陽が昇り、雲は晴れ
海賊狩りは概ね片付いた。
一部捕え損ねた奴らは居るそうだが、内海から逃げ出すのを確認したということで、ようやく乗る予定だった船が港へやってきた所だ。
クルアンの町で待機していたウチの連中と、トゥエリの所のパーティ、そして神姫アウローラより特別の要請を受けたリディア=クレイスティアを呼び戻し、乗船の準備を進めている。
「御姉様!?」
ここしばらく婆さんへ孫みたいに甘えていた奴が、やってきたリディアを見た途端の反応だった。
大きな声を受けてリディアがビクつく。
「……えっと、シシリーさん? どうしてこちらに?」
「あっ、失礼。お久しぶりね、リディアさん」
エレオノーラじゃないけど、妙にキリリとした表情で応じ始める長耳女。
同じパーティなんだよな、お前ら。
ちょうど様子を見に来た婆さんが遠くから声を掛けてくる。
「おーいシシリーちゃん! 飴っこ出来たよおっ、食べにおいでえ!」
「おばあちゃん!? いや、えっと、今はいいからぁーっ!!」
お前、ここしばらく幼児化してたもんな。
なんかもう三歳の女の子からも頭撫でられてて、甘え放題だったもんな。
郷愁は長寿を赤ん坊にする。
中々に得難い知見だった。
良いか悪いかは別として。
「シシリーさん、あんまりにも戻ってこないから心配してたんですよ」
「そ、そんなぁ、ほんの一年くらいぶらぶらしてただけだから。でもごめんなさいねぇ、リディアさんっ」
なんかでれでれだった。
心配するリディアを、シシリーは緩み切った頬で見詰めている。
が、唐突に俺を掴んで積んであった木箱の裏へ連れて行く。なんなんだ、なんて思ってられたのは最初だけで。
「はぁぁぁぁぁっ! 神々しいっ! 素敵! もう本当に御姉様そっくり!! 愛してるぅぅぅっっっ……!」
派手に木箱を叩き、身悶えし、頬を染めて顔を出し、事態がよく分かっていないリディアを覗き見た。
「はぁ、はぁ、このくらい離れてないと神聖さに心がやられるわ」
「そうか」
「今のは危なかった。振り返ったらそこに神が居たんだもの。心臓破裂するかと思ったわ!」
「そうか」
「素敵よねぇ御姉様、じゃなくてリディアさん。アンタみたいなのじゃあ指一本触れられないでしょうけど、拝むくらいならいいんじゃない? むしろ、拝めるだけでも感謝して生きるべきよニンゲンっ!」
「そうか」
きゃー、とか言って足踏みしながら完全なる変質者の行動を取る、たしか高貴だった筈の長耳長寿女は見るも無残な顔で木箱をばっしばっし。
「えっ? なんでリディアさんがここにいるの? いきなりの降臨に思わず興奮してたけど、なんで?」
今そこかよ。
「彼女、神姫アウローラの要請を受けて、これから南方の神殿を巡ることになってるんだよ」
「なんでアンタが知ってるのよ」
「同行者だからな。元々あったウチとアルメイダのパーティとの遠征に乗っかる形で各所を清めて回ることになってる」
という話にした。
うん。完全に俺の我儘だ。
オーロラへ頼み込み、理由を捻出して、こじつけた。
こっちでやることがあるらしいから、本人は来られないが、後で詳細報告しろってにやにやしてやがったよ。
何よりトゥエリがリディアの弟子であることは、ゴールド昇格の際に結構知れ渡った話だからな。
例によってゼルディスがトゥエリに誘いをかけて来たそうだが、パーティリーダーのアルメイダが文字通り摘まみ出したそうだ。
巨漢の女戦士、アルメイダ。
精強さで知られるパーティのリーダーで、当人もオリハルコンランクの冒険者だ。そいつについては追々って所で、まずは拗ねた顔をするシシリーの相手をしてやることにした。
顔つきが完全に幼子だ。
「私、そんな話知らなかったんだけど」
「今さっき自分で一年もパーティ放り出してたって言ったよな」
「言ってくれてもいいじゃん!?」
「だから居なかったのはお前だろ」
「だってぇ……!!」
あーもうガキか!
