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宴の夜と、秘密の園

 砦に戻って飲み直した。

 あれからすぐに海軍の船がやって来て、密猟者を引き渡すと船長さんから『君専用に勲章を用意しないといけないな』なんて冗談を言われたよ。

 止してくれ。ハッタリで敵を怯えさせるだけならともかく、実際に讃えられたりなんてしたら、主に頑張ったニーナとその仲間達に顔向けできない。


「そこでさあっ、おじさん手の平から本当に腕を生やしたんだよねえっ」

「驚いたよねえっ。ねえリーダー! あれまたやってみせてよお!」


 海賊狩りに参加したエレーナとブリジットが興奮気味に皆へ話をする。

 屋上はすっかり宴会場となっていて、今が稼ぎ時だと鼻息を荒くした子どもらが走り回り、酒や料理を提供してくれる。

 酒を掲げる中には海軍の奴らも数名混じっていた。

 俺を捜索する中で世話になった奴や、ここで親交を深めた奴を、こちらから招待したんだ。


「うわっ、なんだそれ気持ち悪っ!?」


 俺の生やしてみせた腕を見て、少し遠巻きにして飲んでいたプリエラが叫んだ。あまりにも素っぽかったので、皆して笑った。にやりと笑って実際に動かしてみると、女性陣から悲鳴があがった。


「ははははっ、あれから練習して精度を上げてみた」


 最初は手の平程度の大きさだったものを、実際の腕と同じ程度にまで大きくすることが出来るようになったんだ。

 っていっても、網目状で中身スカスカの宴会芸だがな。

 動かすのは、なんか出来た。

 腕だからかな。

 他の使い道じゃあ上手く出来ず崩壊させちまったから、戦闘で使えるかどうかは非常に怪しい。

 何か良い使い道はないかなって思ってるんだが、どうだろうな?


