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枯れた黄金都市

 荷馬車で揺られて監獄へ送られる最中、崩れた塔を幾つか見た。

 どこか荒れた様子を残しながらも、豊富な川の水によって潤っていた港町ハイフリスとは異なり、舞い上がる砂が目も喉も傷付けてくる内陸部。

 北方は広大な砂漠地帯になっていて、年々その砂によってこの地は浸食されていると聞くが。


「アンタぁ、余所者かい」


 同乗していた小男が訳知り顔で語り出した。

 さっきから隣のマルサルに何やら話し掛けていたが、喋っていないと死んでしまう呪いにでも掛かっているらしい。


「あの塔は解放戦争以前の名残りさァ。余所者でも奴隷解放の英雄ヴィンセントの名くらいは聞いたことがあるんじゃねえか?」

「あぁ」

「けっけっけっけっけ!」


 言葉少なく応じてやると、野郎は上機嫌になって更に口を広げる。


「当時はここいらも、いや、結構最近までは相当に潤っていたんだ。近隣の鉱山からわんさか黄金が取れたってんだからよお」

「取れなくなったのか」

「ここ十数年ほどでなあ。最初はすぐ次が出るって言われてたんだが、五年が経ち、十年が経ち……すっかり都は寂れちまった。かつての栄華を知らない連中だって多い」


 なるほどな。

 俺が前に南洋へやってきた時は、ハイフリス周辺や群島方面でのクエストばかりこなしていたから、内陸部に来たのは初めてだ。

 当時は栄華ってのの名残りがあったから、あんなに報酬も美味かったんだろう。


 それがいつしか、中原のギルドにまで応援要請が出る程に落ち込んでいた。


「で、あの塔は何なんだ?」

「おうソレよ! あいつはなぁ、黄金時代の遺物よおっ。今じゃあぶっ壊されて放置されてるが、解放戦争でヴィンセントの軍勢を悉く撃破した最強の兵器があったんだ! すごいぜぇ……っ、北方の砂漠はアレの影響だって話もあるくらいだ!」


 なんとも眉唾な話だが、全く無い話でもないか。

 前のザルカの休日で見たフィリアと、もう一人のオリハルコン級魔術師による砲撃は凄まじかった。

 昔から人間の扱う魔術を道具に代行させようって連中は沢山居たし、金に任せて作り上げたってんなら分からないでもない。


「結局海運を握られた事で干上がって、最後の戦いじゃあ碌に運用も出来ないまま打ち倒された……在りし日の支配を象徴する塔なのさ」

「なるほどな」


 応じつつ、俺は大人しく捕まっているマルサルを見た。

 シシリーと面識があるような様子だったスライム男、魔王とまで称される奴なら、当時の事も知っていたりするんだろうか。


 そもそも何故捕まっている。


 リディアですら手を焼くような魔物が本気で抵抗すれば、憲兵隊なんて相手にもならないだろうに。


 魔王マルサル。


 ヒト捜しと言っていた。

 そしてリディアへ襲い掛かり、金魚の為に土下座までして降伏して来た。


 三日だけとはいえ俺も獄衆の身だ、奴を監視しつつ、何か妙な企みを持っているのなら聞き出しておくべきか。


 最悪俺はいつでも脱獄出来るしな。

 出し入れラクラク錬金術、本領発揮の時間だよ。


    ※   ※   ※


 枯れたとは言われているが、金鉱山そのものは稼働を続けているらしい。

 量が減り、採算が取れなくなったからこその話でもあるか。


 かつては奴隷を用いて暴利を貪り、やがてヴィンセントによって奴隷が解放されると真っ当な賃金が支払われるようになり、ところがそうなると費用が嵩んで利益が落ち込み、今度は囚人を使って掘削を行う様になっていった。

 そんなところかな。


「全員並んでください! 横一列ですっ! 手は前に組んでっ、真っ直ぐ立ちましょう!!」


 到着後、木柵に囲われた内部へ連れて行かれた後、同行していたクィナが張り切って囚人達を並ばせた。

 憲兵隊の支部長と聞いていたが、随分な働き者だ。


 道中でも囚人一人ひとりに声を掛け、食事なんかもしっかり与えてくれていた。


 基本的に善良なんだろう。

 まあ、善良な人間の勤める先が、善良であるとも限らないんだが。


「妙な動きはしないようにっ。石弓が貴方達を狙っています。いいですか、大人しくしていて下さいっ!」


 扉の左右に見張り台が二つ、そして木柵へ沿って等間隔に複数、それなりに警戒厳重だがどこか気怠さを感じる。


 大丈夫かよ、ここは監獄なんだろう? 凶悪犯なんかも居るのなら、暴動への警戒はしっかりしてくれないと、巻き込まれるのは御免だぞ。


 俺の心配を余所に、クィナは確認を終えるとキビキビした動きでこの鉱山唯一の建物へ向き直った。

 やってきたのは、デカい乳の女だ。

 クソ暑い中でもピッチリした服を着込み、キツめの視線で俺達を睨み付けてくる。


「この監獄の責任者であるっ、ヨルダ様です!」


 ヨルダ。


 クィナと同じく浅黒い肌をした、妙に胸の内がザワつく雰囲気のある奴だ。


 女は囚人を一人ずつ見分していき、反抗的な者が居れば即座に棒で殴りつけ、黙らせた。

 地位が向上したとはいえ、荒事じゃあ舐められるのも仕方ない。

 下卑た言葉を投げかけた奴は徹底的に殴られ、運ばれていったが。


 俺の前にやってくる。


 大した美人だ。

 なんて感想をおくびにも出さず涼しい顔をしていると、ヨルダが手にしていた棒を俺の股座へ突っ込んで来た。硬い感触が撫で上げていく様を見て、別の囚人が口笛を吹く。

 なんだろうな。

 お誘いか?

