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ド根性

 遠慮容赦の無い魔術に肝を冷やしながらも、とにかく海中へ逃げたのは正解だったと思う。

 流石に海中なら炎での攻撃はないし、相手も同じ場所に浸かっているから雷撃も無理、後は風とかそこらへんの攻撃もあるだろうが、水ってのはとにかくそういう力を滅茶苦茶邪魔してくれる。


 長耳長寿の暴力女、あぁ実に面倒くさいのに絡まれた。


「っぷはあ!? っ、ロンドさんっ、御無事ですか!? ごほっ、っっ」

「あぁ無事だ。いきなり悪かったな。それとまず自分の心配をしてくれ、神官」


 咄嗟の事とはいえ、エレオノーラを抱き抱えて海へ飛び込んだからな。

 岩肌を掴んで自分の身体を支えつつ、しがみついて来る彼女の背中を擦ってやる。


「私は、っ、平気です……敵はっ」


 この場合敵と呼んでいいのかどうか。

 件の女は未だ怒り心頭でこっちを睨んでいるが、一発かまして少しは冷静になったらしい。

 さあてどうするか。

 思っていたら、女の背後で水しぶきをあげて飛び出してくる奴が居た。

 新手の馬鹿か。


「あれっ、ロンドさん!?」


「ルーク!?」


 海中で余程勢いを付けたのか、ルークはそのまま俺達の居た釣り場へと飛び乗った。自前の強化もあるだろうが、相変わらず馬鹿げた身体してやがるな。

 因みに名前を呼んだのは俺じゃなく、女の方だ。


「ちょっと! アンタの知り合いなのっ、この馬鹿男!!」

「あっははは! いつも話してるじゃないかっ、この人が俺の尊敬する冒険者! ロンドさんだよ!」

「はああああああああ!?」


 盛り上がってる所悪いが、丸見えなんだよな。

 薄桃色の突起部分。

 白によく映えるんだ。


 一応はそれとなく目を逸らしつつ、岸壁上のルークを見る。話が通じる方へ持っていくのは基本だろう。


「お久しぶりですっ、海水浴ですか!?」


 うん、俺の判断が間違っていた。


「そう見えるか? 着の身着のままなんだが」

「どちらかと言うと釣りですねっ。ロンドさん、よく道中で釣りやってましたし、お好きでしたよねえ!」


 あぁその道具が今お前の足元にあるよ。


「それじゃあお邪魔しちゃいましたね、ごめんなさい。おや、なんでか見覚えのある水練着が」


 あぁ、そいつは今ちょうど釣り上げた所だ。

 俺はしがみ付いてくるエレオノーラを支えてやりつつ、女の方へ視線を送る。


 だから見えてるって。


 ルークの拾い上げたブツを見て、どうして自分が怒り狂っていたかを思い出した女は、慌てて胸元を隠しながら悲鳴を上げた。


「ッッッ、キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 放たれた魔術によって、半裸の体力馬鹿が空を飛んでいった。

 いや誇張とかじゃなくて。


    ※   ※   ※


 港町の酒は美味い。

 船乗りは冒険者以上に飲むというし、船で各地を巡る連中の舌を唸らせようと、この町では今日もクルアンに負けないくらい激しい競争を繰り広げているに違いない。


「乾杯!」

「乾杯!!」


 ガチン! と強い音を立てながら陶杯を打ち合わせ、港を見降ろすテラスで酒を飲む。

 中に入っているのはリンゴ酒だ。

 クルアンじゃあビールが主役だから、あまり置いている店を見ない。

 しかしコイツも中々に美味いもんで、香辛料多めの料理とよく合うんだ。


「……乾杯」


 で、やや不満そうな顔でルークの隣に座っているのは、騒動の元となった女。

 取り戻した水練着とやらの上に上着を一枚引っ掛けて、髪をざっくり纏めてある。

 長耳長寿の例に漏れず大層な美人だが、さっきから俺に対して毒しかない視線を向けてくる。事故とはいえやったことがやったことだから、申し訳ないとは思うんだがな、致死級の魔術を平気で叩き付けた事には不満がある。

