皆一緒に、
マリエッタが倒れた。
ここしばらくで体力も付いて、元気そうにしていたんだが、どうにも隠れて間食していたのが原因らしい。
「どうして無茶な食べ方をした? 自分の身体についてはお前も分かってる筈だろう?」
「…………はぃ」
寝台で横になるマリエッタに、プリエラが少しキツめな口調で問い詰める。
部屋の隅に居るのはマリエッタと同室の二人だ。神官のエレオノーラと、魔術師のブリジット。どちらもカッパーランクの駆け出し冒険者だが、エレオノーラには外パーティのリーダーを任せるくらいには信を置いているし、ブリジットも場の雰囲気を明るくしてくれる。
そんな二人が、夜中にこっそりマリエッタも交えて菓子を食べていたんだと。
本来なら咎められることじゃない。
あのくらいの年頃なら普通にある。
親父と喧嘩して家を飛び出した俺が言うんだから間違いないよ。
けどマリエッタの体調管理は結構難しいんだ。
毎朝毎晩、必ずプリエラが状態を見ている。
日々滞りそうになる身体の中にある流れを、神聖術による補助で調整し、食事も少量に留めた上で丸薬を飲む。
そいつを上手く続けて来れたと思っていたが。
「今回は腹の中が驚いて暴れてるだけだ。けど、場合によってはもっと悪くなる可能性もあったんだぞ。そいつを一番に理解できるお前自身が、ちゃんと調整していかなくちゃいけない」
理解が浅かったのかもしれないな。
元々俺も一度、マリエッタに食わせ過ぎて倒れさせちまったことがある。
彼女に最も近い感覚を持っているだろうプリエラの言は、おそらく正しい。
脇で座っていたブリジットが立ち上がって、悲痛な顔をする。
「ごめんなさい! ちょっとくらい平気だって、私が言ったんです!」
「私もっ、駄目だって言うマリエッタに無理矢理」
続けてエレオノーラが言うも、流石に無理矢理ってのは罪悪感からくる誇張だろう。
彼女の何を知っているでもないが、理由があったんだろうとは思う。
「お前らは黙って見てろ」
そいつをプリエラは一蹴する。
二人を見ていたマリエッタに目をやり、
「こうなるんだ。お前にそのつもりがなくても、自分の手綱を手放した時、お前の虚弱さを知っていて、真面目な奴ほど苦しむことにもなる。分かるな」
「…………はい」
声音は落ち着いても言葉の厳しさは変わらない。
同じ体験を経てきただろうプリエラだからこそ、最も彼女を心配しているんだろうとは思う。
その上で。
「よし」
決めた。
「今日から……そうだな、三日間。パーティメンバー全員の食事をマリエッタ基準とする」
※ ※ ※
思う侭に食べられないのは辛いだろう。
おいしそうなものを見付けても、まず我慢が先立ってしまう。
そうしなければ周りに迷惑が掛かる。
けどソイツを、先も見えないまま一人でこなしていくのは何というか、辛い程度じゃ収まらないもんだと思った。
溜まり溜まって、つい同室の仲の良い友人と秘密の間食をするのだって当たり前さ。
咎めて抑えつけるのも間違いじゃない。
特に、それをやり遂げてきたプリエラにとっては当然のもので。
理解できるからこそ厳しくなるってのは、あるもんだよな。
「という訳で、仲間の辛さを共に噛み締めようって話さ」
今、上ではエレオノーラとブリジットが面倒を見てくれている。
戻ってきたパーティメンバーを順次広間へ取り込んで、ここ三日の方針を練っている所だ。
「ちょうど一仕事終えてきた所でもあるし、大休止の一環としてな」
「…………流石にキツいんだが」
弱音を吐く者も居る。
確かにそうだ。
休み中とはいえ冒険者はよく食べ、よく飲む。
酒をかっ喰らって寝ていようか、なんて考えてた奴も居ただろう。
「強制はしない。単なる呼び掛けだ。まあ、毎度クエストから戻ってくる度にマリエッタから出迎えられて、デレデレしていた奴なら当然やるだろうなとは思ってるけどな」
「うぐっ」
強制はしないが、説得はする。
冗談交じりに話しをして、納得した奴らで実践すればいいだろう。
マリエッタにとってソレが少しでも支えになるのならな。
俺がしみじみとパーティの和について想いを馳せていたら、全く違う方向から賛同の声があがった。
フィオだ。
ウチの財務を任せてある彼女は、隣でぼーっとしているレネを支えつつ、重ねた木札を机に積んだ。
「とても素晴らしい提案だと思います。特に、財務の観点から申し上げますと、このパーティは食費にお金が掛かり過ぎていますから」
つい俺は目を逸らした。
い、いやだって、皆美味しい食事はやる気を促進させるだろう?
若い頃はあちこち遠征して、色んなご当地料理を食べてきた。
自分なりにこちらの食材で再現とかしてみて、なんというか楽しいし、美味しいし?
