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誰が長女で誰が次女かと想いを馳せる。

 冒険者はよく食べる。

 一般的な食事の回数は二回か、多くとも三回だろう。


 けど俺達は四回に分ける。

 多いと五回だ。


 食い過ぎて動けなくなるのを避ける為、小分けにするって理由もあるが、もっと単純に動き過ぎて腹が減るってのが大きいんじゃないかと思う。

 尤も、のんびり煮炊きをやって食事って訳にもいかないから、携帯食なんかを口の中へ放り込んで済ませる場合もあるし、特に大食いって意味でも無いんだが。


 ティアリーヌはよく食べる。


 食いしん坊だ。


 本人に言うと気にしちまうから黙ってるが、肉でも野菜でも実に美味そうに食べる。この辺りはディトレインと似ている様で違う部分だ。

 アイツはむしろあまり食べなかったし、飲めなかった。

 いや、食べたし飲んだが許容量が人並みでよく吐いた。翌日にはケロッとしてたから、そう気にすることでも無かったんだが。

 だがティアリーヌは丁寧に食べ、食べ、食べ続ける。

 なんなら酒も大いに飲む。

 しかも強い。


 尻尾をゆらゆら揺らしながら、止まることなく料理を口の中へ運び、味わい、頬を緩めながら呑み込んでいく。


 ほっそりしているのに、どこへ収まっていくんだろうな。


「ごちそうさまですっ」


 一方でマリエッタはまだまだ食事量が増やせない。

 持ち歩いているプリエラ謹製の丸薬を飲み、基本的に消化に良いものだけを食べている。ただ、最近は我慢し切れなくなって皆と同じものを口にすることもあるが、見極めるのが難しいのも確かで。


 少量の、一匙分程度の小鉢を六つ。

 料理屋の親父による心尽くしを堪能し、ちょっと苦しそうに息をついたマリエッタは、冷たい井戸水に口を付けてティアリーヌを眺める。


「………………食べる?」

「いえっ、見ているだけで楽しくて!」


 強がる末っ子に、同じく末っ子だったらしい獣族の少女は、そろそろ食材の残りを気にし始めた親父に礼を言って、腹八分目で食事を終えた。

 俺の倍くらいは食ってたけどな。


    ※   ※   ※


 下町の長屋街で珍しい姿を見掛けた。

 神殿騎士だ。

 なんだと思っていたら、どうやら神姫アウローラが慰問にやってきているらしい。


 爺様が婆様を背負って走っていくから聞いてみたら、どうやら無償で回復を掛けてくれているらしく、生活用品の配布に合わせて結構な人が集まって来ていた。


 俺が婆様を運んでやる事にし、現場に到着したら、護衛をやっていたマリエッタの兄貴が気付いて寄って来た。


「お久しぶりです、ロンドさん。治療を希望されている方でしょうか?」

「あぁ、久しぶり。ここしばらく脚が痛むらしい」

「分かりました。あちらに座る場所を用意していますので、そちらまでお願いしてもよろしいですか?」


 おう、と応じて婆様を連れて行く。

 なんともご丁寧な造りの長椅子が幾つも運び込まれていて、ジジババのみならず、昼休みを迎えた働き盛り共まで随分と賑やかな感じになっていた。


 そいつを一人ひとり診てやっているのは神姫アウローラ……オーロラだ。


「あら」


 なんてお上品な口調で。


「お婆様を連れて来て下さったのですね、ありがとうございます」

「いいや、大したことではありません。ではよろしくお願いします」

「…………はい」


 邪魔するのも悪いな、と思って、数名の神官達を尻目に二人の元へ戻っていった。

 ちょうど兄貴とマリエッタが雑談をしている所で。


「――――その時ですっ、センセイが背後より忍び寄るゴブリンへ炎をどばーっと放って、ざしぃぃいん! と槍で斬り付けたのです!」

「なるほど。流石の状況把握だな。次々と魔物が襲い掛かってくる中で、そうもしっかりと先々を考えて行動出来るなんて」

「はいっ! ゴブリンは狡猾で、とても危険な魔物です! だからこそ戦いの、流れ? みたいなのが固まって来た時が最も危ないのだと教わりましたっ!」


 なんともこそばゆい状況だが、名を売る稼業をやっていて怖気る理由はない。


「この前の遠征の話か」


「あっ、はい! ちょうどマリエッタから色々と聞いていた所でして」


 兄貴の顔が緩んでいる。

 父親とはまだ和解出来ていないが、妹とはうまく行っているらしい。


「前はお兄様からセンセイの話を聞く側でしたが、今は私の方が詳しいですよっ」


 得意げにするマリエッタに二人揃って微笑ましく笑う。

 この素直さだ、兄貴としては可愛くて仕方ないんじゃないか?


