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天秤

 敵の顔や服装には覚えがあった。

 どうやら本当に、俺達の乗っていた船を襲った海賊らの拠点らしい。


 その上で、敵戦力を把握していく。


 連中は俺達に気付いていない。

 あの座礁した海賊船は飾り程度にしか思っていないのか、俺達が探索して回った痕跡が見つかった様子も無い。


 敵の数は十四。

 船を操る事を考えれば少ないほどだ。

 それについても、調査をする上で漏れ聞こえた情報から推測は出来た。

 奴らどうにもウチの連中と数回やり合っているらしい。

 俺とブリジットが行方不明になってからも捜索を続けてくれていて、海賊に捕まっているとでも思ったのかもしれない。

 一緒に流されたんだから、割と妥当な判断とも言える。

 結果、仕事があがったりだと愚痴る海賊が完成し、連中も数を着実に減らしている。


 なにせ当初は数隻で襲ってきていたんだ、数だけなら五十なり六十なり居たと思う。


 加えて船長は捕獲済み。

 やっぱり、落ちて流される時に捕まってたのは奴だったんだな。


 その上で敵の生き残りに、結構な腕利きだった魔術師が居る。

 海流を操って瞬く間に俺達を遭難させたあの魔術。

 アレがある限り、海で連中を捕えるのは容易い事じゃないだろう。


 厄介なのは、あと一人。

 鮫を操っていた狩人だ。


 狩人ってのは魔術師同様に結構幅広い技術を持つ。

 単純に弓使って戦うだけじゃなく、罠の作成や獣を従えて操るのも連中の持つ力の一つだ。


 あのチーター自体、それなりに強い魔物だと思うんだが、手出し出来ないでいたのは狩人の存在が原因だろう。

 逆に言えば、狩人さえ居なければデカ猫を戦力として投入可能になる。


 だが敢えて言おう。


 正々堂々となんざ戦う気はない。


 連中も、俺達も、詩に出てくる騎士じゃないんだ。

 生憎と俺も海賊ってのは嫌いでね。

 奴隷売買をやるようなクズは、残らず鮫の餌になってくれていいと思う派の人間だ。


 実は結構早い段階で入手し、準備だけはしていたものがある。


 そいつは緊急時の治療に使えるもので、割と何処にでも生えている植物だ。

 あぁ、名前を言うとカンナビスって奴なんだが。

 少々加工は雑だが、奴らの溜め込んでいたラム酒に加えてやれば、独特の風味でどんどんと気持ち良くなっちまう。


 真っ向からは戦わない。

 ただ単純に寝込みを襲うのもまだ危険。

 数が多いんだからな。


 だから至って単純に、クスリを盛った。


 侵入者が居るだなんて考えもしていないからこそ、俺の下手くそな暗躍でも十分上手くいったさ。加えてチーターが影の力で補助してくれた。


 そして仕上げだ。


「た、宝だああああああああああああああああああああ!?」


 今まで隠しておいた財宝を、酔っ払いにそれとなく教えてやる。

 チーターから『にゃあ』と抗議を受けたがちゃんと取り返すから許して欲しい。

 結果、連中は大喜び。

 嬉しい事があると人は酒を飲むもんだ。


 うん?

 違うか?


