オトシゴロ
外へ遊びに飛び出していったマリエッタ達と入れ替わりに、俺は暖炉のある一階広間へとやってきた。
冬は終わって、もう殆ど雪も溶けつつあるのに、今日は結構な冷え込みだった。
上着を椅子に掛けて暖炉の前へしゃがみ込む。
「にゃあ…………」
か細い寝言に目をやると、いつもの位置でティアリーヌが丸まっていた。
なんだかんだと火の管理から薪の調整まで、主に彼女がやってくれているんだよな。
厚めに敷いた藁と、安物の絨毯の上、脚を抱いて尻尾をパタパタ。
寝ているなと思えても、案外意識は残っていたりする。
最初の頃は誰かが入ってくる度に反応して身を起こしていたな。
冷え切った身体を温めて、さて作業場の進捗でも確認しに行こうかと立ち上がった時だ。
しゅるりとティアリーヌの尻尾が俺の足首に巻き付いた。
※ ※ ※
木板に記した予算表へ各自の希望する出費を書き加えて、計算していく。
暖炉の前で。
引っ張り寄せてきた大机の反対にはフィオと、数名の後方要員が席に着いて似たようなことをしてくれていた。あっちはレネとか職人相手のものだから、多分俺よりも遥かに複雑で、面倒くさい要望が山とあるだろう。
「分かった。必要なものだからな、なんとかするよ」
「うん。ありがとねっ、おじさん!」
にっ! と笑ってエレーナが広間を出て行く。
ただ、出る前にもう一度振り返って、俺とティアリーヌの間にある懸け橋を視線で撫で、にやりと笑う。
文字の読み書きが出来ないのは結構居るし、聞き取りはパーティをやっていく上で必要なことだよな。なんて真面目ぶったことを考えつつも、足首を尻尾の先で撫でられてまた気が逸れる。因みにしっかり巻き付いているので、余った先端で擽られている訳だ。
ティアリーヌは起きない。
何度か呼び掛けたり、流石にこのままはなと思って揺さぶって見たが、全く反応を示さなかった。
おかげでフィオとか数名に変な目で見られながら、背中を暖炉の熱で炙られつつの会計仕事。
無理矢理引き剥がす事も出来ただろうが、結構巻き付きが激しいのと、引き剥がし難い何かがあってこうしている。
「――――にゃふふ、っ」
警戒心はどこへやら、いつの間にかお腹を見せて仰向けで寝転がっているティアリーヌが怪しげな笑いを漏らした。
実に幸せそうに寝ていやがる。
転がって姿勢を変えても俺の足首を離さないから、段々と支柱にされてる気がしてきた。
その癖先っぽで肌を撫でてくるんだよな。
気が散って仕方ない。
ないが、あんまり引き剥がすつもりはない。
ふさふさでモフモフな感触が結構気持ちいい。
「…………ロンドさん?」
「あぁ、いや。なんだっけ」
「そろそろお時間になりますけど、このままで大丈夫ですか?」
「んっ、それはいかんな」
フィオの苦言を受けつつ無防備な猫へ視線を向けた時だ。
拠点の入り口から独特な『ビーッ』という音が響いてくる。
我がパーティが擁する宝石技師レネの作品、来客を教えてくれる護符。
やや激しい音で内向きに鳴るから、二階や三階で騒いでいても聞き付けられる。
広間だと煩いくらいなのが難点だがな。
そんな状況でも寝たままなティアリーヌを見つつ、俺へなんとかしてと視線を送ってフィオが出迎えに行く。
多分、トゥエリ達だろう。
今度彼女の所と一緒に遠征する話が出ている。
まだ先になるだろうが、予算面での用意をしておきたいと、ウチに招待したんだ。
「ティアリーヌ。ほら、起きろ。客人が来るぞ」
椅子から降りて揺さぶっても反応は無く、むしろ手を掴まれ指を甘噛みされた。
うん、コレは流石に駄目だ。
「起きろー。ほら、俺の指は食いもんじゃないぞ。頼むから、起きてくれー」
かじかじ。
夢の中で何を食べているかは知らんが、頼むから俺の指は食べないで欲しい。
不意に舌の感触とか来ると、襲うつもりは全く無いが、正直ちょっとムラっとくる。
なんて馬鹿な事を考えている間に扉が開いて、冷たい風が吹き込んで来た。
それに反応してなのか、微かに鼻をヒク付かせたティアリーヌがバッと起き上がり、戦闘態勢を取った。
「こら寝惚けない」
「にゃっ? ………………にゃあ?」
猫語が抜け切らない我が家の猫へ、とりあえず尻尾を離してくれと頼むと、真っ赤になって距離を取られた。ついで手巾で指先を拭って苦笑い。
また変な感じにならないことを祈るよ。
扉が閉じて、案内をしつつ戻って来たフィオが壁際のティアリーヌを見て、何をしたんですかって顔で俺を見る。
パーティリーダーへの信頼度が高い様で安心したよ。
それで続いて入って来た、トゥエリとそのパーティメンバー数名。
女ばっかりだな……。
やや居辛さを感じつつも、そういえばと挨拶を交わしつつティアリーヌへ呼び掛けた。
「ほら、前にもちょっと会っただろ? トゥエリだ」
かつてディトレインと共にパーティを組んでいた、そう続けようとしたんだが。
また微かに鼻をヒク付かせた彼女は拗ねるみたいな顔をして。
「………………………………不潔にゃ」
挨拶も無しに広間を出て行ってしまった。
見送る俺達と、唸るトゥエリ、それとフィオが何かを察したみたいに頷くが、答えは教えてくれなかった。
難しい……。
パーティ運営って難しい……っ。
ティアリーヌ編、完。
次は纏め回、ハベロス編。