ひな鳥
茂みに身を伏せたまま、俺の指し示した先をブリジットが睨み付ける。
ちょうどパイク一本分程度の距離に鳥が居るんだ。
生憎とまだ狩猟用の道具は出来ていないから、ここは魔術師頼りになる。
右手に魔力を溜め、左手を添えて狙いを定め、打ち放つ。
空気の礫は鳥が羽を休めていた枝の半ばを撃ち抜き、二日目の昼食は飛び去って行った。
「っあー!!」
「うん、見事な腕前だ」
「ほーめーるーなーっ」
「ははは!」
悔しがるブリジットの頭を乱暴に撫でて笑い飛ばす。
彼女はまだまだ発展途上の魔術師だ。正確な無比な魔術運用なんて、それこそゴールド相当だからな。
「うぅぅぅんっ!! やっぱ放つのって苦手なんだよねぇ……! 伸ばすのは得意なんだけどさあ」
「そんなに違うもんか?」
「違うなんてもんじゃないよお。手紡ぎで糸を伸ばしていくのと、石を放り投げるくらい違うーっ」
なるほどな。
俺も昔フィリアに見て貰って、魔術はからっきしだと諸手を挙げられた男だ。
ラウラの施した謎錬金術をそれらしく使えてはいるが、感覚に寄り過ぎてて錬金術師を名乗るのは恥ずかしいくらいでな。
「師匠はさ、もっと絞れって言うんだけど、私の感覚だと絞って撃ち放ったら飛び方が安定しないの。何かいい方法ないかなぁとは思ってるんだけど、どうにも掴み切れなくてさ」
師匠ってのは、ウチのパーティで魔術師の纏めをやっているグスタフの事だ。
現在のランクこそゴールドだが、ミスリルランクへの到達経験もあり、俺やプリエラが居ない場合には指揮を任せることも出来る実力者。
『氷牢』なんていう二つ名を持つ男で、ほんの一時期だが吟遊詩人にだって謳われていた。
「逆にさ、伸ばす方なら得意なんだー。師匠のやってる氷の茨さ、拘束力とかはイマイチ出せないんだけど、私の方が遠くまで伸ばせるからねっ」
「ほう。魔術師は感性による影響が強いって聞くが、そこまで差が出るものなのか」
だったらいっそ、罠を張り巡らせて捕獲する方向へ切り替えてもいいか。
結局昨日仕掛けた罠には掠った痕跡すら無かったからな。
人間には慣れていなくとも、浜辺で猛獣と遭遇するような島なんだ、鹿一匹とて警戒心が強くて捕獲するのも容易くはないんだろう。
仮に魔術の罠を張ったとして、普通の獣でも魔力を感じ取ったりするから、上手く隠さないとバレるんだよな。
「一先ず拠点へ戻ろう。まだ肉の保存はあるし、今日こそ屋根のある場所で寝たいからな」
「うんっ。二階建て、造らないとね」
「誰かさんが地形変化させる魔術、ちゃんと覚えててくれたら楽だったんだけどね」
「うぐっ! そ、それはいいじゃんっ! ごめんなさーいっ!」
はい、頑張りましょう。
相変わらずな冗談を言い合いながら俺達は搔き集めていた木材や葉を背負い直し、拠点へと戻っていった。
※ ※ ※
昨日から一日ほど様子を見ていたが、ここの湧き水を飲みに来る動物は居ない。小鳥くらいは来ていただろうが、俺達が住み着いたことで警戒されたか。
という訳で遠慮無く湧き水の近くに家を構えた。
簡易のものだ。
元々あった小さな崖、多層構造の岩地の隙間に木々を差し込んでいって、周囲を粘土で固める。
深く刺さってしっかり固定出来たものを支えに骨組みを作り、蔦で結び付けた。屋根の格子には大きな葉を被せて、湧き水の方へやや傾斜させる。
昨日見た嵐が島を直撃しないとも限らないから、雨対策と暴風対策は必須だろう。
削り出した杭で骨組みから伸ばした蔦を地面に打ち込み、強度を上げてみた。
後は干しておいた苔を地面に敷いて、とりあえずの完成だ。
「あーっ、家出来てるー!」
「おう、おかえり」
「すごーい! ふふん、リーダーえらいえらい」
ふざけて頭を撫でてくるブリジットを笑いながら受け入れ、まずはとお姫様に寝心地を確かめて貰った。
「おっ、ふかふかじゃんっ! えーっ、コレ拠点の寝台より柔らかくない!?」
「半日じっくり乾かしたからな。水濡れの心配もあるから、できればちゃんとした寝台が欲しい」
自慢の我が家は雨漏りが心配だ。
初日歩き回っていた時に竹藪を見付けたから、寝台くらいなら結構簡単に作れるかもしれない。
ただ、今は。
「どうだった?」
言うとブリジットは起き上がって胡坐を掻いた。
「えっと……まず罠全部見てきたけど駄目でした。見た感じだと獣が新しく通った感じなかったよ。それと、ごめんなさい、ベリーとかも見当たらなくて」
「そうか。よし、まずは十分だ。俺達が棲みついたのに気付いて離れちまったのかな?」
