冒険開始!!
靴底が石床を打ちつけ、幾つもの声が砦を出て行く。。
表で準備を終えている荷運び組が地図を広げてグスタフと経路を再確認しており、その後ろを抜けていった、今日は別行動を取る外パーティの面々がこちらへ手を振ってくる。
真面目なエレオノーラは目礼のみ、続くブリジットは師匠のグスタフと手を打ち合わせながら元気良く笑って、朗報を待っていろと告げて先行していった。
「いってらっしゃいませ、皆様!」
砦の出入り口で、一応は自身も完全装備になったマリエッタが見送りに立ってくれている。
バジリスクの革鎧にミスリルの剣、今更だが冒険者を諦めさせろと言っていた奴の整える装備じゃないよな。
彼女の父親、ユスタークは今クルアンの町で政治に勤しんでいる筈だが、改めて親馬鹿ぶりを再確認した。
執事の説得がなければここまで同行しようとしていた奴だからな。
「実家への手紙、ちゃんと支部からクルアン本部へ届けてもらうよう言っておくから」
「はいっ、ありがとうございます、センセイ!」
尻尾があればぶんぶん音がなりそうな程の笑顔。
実に励みになるね。
さて後ろ髪を引かれている場合じゃないぞと身を返したところで、脇を抜けていった少女の、本物の尻尾がゆらゆらと波打つように揺れていた。
マリエッタとその様子をじっくり観察し、何も言わず笑い合う。
「にゃ?」
「ティアリーヌっ、水筒忘れてたよ!」
鼻をヒク付かせてこちらに気付き掛けていた所へエレーナが駆け込んできた。
すれ違い様に俺と拳を合わせ、そのままティアリーヌの腰元へ飛びつく。
「あっ……ありがと」
「うん! ほらしっかり付けておかないと、不意に遭難した時とか困っちゃうからね。食料は……うん、ちゃんとあるね」
「自分で付けるからいいよ……あっ」
「もう終わった! 行こっ」
「んっ」
一緒になって石橋を渡っていく二人を追いかけて俺も進む。
準備を終えていた長鼻は荷馬車で横になり、その時が来るまで待機姿勢。
ここいらはクルアン周辺ほど道が整備されていないってんで、少々キツめの待機になるかもだけどな。
寝ていても耳はしっかり周囲を観察している。
その証拠に俺が通り掛かると拳を掲げてきたので、マリエッタ謹製クソほど不味い酔い止め薬を渡してやった。
プリエラに教えられ、自力で調合出来る様になった品だ。頑張るマリエッタには悪いが三割り増しくらいでエグみが強い。笑いながら抗議を無視した。現地に着いて気分が悪いなんて言われたら困るからな。
振り返った所で水音を聞く。
橋の縁から砦の向こうを覗くと、海へ飛び込んだニーナがこちらへ回り込んで顔を出した。
「いってらっしゃーい!!」
「おーっ、お前も気を付けてなあっ!!」
小柄なイルカを脇に連れ、今日は漁に出掛けると言っていた。
全く賑やかで景気が良い。
僅かな名残りを感じながらその背を見送り、ふと屋上で杖を手に立つラッセル爺さんを見付けた。
かつて俺の所属していたパーティのリーダーを努め、今はニーナ達と共にこの南国で生きている冒険者。
あぁ、この日々だって冒険さ。
日常にだって冒すべきものはある。
そんなことを言っていた男に心の中で声援を送りつつ、さあ俺達も始めるかと振り返る。
風が背を押す。
準備を終えた仲間達が俺の号を待っていた。
副リーダーであるプリエラが荷物を背に俺を呼ぶ。
決意を新たにした彼女はどこか晴々とした表情をしていて、行く先に広がる青空ととても良く似ている。
「よぉし出発だ!! この地に俺達の名を轟かせてやるぞッ、お前ら!!」
応じる声の更に向こう、出発を祝うみたいに深い鳴き声が来た。
流石にもう覚えてきたぞ。
コレはあのデカいクジラだ。
海の嘶きを聞きながら、俺達はようやくこの南洋での活動を始めた。
きっとこの地でも楽しい冒険の日々が待っている。
さあ、行こうか。
ニーナ編、完。
次はヴィンセント編