旅をしよう。
ギルドの戸口を潜った途端、酔っ払い数名がこちらに気付いて陶杯を掲げてくる。
「よおグランドシルバーっ」
「ははっ、最近羽振りがいいみたいじゃねえかーっ」
「いっつも女引き連れやがってー、一人くれえ寄越せよお」
今日はギルドからの指名を受けてきたから、財務担当のフィオを連れている。
更には暇さえあれば俺の傍に付けたがるエレオノーラが同行しているから、確かに華やかだ。
ただ二人も慣れたもので、最初から相手をしない。
俺も片手を振って通り過ぎようとしたが、
「シルバーランクでギルド作った奴は居ないみたいだぜぇ……っ、っく、せめて昇格してみせろよなあ、グランドシルバー」
揶揄や煽り、あるいは酒のツマミになってやるくらいはいいが、直接ソイツを侮蔑してくるのは話が違う。
こうして動き出している以上、俺だけの夢じゃない。
なにより、そいつに賛同してくれているパーティメンバー達への侮辱だ。
馬鹿にされたままじゃ男が立たない、なんて言い出すつもりはないがな、背負った分だけ重みは増して、昔の様に腰を軽くしたままじゃいられない。
ただ俺が足を止めた途端、エレオノーラが発言した酔っ払いに杖を向けた。
フィオまで冷たい目を向けている。
おっかない。
さしもの酔っ払いも諸手をあげて降参した。
「あ゛ぁ……悪かったよぉ」
なんて言いつつも。
「けどよおロンドよお、もう一年だぜっ。話を聞いた時は心が躍ったさあ。けどその後ぴたーんと静かになっちまってよお、早くしてくれねえと俺爺さんになっちまうからよお」
愚図る姿に苦笑い。
あぁ、知ってるよ。
ちょいと駄目な所の多い奴だが、コイツも昔から冒険大好き馬鹿野郎だ。賭博にハマり込んでるから、負けるといつもこんな感じでな。
「飲み過ぎだ。そのザマでちゃんと仕事やってんのかよ」
「ぼちぼちなっ。昨夜は倉庫番さあっ」
頭をコツンとやって、掲げてきた拳にもこっちのを打ち合わせる。
「俺にも背負うものが出来た。悪いがな、前ほど寛容になってやれないから、後は自分で我慢しな。それと賭博は程々にしとけよ。安易な娯楽より、冒険する方が楽しいだろ、テメエもよ」
「へいへい。明るい報告待ってるぜ。俺ァお前に張ってんだからよ」
「なら勝ちは決まってる。じゃあな」
困惑した様子のエレオノーラを促し、また受付へ向けて歩き出す。
長い事ギルドに居ると、どんなのとだって関わりは出てくるんだよ。
凄かったり、駄目だったり、落ちぶれてたり、成りあがってたり、その時々で顔色だって変わってくるさ。
「応援してるぜぇっ、グランドシルバー!」
いつもの言葉に笑いながら、前を行く。
※ ※ ※
『え? 神姫からの認可って公表しないの?』
昨夜、リディアとも地下酒場で話をした。
もうパーティメンバーには話してあることだ。
『俺は脛に傷がある身だからな。今やっても思ったほどの効果は得られない』
もう一年以上も前、北域でクエストを放棄した。
事情もある、反省もしたが訂正するつもりもない、なんとも厄介な話ではあるが、俺がギルドに背いたのも事実さ。
ゴールドランクに居た俺は二つ下のアイアンランクにまで降格され、その後どうにかシルバーまで返り咲いたが、しばらく昇格は出来ないと受付嬢のアリエルから教えられた。
西側の貴族に目を付けられてる。
ギルドだって、長年の付き合いがあるから個人での信用はして貰えてるが、その筆頭であるアリエルですら何かしら情が絡めばまた同じことをすると考えてる。事実そうした過去があるんだから否定も出来ない。
こんなままじゃあ、広がった噂に余計な尾ひれが付いてくる。
神姫からの認可は絶大な効果がある筈だ。
勢いに乗る為には、まずこの状態を解かなくちゃいけない。
『オーロラにもしばらく待つ様に頼んである。どの道ギルドからの認可も受けなくちゃならないんだし、今の不審をどうにか解消してからだな』
『結構がんばってるのにね』
『っはは、ありがとよ』
中層のネームドを片っ端から狩り尽くし、新人を積極的に受け入れて育成もし、東方遠征軍周りのクエストも指名が増えてきた。この間なんて緊急招集にも応じて一定の活躍が出来た。
