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元ひな鳥の奮闘

 エレオノーラがアイアンランクへ昇格した。

 しかも、シルバー昇格すら見えている状態で、だ。


 元より昇格点が十分溜まっていた所に海賊との戦闘で首謀者を捕えた功績者、加えて彼女自身がとても優秀なのは俺達のパーティ皆で知る所だ。

 神官の昇格は早い。

 だとしても、コレはかなりの速度だろう。


 所属する『スカー』本部から必要書類を予め持ち込んでいたこともあって、活動を開始してすぐに申請が通り、新たなランク章を得た彼女を讃えて、俺達は祝宴を開いた。


 実に喜ばしい事だ。


 ただ、それを本人以上に喜んで、讃えていた一人であるブリジットから一つ頼み事をされた。


「……あのさ、リーダー」


 宴会が始まってからというもの、珍しく酌をしに来てくれたり、そういう雰囲気はあるにはあった。


「明日、一緒に買い物来て貰っても、いい?」

「分かった。現地で合流するか? 一緒に出掛ける?」

「現地で」


 にはは、と笑ってブリジットが物陰から出て、振り返る。


「ありがとぉ、リーダー」


 そんな訳で今日はブリジットに付き合ってお買い物だ。


    ※   ※   ※


 港町ハイフリスには結構掘り出し物がある。


 古くから引退した冒険者が余生を過ごす場として選ばれて来たここは、必然それなりに成功した冒険者の装備も同じく流れてくる。

 人によっては長年連れ添った相棒を手放せないと死ぬまで抱え続けている事もあるが、この地の商人共とのアツい戦いに敗北し泣く泣く手放した元冒険者も居るだろう。


 彼らには悪いが、ウチの可愛いカッパー魔術師の為に、良いものは流して貰うとしよう。


「何度かさ、通ってる所があるの」

「ほう。目星は付いてるんだな」


 互いに楽な恰好で合流し、軽く市場を見て回る。

 雨対策をしているだけの簡素な吹き曝しの店から、どっしりと大きな建物を改装して作ったのだろうクルアンでも見た覚えのある看板の店まで。


 市場から少し離れた所に幾つも個人店があり、中々に探索のし甲斐がある場所だ。


 ブリジットが案内してくれたのはその一つで、ぐるりと坂を回って細い道を進んだ場所にあった。

 いかにも、といった様子の魔法店。

 レネとフィオの祖父が経営していた宝石店もあんな感じだった。

 店の前は非常に雑多で、調合に使う薬草やクズ宝石、杖の素材になりそうな木材と、ちょっとした装飾用の細工品まで並んでいる。

 坂の上特有の、港まで抜ける広い景色に目をやりつつ、店舗の中へ。


「こっち」


 ごみごみとしているのは表だけじゃなかった。

 俺じゃあ判別も付かない様な細かいものが棚に山済みされ、天井には幾つもの杖が吊るされていて、謎の本が床に平済み状態。通路が埋まっていてもお構いなしな詰込み具合だ。


 こんなの、盗まれてもおかしくないんじゃないかと思って見ていたら、結構低い位置に机があって、その向こうに小人族の老婆を発見した。


 老婆は一度だけ俺へ視線を向けてきたが、すぐ手元の本へ意識を戻してページをめくる。


「リーダー……これなんだけど」


 踏み台に乗って吊り下がっている杖から一本を降ろしてくる。


「ほぉ……」


 かなり歪な形状の、デカい杖だ。

 魔術師や神官が持つ杖は身の丈大であることはそう珍しくないが、コレはブリジットが持つと本人より杖が目立っちまうくらいで、質どうこうより扱いが難しそうだった。


「前にさ、リーダーにさ、パチンコ作って貰ったじゃない?」

「あぁ、獣の腱で作った奴な。ありゃあ今思っても酷い出来だった」

「でも私はアレのおかげでちょっと掴めた所あるんだよね」


 放つ魔法が苦手と言っていたブリジットは、パチンコを放つ要領で魔術を引き絞る方法を編み出した。

 実際あの時見せられた風の礫は結構な威力だったし、勢いも速度も悪くなかったと思う。

 彼女の感性にハマったんだろうな。


 俺が錬金術で扱える金属総量が、リリィの持っていた剣とほぼ同量なのと同じ様に。


「コレってさ、弓みたいな形してるじゃん」

「あぁ言われてみれば」


 確かに中頃の持ち手部分を中心に、上下それぞれが湾曲していて弓と言えなくもないような形ではある。


「……持てるのか?」

「ちょっと重いけど、魔力を通したら軽く出来る」


 へぇ便利だな。


 そしてブリジットは少し悩んだが、杖に掛けられていた値札を見せてきた。


「おっと。こりゃあ凄い」


 上目遣いに見てくる様子からも、どうして俺が呼ばれたのかはよく分かった。

 あの幽海から帰還した際、手に入れてきた財宝は一定量をパーティ運営の資金とした上で皆に分配した。

 発見者である俺やブリジットの取り分は多めにさせて貰ったが、それを加味してもちょいと届かない高級品だ。


 師匠のグスタフは真っ先に装備更新してたから、アイツじゃあ出せない額だな。


「ねえリーダー……」


 おねだりするブリジットにまずはと頭に手をやり、杖を改める。


