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予期せぬ闖入者

 日差しにやられた我がパーティの技術班筆頭、宝石技師のレネが机に突っ伏して溶けている。


「にーちゃ、みず」


「目の前にあるぞ」


「のませて」


「その前に起きてくれなきゃ傾けただけでこぼれるぞ」


「すする」


「はしたないから止めなさい」


「んんんんんん~~っ」


 ぐずる大きな幼児を前に俺は氷を落とした珈琲で喉を潤す。

 クルアンじゃあ中々に味わえないものとあって、最近は酒以外にもコイツを飲んでいることが増えてきた。

 豆や淹れる為の道具でも買って行こうか、なんて思うけど、流石に荷物だよなあ。


「皆の前じゃあちゃんとしてるのに、レネはレネのままか」


「キリリ」


 言葉通りに表情を改めるが、根本的に机へ突っ伏したままなのでまるで凛々しくない。


 ところがパーティ結成以来、結構レネは頑張って来た。

 年下の子が増えたのもある。

 妹であるフィオには甘えた所を見せるが、マリエッタなんかには特にお姉さんぶって真っ当に受け答えをしている。

 あのレネが、だ。


 当初はこの遠征にも不参加で、クルアンで拠点維持と称したぐーたら生活を送ろうとしていた彼女を焚き付けたのもマリエッタだったな。

 父親からの許可を勝ち取り、出発の日までしっかり体調を整えて準備をしていたマリエッタに、レネも多少は感化されたというべきか。


 二人は拠点に籠もっていることも多いから、自然と仲良くなったんだろうな。


「ふにゃあ」


 ティアリーヌみたいなことを言ってふやけるレネ。

 あぁ、お姉さんをやるのも楽じゃない。

 出来れば本来の妹であるフィオにももっとお姉さんらしくして欲しいんだが、そこは肉親の甘えがあるんだろう。


「キリリ…………ひっく」


 謎のしゃっくりを添えて、ようやく身を起こしたレネが自分で水を飲む。

 なんということだろう。

 あのレネが自分で水を飲んでいる。


 あ、こぼれた。


 素早く準備していた手巾(ハンカチ)で口元を拭ってやると、レネの目が怪しく煌めき、こちらへ凭れ掛かって来た。

 甘えたがりめ。


 二度目になるが、お姉さんをやるのも楽じゃないんだ。


 最近の頑張りに免じて許してやるか。


「すぴー」

「寝るのは止しなさい」


 帰りが遅くなる。


「はーい」


 それにしても、と対面に積んだ荷物を見る。

 殆どが錬金術や鍛冶の素材だ。

 ここに工房は無いから、本格的に使うのはクルアンへ戻ってからになる。やろうと思えば職人街の親方にでも頼み込んで使わせて貰う事も出来るが、あまり歓迎はされないだろうな。


「で、何か面白そうなのが出来るのか?」

「んー?」


 今日の買い込みは、前々から予定していたものだ。

 予算は全てパーティ運営資金から出ている、フィオからの許可を得たものでもある。


「えとねー、腕輪でしょー、短剣でしょー、鞘も面白そうなの。あとはー」


 指折り数えるレネが話しているのは、例の海賊、ヴィンセントの秘宝について。

 絶海の孤島から持ち帰った数々の品は、多くを金に換えて運営資金と各自の分け前にしている。

 その中でも特に残したいと言われたものは残し、今後のパーティ活動の中で使っていく予定なんだが。


 山積みになっている素材はそれに使う為のもので、クルアン周辺では手に入り辛いものを優先的に購入して来た。


 継続して使っていくには修理用の素材問題もあるが、上手くやれば一気にパーティの戦力を充実させられる。

 ブリジットの師匠グスタフみたいに分け前で装備を更新している奴も結構居るしな。


「あぁそだー、にーちゃあのね、最後に買った素材とってー」

「うん? あぁ分かっ――――」


 言われるまま視線を移し、荷物へ手を伸ばそうとした所で動きが止まる。


 レネの反対側、開いていた筈の隣の椅子に、謎の老人が居た。


 しかも、このクソ熱い土地で真冬みたいな恰好をして、大きなカップで熱い紅茶なんぞを飲んでやがる。


 ちゃぷん、と音がする。


 水音?


 何故、何処から?