 男の獄長が女の囚人を犯していたなんて話は聞いた事がある。

 だが見た目にもそんなことを好む様には見えなかったんだが。

 驚いたクィナが何かを話し掛けてくるが全く取り合う様子はない。

 どころか一歩を踏み込んで来た。


 甘い香りがする。


 どこかで嗅いだような、けれど思い出せない。


 一瞬、女の顔がリディアに見えた。


「っ……」


 気付いた時にはヨルダは俺を通り過ぎ、最後の囚人をぶん殴っていた。


「大丈夫ですか」


 マルサルが聞いてくる。

 魔王に心配されるってのも妙な気分だな。


「あぁ……問題無い」


 並んだ囚人達の前へ歩いてくるヨルダを見る。

 魅力的な女だ。

 脚の運び一つ、手の動き一つが男を誘う。

 視線を向けられただけで鳥肌が立った。


 股間がすっかり膨らんで、今にも押し倒したくなっていた。


    ※   ※   ※


 中々収まってくれなかったので、囚人服へ着替える時に俺のあだ名がデカチン野郎に決定した。というか着替えた後も収まらなかった。

 膨らむ俺の股間を見て野郎共が大笑いして揶揄してくるが、


「お前らもあんなことされたら分かる。堪らねえよ、あの獄長」


「おいおい犯すんじゃねえぞっ、獄卒に手ぇ出したら極刑もありうるんだ!」

「あぁ羨ましいねえ! 俺も棒で擦り上げてほしいぜぇ……!」


 ここへ連れて来られた以上、世のクソッタレ共なのは間違いないが、この手の反応は変わらないな。


「早く出て来て下さいっ! 着替えに時間を掛け過ぎですよっ!」


 表でクィナが呼んでいる。

 引き渡したらそれで終了かと思ったのに、なんでも彼女はここの獄卒でもあるらしい。

 妙に役職を兼ねているが、ハイフリスってのはそんなに人手不足なのか?


「それがでありますねーっ、獄卒様!」

「デカチン野郎の勃起が収まらないんであります!」

「全ては獄長の為さったことですのでっ、我々もどうしたものか!」


 はやし立てる馬鹿共に乗って、俺も中を覗いて来たクィナの前へ歩み出る。

 全く収まらない。

 むしろ、目の前に女を見て更に興奮して来た。


 頭の中が揺れているのを感じながら、へらへらと笑いながら言った。


「このままじゃあ恥ずかしくて人前に出れません。獄卒様が鎮めて下さいますか?」


 途端、野郎共が大笑いし、クィナの顔が真っ赤に染まった。

 ちんちくりんな身を更に縮め、俺の膨らんだ股間を見て視線を彷徨わせる。


「俺だって困ってるんです。獄長様があんなことをするからですよ」

「っ、それは……囚人の扱いについては後程獄長とも話を…………」

「話なんてされても収まりませんよ。ほら」

「っっっ、っ」


 戸口に立っていた彼女へ身を寄せ、下半身を擦り付けた。

 頭がくらくらする。

 女の感触に欲望が高まり、このまま本当に頭から――――


「ロンドさん、落ち付いて下さい」


 横合いから腕を掴まれた。

 いつの間にか囚人服に着替えていた、ひょろひょろな身体のマルサルが変わらず眠そうな目で俺を見てくる。


「獄卒さん、すぐに出ますので、外で待っていてくれませんか」

「は、はぃ…………」


 去っていくクィナに、盛り上がっていた連中がマルサルを揶揄する言葉を次々放り投げる。

 そうだ。

 あと少しだった。

 あのまま中へ引きずり込んで、皆でマワしてやれば……………………いや、なんで俺はそんなことを。


「……………………おい」

「ほお。まあ良かったですよ。恩人を死刑囚にする所でしたから」


 俺は。


「ここは良くないものが溢れています。警戒しましょう。三日間、しっかりと己を保って、刑期を終えたら一杯やりましょう」


 まるで本当の人間みたいなことを言うマルサルに背中を撫でられ、今し方自分のやったことを思い出してため息を落とした。

 二重の意味でどうかしていた。

 真っ当に働いていただけのクィナを犯そうだなんて。

 しかも、リディアっていう婚約者が居る身で……彼女を裏切ろうとした。


 良くないものが溢れている。


 魔王ですらそう称するのなら、万年シルバーに過ぎない俺はどれだけ警戒してもし足りないだろう。


「分かった。その時は奢らせて貰うよ。借りが一つ出来ちまったからな」

「私の方こそ。お金を出して貰った分、しっかりお返ししていくつもりです」


 妙な話だ。

 人間よりも、魔物であるマルサルの方が信用できる気がするなんて。


 あと三日。


 どうにかやり過ごして、早く皆の所に帰りたいな。






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