて止める。
「たーのーもーっ!!」
ドーン、とまた地面が揺れて土煙があがる。
俺は空になった壺を背負い直し、それとなく騒ぎの近くへ寄っていった。
「ここの責任者ッ、出て来ーーい!!」
またの揺れ。土煙。
よっぽどお怒りらしい《《彼女》》は、自分に石弓が向けられていることさえ構わず示威行為を続けた。
揺れで転んでいたクィナが青ざめた顔でどこかへ走っていく。
「不当に囚われたウチのリーダーを迎えに来た!! 責任者出て来おおい!! 応答が無い場合っ、強行突入して強引に連れ帰るぞおおお!!」
頼むエレーナ、ちょっと恥ずかしいから落ち着いてくれ。
レネはちゃんと皆に伝えられなかったか?
まあ無理もないといえば無理もない、か。
魔王が現れて、そいつが囚われたから監視の為一緒に捕まった、なんて……そういえば直接は誰にも伝えてないもんな。
リディア……は、うん、仕方ない。
シシリー……………………は期待するだけ無駄か。
むしろマルサルを追って突入して来ていないだけマシだろう。
「尚っ、こちらへ一方的な攻撃が行われた場合!! 冒険者ギルド『スカー』との全面戦争になると心得ろ!! 本っ気で怒ってるんだからねええ!!」
揺れる地面に狼狽える獄卒達。
むしろ囚人達の方が何が起こったのかと楽し気だ。
エレーナ……助けに来てくれたのはいいが、街中での喧嘩自体は確かにあったから、そう不当な拘束って訳でもないんだ。
アレを喧嘩と呼んでいいかは別として、とりあえずそれで纏まっている。
まあ街中の牢にでも入れてくれれば良かったものを、人手不足なのか何なのかは知らないが、こんな場所まで輸送されちゃあ心配になるのも当然か。
さて、ヒリ付く獄卒に俺の知り合いですと名乗り出て、その矢がこちらに飛んでこないとも限らない。
ただし暴れっぱなしにさせておいて、本当に戦争が始まったら目も当てられない。
どうしたものやら。
思っていたら、甘い香りがどこかから漂ってきた。
頭が揺れる。
気分が良い。
見ればこの金鉱山の獄長、ヨルダ様のご登場だ。
傍らに居るクィナがこちらを見て少し顔を赤らめた。
「クィナ」
「っ、はい!?」
ちょっと声を掛けただけなのにその反応は……いや、やったことを考えれば当然か。
多少を気まずさを覚えたが、状況を落ち着かせるには頼るしかない。
「表に来ているのは多分俺の仲間だ。会わせて欲しい」
クィナがサッと顔を青ざめさせた。
まあ、そうなるよな。
俺を捕まえたのは彼女だ、その上で大した調査も証言も取らずにここまで連行し、冒険者ギルドとの軋轢が発生している。
ちょっとした責任問題だ。
俺とマルサルが揃って無抵抗のまま従ったのも当然あるが。
「ねえさ……獄長、どうしますか」
小柄なクィナが長身のヨルダへ問いを投げる。
身長差はあるが、そうか、なんとなく似ているんだな。
母子というほどじゃないから、姉妹か?
ヨルダは冷めきった目で俺を見据えた後、薄く笑って応じてきた。
「面会室へ。外の者は私が連れて行くわ」
「はいっ」
獄長の許可を受け、ちょこちょこと駆けてきたクィナが改めて俺を見て怯むが、弱いだけじゃないらしい彼女は手にしていた棒で地面を突き、キビキビと叫んだ。
「面会室へ案内します! ついて来なさい!!」
「ほお、部屋の中へ俺を連れ込んで、ナニしてくれるってんだ?」
「っ、っっ、面会ですう!!」
先日の一件を知っている連中が囃し立てる中、俺は両手を拘束されて屋内へと引っ張られていった。
ちょっと強引なのは、おちょくり過ぎたからか。
耳まで赤くしちまって。
本当、腹が減るよ。