太古の思考に想いを馳せる
今日も今日とて素潜りだ。
とはいえ殆ど探し尽くした。
後はもう、街中の湧き水を掘り起こしてみるか、既に埋め立てられた場所を崩して水路を探す以外にない。
そもそも水路を見付けたとして、人が通れるかどうかも怪しいし、通れたとして遡っていくのは命懸けだ。
下手をしなくとも死ぬ可能性が結構高い。
ルークが何度もバテて、何度も飛び込んでいく。
付き合いの良い奴だよ、ホント。
まあ、あんな話を聞いちまったらやる気が出るのは仕方ないと思うけどよ。
『私の、お姉さんだったのよ』
嘘か本当かは分からない。
シシリーは、今や神にまでなったアーテルシアという実在した女王の妹だったという。証拠は彼女の中にしか無くて、調べた所で記録が残っているかも分からない。
だからもう、あの言葉を信じるか、信じないかの話でしかないんだ。
「根本的に考え方を変えるべきなのかもしれないな」
羊皮紙に描いた地図へ書き込みを加えていく。
港付近はほんの少し進むと一気に深くなっていて、一度に見て回れる場所はかなり狭い。ドルイドでも居れば多少は活動し易くなるみたいだが、シシリーが話をあまり広めたがらないから、体力任せに潜っていくしかない。
水の噴き出している所は幾つか見付かった。
ただ、到底話にあるような、人が通れる大きさにはなっておらず、遡るなんて無理も無理。
「埋め立てもそうだが、長い間水が流れ続けていたら、上流からのものが詰まることもあるだろう。五百年って時間を舐めない方がいい。当時とは大きく違っている筈だ」
俺の言にシシリーは不満そうにする。
「でもやるしかないじゃない」
「力業だけが手段じゃない。そもそもお前はスヅェール朝の時代を知っているんだろ? 当時と今の違いくらい、何か思いつかないのか」
かつて魔境の遥か先にまで及んでいたというニンゲンの領域。
そこを支配していたスヅェール朝、最後の女王アーテルシア。
今とは比較にならないくらい発展していて、魔王なんてのがごろごろしていたと語るような時代だ。俺達じゃあ想像も付かない様な方法で隠してある可能性だってある。
なのにシシリーの反応は微妙だった。
「だって……そんな出歩いたり出来なかったもん」
身体が弱かったのか、別の事情でもあるのか。アーテルシアの妹を名乗りながらも多くは語らず、説得しようともしてこない。
信じるか、信じないか。
知識を自分一人で管理しようとする長寿族特有の気質は、協力するってのに悉く合ってない。
「別に当時のものだけじゃなくていい。お前にとって、過去と今の違いがあれば、思いつくまま話してくれ」
「ニンゲンが馬鹿になった」
ああそうですか。
と思いつつも、実際そうだったのかもしれないな。
馬鹿と言われて喜ぶ奴は居ないから、普通に腹立たしいけど…………いや、こう、好ましい相手から照れ気味に言われる馬鹿なら俺も好む所ではあるんだがなあ。
「やっぱ馬鹿じゃん」
「なんだよ、アーテルシアの時代は性欲無かったのか? そりゃ滅びるな」
「ちっ」
いかんいかん、ついお互い喧嘩腰になっちまう。
もうそこは仕方ないと思いつつ、話を進めよう。
「他には?」
「……月は、もう少し近かったと思う」
「ほう……?」
よく分からん話だ。
月ってずっと空に浮かんでるもんだろう? 近いとか遠いとかってあるのか?
