宝探しは冒険の醍醐味よ
和やかな食事を終えて、ルークが立ち上がった。
対面の俺と拳を打ち合わせてから一緒に店を出る。
ここは俺の奢りだ。なんでか店主が大幅に割り引いてくれたから、実はさして払っていないんだが。
『あの子はどうしたんだい』
『失恋しただけだ、そっとしておいてやってくれ』
『おぅ、そりゃあ大変だ。分かった、任せときな』
なにがだ。
とまあ奇妙な会話はあったが、店主は訳知り顔で俺達を見送ってくれた。
「…………」
道中、笑顔を貼り付けたままのシシリーを背に、今にも後ろから刺されるんじゃないかって冷や冷やしながら歩いて行く。
分かれ道でルークが振り返った。
「それじゃあロンドさん! エレオノーラさん! 俺達はまだ海底調査をするつもりなので、ここで!」
「え゛……」
明らかにエグめの声を出したのはシシリーだ。
だがエレオノーラがやや慌てた様子で咳をして誤魔化す。
「ごめんなさい、なんだか潮風のせいでしょうか。喉の調子が」
「そう? 大丈夫?」
朴念仁は気付かない。
俺も色や冒険者の心得は教えたが、そういえば恋なんて教えたことはなかったな。
「はい。すみません、ちょっと辛くて……」
「そうだな。シシリー、エレオノーラを助けてやって貰っていいか?」
俺の呼び掛けに彼女は貼り付けていた笑顔をヒク付かせ、応じてくる。
「え……なに?」
頭空っぽかよ。
「宿は男女で別だしな。なんだエレオノーラ、酒が回ってるのか」
「そうなんです。男性の、ロンドさんの肩を借りるのは恥ずかしいので、お願い出来ますか?」
そこで奴はルークを見て、俺を見て、エレオノーラを見た。
まだ頭は回ってないみたいだから、こっちで動かすか。
「悪いなルーク。後で返すから、先にトロール帝国探しといてくれ」
「…………そうですか? はいっ、分かりました!」
「またな」
「はい!!」
言ってルークは駆けて行った。
脱いだ上着を適当な所へ放り投げ、靴を脱いで海中へ飛び込んでいく。
野郎も何も感じてない訳じゃないだろうけど、気持ち良いくらいこっちに任せてくるよな。
派手な水柱を見つつ、俺はシシリーへ振り返った。
「……えっと」
「適当に休んでろ。今の状態でルークと二人はキツいだろ」
張り付いていた笑顔が落ちて、ついでに足元から崩れ落ちた。
「~~~~っっ、アンタみたいなのに、っ」
「はいはい、コレダカラニンゲンハ」
キッ、とこちらを睨み付けてくるが、どうやら腰が抜けて立てないらしい。感情隠すのにどれだけ根性キめてたんだよ。
「まあ、頑張ったんじゃねえの。正直暴れるかと思った」
「そんな訳にはいかないでしょ……」
「だな。少しは見直したよ」
言って、エレオノーラを促す。
腰抜け長耳女は彼女の肩を借りてふらふらと立ち上がり、深呼吸を繰り返した。あまりやると、それはそれで良くないらしいぞ。
ルークへ言ったのとは立場が逆になったが、改めて海の逆側、坂の上へと歩いて行く。
クルアンからこちらへ来る途中に見る巨大一枚岩と同じ、赤茶けた土壁の家が幾つもあり、金持ちそうな所には絨毯が飾ってある。
ここらはアーテルシアの口付けの影響が来ないから、クルアンみたいに積雪を警戒する必要が無い。家は簡素で、内海から常に温かい空気がやってくる。
安楽椅子に座る婆様が小さくわらべ歌を口ずさんでいた。
『ひぃとりぼっち』がどうとか『泣いてる』とか、いまちょっとそういうの勘弁して欲しい。
「ありがとね……」
空を見上げていて聞き逃す所だった。
「はい」
とエレオノーラ。
俺はまた数歩を歩いてから、
「おうよ」
と答えた。
因みに宿へ戻る道中で、何故か子どもがシシリーへ花をくれた。
彼女も流石に突き返すことはせず受け取っていたが、なんか変に話が広がっていないか心配になった。
※ ※ ※
沖に雲が見えた。
少し前に吹いた風が湿っていたから、雨が降るのかもしれない。
