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雨音に身を委ねて

 「それでねっ、あの頃のルークってば何でも素直に聞いてくれたの! 今もそんな所あるけど、駆け出しの頃は特に可愛くて……今も可愛いけどぉっ!」


 自ら傷口を抉っている女が居る。

 さっきまで俺と冒険話をしていた奴だが、口の滑りが良くなって、今度はうんざりする程の恋愛話を持ち出してきた。


 相手をするエレオノーラも楽しそうだが、根本的にこの話、最後には失恋しましたってオチになるのを本人は自覚していないらしい。


「ニンゲンって話聞かないし、言っても理解しないけど、ルークは別よっ! あの子は何でも真っ直ぐそのままに受け取ってくれるの! 今回だってね、そこの男とは違って私がこうよっ、って言ったら、そうかっ、って付いてきてくれたの、えへへぇ」


「竜殺しをされた方と聞いていたので、もっと強面な方なのかと思っていましたが、とても優しそうでしたよね」


「そう? そうよねぇぇぇぇっ、ルークってとっても優しいの! 私が一人で研究してたりすると、こっそり様子を見に来てさ」


「はい」


「私が気付かないでいると、そのまま声を掛けずに帰っちゃうんだけど、いっつも何か食べるものとか置いてってくれるんだー、ふふふ」


「でも、本当は声を掛けて貰って話したいですよね?」


「そうなのっ! でもそういう気遣いとか、私のやりたいことを悪く言ったりしない所とかっ、ありのままの私を認めてくれてるって感じがするかなあ」


「それは確かに、いいかもですね」


「いいわよ? 味わっちゃうと中々他の男にはねぇ………………他、の」


 だばだばだば、と。


 笑っていた女が唐突に涙を流し始めた。

 お前の情緒どうなってるんだ。

 乱降下し過ぎだろう。


 しかしエレオノーラも無理をしている感じはなく、普通に興味津々だ。

 そういうものかと納得しつつ、そっと席を立った。


 ここに男は必要無いな。


「あ、ロンドさん」

「任せる。俺はルークが戻ってこないよう工作してくるから」


 はい、と返事を受けつつ、俺は改めて港へ向かった。

 途中降り始めた雨にアイツの分のコートも、と思ったが、どの道濡れてるんだったな。


 道中、町の住民らしい恰幅の良い女からシシリーの様子を聞かれた。

 食わせてやってくれと、温かい料理までくれた。


    ※   ※   ※


 翌日から調査に加わった。

 暇つぶしだ。

 相変わらず海賊狩りは続いていて、どうにも討伐隊も難儀しているらしい。

 早朝に出港した船が昼には戻って来て、付けていた護衛船が拿捕されたとかいう話も聞いた。

 なんでもその筋では有名な奴が現れたんだと。


 海は流石に専門外だ。


 いっそゼルディスでも引っ張って来て空からキラキラして貰えばいいんじゃないかとも思うんだが、討伐隊の連中も鼻息を荒くしているし、アダマンタイト級の報酬を要求されるからな。

 一応隙間を縫って交易船が行き来もしているから、現状で狩り尽くせるならそれでいいと考えているのかもしれない。


 切り裂かれた一枚岩、細い道を辿った先にあるクルアンとこの港町は、案外心理的な隔たりがあるのかもな。


「おつかれさまです」


 素潜りを終えて岸へあがると、先日見せてくれた薄着姿のエレオノーラが水を持って来てくれた。

 ここは湧き水が多く、不思議と味も良い。

 クルアンじゃあ下流に行くほど汚れていくから、井戸水でもないと飲むのは危ない。


 地中で冷えた水をありがたくいただき、ほっと一息。


「頭拭きますね」

「うん? いやそれくらいは自分で」

「休んでて下さい」


 普段より幾分柔らかな表情でエレオノーラに言われ、受け入れることにした。

 我ながらなんとも良い御身分だよな。

 正直パーティメンバーを自分の世話役みたいに扱うつもりはない。ただ本人が好んでやってくれているのなら、おっさん心としては無碍にもし辛いんだ。若いのに慕われるのは結構嬉しいし。