「にしてもメイリーの奴、好き勝手に噂ばら撒いた挙句、とっとと西へ旅立ってたとはなあ」


「幼馴染なんだってな」


 情報を集めて来てくれた長鼻がラム酒片手に応じてくる。

 今回の遠征、あくまで南方の支部から要請を受けて幾つかのクエストを片付けに来たのが本題だが、俺達としてはギルマスへの面会も目的に入っているんだ。

 放浪壁のある御老人には『スカー』の一番偉い人っていう自覚を持って、そろそろ身を落ち着けて欲しいもんだが。


「言うほど幼馴染でもない。駆け出し以前、修練所通いの頃からだ」

「お前の歳でそんな昔からの顔見知りが居りゃあ、十分幼馴染でいいだろ」

「そういうもんか」


 メイリーに関してはつつかれるとついつい素っ気無くなる。

 あんまり探られたくない、初心な所に刺さるからか。


 別に恋心だなんだって、今更考えたりはしないさ。


 俺はリディアと婚約した。

 だから過去は過去なんだが、どうにもな。


「手紙は改めて送ったが、しばらくはクエストの消化に明け暮れる事になる。まあ、今回は巡り合わせも悪かった」


 俺達が到着する数日前までは居たそうだから、あの遭難が無かったらここで捕まえられていたかもしれない。

 そういうズレがあった時、慌てて追い縋ると碌な事が無い。


 今じゃないってことを、どうにか納得しよう。


「別に一人で追いかけて行ってもいいんだぜ」

「馬鹿を言うな。パーティ放り出して勝手が出来るかよ、ラッセル爺さんじゃあるまいし」


 俺はちょうど料理を大量に運んで来た爺さんを見た。

 子どもらに囲まれて、それだけで嬉しくて、楽しくて、緩み切った頬を晒している。あのラッセル=スタンネットが。


「…………いや、目的はあくまでギルマスだ。メイリーはついでと言うか、というかお前なあ?」

「ははっ、やっと気付いたのかよ、たらし野郎が」


 にやけた顔で見てくる長鼻に勘弁してくれと手を振る。

 樽杯を干して立ち上がった。


「うん? 女漁りか?」

「厠だ」


 長鼻の冗談に応じつつ、俺は階段を降りて行った。


    ※   ※   ※


 厠を出た所で水音に気付いた。

 波の音じゃない。

 それに混じって聞こえる話し声。


 水没している最下層へ降りていくと、ちょうどニーナが小さなイルカと戯れている所だった。


「ん……? あぁ」


 何の気ない反応。

 そのまま階段を降り、沈んでいない足場を踏んで彼女の元へ向かった。


「…………掴まってた奴か?」

「うん」


 密漁者の捕えていた子どものイルカだ。


「怪我してるのか?」

「そうだけど、平気だって。ちょっと痛むだけ」

「神官なら治せるかもしれない」

「いいよ。この子達は自然に生きてる。奇跡なんてなくたって、ちゃんと生きていけるから」


 ニーナが軽く声を掛けると、子イルカが一度潜り、沖の方で大きく跳ねた。

 月明かりに照らされる夜の海で、それはどこか幻想的で、美しかった。

 すぐ仲間のイルカ達が現れて保護していったから、きっと彼らなりに上手くやるんだろう。


「ねえ」


 沖から吹き込む潮風に髪を揺らしながらニーナが振り返る。

 月明かりを背に受けて、表情は良く分からない。


「どうした?」

「冒険話の続き、してもいい?」

「うん? あぁ、当然だ」


 応じると彼女の背後で今まで見た事のない、白と黒の巨大な生物が顔を出した。


「シャチっていうの。ちょっと力が必要だから、この子達に協力して貰う。アナタはサメの方がいいかな?」


 なんの話だ、と問いかけるより早く、俺の手を取ったニーナが海中へ誘ってきた。

 よく分からんが分かった。


 付いていけばいいんだな。


 最初はニーナと一緒にシャチとやらに運んで貰い、途中合流した我が友サメくんに乗り換えると、速度を上げて沖へ向かった。

 真っ暗な夜の海だ。

 正直言えばそれなりに怖かった。

 陸地であっても何が出るか分からない中での暗闇は怖い。

 経験を積んで、予兆を感じ取れるようになって、ようやく緊張しながら眠れる程度だってのに。


 しばらく泳ぎ続け、ふと海中に灯かりがあるのに気付いた。

 仄かな、陸上では見る事のない……透き通るような光。


 ニーナに従って潜り始めると、そいつの正体が分かった。


 クラゲだ。

 流石にコイツは俺も見たことがある。

 浜辺でのんびり泳いでいたら、たまに遭遇して刺されることもあるからな。

 そいつが仄かに発光し、海底のソレを照らし出していた。


 沈没船。


 それも沢山ある。

 古いのから比較的新しいのまで。

 海賊船や漁船、軍艦に貿易船など様々。


 ニーナと共にそれを見て回って、改めて海上へ出る。


 遠く岬に灯台を認めつつ、今見た景色を反芻した。


「すごいな」

「でしょう? ここ、昼間に来た禁漁区だよ」


 なるほど、と思った。


 潮の集中する場所、それは魚が集まるだけでなく、操船も困難になることを意味する。