ちょうど海賊狩りも落ち着いたみたいで、港はごった返しつつある。
負傷者の手当て、戦利品の管理、捕らえた首謀者の引き渡しと忙しそうだ。あぁ、首謀者は拷問に掛けられ情報を洗いざらい吐かされる。腕の良い神官が付いていてくれれば、それはもう懇切丁寧に話を聞けるからな。
一度はエレオノーラに任せて部屋へ戻ったが、自分の服に着替えた後で様子を見に行った。
「随分と殊勝な態度になったな」
因みに皮肉だ。
長耳クソ女は、部屋にある菓子へ手を付け、酒をぐびってエレオノーラを侍らせていた。
傷心の身を気遣った心優しい神官は、今や淫乱クソ女の情婦みたいな扱いだ。
まずはウチの大事な外パーティのリーダーを引っこ抜き。
「あーんっ! 今は人肌が恋しいのーっ!」
「うるせえ! 一人で泣いてろっ。エレオノーラも無駄に甘やかすな。長寿族ってのは甘い顔すると無限につけ上がるからな」
「なによおっ、傷付いてるだけじゃない……っ、そんなに私の事が嫌いなのっ!」
「お前は俺の事が好きなのかよ」
「嫌い。不浄の匂いがする。女の下着を剥ぎ取る変態男」
「よぉし出て行け。ここはお前の部屋じゃない」
「やだああああっ! 今一人になったら延々と泣いちゃうじゃない!? 私アイツと部屋同じにしてるのよ!? どうやって誤魔化せばいいのよお!?」
全く煩い限りだが、改めて分かったことがある。
コイツ、本格的にルークから女として見られてないな。
アイツは一度懐いた相手にはどこまでも気を許すが、一定の気遣いは持ってる方だ。というか俺が教えた。だから、女性として見ている相手にはちゃんと部屋分けくらいはする。
余裕の無い冒険中は別だがな。
それでも分別は持ってるから、プリエラなんかも付いていけてた所はあると思う。
「どうしよう……そういえば今夜こそはって部屋に色々仕掛けたのがそのままよ。ね、ねえアナタ? ちょっと私達の宿に行って指定した仕掛けを色々と」
「知るか。エレオノーラも協力しない様に」
「はいっ」
「なんでよお!?」
どう考えても助けてやる理由が見付からないからだよ。
そういや誰かに似てると思えばフィリアか。
前に一緒の所を見た覚えもあるし、似た者同士波長が合うのかもしれないな。
なんてため息をついていたら涙をぼたぼた流し始めた。
さっき出してきたばかりの手巾を渡してやる。
「…………ほら」
「あ、ありがと」
情緒が忙しい。
仕方ないといえば仕方ないんだが、素直に優しくすると本気でつけ上がるからなコイツ。
本当に、長耳長寿とはウマが合わないよ。
「そういやトロール帝国……じゃないか、海底に何の遺産が沈んでるんだって?」
こういう時は何か別なことに集中する方がいい。
ルーク呼び出して海へ潜っていたのだって、別に色恋目的だけじゃないだろ。
「……なによいきなり」
ずる、と洟を啜る世界の支配者様に、俺は椅子へ腰掛けて話を続けた。
エレオノーラが水差しを手に取り、俺とシシリーへ酔い覚ましに水をくれる。
「さっきは話が半端になっちまったからな。少しは興味が湧いた。教えて貰えるなら多少は協力するぞ」
どうせ海賊狩りはまだしばらく続くだろうから、暇つぶしにはちょうど良い。
コップの水を軽く流し込み、酒精の残った身体が少し涼やかになる。
「まず……なんだっけ。ラドゥンに化かされた何とかってのとは違うのか」
「話していたのはラドゥンの眷属ですね。それとスヅェール朝という名も聞きました」
「ありがと」
「いえ」
ウチの護衛は記憶力が凄いな。
眷属。眷属かぁ。全く聞いた覚えがないな。
「ほら、なにせ俺はニンゲンだからな。ちょいと覚えが悪いし、知識も乏しい。長く生きてる長寿族の知識に触れる機会なんて滅多にないからさ」
言葉を重ねてやると、ようやく過大な誇りが満たされたのか、長耳女が「ふんっ」と鼻を鳴らしてきた。
「しょうがないわねえ」
二人で水を飲みつつ。
「まずラドゥンというのは魔王の名よ」
「ほう」