「先週の儲けがこちらとなります」
フィオの差し出した木札を見て皆が唸る。
うん、中々に、というかかなり良い感じだ。
一人でシルバー仕事をやっていた時期じゃあ考えられない程の収入。
これだけあるならちょっと食事に拘ったって問題ないだろう?
「そしてこちらが先週の経費です」
しかし続けて出された木札に俺は閉口した。
え、なにこれ? 儲けも凄かったけど、経費も凄い事になってる。
「内、食費はこの位の割合になります」
全員が一度俺を見て、俺は誰も見る事が出来なかったので天井を仰いだ。
「冒険者の皆様の士気高揚の為、良い食事が必要というのは理解します。ただ、もう少し、ほんのちょっとでも財務に協力していただけますと、そこに置いてある『ミスリル装備積立貯金箱』の溜まりが早まるんじゃないかと思います。設置したのはロンドさんでしたよね?」
「はい」
「迷宮探索を中層から深層へ切り替えていくのにも、ミスリル相当の武器防具が必要になってくるというお話ですが、普段あれほど生き急いでいる冒険者の方々がまさか日頃の飲み食いを我慢出来ず冒険を遅延させるなどということは無いと思っていますが、だとしても日頃の飲み代が膨大で常に私達は頭を悩ませています。ちょっと盛り上がったらすぐ酒盛り、ツマミに保存食が消費され、下手をしたら一日で酒樽一つが消えてしまう。冬が終わったからもう必要無いねと、来年もまだ使えるものにまで手を付ける。ロンドさん?」
「はい」
「私達財務を担当する者としては、今回の提案を大いに受け入れるべきだと考えています。素晴らしい試みです。大切なお仲間であるマリエッタさんの苦しみを共有し、支えになろうだなんて。毎週実施を推奨します。勿論、財務へも寄り添って下さった上でのご提案なんですよね?」
「はい、その通りです」
という訳で俺は首輪を付けられつつも実に強力な賛同者を得た。
普段一緒に酒盛りしている連中も揃ってフィオの視線を受けて顔を俯かせ、すなわち首肯によって賛同の意を示した。
※ ※ ※
夕食時にこの話を聞かされたマリエッタは涙ぐんで、皆へ感謝の気持ちを伝えた。
「あ゛り゛が と゛う゛ご ざ い゛ま゛ず う゛う゛う゛う゛ッッ!!」
普段あんなにも楽しそうな彼女だけど、確かに辛い所はあって。
そいつを皆で共有してくれると聞いたことで、改めて頑張ると宣言した。
「おうっ、早く元気なるんだぞ!」
「丈夫になれ。そしたら俺がたらふく美味いもんを食わせてやる!」
「その内一緒に飲んだくれるの愉しみにしているからねっ!」
やや自分に向いた言葉であるのは否めないが、皆マリエッタを好んでいるのは確かだ。
クエストを終えて、疲れ果てて拠点へ着いた時、彼女があの満面の笑みで迎えてくれるというのは実に心洗われる。
俺の事をセンセイと呼び、特別に慕ってはくれているが、他の奴にだって彼女は明るく素直に接している。今回のようにマリエッタを思って行動する奴も多い。
偶々、悪い方向へ行ってしまっただけさ。
気を付けなければとは思ってるけどな。
「ロンド」
こっそり脇腹に貰った一発を受けて、俺はプリエラの声を聞く。
このパーティの副リーダー。
マリエッタの気持ちに最も寄り添えるだろう彼女はしかし、だからこそ誰よりも厳しくなってしまった。そいつを間違いだとは言わないよ。俺のコレは単なるお気持ちの話だ。現実的にマリエッタを支えているのは、今もやっぱりプリエラだからな。
「ありがとな」
けれど彼女は薄く笑って、遠くを見た。
かつて虚弱だった小人族の女は、そいつを克服する為に死に物狂いの努力をした。
神官になり、自分自身を使って治療法を研究し、薬草学を学んで自己流の薬を幾つも生み出して、今や魔境探索を抜けてきた竜殺しの一人。そして俺のパーティの副リーダーだ。
吟遊詩人をやっていた兄貴のリドゥンはもう逝っちまったが。
彼女もまた、今も成長を続けている冒険者の一人だ。
「おう」
それから俺達はささやかな食事を終えて、酒も無いまま広間で遊び倒した。
盤遊び、札遊び、手慰みの演奏と詩を添え、空腹を忘れる為大いに楽しみ、笑い合った。
ちぃとキツかったのが本音だがな。
「あの……私はもう十分助けられましたから、お好きに食べたり飲んだりして下さい」
遠慮して甘い事を言い始めるマリエッタを全員で制し、三日間、見事に俺達はやり遂げた。
同じ苦しみを共有することが証なら。
この三日間でようやく俺達は、虚弱さと戦ってきたマリエッタの戦友に成れたのかもしれない。
「ありがとうございましたァ……!!!!」
最高の笑顔と力一杯の感謝の言葉。
うん。
冒険者なら、そいつが一番の報酬だ。