間違いなく成果は出ている。
殆どがシルバー以下、ミスリルなんてエレーナとプリエラの二人しか居ないが、上位のパーティにだって劣らない成果だ。
まだまだ、成長途中ではあるけどよ。
『そういやギルマスの居場所が分かった』
『あっ、そうなんだ。ここ数年見て無かったけど』
ウチのギルドマスター……本当に落ち着きがないからな。
『どこに居たの?』
『南方。しかもアレだ、メイリー覚えてるか?』
『吟遊詩人の子だよね? 暗殺者に狙われてた…………ロンドくんの幼馴染の』
手を握った。
握り返してくる。
『言うほど幼馴染じゃないんだけどな。けどまあ、あの騒がしいのがどうにも、南でギルマスと会って、今一緒に居るらしいんだよ』
北域から戻った後、俺は彼女に手紙を送った。
どこに居るとも知れないから、精々南方の支部へ預けてあった程度なんだが、どうやら届いてくれたらしくて、ギルマスからギルドへの手紙に混ぜてこっちに返事を寄越してきた。
『どっちも腰を落ち着けるってのを知らないから、もう移動してる可能性もあるけどな。下手すると次に連絡あるのが一年後か二年後か、十年か……』
『南かぁ……』
今追い掛けないと、俺の夢は爺捜索で潰える事になる。
別のギルドでもいいっちゃあいいが、出来ればな、あの爺さんに認められたい。
親父殴って殴られて、勢いのまま飛び込んで来た俺を受け入れてくれた人だからな。
『元々がトゥエリんとこのパーティと遠征する計画があったんだが、そのついでに探してみようと思ってる』
『うん』
どことなく静かになったリディアを見る。
カウンターの上で手を組んで、指先で俺のあげた指輪を撫でていた。
『でだ。お前も一緒に来ないか?』
パッと表情が明るくなるけど、すぐに萎んでいった。
『ど、どうやって……?』
リディアはゼルディスのパーティメンバーだ。
毎度問題の絶えない所だが、クルアンの町でも間違いなく最上位の実力者集団だろう。
彼らにも彼らの活動はあり、ランクを維持する為にも昇格を狙うのにも、ヌルい環境へ身を置いているのは良くない。
まして俺達の関係はまだ広く公表はしていないからな。
『俺もまだはっきりとは考えられてないんだが、例えばトゥエリとお前が師弟関係なのはもうそこそこ知られてるだろ? そっちから引っ張って貰うとか』
『トゥエリに悪い気が……』
そこはまあ、ある。
『他にはオーロラから、神姫としての依頼だとか、何か理由を貰ってだな』
南へ行けば、半年以上は戻って来れない可能性がある。
北域への道中は地続きで、途中川を遡上もしたが、基本は歩いて戻って来れる。だが南への道は船が必須だ。そうでなければ馬鹿みたいに広い砂漠地帯を歩いて行くことになる。
更にはギルマス捜索と、時間の掛かりそうな案件まであるからな。
下手をしたら一年か二年か……そうなるとリディアは身近な人間を失ったまま過ごすことになる。
過剰な心配かもしれない。
北域でだって上手くやっていたんだ。
なんならフィリアにでも事情を打ち明けて協力……してもらうのは途轍もなく心配になるんだが、アイツも悪い奴じゃないから多分きっとそれとなく大丈夫だと思わなくもない気がする、風の報せくらいには。
『まあ方法は追々考える。まだ南方遠征だって準備中だから時間もあるしな。それよりお前の意志を聞きたい』
改めて訪ねると、リディアは一度ふにゃりと微笑んで、けれど視線を逸らした。
カウンターに肘をついて、組んだ両手で口元を隠し、ちょっとだけ照れた様子で。
『私は…………先にロンドくんの意志を聞きたいなぁ』
『もう言ってるようなもんだろ』
『えーっ、それじゃあ私ももう言ってるようなもんじゃんっ』
なんだよ言わせたいのかよ。
『俺は誘った。答えるのはお前の方だ。いいな?』
『よくないでーす』
『我儘を言うな』
『言いまーす』
『………………………………』
『……』
分かった! 分かったから悲しそうな顔をするなっ! お前顔は美人なのにたまに表情すっごくガキっぽくなるよな!? 罪悪感が強くなるんだってソレ!?