 大量の金を生み出す魚と、それを追い掛ける密漁船、そしてその密漁船を追ってくる軍艦。あるいは過去、海戦の現場になったこともあるのかもしれない。


「中身はどうなっているんだ?」


 なんとなく気になって聞いてみたが、ニーナは呆れたように笑った。


「お宝なら全部取り尽くされちゃってるよ。今日行ってきた市場にだって、ここで掘りだしたものが並んでたんだから」

「ほう……」


 そういえば海軍の装備品やら船の装飾やら、普通は手に入らないものまであったな。

 勝手に商魂逞しい所だからで納得していたが。

 いや、横流しは普通にあるだろうけどさ。


「ここが見せたかった場所か?」


 サメの背中を撫でつつ問い掛けると、彼女は首を振った。


「ここはついで。通り道だからさ」


 ついてきて。


 そう言うと改めてシャチに指示を出し、俺達は海を進んでいった。

 不思議な感覚だ。

 ニーナからすれば当たり前なんだろうが、こうして動物に助けられ、縦横無尽に海を冒険するなんて考えもしなかった。


 天性の狩人。

 いいや、天性の冒険者か。


 暗い海を抜け、潮に乗って加速し、途中渦潮の横を通過すらした。

 力のある子が必要、とは言っていたが、まさか群島の海域にまで首を突っ込むとはな。

 流石に誰かへ伝えておくべきだったか。


 なんて思っていた所でまたニーナが動きを止めた。


「こっから先は長いからっ、しっかり息を吸っておいてねえ!」

 渦潮の近くで、激しい水音を聞きながらどうにか彼女の声を聞き取る。

「おいまさか」

「潜って海中の洞窟を抜けるの! さあいくよ!!」

「おい!?」


 有無を論じる暇すら無かった。

 シャチの潜行に応じ、俺のしがみ付いていたサメが深く潜る。


 音が一気に遠ざかる。

 なのに、背後で回り続ける渦が軋みをあげるみたいに響いてきて、正直言ってかなりおっかない。

 しかもかろうじて月明りの届いていた場所からも更に深く潜り、既に自分がどこにいるのかも見失っている。命綱は正真正銘、しがみ付いているサメだけだ。


 息には余裕があったものの、流石に先の知れない状態ではキツい。

 下手をすればこのまま、なんて考えが過ぎって来た所で急激に上昇する感覚を得た。いや、本当に上昇しているのかも分からなくなっていたんだが、俺の本能がソイツを求めていた。


 海面を割った感覚があってからも、俺はしばらく呼吸を止めていた。

 閉じていた瞼をゆっくり、力を込めて開いていく。


「大丈夫だよ」


 ニーナの声がする。


「大丈夫だって」


 笑い混じりに。

 俺はようやく大きく息を吸って、何度も深呼吸をしながら目を開けた。


 浅く肌の焼けた少女、その背後に煌めく何か。


 広い。

 そして、かなり高い場所から月明りが差し込んでいる。

 それはこの洞窟内を照らし出すのに十分じゃあなかったが、だからこそ目の前の景色を邪魔することなく灯かりを添えてくれていた。


 まず海水の色が違った。

 海は青いと言うが、色の深さが違う。

 月明かりを帯びてその青さを浮かび上がらせる海水は、それ自体が宝石のように美しかった。


「上も見て」


 言われるまま視線を向けると、幾つもの水晶が見て取れた。

 判別は難しいが、エメラルドなんかの宝石らしきものも薄っすらと見える。


 ここは宝石の鉱脈だ。


 つい熱い息が漏れる。

 興奮していた。

 目の前の景色に幾らの価値があるかなんてどうでもいい。

 ただただ美しい、しかも、あんな場所からしか侵入できないような、誰も知らない世界。


 俺達は岸へよじ登った後も、ぼんやりこの宝石の世界を堪能した。


 やがて、滴る雫のような声でニーナが言った。


「初めてここを見付けた時さ、すっごく感動した。世界で私だけがここを知ってるんだって思った。すごく綺麗で、吸い込まれてしまいそうな、なのにどこか安堵する場所」


「……たしかに、不思議と落ち着くな。こういうのを母の胎内とでも呼ぶんじゃないか」


「母……」


 あぁしまった。

 元奴隷という身分から察するに、彼女にとって母親は存在しないか、嫌な思い出に繋がっている。


 だけどニーナは膝を抱え込み、まるで胎児みたいな恰好で寝転がる。


「……こういう場所に、いつか私も居たのかな」


「そうだろうな」


 改めて洞窟内を見回した。

 灯りを持って来れなかったのが悔やまれる。

 一方で月明りだけだからこその深みも感じ取れて、なんだか身体の力が抜けてくるよ。


「ここは、他の奴には?」

「ラッセル爺さんと、あとチビ達が何人かかな」

「ニーナでないと来れない場所だ」


 言うと彼女は嬉しそうに笑い、けれど物憂げに表情を曇らせた。


「でも、ここが私の限界だよ」


 生まれる前の恰好をしたまま、母の胎内を思わせる洞窟の中、少女は月明りを仰ぎ見る。


「もうずっと前なんだ。ここを見付けて、凄いって思って、何度も何度もここを訪れて。だけど私は、ここの先へ行こうとは思えない。後ろが気になっちゃう。爺さんも、チビ達も、なにより私自身、慣れた日常の中で暮らすだけで精一杯だよ」


