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今日を繋ぐ

 何の地盤も無いままソイツを始めるのがどんなに大変か、改めて思い知らされる。


 迷宮へ潜るのも、遠征をするのも、まずは十分な準備を整えて始めることだから、俺もここまで長期を見据えてやるのは初めてだ。

 最悪三日四日なら食わずに活動出来る。

 ただそれは、体調を崩してでも活動を続ければ助かるという可能性があっての無理で、その先何十日も続く可能性があるなら避けるべきものだ。


 経験上、三日も食べずに居ると思考が食欲で埋め尽くされる。

 冷静であれば避けるだろうものまで口にして、更に体調を崩し、動けなくなる。

 思考力の低下、運動能力の低下、気力は萎えて生きる為の行動すら億劫になったら最悪だ。


 そして獣というのは、そういう弱った生き物を的確に見い出し、付け狙う。


 この島には猛獣が居る。

 食べてみて分かったが、肉がクソみたいに臭くて硬いのは肉食だからだ。

 だから本来ここにはその餌となる獣も沢山居る筈なのに。


 三日目は結局少量のベリーが手に入っただけ。

 昼を過ぎて海へ出てみたが、すぐ浅瀬にまで鮫がうろついていて漁は出来そうになかった。

 本来、海の生き物に海中で挑むのは命懸けになる。

 群れで行動する相手なら尚更。

 最悪の手段としてまずは保留とした。


 四日目になり、笑う事の減ったブリジットが体調不良を訴えた。

 空腹を誤魔化そうとして生水を飲み過ぎたせいだ。

 下痢の症状も出ているという。


 罠に獣は掛からない。

 遠巻きに鹿の姿は確認できたが、俺じゃあ追いつくことも捕える事も出来ずに見送った。


「ほら、浜辺で取れた蟹のスープだ。ベリーも少しある」

「んー…………いいよぉ。リーダー食べて」

「俺は現地で結構色々食べてきた。ほら」

「ん。ありがと」


 ラウラ謹製錬金術には本当に助けられてる。

 装備も儘ならないこの状況で、手鍋を作るのにだって使えるんだからな。


 金属加工が自由自在、とまでは正直言えないんだが、ひたすら練習してどうにか不格好なものが作れるようになったんだ。


「沁みるなぁ」

「一度沸かした方が腹にもいいって聞くし、今度からちゃんと火にかけた水を飲む様にしよう」

「はーい」


 手鍋を置くと、背中を支えてやっていたブリジットが急にしがみ付いて来た。

 背中を擦り、受け止める。

 しばらくそうやって慰めていると、


「ねえ」


 背中に回された小さな手が、きゅっと握られた。


「……してもいいんだよ」


 とても小さな声で。


「ほら、私、こんなでも女だからさ。別に後で言いふらしたりもしないし、ちょっと使ってみるくらいな感じでさ」


 頭を抑え、こっちの胸元へ引き寄せた。

 そのまま髪を梳いてやると、か細く喘ぐみたいな声が来る。


「昔死んだ仲間にな、パーティは家族みたいなもんだと言ったことがある」


 やわらかく。

 地面を踏みしめる様に確かな声で。


「お前は俺にとって大事な家族だ。そいつを守るのにそれ以上の理由も、対価も必要無い。ほら、まだスープが残ってる。しっかり食って、また明日も頑張ろう。な?」


 ブリジットはそのまま俺にしがみ付いていた。

 弱気の虫がお腹の中で大暴れしていて、痛い痛いと泣き続けていたが、日が暮れ始める頃には収まった。


 目を赤くした彼女がようやく身を離すと、温め直した蟹のスープを二人で飲む。

 身体はくっついたまま、どこかから聞こえる遠吠えを聞きながら。


「ありがと」

「おう」


 でも、と。

 ブリジットはにやりと笑う。


「でもさ、私が言った時さ、リーダーちょっと興奮してたでしょ」

「男は皆えっちなんだよ」

「ふふぅん。なんなら本当にシちゃう? 私、リーダーならいいかなあって思うけど?」

「我慢出来なくなるから、今後誘惑しないように」


 俺にはもうリディアが居るんだ。

 こういう状況とはいえ、裏切りたいとは思わない。