「今日は夕方前に雨かな」

「漁師の方みたいですね」

「こう何日も浴びてると、空気の感じで分かるだろ。雨降る時は大体が湿ってくる。強くなる時、弱い時、そういうのって案外いろんな所から感じ取れる」

「私はさっぱりですけど……そうですね、今日は猫ちゃん達がのんびりしてます」

「動物好きか。前の、ノールやカーバンクルにも興味があったみたいだが」


 聞くと頭を拭く手が止まった。

 が、すぐに動き出す。

 そんな念入りにやらなくても、後でまたすぐ潜りに行くぞー。


「そう、ですね。動物は好きだと思います」

「クルアンの南寄りにはリスなんかがうじゃうじゃ居る場所もあるよな」

「そうなんですかっ?」

「北側は迷宮があるからか動物も少ない。南へ行けば結構見るぞ」

「へぇ…………」


 生暖かい風が吹いて来た。

 潮を帯びた風だ。


 ここから南、東側から突き出している岬を抜けると、内海は一気に広がる。

 若い頃、初めて船に乗って南へ行った時は、これが海なんだなあ、なんて言って笑われたな。だってよ、それくらいデカかったんだ。じゃあ海ってどんななんだって、いつか見に行こうと話したのはもう何年前だったか。


 アリエルの件で離れている間にパーティは壊滅し、もう一緒に行くってのは果たせなくなったが、今回の遠征で見に行きたいなとも思う。


 この内海は地図で言えば南北に長く大陸を貫いている。

 東は魔境、西は砂漠、抜けるには海しかない。

 聖都の側から大きく回り込んでいく道は、巨大な山脈によって邪魔されている。越えた所で砂漠とぶつかるだけだから、ごく少数の、昔からその道を行き来している連中でもないと越えるのは困難とされている。


 ウチは大所帯だから、やっぱり船を使うのが一番だ。

 砂漠越えは嵐の海を行くより怖いと聞く。

 はやく消えてくれればいいんだがなあ、海賊。


「ちょっとお、何休んでるのよ」


 エレオノーラに仰いで貰っていたら、怒れる長耳が浜辺からやって来た。

 何故か花冠を頭に乗せていて、手拭いを三枚も肩から掛け、去り行く船乗りから強い応援を貰っているが。


「お前こそ何やってんだよ」

「勝手に押し付けてくるの! 知らないわよっ!」


 言いつつちゃんと受け取るのな。

 案外親切には弱いのかもしれない。


 もうアレは無視する事にして話を進めることにした。


「俺は素潜りなんざ素人だ。お前ら揃って自己強化ありでやってんだろ、生身を労われ」


 肉体の強化、補強は何も神官だけの力じゃない。

 ドルイドを始め、何かしら持ってるもんだ。

 単にルーナ神の力が凄いから神官に頼んでるだけで。


「やっぱり、私も御一緒するべきなのでは」


 久しぶりに思い出したみたいで、エレオノーラがキリリと護衛の顔をする。


「泳げないんだろ。無理しなくていい」

「でもちょっとは泳げました」

「そういや最初に飛び込んだ時は自力でも泳げてたな」


 筋は良いんだろう。

 なんなら教えておいても良いなと思っていた所で、シシリーがエレオノーラにしがみ付く。


「あーん、エレオノーラァ……、疲れたー、拭いてー」

「ウチの神官を小間使いにするな」

「アンタだってやってんでしょ! いいじゃないっ、私は長寿族よ!」

「はいはい偉い偉い。失恋してなきゃもっと偉かったのにな」


 筆舌に尽くし難い罵倒の数々が叩き付けられるも、俺は涼しい顔をして寝転がった。


 いい天気だが、やっぱり後で雨だな。


「皆ぁ! 見て見て沢山見付けましたよお!!」


 雷雨みたいに怒れるシシリーが通り過ぎるのを待っていたら、体力気力の溢れかえっている爽やか野郎が、両手に大量の鰻を引っ掴んで戻って来た。


    ※   ※   ※


 浜辺で捌いた鰻を串に刺して焼く。

 塩、香草で味付けし、好みで檸檬を絞ってやる。ニンニクで風味付けしたオリーブオイルを絡めても美味い。

 幾分痩せているが、それでも美味いもんで、濃厚な脂の味に塩気が混じって堪らない。


 うん、酒が進む!