 直撃して生きてるのはルークだからだ。

 そこの爽やか戦士は無駄に頑丈で、トロールに頭を殴られても平気な顔をしている奴だ。


 端から泳いできた奴を座らせる前提なんだろう、格子に布を渡しただけの椅子は風通しが良く、座り心地も思いのほか悪くなかった。


「それで、シシリーの調査に協力しているんですよ」


 一人能天気にリンゴ酒を煽り、楽し気に話を振ってくるルーク。

 女、シシリーは冷たい目でそれを撫でつつ、俺に対しては殺意混じりの威嚇だ。


「またトンチキな話に首を突っ込んでるんだな」


 俺の意見に彼女は抗議をしようとしたらしいが、間が悪く、あるいは良い間でエレオノーラが戻って来て口を閉じた。


「すみません、お待たせしました」

「いいよ、先に始めてたから」


 彼女は神官服を濡らしてしまったので、着替えてきたんだ。一応様子見で待機する為、宿を取ってある。俺はまあ、市場の安物でどうとでも。


 普段キッチリ着込んである神官服から、眩しいほどの肌を晒して、ちょっとしたお嬢さんみたいな恰好へ。

 パーティメンバーにそういった目を向けるつもりはないんだが、素直に似合ってると思うよ。


「えっと、それで」


 エレオノーラは俺の隣へ腰掛けつつ、視線をルークへ向けた。


「そっちはルーク。プリエラが元居た所のリーダーで、竜殺しのルークだ。聞いたことはあるだろう?」

「はい。改めて、初めまして。ロンドさんのパーティに所属しています、神官のエレオノーラと申します」


「よろしく、エレオノーラさん。俺としては何より、ロンドさんの弟子を自称しているから、そっちで覚えてくれていいよ」


 不思議そうな顔をされたが、昔同じパーティだったことを話した。


「なるほどです……、そんな繋がりがあったんですね」

「今の俺があるのはロンドさんのおかげです」

「言い過ぎだ。駆け出し時代にちょいと面倒を見ただけだからな」

「そんなことないですよっ」

「はい。そんなことはないと思います」

「だよねっ」

「はいっ」


 何故か二人が意気投合してしまい、俺としてはこそばゆい。

 まあ名を売る稼業だ、ルークがこうして言ってくれているのは昔馴染みとしちゃあ胸を張るべきなんだろうな。エレオノーラの根拠はまだ不明だが。


「ふふっ、内緒ですよ」


 なんにせよ、年下の連中から慕われるのは悪くない。

 素直に受け取って陶杯を打ち合わせた。


「えっと、それで……」


 エレオノーラの視線が女へ向く。

 彼女も女に対してまでキツい目を向けるつもりはないらしく、というか妙に柔らかく目尻を下げた。


「シシリー=フェアリード=レア=ゴート=ドゥアファリン=メイクーダよ」


「ええと、はい。よろしくお願いします、シシリー=フェアリード=レア=ゴート=ドゥアファリン=メイクーダさん」


 すげえな、一発で覚えたぞウチのカッパー神官。

 俺はすぐ諦めて小馬鹿にされたってのに。


「なんでもシシリーはトロールの遺産を探しているそうだ」

「ちっ」


 舌打ちしてんじゃねえ。


 首を傾げるエレオノーラに俺は補足した。


「この港町からずっと南の方まで、大昔トロールが大帝国を築いていたって話があるんだよ。奴らはルーナ神の威光を受けると燃え尽きちまうから、そこら中に穴を掘って暮らしていたそうなんだが、ある時うっかり支柱を崩した間抜けが居てな。憐れ一夜にしてトロール帝国は滅びましたとさ」