「どうだろうね?」
水場はあるから、ここから流れ落ちたものを飲みに来る獣は居るだろう。
ただ奴らの食料となるものすら生えてないのはやや困る。
次はもっと遠出して罠を仕掛けるべきか。
「お肉……減って来ちゃったね」
「明日には見付かるさ」
「ごめんね」
「おう。っはは、いいから。もうじき日が暮れ始めるから、先に水浴びでもしてくるといい」
「うん」
初日に得た肉はかなり食い尽くしてしまっていた。
二人分だ。
しかも、通常よりも体力気力共に消耗が激しいから、しっかり食べる様にしている。
まだ俺達は当初の体力を概ね残したまま。
減じていると感じた時にはもう遅い、なんてこともある。
食料は必要。
だが、今日は一日拠点づくりで時間を消耗し切っちまった。
おそらくは明日、少なめにしてもその翌朝には食料が尽きる。
こういう時、マリエッタの日を作っておいて良かったと思うよ。でなければ空腹に耐えるだけでもキツかったろう。まあ今でもキツいはキツいんだが。
「ねえリーダー」
湧き水の方からお声が掛かった。
「どうした?」
「……覗いてもいいんだよ?」
はっ、と笑い飛ばした。
「馬鹿言ってないで、洗い終わったら食事にしよう」
「はーい」
危ない危ない。
そっと息をついて、焚き火に薪を放り込んだ。
※ ※ ※
なんでもない話ではある。
パーティを運営するようになってから、確かに俺は今までのままじゃあ居られなくなった。
常に金の心配をするようになったし、冒険を目の前にして興奮するよりも危険か安全かの判断が先立つ。カーバンクルの件然り、背負うものが出来ると身勝手なままじゃあ居られない。
アイツらを食わせて行かないと。
死なせるのは絶対に嫌だ。
そういう、現実的な問題とはまた別に、冷淡な程の評価も下さなきゃいけなくなった。
ウチのパーティは平均してシルバーランクが多い。
ゴールドは数名、ミスリルともなるとプリエラとエレーナくらいだが、後者は実力的にまだまだシルバー相当。
そしてカッパーランクの駆け出し冒険者組。
外パーティを任せているエレオノーラは優秀で、出発前にアイアンランクへの昇格がほぼ決定した。
南方で一つ二つ、軽めのクエストをこなせばランク章を更新出来るだろう。
ただ、彼女と全く同期のブリジットは、その流れには乗れなかった。
二人は修練所に入ったのも、出てきたのも同時期で、拠点での様子を見る限りはずっと仲良くやっていると思う。
ただ神官と魔術師では修練の内容が大きく異なる。
俺もそれぞれの細かい所までは把握してないが、神官が修練所を抜けるってのは結構大変らしい。サボっていた時のエレーナですら、魔力を得る為の祈りや、基礎的な加護に回復は普通に出来ていた。
一方で魔術師の修練所は具体的な魔術の習得は殆ど教えない。
魔術師にはそれぞれ流派みたいなのがあるからだ。
修練所で基礎の基礎を覚えたら、フィリアとかグスタフみたいな先輩魔術師に師事し、そこで各魔術を学んでいく。
つまり、修練所に居た期間は同じでも、習得した内容が違い過ぎるんだ。
エレオノーラは優秀だ。
まだまだ脇の甘さはあるものの、外パーティを任せられるくらいにはしっかりしている。
ただ、ブリジットの実力はまだまだで。
そういう、冷たい評価ってのもやっていかなくちゃならなくなった。
なにせ甘い事を言って無理矢理引き上げた結果、本人か、パーティの誰かを死なせることにもなりかねないから。
二人の差は俺以上に当人が感じているだろう。
感じ続け、それでも明るく振舞い、踏みとどまっている。
だからな――――
※ ※ ※
焚き火の管理はやりますと言われたので、有り難く横になって休ませて貰っている。
昨日は結局周囲の警戒もあって一睡もしなかったしな。
その事について、彼女にはバレていないと思う。不慣れな環境だから余計な心配も負い目も必要無い。
ブリジットは良くも悪くも素直で真っ直ぐだ。
冒険者として独り立ちさせるには不安だが、面倒を見る後輩としては可愛いもんさ。
横になりながら、今日失敗した空気の礫を何度も練習し、歯を食いしばって頑張る……今はまだ小さな背中をこっそり眺める。
「よしっ。よしっ。明日こそ役に立つ! がんばろっ、うん! やるぞーっ!」
おう。
頑張れ。
お前のその健気さと、懸命さは、この孤島じゃあ得難いものだよ。
薄く引き伸ばした意識を保ちつつ、ゆったりと身体を休め、俺達は二日目の夜を越えていった。