「木材は……大丈夫そうだな。問題は装飾部分か。修理に使う素材次第じゃあ使い切りになっちまうぞ?」

「えっとね、調べたんだけど、クルアンの町ならそんなにかかんないの。ティアリーヌのこん棒と同じくらい、ではあるんだけど……さ」


 なるほど。

 自分なりによく考え、現実的なものだと判断した訳だ。


 パーティメンバーの装備修理費用は出来るだけこっちで出す様にしている。その上で個人的な改造なんかもな。

 ただコレは結構な値段だ。


「頑張ります! お部屋の掃除もちゃんとやるからっ! なんなら毎日肩もみします! 荷運びだってやりますっ!」

「ははは、肩もみまでしてくれるのなら、パーティからってより俺が出してやらないとな」


 パッと表情を明るくしたブリジットだったが、まだ出すとは言ってない。


 本当に高級品なんだ。

 大半は彼女が出すだろうが、ざっと差額を考えても俺の手持ちがかなり減る。


「……エレオノーラに追いつきたいよな」

「うん!」


 素直でよろしい。


「正直、カッパーやアイアンが持つ装備とは言えない。コイツを使いこなせるようになるまで何年も掛かるかもしれない。それでも欲しいか?」

「一目惚れしました。こう、他の杖には無かった、手に馴染むというか、身体全体に馴染むような気がしたの」

「持ってみな。しっかりと構えを取って」

「はいっ」


 天井にぶつけそうなほど大きな杖を持ち、ブリジットはそいつを握り締めてこちらを見上げてくる。


 あぁ、分かる。


 魔術師の適性はからっきしだった俺でも、今の彼女がとてもいい状態なのが分かった。

 言った通り、杖の力を使いこなせるようになるのは何年も先だろう。

 その間、過負荷を掛けられた杖が破損したり、使えなくなることもある。


 だけど、そう……自分に出来る限りの懸命さで向き合おうとしている姿を見たら、仕方ないよな。


「うん、似合ってる。ここまで似合っちまったら、出してやるしかないよな」


「………………」


「どうした? あくまで差額分だが、出してやるって言ったんだぞ?」


 ブリジットは最初呆けて、次に目を潤ませた。

 吸った息は震えていて、緊張と共に落ちていく。

 目元を乱雑に拭い、その後に花開いた。


 眩しいくらいの笑顔になった彼女は、杖を大切そうに抱き締めた後、


「っっっっ、やったああああああ!! ありがとうリーダーッ!! もう大好きっ! 好きいいいっ!! ありがとおおおおおっ!!」


「ははははは! っと、おいおいあんまり暴れるなよ」


 首っ玉に跳び付いて頬へ何度も口付けされ、挙句レネみたいに全身でしがみ付いてくる。

 よぉしよぉし、なんて言って背中を撫でてやりつつ、デカい杖を受け取った。

 触れてる部分が温かい。

 ちょっとだけ汗が滲んでいるから、あの孤島でくっ付いて来た時の事を思い出す。


 まだまだ小さな元ひな鳥。


 大空へ飛び上がっていくには、これくらいの景気の良さが必要なのかもな。


「おっとっと、ほらこのくらいにしてくれ。俺に婚約者が居るって話したろ?」

「まだ誰か教えて貰ってないんですけどーっ」

「もうちょっと待ってくれよ」


 赤ん坊をあやすみたいに揺すってやり、背中を撫でた。


「ねえリーダー…………口付け痕とか残してみたらどうなるかな?」

「許して下さい」

「じゃあこっちの装飾とぉっ、あそこの紐も欲しいのっ!」

「分かった。分かりました。貢がせていただきますっ。だからもうちょっと我慢しててくれ、な?」

「んんんんんっ、リーダー大好きぃ!」


 全く現金な大好きだよ。

 けど南洋の青空みたいに透き通った好意だ。


 まだしばらく降りてくれなさそうなブリジットを抱え、俺は店の婆さんに値段の交渉を始めた。

 出すとはいえ、出費は抑えないとなあ。


    ※   ※   ※


 それから毎朝毎晩、余裕のある時は昼間でも。

 しっかり休息と遊びを堪能しながらも、ブリジットは魔術の鍛錬に励んだ。


 プリエラを始め神官組もかなり追い込んでの鍛錬を続けているようで、暇さえあればハイフリス郊外にある神殿へ足を運んでいた。


 今日は沢山打ち上がるんだねぇ、なんて、街中で安楽椅子に揺られている婆様にも言われたよ。


「やああるぞおおおおおおおおお!! おーーーーう!!」


 この明るさと元気良さはランクなんかじゃ得られないものだ。

 周囲の雰囲気を良くしてくれる。

 逸れている人を見付けたら寄っていって話をする。

 人懐っこさに、ほんのちょっと気遣いや意識が芽生え始めると、エレオノーラにも負けないくらいの資質に変わるのさ。


 そうして夏の日差しが勢いを増してきた頃。


「いやったああああああああああああああああああああ!! あっはははははははは! 見て見てリーダーッ! 師匠!! アイアンランクに昇格だぜえええい!!」


 南洋に来て二度目の祝宴が開かれ、俺達は大いにブリジットの奮闘を讃えた。






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