「他には?」
「自由になってから、しばらくは色々と大変だったから……でも、風景とかは別に」
言って、また少し考えて。
「都市喰いが居なければまだもっと遺跡が残ってたんでしょうけどねぇ」
「おっかない名前が出たな。まあいい、この辺りでその手の遺跡が見付からない理由があったって話か」
一応、東方遠征軍の駐屯している砦は二つ共に遺跡を土台にしているって話は聞いたことがある。
気付いていないだけで、そういう場所が幾つかあるのかもしれないな。
「あ…………」
と、不意にシシリーは空を仰ぎ、浜辺にひっくり返って背後の巨大な大岩を見た。
赤茶けた一枚岩。
クルアンへの道となる、切り裂かれたような道の他にも、あちこち割れて細かい道が出来ていたりもする、俺にとっては当たり前の景色を彼女は。
「あの頃、あんな岩無かったと思う。いや、あったのかな? うーん、小さい頃は無かった気がする」
「しっかりしろボケ老人」
「絞めるわよニンゲン」
だが頭に血が昇って思考の巡りが良くなったらしいシシリーは、起き上がって再び大岩を見上げる。
「……うん。昔は無かった。でもいつからか出来てて、興味なかったし、でも、全部滅んじゃった後、何十年かした頃には確実にあった」
なんとも奇妙な話だが、理屈の上で、というか理屈を飛び越えた上で無理矢理にでも理解するなら、答えは簡単だ。
「なら、お前の生きてた凄い時代の凄い力で、ここに大岩が置かれたってことじゃないか」
「………………そうかも」
お前の生きた時代だろうに、とも思ったが、ウチの近所にも謎の洞窟があったんだったな。
身近なことでも、当たり前に見ていた景色でも、知らないことは多い。
「そいつは確かだとしたら、本気で驚くよ。あんな大岩、どうやって置いたんだ」
まあそいつは重要じゃない。
仮に昔は無かった場所で、今あるとするのなら、幾つか推論も立ってくる。
「時期ははっきりしないが、かつてはあの大岩が無かった。とするとここらはもっと開けていたことになる。壁を置く理由ってのは分かりやすい。何かを防ぐ為だ。あるいは、何かの蓋であったか」
トロール帝国は与太話として、本来南へ抜ける内海への経路を塞ぐのは、ここから北の町々にとっては不利益になるだろう。
それを押してでも設置する必要があったか、あるいは妨害者が設置したとしたら?
例えば内海から何か化け物が湧き出してきたとか。
五百年も前だ、正直想像し切れていない。
ただ、当時は通れた水路が上流から流されて来たものが詰まって通れなくなった、なんて予想に絡んで、例えば当時はあの大岩の切れ目からすぐ海だったという想像も出来る。
水に乗って運ばれて来た砂や岩や泥や何かが、時間を掛けてこの港町が形成できるほどの広さになった、とかな。
川で時折見る中州ってのが出来るのと同じ理屈、なのかな?
五百年もあれば出来るのか、五百年じゃあ足りないのか。
あるいは山地で時折あるという土砂崩れなんかが重なれば。
だから何だって話か。
いや。
「…………出掛かってるようで出てこない。なんだろうな、違和感はあるんだ」
俺は歴史家じゃないし、錬金術師でもないし、ましてや学士様でもない。
ただ、魔物相手の分析ってのはよくやってきた。
岩を置いて、どうなる?
そもそも関係あるかどうかも分からない…………いや、事はディムの遺産だったな。
アーテルシアだのが絡んでごっちゃになっていたが、話は百年も無いくらいの、最近の話なんだ。
スヅェール朝時代の宝物庫を管理していたとされるディム。
そいつは奴が生きていた頃にだって出入り出来た筈。一応、筈だとしておこう。持ち出してた装備だけが残された、なんて可能性を考えればキリがない。
同時に五百年、誰にも発見されていない。
あるいは、とも思ったが、まあいい。
そもそもの発端は、クルアンの廃墟整理で見つかった資料だったか。
そいつの信憑性についても脇へ置こう。
確かだとして、どうして持ち主はそんな話を得た。
宝物庫そのものは見付けられなかったが、それを示す何かを見付けた。
クルアンの町で?
…………いや、コレは願望混じりだな。
どちらにせよ。
そう。
確かな事はある。
ようやく俺の辿り着いた話へ、あっさりと踏み込んでいた者が、やや遠慮がちに声を掛けてきた。
「海側にある水路を遡って辿り着くのでしたら、宝物庫は大岩の下にあるんですよね?」
「そう。そこだ」
エレオノーラに同意し、改めて俺も大岩を見上げた。
デカい。
そこらの建物じゃ及びもつかない程の高さで、その上を海鳥が飛んでいくのが見えた。
「シシリー。当然岩の向こう側、地下水路の入り口は探したんだよな」
「当然でしょ。遡るよりずっと楽なんだから。だけど見付からなかった」
「だとしたら後は簡単だ」
入口と、出口が塞がっている。
「登るぞ、あの大岩。上から探して、宝物庫の手がかりを見付け出す!」
残るは横穴。
古代の皆様が、非常用の通路を用意してくれていることを祈ろうか。