「あっ、聞いた事あります。崩れて地面が大きく沈んだ所へ海水が入り込んで、あそこの内海が出来たっていう……神話の一つでしたっけ?」


「与太話の一種だよ」


 つまり話はこうだ。

 この内海の底にはトロール帝国の遺産が眠っている。

 昔からその手の話を信じて何人も海へ潜ってきた。金銀財宝、あるいは古代の神器か、実は水没を免れた区画があって、奴らはまだ生きているってのも聞いたことがある。

 実際に当時のトロールのものと思われる骨が見付かったと何年か前にも騒ぎが起きた。

 出資を募って一大探索行に加わった奴の中には、俺の知り合いも何人か居る。

 が、結局詐欺だったことが後に判明し、中心となった奴は金を抱えて南へ逃げ、怒れる暴徒に襲われそのまま沈んだ。

 憐れ詐欺野郎は自らお宝を海底に沈め、人々に夢を残して死んだとさ。


 俺だって夢のある話は好きだが、詐欺の騒動で引退を余儀なくされた奴も知ってるから、どうにもコレばっかりはな。


「学が無いわねぇ、これだからニンゲンは」

「あン……?」


 嫌いな言葉が出た。


 長耳長寿が揃って口にする、コレダカラニンゲンハ、だ。


 連中は数が少なく、寿命が長い。

 千年以上も生きるって話だ。

 だからか、人間……つまりヒト種の築き上げてきた文化や歴史を鼻で笑う。自分達こそが世界の支配者であり、今は憐れな赤ん坊に土地を貸してやっているんだ、とか。


「私が言ったのは、この内海に遺産が沈んでいるかもしれないから、ってだけよ」

「だから、それがトロール帝国の話だろ?」

「違うわよっ! 私が言ってるのはラドゥンの眷属なんかじゃなくてっ、スヅェール朝の話!」

「いやだから、ラドゥンに化かされてるんだろ」


 大昔、この壺を買えば不老長寿無病息災思うが儘よ、なんて言ってゴミを買わせて回った詐欺師が居た。

 ラドゥンの壺と称していた商品に因んで、詐欺に合うことをラドゥンに化かされた、なんて言うこともある。商人が冗談交じりに言う、これも与太話の一種だ。


 だからトロール帝国のことをそう言ったのかと思ったんだが。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………! これだからニンゲンはっ!」

「おいおい、説明を途中で放棄するなよ」

「理解する気が無いんだから無意味よ。どうせ、アンタ達には分からないわよ」


 拗ねちまった。

 これでも一応ちゃんと聞いてたつもりなんだがな。


 いや、俺も態度が悪かったか。

 ただ頭を下げてまでコレダカラニンゲンハを言われたいとは思わん。

 俺達とは生きる時間が違い過ぎる。土地が違うだけで戦争になったりもするんだ。二十倍以上も寿命が違えばどれだけ違うんだろうな。


 なんとなく、ルークを見る。


 ルークも俺と同じヒト種だ。

 平均的な寿命は五十そこらと言われる。

 長生きするのも居るが、冒険者は特に早死にするもんだからな。


「シシリー、そういうのは良くないって言ってるだろ」


 空いた間へルークが言葉を差し込んで来た。

 そういえば仲良いみたいじゃないか、お前ら。


 ただまあ、あぁ……まあいいか。


「ロンドさんも……ちょっと対応が良くないですよ」

「悪かった。長耳とはウマが合わなくてな」


 勝手に怒りだして、会話を打ち切ってくる。

 話せば何がズレてるのかも分かってくるだろうが、それすら拒否されちゃあどうにもならない。挙句基本が見下しだ。


「あぁいや、余計な一言だった。悪かった」

「はいっ。ほら、シシリーも」


 女はチラリとこちらを見たが、そっぽを向いて黙り込む。


 ほらな。

 っと、思わない様にしててもこうなんだ。

 一方的に頭を下げ続ける関係は好きになれない。


「君はそうやって誤解されやすいんだから、せめてもうちょっと説明をしてよ。俺には昔から色々と教えてくれてただろ?」

「…………そうだけど」

「頼むよ。言った通り、ロンドさんは俺の尊敬する冒険者だ。仲良くしてほしいな」


 シシリーは三度、視線を俺とルークの間を行き来させ、最終的にむっつりした表情で言い捨てた。


「知らない。バーカ」


    ※   ※   ※


 ルークが俺とシシリーの仲良し大作戦を思い付き、店主へ話をしに行った。聞いた店主は俺達、というか何故かシシリーを見て腕を振り上げ、とっておきを出してやると引っ込んでいく。

 まあ、見た目は良いからな。


 一方テラス席の雰囲気は冷え切っていた。

 こんな状況で飲んでも酒が美味い筈もないな。


 俺も悪かったが、そこの長耳女も輪をかけて感じが悪い。


 しかしまあ、悪いなりに見えてきた事もある。

 報復って意味じゃなかった。

 ルークは明らかに気付いていなかったしな。

 黙っていても良かったが、この機を逃すと他に言及してやる奴が居なさそうってのが引っ掛かり、腹を括った。


 どうせ最初から嫌われてるんだ、役目だと思って教えてやるしかない。


「ルークは故郷に婚約者が居るぞ」


「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――え?」


 やっぱり知らなかったか。

 一瞬で身を乗り出してきたエレオノーラをとりあえず宥めつつ、ルークがまだ戻ってこないことを確認し、続けた。


「幼馴染って奴だな。竜殺しの成果持って帰って来た辺りで婚約したって聞いた。名声が高まり過ぎて変な噂や手出しがあるといけないからって、あまり言い触らしちゃいないって話だがな」