「アンタは」

「あぁ…………失礼しました。ちょっと疲れたもので」

「わかるー」


 本当に疲れてそうな声で老人が言い、レネが間髪入れずに同意した。


「溶けるよねー」

「おや、貴女も溶けるのですか」

「どろどろ」

「そうですねぇ、こうも熱いとどろどろしますねぇ……」


 まるで酷い寝起きのような声で喋る老人の首元から、またあの水音がした。


「ははは、気になりますか?」

「……あぁ、まあ」

「すみませんねぇ。でも、内緒にして下さい」


 何がだ。

 あまりにも意味不明な出来事を前に困惑しつつ、レネに身を寄せた。素直にしがみ付いてくるのはいいが、もうちょっと危機感を持って欲しい。


 俺達はテラス席の角に居た。


 そこの老人が座っているのは、その角に位置する場所だ。


 いくら俺が緩んでいたからって入り込むのに気付かない筈はない。

 なんだ。何者だ。なんのつもりで。


 考えつつもすぐ逃げられるよう準備はする。


 幸いにも錬金術ですぐに武器は取り出せる。

 なにか妙な事をしてくるのであれば。


 警戒していたら、老人はこちらに向けて人差し指を立てて唇の前に置いた。


「実は…………思ったより高くてお金が足りないんです……助けて下さい」


 今使っている店は、たしかにちょっと良い値段のする所だ。

 レネがぐずるから直近のものを選んだが、俺も値段には驚いていた。しかもココ、珍しく後払いなんだよな。金持ち向けの信頼って所か?


 いやそうじゃなくて。


「あんたは何者だ」

「あぁ失礼しました。私、マルサルと申します。ご存じでしょうか」

「生憎と知らんな」


 この界隈じゃ有名だったりするのか?