 家族からお誘いを受けて拗ねていた俺に、ブリジットは頬を抓り、笑って、甘えてきた。

 胡坐を掻いた俺の上に座って来た彼女は、こっちの腕を取って自分の前へ回させる。


「あのさ」

「おう」


「ごめんね。役立たずとかもそうなんだけど、最初さ、私が船から落ちちゃったのが原因だから…………リーダーまで巻き込んじゃって。皆心配してるよね」


 心配は、当然しているだろうな。

 正直リディアがどうなっているか。

 必要以上に気負っちまってるんじゃないか、ぶっ倒れていないか、とかな。


「そういえば、どうして船から落ちたんだ?」

「えっと」


 俺の手に自分の小さな手を重ねつつ、


「高い所なら、狙いを付けやすいかなって思って。マストのあれ、網? あるじゃん。あれに登って援護してたんだけど、相手に気付かれて短剣投げ付けてきたんだよ。慌てて避けた時にさ、急に船が飛び跳ねたみたいになって、気付いたら」


 顎で頭を軽く叩いてやった。


「魔術師が的になるような位置へ行くんじゃありません」

「ん……だって、私だって役に立ちたくて」

「未熟者」

「んんんっ、今優しくしてくれる所じゃないのーっ?」

「そういう優しさは冒険者を殺すからな。存分に反省しなさい。お前は後衛、俺みたいな前衛を上手く盾にして立ち回るのが第一って、教えたよな?」

「……はーい」


 拗ねちまったが、ちゃんと考え込んで反省はしているみたいだな。

 何故か身を捻ってきて、密着度は上がってるんだが。


 おやめなさい、リーダーもちょっと女の子の感触に反応しちゃう所あるから。


「んーーー、あいたっ!?」

「よし。敢えて言っておくが俺には婚約者が居る。分かるな? えっちなことはしません。どうしても我慢出来ないなら外すから、自分でしなさい」

「…………え?」

「ありえないでしょ、みたいな顔をしないで。ちょっと傷付くから」


 俺にどういう印象を持ってたの君。


「相手は?」

「内緒」

「駄目」

「駄目じゃない」

「おーしーえーてーっ」

「駄々捏ねても駄目です」

「じゃあちゅーするっ」

「それも駄目です」

「お相手は?」

「だから」

「んーーっ」

「せいっ」

「あいたあ!?」


 弱気になって寄り掛かりたくなる気持ちは分かるけど、程々にな。

 俺はブリジットを竹で作った寝台に寝かせて、焚き火の番へと戻った。


「生きて帰ったら教えてやるよ」

「……そんなにもったいぶるような相手なの?」


 さてな、と誤魔化して薪を放る。

 小鍋も取り込んじまえば洗いも要らず、本当に便利だなラウラの錬金術は。


 ふと空を見上げて気付いた。


 雨だ。


    ※   ※   ※


 寝台を完成させておいて良かったと心から思う。

 竹を組み、ほんの少し地上から浮かせた程度だが、地面を流れていく雨に触れず休んでいられる。


 この島は昼夜を通して多少は気温が安定している。

 だからか植生は濃いし、生き物も結構多い。

 野宿を続けるにはいいんだが、こうして嵐が通ると肌寒さを覚えるから、やっぱり雨には触れない方が良い。


 一方で、この雨に負けて狼煙は消えた。

 後々着火するにも乾いた薪は少量しか確保できていない。

 濡れた木を燃やすのは結構な労力だ。

 また、雨のおかげか獣の気配はすっかり消えてしまい、罠には相変わらず反応がない。


 食料が尽きた。


 浜辺で粘ってみたが、結局小魚が二匹と小さな蟹が一匹。

 二人分の食料としちゃあ流石に少な過ぎた。

 そもそもここ何日かの食事量から十分とは言えない状態だ。


 疲れが濃くなってきた。


 怖れていた状態、気力の減衰が起きている。


 水は山ほどあるってのに、食べるものが乏しくて、胃袋が締め上げられているみたいな痛みを覚え始めている。


 拠点ではすっかり顔色の悪くなったブリジットが、俺の作ってやったパチンコを手に何度も何度も構えを取っていた。休んでいる時、時折小鳥が水を飲みに来るからと、懸命に練習中だ。

