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アナタが釣り上げたのはトンでもない、

 釣りをしていた。

 暇だったからな。


 ここはクルアンの町から南へしばらく行った所にある港町だ。

 砕けた巨大な一枚岩の隙間を抜けた先、なだらかな坂道を日夜削り削って築かれた町で、活気の程はクルアンにだって負けていない。


 俺の後ろにはいつも通りエレオノーラが臨戦態勢で立っているが、さっき歩いて行く猫に視線を釣られてふわふわした声を発していた。更には海鳥が寄って来たのを見るや、隠し持っていた餌を取り出したが逃げられてしまい、がっくりと肩を落としていたのも見た。

 なんとも雑念の多い護衛である。

 まあ、護衛を付けるなんて話はどこにもなくて、本人が勝手に自称してやってくれていることなんだが。


 反応の無い浮きから目を離して沖を見る。


 ちょうど真っ赤に燃えてる船が沈んでいく所だった。


「早く終わらないかねぇ、海賊狩り」


 前回のザルカの休日でクルアンは大きな被害を受けた。

 復興ってのは、ちょいと不謹慎な話だが、被害を受けた人達以外からすると儲け時でもある。実際それで町の復興が早まるんだから俺としては歓迎するが、単純な労働者から商会から、色々と厄介者が入り込んでくるのも困りごとだ。


 大量に物が行き来すれば湧いて出てくるのが盗賊山賊海賊って連中だ。


 実際去年は酷かったらしい。

 ギルドから討伐隊が派遣され、徹底的に潰し回った筈だが、冬の間に連中も再建を果たしたのか、またそこらではしゃぎ始めている。

 全く賊ってのはゴブリン並の繁殖力だ。

 潰しても潰しても湧いてくる。


 海賊に慈悲は要らず、ってのはここらの海の常識だ。


 飛び込んだ連中へ容赦なく矢を射かけて、一人残らず沈めていく。

 回収するのは船に乗ってた略奪品だけだ。

 死体も遠からず鮫やらが処分してくれる。

 気紛れに可哀想だな、くらいは思ったりするが、連中は自分らの意志で一方的に商船を襲って略奪し、乗客でも居れば犯し、殺し、時に奴隷として売り払ったりもする。それらしい理由を付けて無頼を気取っているのも居るらしいが、邪魔者なのは違いない。


 そんなこんなで港からの船はここしばらく滞りがち。


「おー、沈んだ沈んだ」

「あれ、お魚さん達の家になるんですよ」


 エレオノーラがにこやかに言って、猫へ餌をあげていた。


    ※   ※   ※


 ウチのパーティは、俺がギルド設立を目指す為に作った。

 そう横暴に振舞うつもりもないんだが、結成以前からその方針で行くと人を集めて回ったから、全員そのつもりで所属してくれているものと思う。

 賛同、利用、不干渉、それぞれあるだろうが。


 そしてギルドの設立には三権認可制というのがあって、ギルド・神殿・貴族という三つの権力から認可を受ける必要があるんだ。

 認可を受けていない非公式の、裏ギルドなんて呼ばれてる奴らも居るが、表だって看板を立てる事も出来ず、ギルドの連盟に加入して各種補助を受ける事も、協力体制を敷くことも出来ない。