「ははっ。また手紙で話を教えてくれ。よし、それじゃあ務めに戻りますので」

「はい! 必ず書きます! またですっ、お兄様!」


 飛び跳ねんばかりの勢いで手を振るマリエッタ。

 寝台に貼り付けだった頃を知っているからだろう、兄貴は楽し気に笑いながらもどこか遠くを見詰め、名残惜しそうに去っていった。

 同じ様に離れていく背中を見詰め、ふっと風が抜けた少し後、空いた隙間へティアリーヌが入っていって手を繋いだ。見上げる瞳が真っ直ぐに彼女を見る。口元が広がって。


「んふふぅっ」


 ぎゅうっと握った手へ寄り掛かる様にして二人の距離が縮まった。

 何とも微笑ましい光景だな。


「じゃあ行くか。あんまり居座ってても邪魔になるからな」

「はい、ロンドさん」

「センセイっ、お次は何処へ行きますか?」


 さぁてどうしようかと相談しながら歩いていたら、何やら騒がしさが後ろから追ってきた。


「ねえちょっと冷たくない!?」


 神姫の服から冒険者風の恰好に着替えたオーロラが全力で走って来て、勢いのまま俺へ掴み掛る。

 何故か尻尾が足首に巻き付いてきて、ティアリーヌがそっぽを向いた。


「折角会ったのにさあっ、一言二言で別れちゃうなんてさあっ、私もう仲間の一員くらいなつもりだったのに!」


 オーロラの訴えを聞いて、足首の尻尾が緩んだ。


「ねえティアちゃん! マリエッタちゃん!! そうだよね!?」

「はい! お久しぶりですオーロラ様! いらっしゃったんですねっ」


 しゅるりと抜けていった尻尾の感触。

 その少し後で、


「居たなら教えてくれれば」


 うん、俺も敢えて足元の出来事については言及しないけどさ、ティアリーヌ。

 目を向けるとやや頬を膨らませてそっぽを向き、代わりにこちらを向いた尻尾でぺちりとされる。


「どうしたの二人?」

「目敏いと知らなくてもいい事まで知ってしまう。気を付けるんだな」

「何の話?」


 それこそ知らなくていい話だよ。


「あぁ悪かった。でもあの場じゃあ雑談なんて無理だろ。お前姫様ぶってた所だし」

「ぶってたじゃなくて姫様っ。本物だもんっ」

「で、どうした? 昼食ならもう終わったんだが」

「あれっ、そうなの? なんだぁ、ロンドくんならこの辺にも詳しいと思ったのにさ」


 それ以前に慰安仕事放り出して来ていいのかと聞いてみたが、休憩時間貰った、との事だった。

 神官も何人か居たし、働き詰めは良くないからな。


「まあいっか! 皆はお散歩中? 何かやってるの?」


 切り替えが早いオーロラはカラカラと笑って混じってくる。

 この遠慮の無さは彼女の性格と合わせて心地良い。無理強いしてくる訳でもないしな。


「言った通り、昼食食べて腹ごなししつつ、そろそろ戻ろうかと思ってたんだが」


「だったらっ、腹ごなしついでにお買い物付き合ってよ! 駄目かな?」


 視線はしっかりティアリーヌへ。

 流石神姫として聖都の奴らと渡り合ってきただけある。


 この一団で一番に説得すべき相手を心得てるな。


「ティアリーヌちゃん、前はそんなに話せなかったしさーっ。ねえ? ちょっとだけ。部屋に飾る小物とか買いたいんだー」


「…………にゃ」


 最近分かって来たことだが、ティアリーヌは結構内輪の中に収まっていたい派だ。

 好奇心が強く、同じだけ警戒心も強い。

 外へ行く時も大抵は誰かと一緒。

 ディトレインみたいに何処へでも誰にでもというのではなく、慣れ親しんだ人と一緒に飛び込んでいきたいんだろう。


 そういう見方をするなら、オーロラの立場は絶妙だ。


 外の人間だが、一緒に行動した経験もある。

 終わった後は拠点で飲み明かしもした。

 ただ、ティアリーヌとの絡みは少なかった。


 さて。


 俺も無理強いするつもりはないから、自由に選んでくれていいよ。

 オーロラの相手をするなら神殿へ行けばいい。


 なんて思っていたら、不意にこちらを向いたティアリーヌが僅かに口先を尖らせてそっぽを向いた後、


「…………にゃ」


 と頷いたのだった。


    ※   ※   ※


 案外オーロラとティアリーヌの相性は悪くないのかもしれないな。

 女ばかりの小物屋へ入っていくのは気が引けて、表で一人、長椅子に腰掛ける。


 この辺りは特に新しい地域で、聖都なんかの西側や、南方から来た小洒落た品を並べている店が多い。

 冒険者の町クルアン、そして冒険者といえば血気盛んな若い衆が多いから、自然とこういった場所は出来るものだ。ちょっと行けば娼館街へ繋がっていたり、怪しげな裏ギルドの拠点が幅を利かせていたりと、相応に胡散臭さのある場所だが、表向きに遊んでいる分には楽しめるだろう。