 食事の準備をしていたら、漁師らしい爺様が小ぶりだが酒樽を持って来てくれた。

 ポンとふくれっ面のシシリーの頭を撫でて、去っていく。あまりの気安さに気位が高いらしい長耳は呆けて見送り、何故か俺が睨まれた。


「やっぱエールが一番だなっ」

「ええっ、俺達冒険者の血肉ですから!」


 パリパリに焼いた皮の食感がいい。

 鰻は栄養が豊富だってんで、昔から夏の熱さを乗り切るのに良いとされて来た。ここの内海は陸側から川の水が流れ込んでいく関係上、淡水と海水が入り混じっている。鰻が育ちやすいんだ。


「ありがたがっちゃって。これだからニンゲンは」


 美味そうに串へ食い付きつつ、得意顔をするシシリーへ全員が目を向ける。


「鰻っていうのは昔からよく食べられてきたけど、春夏なんて年中で一番味が落ちる時期じゃない」

「そりゃ知ってるよ」


 鰻が美味いのは冬だ。

 アーテルシアの口付けによる豪雪はこの付近じゃないが、それでも冷え込んで海水だって冷たくなる。上流から大量に冷えた川水が流れ込むんだからな。


 海の中でも、陸地同様に夏の方が生物も多いと聞く。

 冬越しに備えて蓄えをするのは鰻も人間も同じさ。


「夏の間にたらふく食って太った鰻は脂が乗ってるだけじゃなく、身も厚くて蒸し焼きにしてやるとふっくらするからな。俺はあんまり太り過ぎたのも好みじゃないが、活きが良いのは冬だ」


「あら分かってるじゃない」


「そこのルークじゃないが、穴場さえ知ってれば鰻はそこそこ取れるからな。山に罠張って猪なんかが掛かるのを待つより、手に入りやすい。だから夏場にも食べるんだよ、暑いと食べるものが偏るしな」


 と、特製の串を焚き火から上げてくる。

 シシリーが首を傾げた。


 さっきまで焼いてた鰻とはまるで違うからな。


「こっちは鰻肝、コレはヒレ、そんでこれが鰻の頭だ」

「うわっ、ちょっとキモい」

「味付けはそっちの鰻と一緒でいい。食感や味わいが独特で、癖になるとコイツが堪らないって奴は結構居るぞ。あぁ、魚醤を使ってもいいな。そのままだとクセが強いから、香草と薬味でちょいと誤魔化せばいい」


