船出
浜辺じゃあ大宴会が始まっていた。
ここは絶海の孤島。
ただし、昨日まで二人っきりだった島には大勢の人の姿があった。
ウチの連中だけじゃなく、海軍さん達も一緒だ。
彼らは洞窟内で死んでいた海賊らと、沖へ飛び出していった慌てん坊な海賊の魔術師を回収し、感謝の言葉と酒を提供してくれた。
どうにもここしばらく、捜索と海賊の殲滅に協力してくれていたらしい。
「センセェ……! センセぇぇぇええ!!」
さっきからマリエッタがしがみ付いて離れない。
反対側ではティアリーヌが腰掛けており、何故か俺と上着を交換している。俺、コイツの上着とか腕が通らないから、羽織ってる感じになるんだが。
加えてエレオノーラがもう二度と不覚は取りませんとばかりに背後に立ち、他数名も酒を片手に俺とブリジットの生存を祝ってくれていた。
あぁ、ブリジットはそこでチーターを枕にひっくり返ってる。
近くでグスタフが見てくれているが、どうにも最後の一発はかなり無茶をしたらしく、過剰な魔術行使で動けなくなっているそうだ。
今ちょうど、リディアとエレーナが看てくれている。
また、同乗していたシシリーが朽ち行く海賊船の近くで一人ぼんやりと立ち尽くしていて。
海軍提供、ラム酒をぐびっとやって、長鼻が赤ら顔で揶揄して来た。
「お前、ひっ……んぁ…………ブリジットに手ぇ出したろお」
「誓って手は出してない。健全だ。下らない容疑を掛けてくんな」
「絶海の孤島にたった二人の男女、明日をも知れない身、片方は純朴な少女でもう片方は狼よりも飢えた野郎だ……へへっ、そりゃねえ話だぜ?」
長鼻の馬鹿話は脇へ蹴飛ばして、俺は身を投げ出して後方待機していたエレオノーラの膝枕を堪能させて貰う。
疲れてんだ。
今は飲むより寝たい気分。
「おうおういいご身分だねえっ」
「このパーティのリーダー様は俺だぁぁ……」
「はい、ロンドさんはこの場で一番偉いです」
「エレオノーラ、あんまりコイツをおだててると、もっと奥までとか言い出しかねないから気を付けあぶうっ!?」
酔って馬鹿話が止まらなくなった馬鹿をプリエラが蹴飛ばし、鼻を掴んで引っ張っていく。
「駄目っ、プリエラ!? そこは持つ所じゃないのっ!! もげるからああ!?」
「はいはい。ここしばらく絡む相手が居なくて寂しかったんだもんなあ? なんだっけ、俺は実はアイツのこと結構……とかなんとか言ってたもんなあ?」
「ああああああああっ!! そういうの今だめっ、あっ、鼻っ、だめえ!?」
振り返ったプリエラへ一言。
「心配掛けた」
「おう。元気で何よりだ」
副リーダーから許しを貰い、そっと一息。
ちょいと瞼が重くなってきたが、まだ皆と話していたい。
「というかお前ら、よくこんな場所見付けたな。海賊追ってたのか?」
周囲に目標物はなく、幽海にまで迫る海域だ。
嵐を越えるのだって楽じゃなかったろう。
普通の船乗りは絶対に近寄らない。
「あぁ、位置についてはリディアさんが」
「アイツが?」
枕を提供してくれているエレオノーラが、ブリジットを診ているリディアを示した。
「ほぼ一睡もせずルーナ様に祈りを捧げて、二人の居場所を探ってくれていたみたいなんです。なんだかとても凄まじい雰囲気で…………。私じゃあ何をどうやっていたのかも分からないんですが、昨夜急にこちらだと訴えられまして……どういう訳か嵐が避けていく処まで見ましたよ」
何とも眉唾な話だが、相手がリディアだからな、全員なんとなくで納得している様子だった。
というか同じ神官でもよく分からないってなんなんだ。
女神ルーナ、外なる神、月に住んでいる、ような誰かさん。
でもまあ助けてくれたのなら、改めて感謝くらいはしておくべきか。
俺はぐずって離れようとしないマリエッタの頭を撫でつつ。
「コレで改めて海賊は全滅か?」
「船長はとっくに私が捕えました」
とエレオノーラが胸を張る。
「うん?」
「頑張りました」
となると船から飛び出した馬鹿を捕まえたあの鎖、もしかしてお前がやったのか?