『あのな』
『うん』
『よく聞け』
『うん。はやく』
要求してくんな。
『ねえ』
『分かってるから』
『どうして私を誘うの?』
腹を括って。
肩を抱いて引き寄せて。
顔を寄せて、互いの呼吸を感じられる距離まで詰めて。
見詰め合って。
『お前の事が好きで、離れたくないからだよ』
口付けた。
※ ※ ※
いつもの窓際でゼルディスがご高説を垂れ流しているのが見えた。
リディアはこちらに背を向けているが、入って来た時に一度視線を貰った。
他にはバルディとフィリアも、退屈そうにしながらも一応は話を聞いている。
丁度受注を終えたらしいトゥエリとそこのパーティリーダーと軽い挨拶をしてすれ違い、依頼板の前で何やら解説をしている奴を見付けた。
今日は入り口付近に居なかったが、どうやら去年同時期に新設したパーティとはうまくやっているみたいだな。兄貴ィ、と言ってガキみたいに手を振ってくるから振り返す。
他にも装備確認をしていた一団が荷物を背負って出て行ったり、あるいは身一つで現れた少女が受付すら通さず編み籠の薬草類を提出し、金を受け取る。
今日もギルドは盛況だ。
歩いてきた俺達を見付けた受付嬢が立ち上がる。
新顔だった。
その少し奥で駆け出し冒険者らしい一団にアリエルがクエストの詳細を説明している。視線を向けてきて、軽く眉があがった。それだけ。俺も視線を返すだけに留める。
駆け出しの一人がこちらを向いて首を傾げてくるが、その受付嬢の話はしっかり聞いておいた方がいいぜ。
冒険者寄りで、実にやり手の女だが、当たり前のことをちゃんとやろうともしない奴には冷たいからな。見殺しにはしないが、飼い殺しにはされかねない。冒険者になったのなら、まず自分をしっかり守ることから学ばないとな。
軽く手を振って視線を切り、受付へ。
新人受付嬢が鼻を膨らませて笑顔を作る。
「いらっしゃいませ!! こちらは冒険者ギルド『スカー』の受付です! ようこそ冒険者様っ、御用向きはクエストの受注ですか? それとも報告でしょうか?」
実に心地良い口上だ。
声がハキハキしていて、新人らしい活力に満ちている。
「ギルドからクエスト受注の指名を受けている。詳細を聞きに来たんだが」
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか!」
「ロンド=グラースだ」
「少々お待ち下さいっ!」
受付に並べてあった木札から素早く探し出し、一度アリエルを見て、けれど自分で札を読み込んでから頷く。
「担当の者が席を外していますので、別室で少々お待ち下さい! あっ、お酒は飲みますか?」
「ほう、気が利くじゃないか。ありがたく貰おう」
ただここで生真面目二人組は首を振った。
「詳細説明を受けるなら素面で居た方が良いと思います」
「私は護衛中ですので」
肩を竦める。
「そう言うなよ。受付嬢からの奢りだ」
「え!? これ私が出す感じになるんですか!?」
正直すぎる反応につい笑う。
「ははっ! 冗談だよ。しれっと経費に書き込んどけば後ろで机に齧り付いてる連中が上手く処理してくれる」
「へぇそうなんですねっ! おもしろーっ」
「だが今回は俺が出してやろう。お前も飲むよな?」
「いいんですか!? やったあ! アリエル先輩っ、ちょっと飲みに! じゃなくて説明に行ってきますね!!」
景気の良い受付嬢は好ましい。
冒険者は命を張る稼業だ。
暗い顔してちゃあ運気を逃す。
案内された部屋の扉を潜る前に、もう一度窓際へ振り返る。
リディアと目が合った。
それも一瞬で、すぐに片手を挙げて中へ入っていく。
さあて冒険の相談だ。
次は何が起こるか。
どんな窮地が待っているか。
そいつを踏み越えて、また仲間達と飲み明かそう。
あの日夢見た景色の中に、きっと俺達は居るんだから。
夢を見ろ。
己の振り絞って挑戦しろ。
最高の仲間と、最高の感動を。
この旅は。
冒険は。
まだまだ終わらない。