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大海の神秘

 最初は感動した海ってのも、三日もしたら飽きてくるもんだ。

 絶海の孤島から救い出されて数日、あれこれと忙しさはあったものの、ようやく訪れた平穏って奴を船に揺られて謳歌していた。


「…………死ぬ。早く、陸地、揺れない世界が」

「どうして海は海なんだ……。こんなのいけないよ、らめぇ」


 数名のムサい野郎共が船酔いで縁にしがみ付いている以外は平和そのもの。

 どうにもこの揺れは平気らしいマリエッタが甲斐甲斐しく世話をしてやっており、普段と立場が逆になったことで妙に張り切っている。


「ほら師匠、無理して食べるからだよ」

「すまねえなぁブリジットぉ……、俺はもう駄目かも知れねえ」

「そうだねぇ」


 魔術師のグスタフが青い顔して厠から出てくる。

 介添えのブリジットが水を渡すと美味そうに飲み干して、よろける。


「ほらしっかり」

「あぁ、世話を掛ける」


 そいつはただの食い過ぎと二日酔いだから放置してても平気なんだが、師弟が仲睦まじいのは良い事か。

 あぁ因みに厠は船首にある。

 俺達の乗っている帆船ってのは風を受けて進む関係上、船の前方へ向けて落下物は飛んでいくんだ。だから側面で吐くってのは、あんまり喜ばれることじゃないな。


「しかし、本当に飽きて来たな」


 色々と問題は起きたが、金を払っている以上はこちらが客だ。

 昼間から酒飲んで寝ていようと文句を言われることはないんだが、こうも数日だらだらしているだけってのはな。


 海賊は本格的に壊滅し、嵐も無く、海は静かだ。


 はは、いいことだけどな。

 クラーケンなんぞ現れて誰かが犠牲になる、なんてことに比べれば。


 ただやっぱり、飽きてきた。


「陸が見えたぞおおおお!!」


 なんて思って来たら早速の朗報。

 船の縁で死霊と化していた連中が感動の雄叫びをあげ、船室から何人かが飛び出してくる。ゆったりと上階から顔を出すのはお髭の船長だ。

 海賊に襲われた時も、嵐の時も、眉一つ動かさず冷静沈着に振舞っていたこの船の船長が、ふと大きく息を吸った。


 なんだ?


 陸とは反対側。

 皆が見ているのとは逆に視線を投げると、そう遠くない海面に浮かび上がってくる影がある。


 なん、だ……あれ。


「おい」


 戦闘準備。

 咄嗟にそう叫ぼうとした。

 なんたってソイツは、あきらかにこの帆船よりもデカくて、凄まじい重さが接近してきた時独特の圧力があったからか。


 アレが神話に謳われるリヴァイアサンか、あるいは何か俺の知らない魔物なのか。


「うわっ、なにあれ!?」


 真っ先に高い場所を確保していたブリジットがこちらに気付く。

 彼女の声を受けて皆が陸地から目を離して反対側を見た。


 そうして、海面を割ってソイツは飛び上がって来た。


 まさしく飛翔としか思えない様な凄まじい勢いで、船の倍はあろうかという巨大な何かが顔を出す。


「おお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおデケぇぇぇぇぇぇええええええええええええええ!?」


 縁へ飛び付く。

 パイクは……いや、必要なのか?

 そもそもあったとして対抗できるのかどうかも分からない。


「な、何あれ師匠!? なんかすっごいの出てきたよお!?」

「おおお!? 分かんねえええええ!?」


 師弟の叫びを聞いていて、というか俺自身前のめりになり過ぎてて判断が遅れた。


 なんたって中型とはいえ、この船二隻分はありそうな巨体が飛び出して来て、そのまま海へ沈んでいったんだ。


 とんでもない波が来る。


 船は既に回頭を始めていたが、流石に波の方が早かった。

 船首で波を切り裂き、それでも溢れた海水が覆い被さってくる。


 あ、拙い。そう思った時にはやや手遅れで。


 流されそうになった数名をリディアサンが素早く鎖で保護し、どうにか事無きを得た。


「…………もう、勘弁して」


 微かに聞こえた呟きに、本当にご心配お掛けしましたと俺は心の底から謝った。


    ※   ※   ※


 港への到着を前にとんでもないものからの歓迎を受け、水浸しとなった俺達。

 そこへまた新しい何かが接近してきた。


 聞き慣れない鳴き声に目を向けると、またぞろ謎の水生生物が群れ成して寄って来て、その口先に乗っていた少女が船上へ飛び乗って来た。


「あっははははは! 折角海の王様からの歓迎なのに、酷い状況だねえ」


 年頃はブリジットらと同じくらいか。

 いかにも南国といった簡素な服装で、大波に揉まれた俺達を太陽の様な快活さで笑い飛ばしながら見回す。


「海の王様? ありゃあ、魔物じゃないのか?」


 まだ混乱から立ち直っていない皆を代表して問い掛ける。

 彼女はちらりと船長へ目をやり、


「魔物なんかじゃないよ。さっきのはクジラで、私をここまで運んでくれたのはイルカっていうの。おじさん達冒険者でしょ? 最近噂になってる人達」


 噂? あぁなるほど。


「逞しいな、南の連中ってのは」

「貴方達が迷宮へ挑んで財を成す様に、私達は冒険者へ挑んで財を成すの。港に着いてからじゃあ邪魔が入るしね」

「ははっ、いいだろう。話を聞くよ」

「やったあ! そうこなくっちゃ!!」


 立ち上がって、恐る恐る船室から顔を出していたレネとフィオを呼ぶ。

 レネはまあ別にいいんだが、アイツここしばらく財宝漁りで忙しくしてたから、少しは陽を浴びさせよう。

 財務担当のフィオ、それと……プリエラもエレーナも船酔い組だったな。

 まあいい。


「えっと……何が始まってるの、リーダー?」


 ブリジットの問い掛けに、俺は皆へ聞こえる様に応じた。


「商売だ、商売。こっちの帆船より、軍艦の方が早く港に着いてるからな。もう財宝の噂は広まっていると思った方がいい」


 クルアンの町で一定の財を成した冒険者の一部は、温暖で気候も安定していて、食料も豊富な南国で余生を過ごす。

 当然、そこには大きな商機があるってんで、昔から冒険者相手の商売を今か今かと待ち構えている商人が大勢居るんだよ。


 挙句降って湧いた財宝の噂だ。


 最高の金づるがやってきたってんで、きっと港はごった返してるんだろう。


 皆も俺とブリジットの捜索じゃあ軍島を利用していたっていうからな。

 先行しているアルメイダのパーティ、そしてトゥエリは先にあの港町で仕事を始めている筈だが。


「ロンド=グラースだ。まずは宿を取りたいんだが、いい所はあるかい?」


 差し出した手を少女が握る。

 小さな手。

 陽に焼けた肌。

 将来は引退した冒険者の憧れる南国美人って所かな。


 彼女はにっこりと笑った。


「よろしく、ロンド。私はニーナ。最っ高の宿を紹介してあげる!!」


 ニーナの背後、海からイルカが飛び上がり、鳴き声をあげた。






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