 まあいい。

 とにかく連中はカンナビス入りのエールを腹一杯に飲んだ。

 気持ち良過ぎてラリって来てるのも居たが、そいつをじっくりと観察した上で、完全に寝静まったのを確認し。


 ずぶり、と。


 狩人の喉に短剣を差し込んだ。


「トドメ確認、良し」


 あぁそういえば言っておくが、カンナビスってのは一般に『麻』と呼ばれる植物の一部だ。

 だから、良い子は絶対に真似しちゃ駄目だからね。

 悪い子になっちゃうと、おじさんずぶずぶしちゃうから。


「手早く行くぞ。ブリジットは他の海賊を縛り上げていってくれ」

「はいっ」

 狩人だけは声を基点に獣を操るから、生かしてはおけないんだよ。

 それとあと一人、拘束程度で安心できないのが魔術師なんだが。

「ちっ……しくじったか」


 把握していた筈の対象は、別人にすり替わっていた。

 キッチリ背格好の似た奴と服を交換している……となると。


「寝ている奴は放置! 一時撤退するぞ!」

「え、どういう」

「走れ!!」

「っっ、はい!!」


 緊急時におけるパーティリーダーの指示は絶対。

 一言挟んだブリジットは後で鍛え直しだ。


 駆けていく途中で洞窟全体が揺れ始めた。


 前方、出口が見えるも崩れ始めている。

 間に合わないか。

 いやそれよりも。


「入り口を頼む!!」


 並走していたチーターのしなやかな肉体が影と沈み込んだ。

 落下して来ていた岩盤を影が支え、その下をブリジットと共に駆け抜ける。と同時に、すぐ把握していた遮蔽物へと飛び込んだ。


 洞窟入り口に叩き付けられた巨大な水球が弾け、周囲に土砂降りの雨が降る。


「あの子がっ!」

「アイツなら平気だ!」


 心配する先が違う。

 ブリジットの背中を叩き、俺はパイクを手に前へ出た。


 浜辺で首を鳴らしながらこちらを睥睨してくる人影。


 間違いない。

 俺が第二目標としていた、海賊の魔術師だ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!! ったくよお、やってくれるじゃねえの。なンだコリャ、もしかして全て計画通りでしたって奴かァ? いつの間に入り込みやがったンだよテメエらはよお!!」


 寝不足そうな顔で、苛立ちを隠しもせず、怒鳴る。


「折角船長居なくなって俺の天下が始まろうって時によォ、お前らはよォ……! どォして俺の邪魔してくんだよクソがあ!! あぁ苛立つ。すげぇ苛立つ。俺だって優しくしてやりてぇけどよオ、無理だってこんなの! 許せる訳ねえよなあ!!」