初耳だ。
魔境の奥底に居るという魔王。その名すら分からないから、ずっと魔物の王と呼ばれている筈だが。
「多分、アンタらの想像している魔王とは別。昔はそこらに沢山居たのよ。そいつらが魔物を育てて、私達の領域を犯していたの」
「何年前の話だ……?」
「…………さぁね」
そこまでは話したくないか。
なんとも眉唾、と言うには相手が悪いか。
相手は実際に何百年と生きているのかもしれないしな。
「ニンゲンはすぐ歴史を風化させる。あの魔王をして詐欺師の代名詞だなんて、当時の人が聞いたら目を剥くわよ」
「因みにどんな奴だったんだ?」
質問を重ねると、シシリーは顎をあげて丸めた布団へ寄り掛かった。
見事な脚を組み、得意げに笑う。
「そうねえ。アンタらが毎度泣きながら相手している将軍級、あれを無尽蔵に生み出してくるって言えば少しは分かるかしら?」
そいつはヤバいを通り越して、よく当時の連中は生きてたなって所だ。
「そんなのがうじゃうじゃ居たのよ。けどあの頃はまだまだニンゲンも捨てたものじゃなかった。こぞって魔王へ立ち向かい、討ち果たし、自分達の領域を広げていったの。遠く遠くの地まで」
「ほう」
徐々に前のめりになっている自分を感じる。
かつてのニンゲンが居た場所。つまりは魔境だ。晴天に見たあの尖塔や三角の影、それが作られた時代からこの女は居るってことか?
「――――それで、海底を探してる理由だけど」
あからさまに話を逸らされ、こちらも身を引いた。
過去を無遠慮に掘り返されるのは嫌なもんだからな。
「ほら、去年の今頃にザルカの馬鹿が逃げ出したでしょ」
「まるで面識があるみたいな口ぶりだな」
なんてのはちょっとした冗談だったが、シシリーは不意に遠くへ目をやった。が、首を振る。
「ないわ。流石にね」
「そいつは残念だ。神々の時代から生きていたなら、それこそ生ける伝説だ。下手な吟遊詩人よりも人気が出るだろうしな」
「見世物になるつもりはないわ。それに馬鹿に歴史を流布しても、身勝手に改変したり、勘違いしたりする。なら最初から持って行ける者が抱えていればいい」
「長寿族の謳い文句か。まあいい」
実際にラドゥンって魔王が詐欺師にされちまってる訳だしな。
そこまで彼女の価値観へ食い込むほど無遠慮でもなければ、傷心女をおちょくる趣味もない。
「それで、理由については?」
「私は北で調査したいことがあったから残ったんだけど、今もちょっと被害の跡が残ってるでしょ?」
「あぁ」
「元々クルアンには、所有者の生存が不明なんだけどギルドの権力が強過ぎて国王側の守備隊や町を管理してる貴族連も手を付けられない家屋が山ほどあったの。冒険者なんてどこぞで死んでてもおかしくないのに、何十年も放置されたまま。それがあの騒動で破壊されたり、再整理されたりでね、色々と新しい資料が見付かったの」
あぁ、お化け屋敷だな。
彼女の言う通り、クルアンの町には有名な冒険者の家々がそのまま残されていたり、名も知られていない誰かの家が放置されていることが結構ある。
子どもらはこぞって最初の冒険の場として入り込んだりするが、中には本当にお宝が発見されたりもして、稀に騒ぎが起こる。元は冒険者の拠点だからな。
きっとそうやって勝手に持ち出されたものもあるんだろう。
懐かしいな。
俺も弟とちょくちょくやってたよ。
あの穴倉で味を占めてたのもあるか。
「アンタ達の言葉で分かりやすく言ってあげるけど」
そりゃどうも。
「その資料の中に、冒険者ディムの遺産について記されているものがあるのよ」
「なるほどな」
俺の反応はあっさりしたものだ。
普通に、なるほど、としか出てこない。
いや、冒険者ディムは好きだけどな、ディムの遺産話ってのもトロール帝国と同じくらい眉唾な話が多い。
暇な時なら遊びで探してみるか、くらいは思うけど、現実的にパーティ運営なんぞやってるとそんな暇は………………あぁくそ、また同じ思考になってるな。