 苦笑する。

 どうやら爺さんの願いは、とっくに見透かされてた訳だ。


 けれど言葉を慎重に聞いて見ると、決してそれだけじゃないのも分かってくる。


「冒険してみたいか?」

「……たぶん」

「そうだな。ここみたいな景色は、世界中探せば沢山ある。同じ物じゃなくてな、まるで違う、想像もしていなかったような発見や出会いもある」


 興味が無い訳じゃないんだろう。

 彼女は発見の興奮を知っている。

 暗く長い洞窟を抜けた先に、こんな素晴らしい景色があることを知っている。


 一度ソレを知っちまったら、病み付きになっちまうもんさ。


 だけどラッセル爺さんの言っていた通りに、彼や仲間達がニーナを繋ぎ留めている。


 きっとそれは悪い事じゃない。

 爺さんが何をどう感じているのかを別とすれば、親しい人と一緒に居たいって思う事の何が間違いか。


 俺の親父も久しぶりに会った時、白髪が増えていて驚いた。

 お袋だって、あんな急に体調を崩す方じゃなかった。

 親孝行ってんなら、きっと一緒に居て、面倒を見てやるべきなんだろう。

 冒険者なんぞやっていたら死に目には会えない。

 分かっていて続けている親不孝者からすれば、ニーナの迷いは眩しいくらいで。


「急ぐ必要はない。冒険には準備が必要だからな。そいつを怠ってる奴は、何でも無い所で躓いて転ぶんだ」


 ティアリーヌの時とは違う。

 心身共に準備が出来ていて、一歩を踏み出せずに居たのであれば手を取れる。


 だが、まだニーナははっきりとここに居たいと思っている。


 なら今いる場所でしっかりと将来を見据えて準備をするのだっていいだろう。


「今行きたいと思うのなら、俺と一緒に来ればいい。あるいは他のパーティだって紹介してやれる。ただ、そうでないのなら」


 彼女であれば、内海を抜けてクルアンへやってくるのだって難しくはないだろう。


「いずれ俺は冒険者ギルドを作る。そいつが出来た頃にでも、一緒に始めてみるのはどうだ?」


「ギルド……?」


「冒険者の寄り合い所みたいなもんだ。皆で集まって、力を合わせたり、それぞれ自由に冒険したりする。助け合って、手を引いてやったり、引いて貰ったり。あぁ、そういう場所を自分の力で作ってみたいんだ、俺は」


 深い青の海を背負いながら、少女はまっすぐに俺を見る。


 その瞳の奥で何を考えているのか、感じているのか、正確な所は分からない。

 だけど、冒険をしてみたいかと尋ねた時、彼女は迷いながらも『多分』と一歩を踏み込んできた。

 ラッセル爺さんの要望通りとはいかないが、猶予付きの話なら。


「一年後か、二年後か、出来れば早めにやりたいと思ってるんだがな。もし出来たら、ニーナにも招待状を贈るよ。まあ、別に俺を待つ必要もない。いざやるぞって決めたら、内海を越えてクルアンの町まで来ればいい」


 ギルドも、町も、こことちょっと似ている。


 一つだけじゃない。

 色々あって、混ざり合って。

 広くて、深くて。

 包まれているとどこか安堵出来る。


 孤高であるのも一つの方法だろうが、俺は誰かと歩むのが好きなんだよ。


「クルアンの町……」

「冒険者の町さ。ラッセル爺さんも昔そこに居た。あちこち暴れ回って、色んな場所を見て回ってたんだ」

「暴れって……あぁそういえば昔はやんちゃだったって聞いた事あるなあ、ははは」


「おう。なにせあの砦を購入した費用はよ、引退直前の大博打で手に入れたもんだからなあ」


 笑い飛ばしてやると、ニーナは最初目を丸くして、けれど一緒になって笑ってくれた。

 それからラッセル爺さんの現役時代を面白おかしく話してやった。

 聞いた事のある話、聞いた事のない話、いっぱいあった。

 賭博好きでイカサマ研究が日課だったなんて、あの好々爺ぶりからは想像も出来ないだろう。


 おかげで俺もイカサマを学んで、対抗しなけりゃ有り金全部持って行かれるなんてザラだったさ。


 総じて言えば、良い人物だったかは疑問だ。


 けど勝てば心底喜び、負ければ心底悔しがる。

 冷静さを保って泰然としてれば、上等な人間らしくは映るだろう。

 ラッセル=スタンネットは真逆だ。

 その上で、好ましいリーダーではあったと思うよ。


 俺はな。







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