「いえ別段。昔はやんちゃをしていた時期もあるのですが」

「はぁ……そう、なんですか」


 また水音がする。

 というか見えた。


 何か赤いものが彼の服から飛び出して来て、そのまま別な所へ飛び移って消えた。


 なんなんだ。


「ちゃんと御恩返しはしますので、どうか」

「分かった。出してやる。どのくらい飲み食いしたんだ?」

「実は…………あちらの具合で」


 示された机を見ると、凄まじい量の皿が積み上がっていて流石に引いた。


「……金ない奴の食う量じゃないんだが」

「無いならいっそ、と思いまして。とても美味でした」

「その上食後のお茶まで注文するとは良い度胸だ、店の奴と守備兵にしこたま叱られて来い」

「ご無体な。出してくれると言ったのに」

「素直に働けば許して貰えるが、最悪斬首もあるぞ」


 言うとマルサルは紅茶に口を付け、ほっと一息。


「御慈悲」

「反省しろ」

「……はい。ごめんなさい」


 しょんぼりする老人を見て、レネが手を伸ばして頭を撫でる。

 もうなんなんだこの状況。


 流石に警戒は続けるが、気が抜けて視線が逸れた。


 と、ちょうどいい所にシシリーが居て、何故か彼女はこちらに向けて駆け寄ってくる。


「あああああああああああっ、やっぱりアンタかああああああああああああ!!」

「おや、っはっはっはっはっはっは。お久しぶりですねぇシシリーさん」


 全く笑った声じゃなかった。


 俺はすぐさまレネを立たせ、素材を回収し、シシリーに席を明け渡す。

 良く分からんが知り合いらしい。

 それじゃあ後は任せて帰ろう、そう思ったのに駆け込んで来た長耳女ががっしり俺の腕を掴みやがった。


 頼むよ、レネだけでも結構大変なんだ、変な事に巻き込まないでほしい。


 特にシシリーの知り合いってだけで嫌な予感しかしないんだ。


 一応確認するが、老人マルサルの耳は長くなかった。


「アンタなんでこんなのと食事してたの!? 正気!?」

「いや捕まっただけだ。今のお前みたいにな」


 離してくれ、と言ったのに身勝手女は離さない。


「どおしてこんな所に居るのっ! 協定違反でしょ!!」

「そんなこと言われましても」

「そんなことって何よ!! 今更反故なんて許さないからっ!! こっちがどれだけ犠牲を払ったと思ってるのよ!!」

「はぁ……」

「ため息つくなあ!?」


 すごい剣幕の長耳長寿にマルサルもうんざりしたのか、何故か俺の方を見てくる。隣でしがみ付きながら暑い暑い言ってるレネとよく似た目だ。


「大変だな」

「はい」


「そっちで勝手に何か納得し合わないでよっ!!」


「ほら、金は出してやるが、後でちゃんと返してくれよ。結構な値段だぞありゃあ」

「すみません、反省します、この御恩は決して忘れませんので」

「あぁいいからいいから。店の邪魔になるし、早めに出よう」

「はい」


 荷物を背負い、レネの手を引いて、後ろから付いてくるマルサルを伴い店の者を呼んで会計する。

 多めに持ってて助かったよ。


 表の通りへ出た辺りでようやく我を取り戻したのか、呆気に取られていたシシリーが追いかけてくる。


「ねえヤバいんだってソイツ! ねえなんで聞いてくれないのおっ」


 店で大声上げて知り合い批難している奴に比べれば、金足りないのに気付いて自棄食いしている方がまだ可愛いからだよ。いや、後者も大概なんだが。


「落ち着いて下さい、シシリーさん。別に戦争しに来た訳じゃあないんですよ。ただちょっと所要ついでに、復活したらしいアーテルシアの様子を見ておこうかと。またぞろ昼寝をしていたら消し飛ばされるなんてことにもなりかねませんし」


「っ、は、はあ!?」


 妙な事を言い出すマルサルと、素っ頓狂な声をあげるシシリー。


「あのねえっ、ニンゲンは死んだら生き返らないの! なによ復活って! というか何するつもりかちゃんと言いなさいよねっ!!」


「人捜し、えぇ、ヒト捜しです。大体はそんな感じで」


「復活したアーテルシアってどういうことよっ」


「しばらく前、ええと、貴方達の言う幽海で気配があったと聞いたので。今もビリビリとしているんですけど、どこに居るかご存じありませんか?」


 二人の会話を聞きながら、俺はしばし無言で歩き続ける。

 さっさと別に行ってくれればいいだろうに、どうして付いてくるんだよ。


 第一、なんとなく話が見えて来て凄く嫌な予感が現実になりつつある。


 アーテルシアの復活?

 神になったんじゃないのか?

 毎冬に雪を降らせてくる伝説上の人物がどうしたって?


 あぁ憶測なら立つさ。


 外なる神ルーナから強い加護を受けるオーロラと、アイツの顔が似ていること。

 ついでアイツを見て御姉様などと言ってアーテルシアと似ていることを仄めかせていたシシリー。

 そこに加えて幽海で気配を感じただ?

 最近誰がソイツに関わっていたか、安直過ぎる想像が一つの顔を思い浮かばせてくる。


「ねえっ、アンタもちょっとは協力してよっ! コイツこんな所にのさばらせてると危ないんだって!!」

「やめてください。私はだらだら生きたいだけです」

「わかるー」

「はっはっは」


 レネの同意に、全く嬉しくなさそうな笑っていない笑い声が続く。


 そうして彼の腕から飛び出してきた赤い金魚が、服の中へ吸い込まれていくのを見た。

 真冬みたいな恰好をして、汗一つ搔いていない老人が、ちらりと俺を見る。

 色の無い瞳。

 表情は何一つ変わりないのに、不思議なほど圧力を感じる。


「ああああっ、もう!! 話にならないから言うけどねえっ!!」


 シシリーが正面に回ってマルサルを指差した。

 そのずっと後ろでどこか慌てた様子のリディアが通りへ飛び出して来て、何かを探しているのが見える。


「コイツは魔王マルサル!! かつて都市喰いと呼ばれた三災厄の一つでっ、アーテルシア姉様でも滅ぼし切れなかった最強のスライム男よ!!」


「…………照れますね」

「ねー」


 ちゃぽん、と飛び出した金魚が彼の袖へ沈み込む。

 つまり、そういうことなんだと。


 レネを引き剥がしている向こうの方で、俺を見付けたリディアが駆け寄ってきていた。


 その視線を追って、爺さんが目を向ける。

 途端、マルサルの肉体が服ごと溶けた。


 形を失ったスライムが猛然と地面を這い、


「リディアっ!!」


 一直線に彼女へ襲い掛かった。







ヴィンセント編、完。

 次はクィナ編。人妻です。人妻です。


 間にキャラクター紹介を挟みます。

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