「テメエ、仲間を囮に使ったな」


「ぁアアア!? お前らがわっかりやすい餌ばら撒いて来たんだから当然だろうがァ!! どうせ大して役にも立たねえ雑魚ばっかりなんだからよォ!!」


「そうか」


 もう会話は必要無い。


「せめて海賊にも、仲間意識ってのを期待したんだがな」


 パイクの溝にミスリルを通す。

 レネ謹製、いろいろ出来るよ魔術の槍だ。


「はン! 俺様の魔術なら、水夫いらずで船を動かせる。それに人手が欲しいなら、奪って来ればいいだけよっ、はははははははは!!」


 野郎が背後の海から水柱を呼び込む。

 伝説に謳われる多頭竜みたいに身を捻ったソレは、巨大な鞭となってこちらへ叩き付けられた。


    ※   ※   ※


 空気の礫が放たれる。

 左手を添えて、ありったけの魔力を伴って。


「根本を狙え!!」


 言いつつ駆ける。

 ブリジットも俺を盾にしながら回り込んでいき、水柱を半ばから砕いて無力化していった。

 あの手の鞭みたいな攻撃は根本狙いが基本だ。

 魔術の細かい所は分からないが、伸ばす類の魔術は根元を断てばその先は力を失う。


「雑魚がッ!! 甘いンだよおおおおおっっ!!」


 ただ、制御を外れても魔力が通っているのは変わらない。

 すぐに結び直す技術さえあるのなら、再利用は可能だろう。


 頭上で散った水が針の様になって降り注いてくる。


 木の盾を構える。

 頭、肩、首を最優先で守る。

 パイクの柄へ通していたミスリルを回収し、盾へ展開。

 ごっそり魔力を食って、対魔術の壁が発動する。


「ンア゛ア゛ア゛!?」


 実は見た目ほど強固じゃない。

 貫通して来た分は傷になり、衝撃は腕を圧して来た。

 が、とにかく無事だ。


 盾からミスリルを回収、再び駆ける。


 距離はまだある。

 必要なのは牽制だ。

 腕利きの魔術師を自由にさせるな。

 その為には――――背後で指笛が鳴る。身を屈めた。直後に頭上を空気の礫が通過していき、敵魔術師は大量の水を操ってそいつを弾いた。


 大質量の魔術か、厄介だな。


 海を背にしているのも、そこから補給をする為だろう。

 自力で水を生み出して操る方が制御に優れるだろうが、消耗は激しくなる。

 あるものを利用するってのが効率的で、実際質量任せに来られるとこっちは泣きたくなるからな。


 ブリジットの牽制を水の壁で弾きつつ、一部を鞭へ変化させて振り回してくる。


 流石にそれは読み易過ぎた。

 しかも、最初に見せた水柱とは比べ物にならないくらい小さい。

 それでも十分俺の首はへし折れるんだろうけどよ。


 初撃を転がって回避し、足元狙いを飛んで避ける。

 さあトドメですよと振り回してきた中段狙いをブリジットの放った空気の礫が吹き飛ばす。


 見え見えの攻撃に裏があるのかと思えば追撃はない。

 悪態をついて使用する魔力を増大、火力任せな魔術を繰り返してくるだけ、か。


 俺は後ろに向けて、何度か手を下へ落とす動きを見せた。

 威力を下げろ、だ。


 ブリジットが応じて礫を放つ。


 当然水の壁に阻まれるがそれでいい。

 やや勢いの増した敵の攻撃を盾で弾き、回避し、時に矛先で切り伏せる。


「なンだテメエはよおお!!」


 この相手は狡猾だが、冷静ではない。

 思考は回るが、感情に振り回される。

 しかも自分じゃあ頭が回ると思っている。そいつは、あの海賊達と比べて優秀だっていう実績があるからだ。

 だが狭い世界。

 しかも、奴の資質は海に合っている。

 おそらくこれまでも格上の魔術師と出会うことはあったろうが、地の利が奴に味方をしてきた。

 大抵の魔術師なら、船をひっくり返され鮫に襲われたらひとたまりもないだろうしな。

 だから勝利を重ね、自己評価だけが昇り続け、他を見下した。

 そうでなければ味方を囮になんて考えない。

 船に乗れば、乗員乗客は運命を共にする。

 信頼とまでは言わないがな。

 それをあっさり斬り捨てて、自分の手で生き埋めにしやがった。


 耐魔術の盾で水柱の鞭を受ける。

 到底耐え切れない。だが、死ぬほどじゃない。

 礫なんぞぶつけなくとも、地面っていう巨大な壁を貫通なんかできる筈も無いから、そこへ触れた時点で水柱は弾ける。

 傷は負ったさ。

 馬鹿みたいな重さをぶつけられて意識が飛びそうにもなった。

 けど、生きてる。


 そうして徐々に守りを薄く、攻撃に偏重していった馬鹿を、ウチのカッパー級魔術師が狙撃する。


 最初はへったくそで、目の前の的すら外していたが。

 この数日、必死に練習を重ねてきた、放つ魔術。


 敵もおそらくソレが苦手なんだろう。

 最初に洞窟の入り口を崩した攻撃以外、全てが伸ばし、振り回すもの一辺倒だった。

 自分が頂点だと考える者の殆どは成長をしない。


 ひな鳥はあっという間に伸びてくるぞ。


「っ、っっっっ!!!!」


 溜めに溜めた、巨大な空気の礫。

 撃ち放つのではなく、パチンコの要領で引き絞る。

 引いて引いて、溜めて溜めて、狙いを定めて、歯を食いしばって哄笑する。


 もしかしたら、守りを薄めさせることすら必要無かったのかもしれないな。


「ぁぁぁ、っああああああ!? クソがあああああああああああ!!」

「吹っ飛べバァァァァァァァァァァッッッッッッカ!!」


 向こう見ずな駆け出しの魔術師による、ありったけの魔力を注ぎ込んだ攻撃は、あっさり敵の守りを貫通し、野郎を海の果てまで吹っ飛ばした。


    ※   ※   ※


 気付けば空は快晴、小腹のすいた身を引き摺って、ぶっ倒れたブリジットの所まであるいていく。


「おう、ちゃんと生きてるな?」

「あい…………お腹空いた」

「そうだな。そこらの鳥でも焼いて食うか」


 敵は処理した。

 どうにもチーターちゃんが崩落した洞窟内でしっかり仕事してくれていたみたいで、後はもう適当な進入路を探すくらいだ。

 あちこち天井に穴が開いていたから、入るだけなら難しくはないだろう。


 資材も、船も、連中が持って来てくれた訳だしな。


 加えて金銀財宝も手に入った。


 影からぬっと現れたチーターが傍らで腰を落とす。

 撫でていいんだろうか。

 考えていたら、入り江の外から角笛が鳴り響いた。


 軍艦らしきものを先頭に乗り込んでくる船の数々……その中に俺達の乗っていた船が混じっていることに気付いて、こちらからパイクを掲げた。

 見覚えのある顔が幾つも飛び降りてくる。


「よお、お前ら。どうした、観光か?」


 ふざけて言ったのと、泣き顔の皆が飛び付いてくるのはほぼ同時で、ついさっき馬鹿みたいな水流に揉まれたばかりの俺は悲鳴をあげた。






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