 あとお相手は中々の巨乳だ。

 アイツは昔から乳のデカい女が好きだった。

 俺と組んでた頃は幼馴染との関係もまだ無かったから、そういう娼婦を紹介してやった事もあるが、まあ昔からあんな見事な林檎を抱えた幼馴染が居たんじゃあ仕方ないよな。


 プリエラとの関係があってから、しばらく薄い方も素晴らしいですゴメンナサイ、って延々と唱えさせられてたが。


「エレオノーラも、黙っててやってくれ。ブリジットとかマリエッタにも言いふらさないように」

「っ、はい」


 ここだけの話な? と言って親友には話をするものだ。信用しないじゃないが、衝動的なものはあるから釘を刺しておく。


「アンタは見るからにルークへは気を許してる。というか、目が完全にソレだった。だから悪いとは思ったが伝えさせて貰う」


 シシリーはルークに惚れてる。

 付き合いは長いらしいが、まさか故郷が同じってんじゃないだろう。


 それに今気づいた。

 コイツはリディアんとこの、つまりゼルディスのパーティに所属している奴だ。あまり姿を見ないし、面識は全く無かったから気付くのが遅れたな。


「諦めるにせよ、諦めないにせよ、知らないんじゃあ話にもならないからな。まあ精々考えて決めて――――」


 ゆらりと女は立ち上がった。

 表情が完全に固まっててちょっと怖い。


「なんで」

「……うん?」


「なんでなのよおおおおおおおおおおおっ、ふざけんな馬鹿あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


「おわああ!?」


 詰め寄ってきて押し倒されて、胸倉掴んで馬乗りに。

 あまりの奇行にエレオノーラも呆然と見逃し、長耳女は叫ぶ。


「嘘でしょう!? 嘘だと言ってよ!? 絶対そんなことないからあ!?」

「……いや真実だ。とりあえずそこは認めとけよ」

「これは夢よっ! アンタ嘘吐いてるんでしょ!? そうに決まってるわ!!」

「あーもうっ、話を聞け! 嘘なんて言ってないっ、そこに居るルーク本人に聞いてみろっ!」


 と、キツい酒を四人分抱えてきた体力馬鹿が、俺へ馬乗りになっているシシリーを見て大きく頷いた。


「流石ロンドさん。僕が居ない間にシシリーとそこまで打ち解けたなんて」

「お前にはコレが何に見えてるんだ」

「え? 普通に騎乗位ですよね? あっという間だなんて」

「違うわよっ!? 何よあっという間って!?」


 怒れるシシリーが汚らわしいとばかりに俺の上から飛び退いて、ルークへ抗議に走る。エレオノーラが助け起こしてくれるが、揃って注目はルークの方へ。


「ねえっ!」


「うん?」


「幼馴染の婚約者が居るって聞いたんだけどっ、本当!?」


 途端、驚いた男はじっと彼女を見詰め、それから幸せそうに笑った。

 爽やかさ三倍くらいに。


「あぁっ、ゴメン。間を外しちゃって言えて無かったんだけど、そうなんだ。ずっと抱えてたけど、ちゃんと伝えられて、受け入れて貰えたんだ。シシリーがいっつも言ってたからさ。欲しいと思ったら迷わず行動しろって。ありがとう、君のおかげだよ」


 南の内海からやってきた、潮の混じった風がテラスを吹き抜ける。

 遠く、親子連れの笑い声が聞こえてきた。


 まだまだ高い陽の光に照らされながら、幸福を伝えた男に対し、女はそっと口端を広げて。


「――――そう。おめでとう、ルーク。本当に、っ、おめでとう!」


 笑いながら、恋する相手を祝福した。

 その根性と自制心は認めるよ。

 腿の裏、真っ赤になるくらい摘まんでるけどよ。






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