トゥエリでもシルバーになるまでは習得出来ていなかったっていう、結構高度な神聖呪文の筈だが。
「頑張りました」
得意げに言われて『そうか、すごいんだな』と返したら、益々嬉しそうにされた。
ぎゅうっとマリエッタがしがみ付いてくる。
隣でちょこんと座っているティアリーヌが二の腕に尻尾を巻き付けてきて、エレオノーラの手が俺の髪を撫でる。
一部が、なんだこれ、と戦慄する中、
「あああああああああああっ!! リーダーずるい!!」
元気になったブリジットが大声をあげて駆けてきた。
脇にチーターを伴いながら俺にしがみ付くマリエッタにしがみ付いて、エレオノーラの膝枕を半分横取りし、すまし顔のティアリーヌの腕をとって引き寄せる。
必然、間に居る俺の上へ倒れ込んできてキッと睨まれる訳だが、俺に罪はないと主張したいね。いや、嬉しい状況であるのは否定しないが。
「わ…………かわいい」
ついでにチーターが近くで身を伏せた事でエレオノーラがふわふわし始めた。
恐る恐る手を伸ばしては躊躇し、すっかりそちらにご執心だ。
「ねえリーダー」
最後の最後で滅茶苦茶やったウチの元ひな鳥は、心底嬉しそうに笑って言った。
「やっぱりさっ、皆と一緒が一番いいねっ!」
その眩しい笑みを受けつつ俺も笑う。
「おう。パーティってのは最高だな」
お宝も見付けたし、と付け加えた途端、今まで傍観していた連中まで身を乗り出してきた。そういや、再会とか海賊の始末とかが先で、話すの忘れてたな。
「おうよ。とんでもない金銀財宝だ。あぁ、そこのチーターが管理者だからな、そいつがいいって分だけ後で持ち出そう。大昔、いつかどこかで活躍しただろう、名も知れぬ大海賊の遺した秘宝だ」
場が湧いて、ラム酒を煽り、口々に話を始める。
あの海賊か、この海賊か、そういえばあの船がそうか、なんて言って、シシリーに話を聞きに行くのも居る。
『にゃあ』
とチーターも鳴いて、俺の胸元に顎を乗せていたティアリーヌが、
「にゃあ」
と返事をした。
※ ※ ※
《《昨夜たっぷりとお叱りと甘い言葉を交わし合ったことはさておき》》、お宝を積み終えた船の上で、俺達は別れを惜しんで話していた。
チーターはここに残るらしい。
大事な人が眠る場所を、今後も守っていくんだろう。
幸いにも奴なら食うに困らないし、魔物である以上、大陸へ戻れば危険も伴う。
そういう意味じゃあ、いずれ朽ち行く船に残しておくより、埋葬したのは良かったんじゃないかと思う。こればっかりは、故人に聞く訳にもいかないから俺の勝手ではあるけどよ。
静かに眠れ、かつて大海原を冒険した誰かさん。
「っ、ひっ、ん……元気でねっ」
何故か、エレオノーラが号泣してチーターにしがみ付いている。
どうにも昨夜ひたすら撫で回されたらしく、やや腰が引けているのだが、一応は我慢して彼女を受け入れてくれていた。
魔物とはいえ年齢的にはお爺さんか、お婆さんか。
「もう、いつまでやってんのー」
「だぁっでぇ……っ!」
ブリジットの揶揄にエレオノーラがますます幼児化していく。
今にも連れ帰る、とでも言い出しそうな様子だが、チーターの意志は固そうだ。
頬を舐め、また激しめの求愛を受け止めた後はあっさりと影に沈んで浜辺に降りて行った。
「ああああっ!!」
なんか、俺らより心配されてないか?
分かるけど。
可愛いけどな。
「元気でなあ!」
声を掛けると、またあの愛らしい声で鳴き、チーターは駆けて行った。
あっという間だ。
本当に、走る為に生まれてきた様な美しさ。
「命懸けだったこと、自覚あるのかな」
皆が浜辺へ目を向けている隙に、それとなくリディアが距離を詰めてきた。
昨夜散々話したが、今回は特に心配を掛けたな。
「あぁ。お前が探し出してくれたんだろ。ありがとな」
「当然じゃない。頑張ったんだから」
「そうだな。お前はいつでも頑張ってる。今回は特に」
「皆もすごく心配してたよ」
「……あぁ」
後で改めて、詫びなり何なりしないとな。
だが今はまず、たった数日を過ごしたこの島との別れを惜しもう。
身を伸ばし、大きく息を吸い込んで。
陽を浴びる木の葉が眩しい。
岩山にはまた鳥達が戻って来ていて、その更に上で黒いチーターがこちらを見降ろしている。
浜辺には謎の海賊船。
真新しい墓と、崩れた洞窟。
ほんのちょっとしか過ごしていないのに、なんとも感傷的な気分になる。
残してきたあの丘の拠点とかも、いずれ朽ちて無くなるんだろう。
その内また遊びにくるか? なんて冗談交じりに考えつつ、出航を待った。
懲りない魔術師が網に飛び付いてメインマストへ登っていく。
船の一番高い場所から、力一杯この島の景色を心へ焼き付けて。
「いよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっし!!! 行くぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
羽が生え変わりつつある元ひな鳥が、心の底から楽しそうに叫んだ。
その背を押すみたいに強烈な潮風が帆を満たし、船が動き始める。
船出の時だ。
俺達はようやく、この大海原へと漕ぎ出していく。
行く先はまだまだ知れない。
それでも、胸に宿った冒険心と共に。
今日を繋ぎ、明日へと。
翼を広げて。
ブリジット編、完。
次はニーナ編。