冒険心が現実に塗り潰されていく。
気楽にやってた時とは違い、周りを見て、そいつらを食わせてやって、引っ張っていかなくちゃってなると、やっぱり理屈が偉く感じられちまうんだよな。
駄目だ駄目だ。
去年の今頃なら冒険者ディムの名一つで興奮してたってのによ。
「そのお宝が海に沈んでるってことか?」
「かもしれない、って話」
「にしても随分と浅瀬を探していたよな。もっと沖じゃなくていいのか?」
「水路を探してるのよ。クルアンや北方から流れ込む川は一度、一枚岩の下を通るでしょ。その一つを遡っていった先にディムの隠れ家があるって話」
ちょいと現実味が湧いて来たな。
たしかにそんな所今までに探したって話は聞いたことがない。
「ただ、この近辺は幾らか埋め立てられちゃってて、当時の記録のままじゃ駄目なのよ」
「一つ疑問なんだが、ディムはただの猟師だったって話が主流だよな? お前は彼にも会った事があるのか? もしかして本当に吟遊詩人の詩が正しかったってことか?」
「さあ、どうかしらね」
「おいおい、ここまで話して内緒は無いぜ。冒険者なら気になる所だろ」
つい前のめりになる。
うんうん、良い事さ。
カーバンクルだって実際に居たんだ、もしかしたらディムの遺産だってあるのかもしれない。
それにシシリーはあると感じたからこんな所で素潜りなんぞをしていた訳だ。
歴史も知識も自分だけが持っていればいいと豪語する、長耳長寿の女が行動している。
そいつは結構な保証にならないか?
あぁ、一応ルークを誘う為の口実だって可能性も残ってるんだが。
そういやさっき部屋に仕掛けだなんだって言ってたよな。
もしかしてお前、今夜にでもルークを襲う気だったのか。
「私は会った事はないわ。その頃は異大陸へ渡っていたから。けどそうね、これは私にとってももしかしたら、って話なんだけど」
「おう」
「ディムはただの猟師だった。けど、そんな彼が当時魔境とされていたクルアン周辺で普通に暮らせていた。それにはちゃんとした理由がある筈よ」
「強かった? あるいは何か、強い武器を持っていた」
「少しは考えられるじゃない」
相変わらず偉そうに。
思いつつも、互いに笑みを浮かべていた。
ちょいと野心的な笑みだ。
まあな、少々意識的な面もあるが、冒険者なら好ましく感じる推測だ。
「つまりだ」
俺が言葉を続けた。
「クルアンの町周辺へ毎年降り注ぐ力……アーテルシアの口付けって呼ばれてる、特定の範囲にだけ降る豪雪は、かつて彼女が統治していた場所だって話があるよな」
「えぇ」
「冒険者ディムは、女王アーテルシアの時代に作られた武器を用いてクルアン開拓民を助けたって説がある。そいつが未だに見付からず何処かに眠ってるって話もな」
「そんなものじゃないわ。スヅェール朝、つまりアーテルシアを最後に滅んでしまった王国の宝物庫を、彼が管理してくれていた可能性があるの!!」
「宝物庫!? ははっ、そりゃあ流石に盛り過ぎだろ! だが良い考えだっ、誰も探した事のない、探そうと思った事もない場所になら、まだ残ってたって不思議じゃないからなっ」
そこでシシリーは「あっ」と身を引いた。
なんだよ。
「……あげないわよ」
「そりゃないぜ。協力するからには分け前を要求する。まあ見つかったらの話だから、経費まで寄越せとは言わない。大事なものなら、最悪見せてくれるだけでも十分さ」
「まあ…………正直二人だけじゃ無理そうって思ってたから、ちょっとだけよ? あの時代の遺物は本当に凄いんだから。ニンゲンが持つには勿体ないくらい…………はぁ、嫌な事思い出した」
「なんだよ」
何十年、何百年生きているとも知れない長耳長寿の女はもう一度大きなため息をついて、心底忌々し気に言い捨てた。
「あのクソゼルディスが持ってる剣と鎧、アレもあの頃の遺産なのよねぇ……本当、どこで手に入れたんだか。聞いても教えてくれないのよ」