 何より裏の人間は疎まれる。


 俺は自分のギルドメンバーをそんな境遇に置くつもりは無い。


 そんな訳で既に神殿の象徴的存在である神姫アウローラから認可を受けるに至ったんだが、実はまだ公表していない。


 色々と事情はあるが、俺としてはまず長年所属している冒険者ギルド『スカー』のギルドマスターに認めて貰って、そこから始められたらなと考えているんだ。


 そのギルドマスターからの手紙が届いた事で、彼が今南方に居ることが分かった。

 一緒に何故か騒がしい吟遊詩人が居たらしいが、今も同じ所に留まっているのかも、一緒に行動を続けているのかも分からない。


 とはいえようやく見付けた所在、放置していたら次に確認できるのは一年後か五年後か、十年後か。


 元々あったトゥエリの所属しているパーティとの遠征にかこつけて、どうにかギルマスを捕まえて認可をもぎ取りたいって所にコレだ。


 海賊騒ぎで約束を取り付けていた船は遥か内海の向こう側。

 戻って来れずに港へ留め置かれ、パーティその他は一時クルアンに戻している。


 俺と他数名はこれが終わるのを見届けて、海運が正常化されたら報告することになっているんだが。


    ※   ※   ※


 「おっ?」


 強い引きがあった。

 沖でのドンパチが煩くて、魚も隠れちまったのかと落ち込んでいたんだが、どうやら相当に活きの良いのが食い付いたらしい。


「デカいなァ……!」


 まるで人間を釣り上げたくらいの重みを感じる。

 大きくしなる釣り竿に糸が張り詰め、切れそうになった。そうはさせるかと手繰っていた糸を流し、抵抗が弱まったのを見て巻き付けていく。

 硬軟織り交ぜ体力を奪い、時に竿を引いて振り回し、言うことを効かせる。

 抵抗が激しい。

 中々のじゃじゃ馬だ。

 もっと糸を流して泳がせるか?

 いや、動きが散発的だ。隙を伺って引き寄せれば案外早く釣り上げられるかもしれない。

 なんというか、変な見栄を感じなくもない。

 馬鹿みたいな話だが、魚にだって性格はあって、抵抗のし方は一定じゃないんだ。

 だから、こういう直感を俺は信じる。


 見栄っ張りで格好付けるが、内面は脆く弱い。その癖自分でそれを認めず更に状況を悪化させる。それでも意地を張ってくるが、強く躾けてやると急に大人しくなったりもするもんだ。敢えて言うなら、根っこの部分は幼いまま。甘えたがりの寂しがり屋。過去を引き摺っていつまでも落ち込んだ自分を振り払えない、誰かに縋りたいけどそんな情けない部分は見せられないと――――いや俺は何を考えているんだ。


 自分の訳の分からなさに首を傾げていたら、強く糸を引かれた。


「……加護を掛けますか?」

 エレオノーラの呼び掛けに意識を戻す。

 今は釣りの最中、魚にそこまでの情緒があるとは思えない。考え過ぎだ。

「いや、平気だ!」


 そう、今は釣りの最中だ。

 今迂闊に力が強くなると、自分の方で竿をへし折るか糸を切っちまう。

 だから自力で調整し、相手の逃げ気と攻めっ気を感じ取って適宜操っていく。相手に拠っちゃあ、大物を釣り上げるのには半時を掛ける時だってある。


 正直魚を取るだけなら魔術師を連れて来て雷撃一発かませばいい。


 漁師ギルドから海を荒らすなと大顰蹙を買う手段だが、俺はもうちょっと違った理由で否定する。

 釣りは楽しい。

 いいか?

 釣りは楽しいんだ。


 だったら無粋な効率なんて放り投げて、食料調達の名目で楽しもうじゃねえの。


 この、妙に謎な分析を湧き起こさせるお魚さんを釣り上げて、今日の晩餐に加えてやろう。


「よしっ、来た! 網で掬ってくれるか!?」

「っ、はい!!」


 しかしその必要は無かった。

 なぜか急に相手の力が失せたからだ。


 バレたか。


 食わせた釣り針が外れちまったんだ。

 ちょうど勢いに乗って釣り竿を引き上げた所だったから、そのまま釣り針が海面から飛び出してくる。返しのある逸品だから振り回すと危険だ。


 なんて思っていたんだが、何故か妙なものが一緒に飛び出てきた。


 そいつは布だった。

 よく知ってる形状をしていた。


 というか女物の下着だった。


 主に、胸とか胸のてっぺんを隠すというか、保護する感じのアレ。


「……ロンドさん?」

「いや、え?」


 俺は釣りをしていた筈だ。

 なのに何で下着が釣れる?


 疑問が解けるより早く、更に何かが海面を割って現れた。

 きっと俺とさっきまで格闘していた相手だ。


「っっっっっっっ、こんのぉ…………!!!!」


 《《ソイツ》》は顔を真っ赤にして胸元を隠しながら、もう片手に魔力を漲らせ凄まじい炎を生み出す。


「あ、っ、障壁を張ります!!」

「いや無理だ! 飛び込め!!」


 反射的に身構えたエレオノーラを抱き抱えて《《前へ》》跳ぶ。


「クソバカ変態男ッッッ、死ねぇぇぇぇええええええええええええ!!!!」


 業火が届くより先に海へ飛び込む、その最中、確かに見えた。

 なんでそんな所に沈んでたんだと正直訴えたい。


 俺が釣り上げたのは、長耳長寿の女だった。






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