 鰻に捨てる所はない。

 骨だってそこで準備してる油で揚げて、塩と香辛料を振ってやれば日持ちする食料としては中々に美味い。


 まずはとヒレを差し出してやる。


 肝串よりは抵抗感がないだろうからな。


「ん…………あれ、なんか面白い食感。それに」

「美味しいですね」


「次に肝だ」


「あ、お酒っ」

「はいよ」

「ん~、私はちょっと苦手かもです」

「そこは仕方ないか。いずれな」


 因みにルークはさっきから美味い美味いと連呼して馬鹿みたいに酒を煽ってる。

 一応アレでもちゃんと味わって食べてるんだが、食べ方が豪快過ぎて雑に見えるよな。


 そんな奴にシシリーがお姉さん顔で世話を焼くんだが。


「酒! 鰻! もっとぉ!?」

「はははっ、ロンドさんの料理は美味いなあ!」

「本当にねええっ、わああああああっ!」


 そうか、泣くほど美味いか。

 忙しい奴だな。


「じゃあとっておきだ。あ、鰻の骨は後でな。脂が悪くなる」


 俺は卵を冷水で溶いた卵水に小麦粉を加え、さっくりと混ぜた。

 打ち粉をした一口大の鰻にその生地を纏わせ、油に落とす。


 ほんの数十秒の後、揚がったソイツへ塩をかけて各自へ食わせてやった。


「うわ、なにこれ美味しいっ!」

「…………さくさくしてる」

「美味い! 美味いですよロンドさんっ!」


「はははっ、テンポーラって奴だ。食感が面白いだろ」


 鰻の旨味を衣に閉じ込め、さっくりとした食感を味わえる。

 まあ正直一口二口までの食い物だ。

 脂っこくて重いからな。


 だからここで特製のタレを出す。


 魚醤と酢を土台に香辛料を利かせた逸品に、葱を縦に割いて髭状としたものを混ぜる。こいつを鰻のテンポーラに絡ませるてやると、脂っこさが一気に解決する。


「美味っ!? すごっ!? アンタ何者よ!?」

「……………………」

「美味い! あーっ、酒が足りなくなるじゃないですか!!」


 ロンドさんのウナギ料理はまだまだ続く。

 沖の方でまた一隻海賊船が沈められ、クソ共がこの世から消えた事に討伐隊は歓喜の御叫びをあげていた。


    ※   ※   ※


 夕方、降り始めた雨を物憂げに眺めるシシリーを見付けた。

 すぐ近くにある蝋燭で表情はよく見えるが、内心の程は分からない。


 千年以上を生きるとも言われる長耳長寿の女は、ほんの五十年足らずを誰かと共に生きる事を望み、失われて、傷付いた。


 ルークは部屋で眠っている。

 あれで結構疲れが溜まっているみたいだ。

 休暇中にぼろぼろになってどうするよ。


 二人は宿を変え、俺達の居る所へ移って来た。

 その方が行動し易いしな。


「あぁ、アンタか」


 振り返ったシシリーが物憂げな表情を落っことして、悪態をつく。


「ルークだと思ったか」

「はン! 思い上がらないで」

「はいはい」


 コレがこいつにとって『そうじゃないんですよ』って意味なのはいい加減分かって来た。

 態度は悪いしデカいし性格も最悪だと思うが、悪意のある方じゃない。

 見下してくるのも? まあ? そういう生き物だと思えば気にならないし、俺が偉そうな態度で接しても赤ん坊が調子に乗っている、くらいの反応だ。

 基本的にはな? つつく所をつつけば、幾らでもボロを出す奴だがな?


「明日も朝から潜るんだろ。早めに寝とけ」

「分かってるわよ」

「そうか」


 すぐ背を向けて海を眺め始めるから、俺は脇にある机へ薬酒を置いた。

 ルークだけじゃなく、シシリーも結構疲れてる。

 そりゃあルークですらああなんだ。

 千年生きようが体力が無限に向上することはない。

 鰻だけじゃ足りない滋養をしっかり摂って、眠るのが一番良い。


「そういや、変な区切り方をされたから気になってたんだが、お前、例のスヅェール朝ってのの時代から生きてるのか」


「なによ今更。《《たかが》》五百年ほど前の話よ」


「なるほど。それでか」

「分かったような納得しないで」

「そうだな。分からんことだらけだ。だが、お前の言葉を真に受けた馬鹿が死に物狂いでディムの遺産とやらを探してる。言っておくが、短期間に何度も海の深い所と陸地を行き来すると、それぞれを支配する神々から嫌われて、呪いを受けるとされている。エレオノーラが付いてるとはいえ、急変することだってある」


 アイツは頑丈だが、中身まではそうはいかない。

 むしろガワの強さにかまけて自分の傷には疎い所があるから、平気で無茶をする。


「俺も出来るだけ協力はする。なにせ、本来船でごった返してる港付近なんて、今みたいな状況でもなければ船乗りから追い払われるからな」


 調査できるのは海賊狩りが落ち着くまでだ。

 それ以降、ここはいつも通りに活気付いた港町になる。


 今は暇しているから目こぼししてくれているだけだ。


「だからもう少し、俺にも教えて欲しい。やる気ってのは結構重要でな。お前がどうしてディムの遺産をそこまでして求めているのか。《《たかが》》五百年なんだろう? お前なら、毎年あんな雪を降らせてくれているアーテルシアとだって面識があるのかもしれない」


 雨音が優しく耳元を擽った。


 屋根に当たり、葉に当たり、水たまりに落ちて、海へと流れていく。

 十年前も、百年前も……五百年前もそうだったんだろう。


 千年以上を生きるとされる長耳長寿の女は、決してこちらを見ないまま、薄い雨雲の向こうへ想いを馳せたまま、懐かしそうに呟いた。


「スヅェール朝最後の女王、アーテルシアはね」


 吹き込んだ雨に頬を濡らして。


「私の、姉だったのよ」






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