「わあっ、見て見てコレっ! ティアリーヌちゃんと同じ奴!」

「本当です! ティアリーヌ様のお耳と同じです!」


 店頭に並んでいる、猫耳を模した小道具を見て盛り上がるオーロラとマリエッタ。

 隣でティアリーヌが首を傾げている中、二人はすぐさまソレを購入して頭に取り付けた。


「センセイっ!」


 駆けてきたマリエッタが頭の猫耳を見せてくる。


「どうですか!」

「おう、可愛らしいよ。本当に」


 そこに並んだオーロラがにやりと笑って続いた。


「ドウデスカ」

「カワイイヨ」


 二人同時に噴き出して、ついで引っ張って来られたティアリーヌをオーロラが促す。


「……えっ? な、なんで?」


 ぴくぴく動く猫耳と、困惑で狼狽える姿に神姫が破顔する。


「可愛いなあっ、ティアリーヌちゃんはさあ!」

「はい! ティアリーヌ様はとても可愛いのです!」


 何故か得意顔をするマリエッタと一緒に、さて俺も弄ってやろうかと言葉を考えていたら、道を横切った行商に視線を釣られたオーロラが呆けた顔をする。

 そしてティアリーヌの手を掴んで笑った。


「なになに今のっ! クルアン面白過ぎでしょっ!?」


 何が見えたのかは分からないが、追い掛けて行って大盛り上がり。

 あんまり振り回してると、と思ったが、一緒になって商品を覗き込んだティアリーヌの尻尾は楽し気に揺れている。


「んー……っ、尻尾も購入すべきでしょうか」


 マリエッタの新たな悩みを聞きながら、ふっと似たような景色を今に重ねた。


 そう長い事一緒だった訳じゃない。

 時間で言うなら、もうティアリーヌの方が付き合いは長いだろう。

 けど好奇心の強いディトレインが、ニクスの死に落ち込んでいたトゥエリをああして引っ張り回していたんだ。


『にゃーーーーっはっはっはっはっは!!』


 どこかの素っ頓狂な義賊サマの笑い声もそんな感じだったな。

 だからか、引っ張り回されるティアリーヌの表情は楽し気で、話を聞いている姿には落ち着きがある。


 慣れているんだろうな、なんて思う。


 さっきの付け耳のあった店先で悩んでいたマリエッタが、オーロラが騒ぎ出したのを聞いて駆けていく。歩くのとそう変わらない速度だけど、彼女なりに弾んだ調子で。


 と、ふと視線を外してマリエッタの見ていた辺りを眺めた。

 あんなものまで売っているとはなあ。

 なんて。


 なにやら彼女は首を傾げていたが、付け尻尾ならそこに……………………そこに。


「あー………………」


 そこにあるのは、きっとこの先の娼館で使うんだろう小道具だった。

 耳……くらいならああして遊んで付けるのはあると思う。

 だけど尻尾は付け方というか、付ける場所が特殊なやつだった。

 箱入り娘にはどうやって取り付けるのかが想像も付かなかったに違いない。


 なんだろうこの、和やかな空間に突如飛び込んでくる小道具類。


 俺だってすけべさ。

 なあ野郎共。あるいは女共だってな、欲望ってのはあるもんさ。

 今更真面目ぶるつもりもないんだが、なんとなくこの空間にはあって欲しくない、そんな気持ちを存分に味合わされた。


「センセーイ!」

「ロンドくん、行くよーっ」


 はしゃぐ二人は何も気づいていない。

 だけど、ただ一人。


 本物の猫耳と猫尻尾を持つオトシゴロの女の子は、俺が凝視していた店先のアレを理解していたのか、キッ! とこちらを睨んで頬を染め、二人を追い掛けていった。


「わあっ、どうしました?」

「なんでもない」


 言いつつ振り返った彼女は、足早に俺から離れていきつつ、


「べー」


 と、可愛らしい舌を出して抗議してきた。






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