 なにか掴めそう、とは言っていたが。


 火に掛けていた小鍋を手に立ち上がる。


「ほら、スープが出来たぞ」

「ありがと……」


 ブリジットに今日の稼ぎを全部流し込む。

 確かな滋養が彼女を満たして、また少しほっとする。


「リーダーは、ちゃんと食べてるの?」

「さっき食ってたろ。浜でも貝とかあったから、塩もみして食べてみた」

「そうなんだ。今度私も一緒に行くね」

「おう」


 現実的に、やるべきじゃないのは分かってる。


 俺は手に入った少ない食料を全てブリジットに食わせていた。

 一応腹へ入れているってのは本当だが、クソみたいな不味さの虫だの、小さな爬虫類だのが精々だ。

 寄生虫、毒、いろいろある。

 ただ、俺は昔からその手の物には多少の耐性があるみたいだからな、無茶はこっちで引き受ける。


 この子をちゃんと守り抜いて、元居た場所へ返してやるんだ。


 それが今、俺にとって一番の気力になる。


 必要な、ことなんだ。


 大切な仲間。

 もう二度と失いたくはない。


 だが現実として食料が手に入らない。


 いっそ、最初の浜辺で血なんぞ流してやって、おびき寄せるかなんて考え始めてる。

 拙いな。

 冷静さを欠いてきている。


 殺し合いは可能な限り避けるべきだ。

 万全の状態で挑めるならともかく、体力の衰えた状態じゃあ危険が多い。

 やるなら一方的に。

 罠か、不意打ちか。

 せめて鹿の一匹でも捕えられたら。


「……リーダー?」


 ふと雨音に混じって泣き声が聞こえた。

 近い。

 また聞こえた。

 パイクを手に動ける姿勢を取り、耳を澄ませる。


「ブリジット」

「……うん?」

「俺が戻るまで、拠点周辺に茨を張り巡らせておいてくれ」

「どっかいっちゃうの……?」


 弱気の虫に笑いかけてやる。


「すぐに戻る」


    ※   ※   ※


 小鹿が藪に足と首を絡ませて動けなくなっていた。

 慎重に様子を伺う。

 暴れられて、すっぽり抜けてしまえば逃げられる。


 と同時に、同業者を発見した。


 ちょうど対面、藪の向こうで身を伏せて様子を伺っている影があった。

 雨のおかげではっきりとは見えない。

 だが、俺と一緒で鹿肉が食いたくて仕方ないのは明らかだ。


 奪われる訳にはいかない。


 痛む腹に力を入れ、気力を振り絞り、叫ぶ。


「っっっっ、っだあああああああああああああああああああああ!!!!」


 パイクを振り上げ、叫び、周囲のものを激しく打ち付ける。

 馬鹿みたいだが、獣相手ならコレが一番だ。


 威嚇し、怯えさせ、追い払う。


 逆上して襲ってくるのなら仕方ない。

 テメエも食ってやる。

 ボロボロだろうが、倒れた仲間の元へ手ぶらで逃げ帰るくらいなら、この程度の危険は幾らでも引き受ける。

 頭から血の気が引いているのを感じつつ、それでも気力を振り絞って動き続けた。


「失せろ……!!!!」


 狂ったように叫び散らし、地面を叩きながらソイツの元へ早足で向かうと、黒い影は身を返して逃げ出した。

 最後、尻尾が起伏の向こうへ消えるまでしっかり見届けた上で。


「よし!! よし!! 肉だ!!」


 まだ動けずにいた鹿を確保し、拠点へ持ち帰った。

 久しぶりの十分な食事が摂れる。

 ブリジットも、俺も、まだ命を繋いでいられる。


 今日ばっかりは心底幸運に感謝して、肉の味に二人して涙した。






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