完全に理屈放棄して感情だけで喋ってやがる。
「そういう訳で俺らは話してた通りに船乗っていくから、お前とはここでさよならだ」
「私も行く」
「そうか」
言うと思った。
まあでも、護衛としちゃあ中々に有望だ。
確かゼルディスパーティの長耳はオリハルコン手前のミスリルだって話を聞いたことがある。
「あの……シシリーさん?」
不審がって寄って来たリディアが、頬を染めるシシリーに構わず言った。
「一度早めにギルドへ行った方がいいですよ? 元々あまりパーティ活動へ参加していなかった上に一年も音沙汰が無かったので、今のシシリーさんはシルバーランクにまで落ちてますから」
「おい」
「…………だ、だってぇ」
それ言えば通じると思うなよ。
「あくまで一時的な措置だそうですから、早めに対処して下さい。それと……ゼルディスもパーティから外そうかって」
妥当だな。
流石の甘えん坊もちょっと気にした素振りを見せるが、口先を尖らせてから言い張った。
「私、一緒に行くから。クルアンとかいいし別に」
そして少し離れた位置でアルメイダと話をするルークを見やって、じっと見て、表情が消える。
「……それになんかさ、ここしばらくルークが幼馴染の泥棒猫を紹介したがってるの。無理、それだけは無理よ」
「相手が幼馴染なら、お前が泥棒猫になると思うんだが、まあいいか」
「この私が同行してあげるのよっ!? なんの不満があるわけ!?」
大体の事が不満なんだが、今言うと泣き出しそうだしなコイツ。
しかし堕落したり失恋したり偉ぶったり忙しい奴だ。
「えっと……」
困った顔で俺を見るリディア。
別にいいんじゃないか。
少なくとも五百年は生きてるんだ、今更冒険者としてのランク一つで死んだりはしない。
ルークからの逃避って目的もあるしな。
問題は増えた一人分の物資面だが。
※ ※ ※
「おみみさまっ、これも持ってっておくれ!」
「コレなんかどうだっ! 南へ行くなら役に立つ!」
「ほら他の方も。遠慮なんていいからっ、元気で帰ってくるんだよ!」
「遠慮しないでいいんだよシシリーちゃんっ。あと身体は大事にしてね? じゃあね?」
まあこうなるよな。
すっかりシシリーと打ち解けた連中が、こぞって《《おみみさま》》の出立を祝い、支援してくれている。
幸いにも冬を越し、夏が見え始めている。
海へ行けば魚が取れるここなら、多少無理して物資を吐き出しても何とかなるんだろう。
「ぐすっ、皆っ、ありがとおおおおおっ!!」
船上から抱き合う姿を遠巻きに眺める。未だ状況を理解し切れていないリディアがずっと首を傾げているが、平時のアイツを知っていればそりゃあなあ。
「あっ、センセイ! お部屋の整理が出来ましたよっ」
「おうマリエッタ、ありがとな」
「いいえっ」
はしゃぐマリエッタがエレオノーラと共に雑用仕事へ戻っていく。
今回、彼女も同行する事になった。
体力的に不安はあるものの、プリエラの判断含め、リディアの同行もあるってんでユスタークも納得してくれた。実は同行するってうるさかったんだが、アイツは最近クルアンの貴族連とも交流を始めているから、例の執事が必死になって止めていた。
海賊さえ居なければ、内海は比較的安定した航路だ。
そうそうおかしなことにはならないだろう。
現地では主に留守番をして貰うが、同じく暇してるだろうリディアが居るから大丈夫、な筈だ。
ちょっと見てみたい組み合わせでもある。
トゥエリと、そのパーティのアルメイダ達。
そして俺達に加えてリディアとシシリー。
しばらく南方での遠征だ。
愁嘆場を終えたシシリーがようやく乗船してきたことで、船乗りたちがせわしなく動き始めた。懐中時計を手にした渋い船長さんが、にやりと笑って合図を送る。
手を振ってくる一団にルークの姿があった。
アイツはアイツで、こっちでやるべきことがある。
さあ出航だ。
胸が躍る。
戻ってきたら、また宴を開こう。
沖へ出て、姿が見えなくなっても、シシリーは港へ手を振り続けていた。
シシリー編、完。
次はブリジット編。島スタートです。